第76話 包囲
第三王子を保護し、俺達は無事王宮から脱出する事に成功する。
全ては囮を買って出てくれたウルのお陰だ。
そのウルに関しても、討たれたと言う情報は入って来ていないので、無事逃げきったんだと思う。
「警戒は厳重。蟻の這い出る隙もないとはこのことで御座るな。にんにん」
外の偵察から戻って来たニンジャマンが、お手上げと言わんばかりに両手を広げる。
本来なら、そのまま遠くへと逃亡する予定だった。
だが第三王子に本格的な治療が必要だった為、結局俺達は王都に潜伏する事を選んだ。
その治療のために。
――そしてその結果、王都の完全封鎖という窮地に陥ってしまう。
「やれやれ、厄介だな」
ソファに寝転んでいたタルクがぼやく。
「出来れば強行突破は避けたいのですが……」
王子を連れての強行突破はリスクが高い。
だがローラが避けたいと口にしたのは、決してそれだけが理由ではないだろう。
もし決行すれば、多くの被害を出す事になる。
此方だけではなく、相手側にも。
首都にいる兵士の大半は平民の出だ。
彼らは決して、王家の権力争いに加わっている訳ではない。
恐らくその大半は日々の糧を得る為にその職を選択し、命令に従って働いているに過ぎないはず。
まあもちろん、高い志を持って働いている人間もいるだろうが……
とにかく、余裕のない状態で強行突破を行えば、俺達に相手の命をおもんばかる余裕は無くなる。
そうなれば必然、兵士を殺す事になってしまうだろう。
ローラはそれを危惧しているのだ。
俺もそれは出来れば避けたいと考えているのだが……
「エルント伯爵に連絡が付けばいいんだけど、今の状態じゃ難しいわよね」
「ええ。今下手に動けば、うちが関わってると相手に知らせる様な物ですもの」
ローラの生家である伯爵家からの援護が期待できないとなると、長期戦になるだろう。
上手く身を潜め続けられればいいのだが。
「む……不味いで御座る」
ニンジャマンが少しあせた様な声を出す。
何か……
「――っ!?これは……」
遅れて俺も気づいた。
俺達の潜んでいる建物を、無数の気配が囲もうとしている事を。
「バレたみたいだ」
「おいおいニンジャマン。お前さん付けられたんじゃないだろうな?」
「拙者はそんなミス、犯さないで御座るよ」
ニンジャマンがタルクの言葉に抗議する。
彼女の腕は確かだ。
だから俺もその線は薄いと思う。
「となると……この闇治療院の奴らが垂れ込んだか。金目当てで」
「嘘でしょ!?犯罪者の癖にタレコミしたっての?」
俺達が治療を依頼した場所は、裏社会に属する非合法なボッタクリ治療院だった。
当然それは犯罪行為なので、見つかれば自分達も捕らえられる事になる。
「誤魔化せるとでも思ったんだろうな。いくら何でも頭が弱すぎるぜ。後々絶対自分達の首を絞める事になるだろうに」
「ちょっと!ここなら大丈夫ってアンタがいったんでしょうが!」
ミルラスがタルクに噛みつく。
実はここを紹介してくれたのは彼だった。
ギャンブル関係の繋がりらしい。
「俺だってまさかここまで奴らが馬鹿だとは思ってなかったんだよ」
「今は言い争ってる場合じゃないわ。王子を連れて、早くこの場から脱出しないと」
「ローラの言う通りだ。王子を――って、流石に仕事が早いな」
気づいたら、いつの間にかニンジャマンが隣の部屋で寝ていた――意識の戻っていない――王子を背負っていた。
言動はあれだが、彼女は本当に優秀だ。
「行こう!」
俺達は治療院から飛び出る。
建物を取り囲んでいた人数は優に100を超えており、そしてその格好から全員がただの兵士でない事が見て取れた。
この状態になるまで気づけなかったのは、恐らく気配隠蔽系のマジックアイテムが使われていた為だろう。
「薄い部分を強行突破す――これは!?」
突撃しようとした瞬間、突如俺達の周囲を薄青い結界が包み込む。
「くっ!これは一体!?」
「魔力感知させずに結界を張るだなんて!?まさか賢者アルテスが……いえ、いくら賢者だってこんな真似は出来ないはず!」
賢者アルテスはこの国最高の魔法使いだ。
だがローラの言う通り、いくら賢者でも魔力を一切関知させずこんな真似が出来るとは思えない。
つまり、この包囲には賢者以上の魔法使いが関わっている事になる。
「げ!今度はもっとでっかい結界かよ」
更に追加で結界が張られてしまう。
こんどは兵士達まですっぽりと包むほどの範囲だ。
「どうやら、何が何でも俺達を捕まえるつもりみたいだな。ったくよぉ」
確かにタルクの言う通り、現状ならそう思うのが自然だろう。
だが、少し様子がおかしい。
「おかしいで御座るな」
ニンジャマンも気づいた様だ。
「明らかに兵士達が動揺しているでござるよ。まるで結界の事など知らされていない様な……」
「俺もそう思う」
一体何が起こっているのか、それは分からない。
だが、どちらにせよやる事は一つ。
「何としても突破するぞ」
この場からの脱出だ。
「必殺の一撃でいく!」
俺の持つ最大の一撃で結界を破壊する。
それで賢者以上の魔法使いの張った結界を破壊できる保証はないが、やるしかない。
「はぁぁぁぁぁぁ……ん?」
必殺の一撃を放とうとして、だが直前で俺はその動きを止めた。
何故なら――
「なんだぁ?」
「え?」
「どういう事?兵士達が……」
「む、これは……」
――此方を包囲していた兵士達が、一瞬苦しむ素振りを見せたかと思ったら急にバタバタと倒れだしたからだ。
「いったい何が……」
「結界が……消えた……」
目の前で起きている光景を唖然と眺めていると、周囲を囲っていた二重の結界が唐突に解除される。
「兵士達は気絶してるだけみたいね……にしてもこの匂い……」
「うっ、くさ……」
「くそっ、鼻がもげそうだ……」
結界が解除された途端、強烈な異臭が俺の鼻を突く。
どうもごく最近、何処かで嗅いだ気のする匂いなのだが……
何処だったか?
「誰かこっちに来るぞ」
結界が解除され、その外側から男性が此方へと近づいて来るのが見えた。
黒い執事服を身にまとった、柔和な笑顔を浮かべた青年だ。
「――っ!?」
――その姿を目にした途端、俺の背中に冷たい物が走る。
「化け物……」
ニンジャマンが呟く。
どうやら彼女も感じた様だ。
戦えば間違いなく負ける。
それどころか戦いにすらならない。
そう確信させる程の、圧倒的な力の波動を。
世の中上には上がいると分かってはいた。
だが、ここまで出鱈目な奴がいるなんて想像だにしていなかった事だ。
自分の認識の甘さ。
それを突きつけられ、苦い気持ちになる。
――幸運だったのは、その男性が敵ではないと事だろうか。
兵士達を気絶させたのは間違いなくこの青年だろう。
そしてもし彼が俺達を捕らえる側だったなら、兵士達を気絶させたりはしないはず。
なにより、それを確信できたのは――
「ウル!」
――その青年の足元には、小型化したウルの姿があったからだ。
ああ、思い出したぞ、
そういやこの匂いは、ウルのオナラの……
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