勇者祭 4 決意

牧野三河

第一章 子

第1話 初夜・1


 トモヤの挨拶のおかげで、マツはぼろぼろと泣き出してしまった。

 騎士達のマツへの挨拶も、無事に終わった。


 トモヤは「弁当をもらったら帰る」と言って、騎士達と部屋を出て行った。

 マツはメイドから受け取ったハンカチで、まだ目を拭いている。


「うう・・・」


 とうめいたり、


「私、このように祝ってもらえるなどと・・・なんて幸せなんでしょう・・・」


 などと、同じようなことを言っては、また涙を拭いている。

 マツを怖ろしがっていたメイドまで、後ろでまだ涙を流している。


「マツ様、美しい顔が台無しじゃありませんか。さあ、そろそろ参りましょう」


 借りた部屋だ。あまり長居するわけにもいかない。


「はい」


 そう言って、マツは立ち上がり、


「マサヒデ様・・・」


 と、マサヒデの胸に顔を埋め、うっ、うっ、と泣き出した。


「・・・」


 マサヒデは、無言で片手をマツの背中に手を回した。


「ぐすっ」


 しばらくして、メイドがそっとドアを開けた。


「・・・さあ、マツさん。行きましょう」


「・・・はい」


 泣き顔のメイドを先頭に、ぐすぐすと泣いているマツを抱いて、マサヒデは廊下を歩き出した。


----------


 ロビーは朝と変わらず、すごい人だかりだった。

 涙を流しながら、きりっと先頭を歩くメイド。その後ろには、ぼろぼろと泣いている女性の肩を抱きながら歩くマサヒデ。

 彼らを見て、皆、何事かと驚いた顔で、道を開けてくれた。


「では、マサヒデさん。今日の所は、私はこれで。マサヒデさんは、マツさんについていてあげて下さい」


 ギルドの向かいのマツの家の前で、アルマダはそう言って去って行った。

 マサヒデはマツを家の中に入れ、居間まで連れてきて、座らせた。

 開かられた縁側から、向かいのギルドの喧騒が聞こえてくる。


「ぐすっ」


 マツはまだ泣いている。

 マサヒデは立ち上がり、台所から湯呑を探し、水を入れて戻った。


「さあ、マツさん」


「はい」


 マツは湯呑を受け取り、水を一気に飲み干した。


「・・・」


 マサヒデは、そのマツの様子をじっと見ていた。


「お見苦しい所を、お見せしました。でも、私・・・」


「いいんです。嬉し泣きの涙なら。いくら泣いてもらっても」


「う、ぐすっ」


「私はここにいますから」


「はい・・・」


 ちりん、と、小さく風鈴の音が鳴る。


----------


 夕刻。そろそろ日も沈みかかっている。

 マサヒデとマツは、黙って縁側に座っていた。

 黙ったまま、庭を眺めている。


 外は、まだ騒がしい。


「あの、今日は・・・」


 ぽつり、とマツが呟いた。


「泊まっていきます」


 ぼん! と音を立てそうな勢いで、マツの顔が真っ赤になった。

 マサヒデの方は、無表情だ。

 あれだけ泣いていたマツが、心配で言っただけだ・・・


「はい・・・」


 マツは自分の顔が真っ赤になるのを感じた。

 身じろぎもしなかったが、その心中は大慌てだ。

 これだけ慌てるのは、どれだけぶりだろう。


「あ、あの・・・夕飯を作って参ります」


「あれだけ泣いておられたのです。疲れたでしょう。ギルドから、弁当でも頂いてきましょうか?」


「い、いいえ! 今日は私が!」


「そうですか? では、ごちそうになります」


「は、はい!」


 マツは急いで立ち上がり、真っ赤な顔で、台所へ小走りに駆けていった。


「?」


(あれだけ泣いていた所を見られたのだ。恥ずかしくなったのだな)


 マサヒデは、まだ初夜を過ごしていなかった事を、すっかり忘れていた。

 今夜が、2人の新婚初夜になる。


----------


 膳が並び、夕食が始まった。

 マサヒデが「これは美味い」とか「さすがですね」とか言っているが、マツには良く聞こえない。

 真っ赤な顔で、ぼーっとしながら箸をつついていると、


「マツさん? どうされました?」


 は! と顔を上げると、マサヒデがマツの方をじっと見ている。


「え、え!? 今、何と?」


「どうかされましたか?」


 マツの顔はまだ真っ赤だ。

 泣き腫らして、まだ腫れた目。


(まあ、あれだけ泣き顔を見ていたのだ。マツさんも恥ずかしくて仕方あるまい)


 マツの目が、うつむきがちに、下からマサヒデの顔をちらちらと見ている。


「ふふ、恥ずかしくなってしまったのですね?」


「・・・はい・・・」


 2人の認識は、大きくずれている・・・


(マサヒデ様は、随分と、落ち着いて・・・)


 マツは、思い切って顔を上げた。


「あの!」


「は、はい!?」


 驚いて、思わず大きな声で返事をしてしまった。

 マツの顔は真剣だ。

 泣き腫らした目が、真っ赤に血走っている。

 あの怖ろしい気配は感じないが・・・


「あのですね!」


「はい!? なんでしょう!?」


 マツの勢いに、思わずマサヒデも大きな声で返事をしてしまう。

 また、何かとんでもないことでも言い出すのだろうか。

 あの泣き顔の口止め程度なら良いが・・・


「今日は、この後、ギルドで湯を借りませんか!」


「湯? 風呂ですか? 良いですね」


 マツはふんふんと鼻息を荒くしている。

 何か様子がおかしいが、疲れたマツには良いだろう。


「では、食べ終わったら行きましょうか。そろそろ、ギルドの方も治まっているでしょうし」


「はい!」


 何やら妙に気合が入っている・・・

 あの厳しい稽古でも全く気負っていなかったのに、なんだろう?

 マサヒデは、不思議な思いで箸を進めた。


----------


 がらっ! ぱしーん!

 勢いよく戸を開けたマツの背中は、まるで戦に向かうかのように気合が入っている。

 抱えた桶に、着替えと手拭い。

 いかにも「これから湯に行きます」という姿とは、全く正反対。


「・・・」


「参りましょう!」


「・・・はい・・・」


 マツは肩を怒らせ、ずんずんと勢いよく歩き出した。

 マサヒデの方はいたって普通に歩いている。

 マツの背には気合が宿っているが、あの怖ろしいものではない。


 ギルドの入り口を抜けたマツは、受付に、きり! と顔を向け、


「失礼致します! 向かいの魔術師協会のマツでございます!」


 と、勢いよく声を掛けてしまった。

 受付嬢は驚き、次いで真っ青な顔で震えだした。


「は、はははははい! ななな、何かございましたか!」


 マツは受付嬢の顔を、きっ!と見返し、


「湯をお借りしたいのでございます!」


(湯・・・?)


 と、そこで受付嬢はぴん、ときた。

 昼間の騒ぎで、ギルド中にマサヒデとマツの結婚の話は知れ渡ってしまっている。

 湯。これは・・・

 こわごわと、受付嬢が聞き返す。


「マツ様、その、今夜が・・・」


「はい!」


 マツは気合の入った顔で即答した。

 受付嬢の表情が、ぱあーっと明るくなり、目をキラキラさせる。

 次いで、気合の入った顔になり、


「最高の湯をご用意致します! 少々お待ち下さい!」


 『受付不在』の札をさっと出し、奥に駆け込みながら「メイド長さーん!」と大声でメイドを呼んでいる。

 マサヒデは少し離れて、マツと受付嬢のやり取りを見ながら、不思議な顔をしていた。

 少しして、バタバタとメイド達がマツの所へ集まってくる。


「すぐに新しい湯に変えます。しばしお時間を」

「花など浮かべ、香りなどをお着けになさるのはいかがでしょう」

「香り! 是非お願い致します!」

「いくつかサンプルをお持ちしました。こちらの香りなどは」

「わあ! 素敵ですー!」


 メイド達や受付嬢が皆、マツを囲んでがやがやと話し込んでいる。


 なにやら忙しそうだ。

 マサヒデはその様子を見ていて、長くなりそうだな、と思い、


「マツさん。私は先に湯を頂いてきます。マツさんはごゆっ」


 瞬間、メイド達と受付嬢の目が、きっ! と、こちらを向いた。

 皆の目に殺気がこもっているのを、マサヒデは確かに見た!

 その殺気に自然に身体が動き、左手の親指が、くい、と鯉口を切ってしまった・・・


「くり・・・」


 どすどすと肩をいからせて、マサヒデの前に1人のメイドが立つ。


「トミヤス様!」


 ぐっとマサヒデに顔を近付け、ぎらりと光る目でマサヒデを睨みつける。


「は、はい。なんでしょう」


「お若いとはいえ、このくらいはご存知かと。これは礼でございます!」


「礼? 礼儀の、礼ですか?」


「はい。その礼でございます」


「???」


「さ、トミヤス様は、そちらにかけてお待ち下さい。準備が出来ましたら、お呼び致します」


 マサヒデは不思議な顔で、長椅子に腰を下ろした。

 女性陣の話は、中々終わりそうにない・・・

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