第24話 同郷

彼女と初めて出会ったのは3年前の事だ。


言葉が通じず。

何処かも分からない場所。

どうしようもなくて、街中で蹲って震えていたそんな僕に声をかけてくれたのが彼女――レイミーだった。


「貴方がレイミー様の忘れ物を届けに来られた方ですか?」


室内に執事服の男性が入ってきて、僕にそう確認して来る。

黒髪黒目で、理知的な瞳をした人だ。


――その人を見た瞬間体がぶるりと震えた。


なんだ?

何でこんなに緊張するんだ?


緊張から、僕は膝上にあった両手を強く握りしめる。


恐怖?

いや、そういう恐ろしい感じはしない。

そもそも、この穏やかそうな人に恐怖を感じる理由などないし。


――自分でもよく分からない感覚。


一体なぜ……なぜ、こんなに緊張してしまうんだ?


そんななんとも言えない感覚を抱きつつも、僕は口を開いた。

いや、緊張から沈黙を避けたいという思いが湧き出て、口を開かずにはいられなかったというのが正しい。


「は、はい……僕はその、怪しい者じゃなくて……職場で一緒に……あ、いや彼女の元居た職場の同僚でして。それで、その……忘れ物を……届けに……」


上手く喋る事が出来ない。

馬鹿みたいに緊張しているのだから当たり前だ。


そんな僕の聞き苦しい言葉に、その男性はふっと微笑んだ。

その瞬間、体から力が抜け、極度の緊張状態から僕は解放される。


「ふぅ……」


緊張感から解放され、思わず僕は安どのため息を漏らす。

いったい、何だったって言うんだろうか。


「ご安心ください。ミコシバ様の事は存じ上げておりますので」


「へ?え?あ……僕の事、知ってるんですか?」


「はい。コーガス侯爵家に仕える者として、レイミー様の交友関係は把握させて頂いておりますので」


素行調査って奴かな?

普通は結婚相手とかにする様な物だけど、やっぱり貴族だからかな。

友人や同僚にもするのは。


って、それって……僕大丈夫かな?

だって僕については、3年以上前の足取りがない訳だし……


「ああ、申し遅れました。私はコーガス侯爵家にお仕えする、タケル・ユーシャーと申します」


執事さんが丁寧に名乗ってくれる

その名前を聞き、僕は『ん?』となった。


タケルと言う名が、この世界では珍しい名前だというのもあるが。

レイミーから何度となく聞かされて来た、世界を救った勇者の名前と同じだったからだ。


「タケル……ユーシャー?」


――そしてその勇者は、没落前のコーガス侯爵家から輩出された偉人だった。


執事さんがそれと同じ名前なのは偶然?

でも……


名前だけなら確かに偶然と言えたかもしれない。

だけど名字までがユーシャーというのは、どう考えてもアレである。


ユーシャーって、ぜったい勇者のもじりだよね?


という事は、目の前の執事さんは勇者様……な訳ないから、その子孫って事だろうか?


どうなんだろう。

ちょっと気になる。

けど、初対面でそんな事聞くのは失礼だよな。


「はい。何か問題でも御座いましたか?」


「ああ、いえ。その……世界を救った勇者様と同じ名前だなぁ、と思いまして。ははは……」


「ああ、そうですね。同じというよりも、私がその勇者です」


「まあ偶々ですよね……って、ええ!?」


え?

今この人、自分が世界を救った勇者本人って言ったのか?


執事さんは笑顔で俺をじっと見ている。

特に何か秘密を打ち明けた様な感じではない。


あ、まてよ。

ひょっとして冗談なんじゃ?

なんだ、びっくりして叫んじゃったよ。

恥ずかしいなぁ。


「も、もう冗談キツイなぁ」


「冗談ではありませんよ。正真正銘……私が100年前に魔王を倒し、勇者の称号を得たタケルです」


タケルさんは真面目な顔でそうきっぱりと宣言する。


冗談の続き?

でもそうは見えないし。

本当に勇者?


いやでも、魔王が倒されたのは100年も前の事だ。

当時20歳ぐらいと考えても、もし勇者が生きていたとしたら120歳ぐらいって事になる。


だが執事さんはどう見ても30代程度。

年齢が全く合わない。


「ははは、冗談キツイなぁ。執事さんて、どう見ても100歳以上には見えませんよ」


「肉体的な若さなんて物は、いくらでも調整可能ですよ。何故なら……私は地球いせかいから来た人間ですから」


「へ?」


地球から来た人間。

その言葉に僕は固まる。


何故なら――


「貴方と同じでね。御子柴大河さん」


――僕も地球人だから。

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