第71話 葬儀

「人の命というのは儚い物ですね」


コーダン伯爵の葬儀の帰り道、馬車の中でレイミーが暗い表情でそう呟く。

おそらく、流行り病で無くなった両親の事を思い出しているのだろう。


え?

なんでその両親の仇に近い奴の葬儀に参加してるかだって?


レイミーには伝えていないからだ。

暗殺の件を。

知った所で両親が生き返る訳でも無し、苦しい思いをするだけだからな。


つまりレイミーにとってコーダン伯爵は、長年使用人を無償で提供してくれた良い人って訳である。

だから葬儀にも参加したのだ。


因みに、伯爵の死因は急な病死という事になっている。

殺す前に体の怪我を治しておいたので外傷がなく、脳が破壊されて死んだ事に気付かなかったためだろう。


――等という事は勿論ない。


伯爵が亡くなったタイミングで、警備の人間達が何人も気絶させられているのだ。

余程のクルクルパー集団でもない限り、真っ先に暗殺を疑うだろう。

なので、脳が破壊されて死んだ事にも気づいているはず。


なら何故病死と発表したのか?

それは面子の為だ。


本来最も安全であるはずの屋敷でその主が殺されたとなると、セキュリティがガバガバだと宣伝する様な物。

伯爵クラスの高位貴族家にとって、それを喧伝する事は屈辱以外の何物でもない事だろう。

だから暗殺と分かっていても病死と発表しているのだ。


まあだが、大半の貴族連中は気づいているだろうがな。

不自然な突然死の裏に。


高位貴族はこまめに魔法による健康チェックを受ける物だから、何らかの持病でもない限り突然死する様な事は無いのだ。


「ええ。ですが儚いからこそ、人は今を精一杯生きるのです。自らが生きた証を残すために……そして次代の人間がそれを受け継ぎ、努力し続けるのです。それが受け継がれる限り、そこに至るまでに積まれた努力は決して無駄になりません」


自分で口にしといて何だが、果てしなく中身のない言葉だ。

短く要約すると『両親の残した物を守るために頑張ろう』だし。

他人を上手く励ますと言うのは難しい物である。


「そうですね。お父様とお母さまが居て、今の私達が居るんですもの。天国の両親に恥じない様、頑張らないと」


「その意気です。レイミー様」


屋敷に戻った俺は執務机に座り、考え事をする。

もちろんその内容は、伯爵が情報を流した十二家の三名――


「テライル・ジャッカー、ノイガス・ギャロップ、ゲン・モンペ」


――先代侯爵夫妻を殺した容疑者達についてだ。


嘘発見器であるエーツーを添えて尋ねればその犯人は直ぐ判明する事だろう。

だがそれをした場合、少々問題が出て来る。

その問いを尋ねた犯人以外が、コーガス侯爵家おれによる報復を察知してしまうかもしれないからだ。


コーダン伯爵の不審死。

そして伯爵家に繋がっている人間の死――おそらくお互いの状況はある程度把握しているはず。

そして俺のする質問。


商売を成功させているさとい人間なら、この三つからその答えに辿り着くはずだ。

そしてその情報はコーガス侯爵家の弱みに繋がる。


まあ脅して来る分には始末して終わりなのだが、噂などで流されてしまわないとも限らない。

そうなれば当然当家の名誉が汚されてしまう事になる。


もちろんその程度大したダメージにはもならないのだが、俺の軽率な行動の結果そうなるのは宜しくない。

避けられる物は出来る限り避けて行かなければ。


「何も考えず、纏めて始末すると言う手もあるんだが……」


三家全部纏めて始末する。それが一番手っ取り早い手だろう。だが俺は虐殺者ではない。十二家自体に良いイメージがないとはいえ、流石にそれを決行する気にはなれなかった。


「随分と物騒な事を口にしているな」


執務室の扉が開き、シンラが入って来た。

その手には酒の入ったボトルと、グラスが二つ。


「盗み聞きは趣味が良くないぞ」


「悪いな。エルフは耳がいいんだ」


まあシンラが部屋に近づいて来たのは気づいていたので、本当に聞かれて困る様な事ならそもそも呟いていないが。


「それより、いっぱいどうだ?エルフの里から仲間が送って来てくれたものだ」


「ふむ……そうだな」


報復は別に急ぐ必要はない。

余計な痕跡を残さずするのなら、明確な目星をつけてから動くべきだ。

そしてその手がかりは――


闇蠍。


没落していたとはいえ、侯爵家の人間を殺した事がバレればそいつは破滅だ。

だから素人ではなく、証拠を残さず確実に遂行できるその道のプロを雇った筈である。

その最有力候補が、各国で大々的に活動している闇蠍という訳だ。


まあもちろん、他の組織に依頼している可能性もあるが……


丁度現在、俺は別件で在闇蠍を追っている際中だ。

奴等の尻尾を掴んだら、侯爵夫妻暗殺に関わっていないかも確認するとしよう。


そこが空振ったら……


まあその時は、痕跡も糞も無く行くしかない。

見逃すと言う選択肢だけはないからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る