第73話 出まかせ
第三王子による公王暗殺。
それは衝撃的な報だった。
当然の事だが、公国の貴族達の中でそれを信じる者など居ない。
第三王子は公王から愛されており、その強い後ろ盾だったのだから当たり前だ。
仮にそれを除いたとしても王子は優しく穏やかな性格をしており、自分の父親を手にかける様な人物でない事も広く知られている。
そんな王子が公王を暗殺したなど、誰が信じると言うのか?
今回の暗殺劇を裏から手を引いていたのは、間違いなく第一第二王子のどちらかだ。
だがそれを分かっていても面と向かって指摘し、捕らえられた第三王子の救出に動く者はいない。
公王が後数年健在だったなら状況は変わっていただろうが、現在の第三王子は未成年な上に基盤も虚弱極まりない状態だ。
それに対して上二人の王子の基盤は、国を掌握可能なレベルに達している。
そのためこの混乱のさなか下手に庇う様な動きを見せれば、自分達が大きな痛手を受ける事になってしう。
いや、それどころか、下手をすれば公王暗殺の共謀の濡れ衣を着させられかねないのだ。
そうなれば待っているのはば破滅。
だから公王派閥だった貴族達も下手には動けないのである。
だが、だからと言って何もしない訳にはいかない。
そこで取られた手が――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ミドルズ公国王宮より少し北には大きな霊園がある。
曇り空に寄って月明りさえ届かない深夜遅く、その場所に5人の人影があった。
「最後にもう一度確認するわよ。参加した人間は全員重罪のお尋ね者になる可能性があるわ。引き返すならこれが最後のチャンスよ」
その場にいるのは青の勇者一行と、行動を共にするニンジャマンだ。
ローブを着た金髪の少女――ローラがその場にいる全員の顔を見まわし、そして確認する。
――第三王子救出作戦の最終確認を。
「このまま黙って第三王子を見捨てる事は――悪を見過ごす事は出来ない」
先に進めばもう後戻りはできない。
だが青の勇者と呼ばれるアークは迷いなくそう答えた。
「アーク居る所にミルラスあり!ってね。アークがやるなら相棒であるあたしも一緒じゃないと」
アークに続き、ミルラスが軽い口調でそう告げる。
彼女にとって、お尋ね者となる事よりアークと離れ離れになる事の方が問題だった。
なので引き返すと言う選択肢はない。
「新しい
ふざけた口調ではあるが、タルクらしいとも言える答えにメンバーの口元に笑みが浮かぶ。
三人から答えを貰ったローラは、最後の一人、ニンジャマンへと視線を向けた。
「拙者の里の祖――ニンジャマスター・サムライは、かつて世界に災いを齎した邪悪なる獣を封じたと伝えられているで御座る。そして拙者にはその正義の血が流れている……ならば、この正義の執行と言うべき
普段はただパーティーの近くにいるだけの彼女だったが、今回はローラ――正確には伯爵家――の依頼を受けて正式に救出作戦に参加する事になっていた。
「皆、ありがとう。改めてお礼を言うわ」
表立って動けないエルント伯爵家に変わり、国家の為、そして家の為にこの危険な仕事引き受けたローラが4人に頭を下げた。
「俺達は仲間なんだから当然だろ。それより……ウルはどうしようか?」
アークが狼のウルを見た。
ウルは通常の狼よりかなり大きく、これから使う秘密通路を通った潜入には向かない。
というよりも、サイズ的に狭い通路を抜ける事は出来ないだろう。
「ウルにはここに残って貰うしかないわね」
「ま、しょうがないな。こいつ無理やり連れてって、通路に詰まったら洒落にならないし」
「ウル、良い子でお留守番――とはちょっと違うか。まあ待っててね」
「ウル。俺達は行って来るから」
皆がウルをこの場において出発しようとしたその時、ウルが一吠えする。
するとその姿が――
「「「「――っ!?」」」」
――見る間に縮み、まるで子犬の様な姿になってしまう。
「え?え?」
「これは……」
その思わぬ変化にミルラスが目を丸め、他のメンバーも絶句する。
ただ一人を除いて。
そう、ニンジャマンだけは全く驚いていなかったのだ。
そして彼女は自信満々にこう告げる。
「これは間違いなく忍犬で御座るな。にんにん」
――と。
もちろん、適当に思いついた口から出まかせである事は説明するまでもないだろう。
彼女は幼い頃からの精神修練のお陰で、単にびっくりしなかっただけである。
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