第13話 貸し借り
「決定事項です。それと、この会議は暫く毎週開かれますので」
「「「……」」」
毎週開催という俺の言葉に、その場にいる全員が顔を歪め絶句する。
家法一点だけの変更だったので、流石にそこまで明確な嫌がらせが始まるとは思いもしなかったのだろう。
「ああ、それと……砦に留まれるのは会議の前日と当日だけに限らせていただきます。何の貢献もされてない方々を、この場で預かる必要はないと主に言われておりますので」
会議に出席する人員をこの砦に常駐させるという手も、当然使わせない。
従家とは言え何の貢献もしてない様な奴らに、コーガス侯爵家の砦に留まる権利を与える謂れなどないからな。
「貢献していないだと!ワシ等はコーガス侯爵家が困っていた時、金を融資してやったではないか!」
俺の言葉にモンペが反論して来た。
確かに、無利子の借金は手を差し伸べたと言えなくもない。
だがそれは――
「コーガス侯爵家が完全に潰えてしまっては、皆様方の得た貴族位が失効してしまいます。つまり、困るから手を貸しただけではありませんか?お互い得る物があっての事のはず」
「それは否定せん。だが、持ちつもたれるであったのだから良き協力関係にあったと言えるはず」
良き協力関係ね……
ケリュムの言葉にイラっとさせられる。
持ちつもたれるというのは、お互いのメリットがある程度釣り合って初めての事だ。
そもそも彼らの得た利益に対して、レイミーやレイバンの貧しい生活が本当に釣り合っているとでも思っているのだろうか?
厚かましいにも程がある。
「何か勘違いされているようですが……コーガス侯爵家は、皆様方の主家にあたります。そして貢献とは、献上を指す言葉。協力ではとても貢献とは言えません。そもそも皆様方が得ていた利益と、当家の得ていた利益では、到底釣り合いの取れる物ではございませんでした。それで良き関係などと申されましても」
「ぬ……確かにワシ等の方が利益は大きかった。だが、コーガス侯爵家は危機的状態だった。余裕があり手を差し伸べる側である我らが、より多くの利益を得るのは当然ではないか?そして、我らが手を差し伸べたからこそ、コーガス侯爵家は完全に潰えずに済んだのだ。そこを評価してくれてもいいはず」
爺がまだ食い下がって来る。
この砦に常駐できるかできないかで、彼らにかかるコストは桁違になる。
なのでまあ、当然と言えば当然ではあるが。
「ああ、勘違いなされませぬ様に。私は責めている訳ではありせん」
彼らは商人だ。
利益のために動くのは当然の事ではある。
そして彼らとの取引があったからそ、コーガス侯爵家が絶えずに済んでいた側面は大きい。
「家主代理であるレイミー様も、その事には感謝されております」
その事には感謝している。
そして感謝しているからこそ……
いい様に利用されたにもかかわらず、力で跡形も残らずすり潰すのだけは勘弁してやっているのだ。
「ならば、この砦に留まる些細な願い位聞き届けて貰ってもよいのでは?」
ケリュムの言葉に俺は首を横に振る。
「残念ですが、皆様方はもう十分過ぎる程の利益を得たはず。仮に恩があったとしても、もう既にそれは返し終えているかと」
「く、貴様では話にならん!当主代理と話させろ!」
「そうよ!」
「執事如きがでしゃばるな」
「レイミー殿と話させろ!」
此方を只の執事と見くびり、お前では話にならないと彼らが騒ぎ出す。
「お静かに」
煩わしい面子を黙らせるために、俺はスキル【ウィスパーヴォイス】を使用して落ち着かせる。
そして自らの右手の親指を、頭上に掲げて見せた。
その指に嵌まっているのは、コーガス侯爵家の紋章が入った指輪だ。
「これは当主代理であるレイミー様から頂いた、このコーガス領の管理を任された証。つまり、此処での決定権は全て私の裁量しだいという事です。なので代官として宣言します。皆様方の駐留は一切許可いたしません」
まあ騒ぐだろう事は分かってたからな。
事前に用意しておいたのだ。
「そして代官に任命された私の言葉は、この地にあって当主代理であるレイミー様の言葉に準ずるもの。なので納得できずにこれ以上騒ぐようでしたら、コーガス侯爵家への侮辱行為とみなしそれ相応の罰を与える事になります」
「「「……」」」
スキルで沈静したのもあったが、全権を委ねられている代官が宣言している以上、それ以上騒がしくする者はいなかった。
まあもし続ける様なら、冗談抜きで武力で制圧してやるつもりだったが、そこまで馬鹿は流石にいない様だ。
「それでは、用件が御座いません様なので私はこれで……」
固まる彼らにそう笑顔で言い残し、俺は奥の扉から退出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まさか兵士達の言う事が本当だったとはな……」
森を抜け、安全な場所に避難した所でケリュム・バルバレーが呟く。
砦からの帰還時、十二家は固まって森を抜けてきた。
バラバラで行動するより、その方が安全性が増すからだ。
それは合理的な判断だと言えるだろう。
だが――
『大人数になると魔物が凶暴化して危険なので、纏まって行動する事はお勧めしません』
――砦の兵士達は、彼らにそう忠告していた。
魔物にそんな習性があるなど聞いた事もない十二家の人間からすれば、何を馬鹿なといった所だろう。
当然それを無視して彼らは大規模な集団で行動し、そしてありえない程の魔物達の波状攻撃で危うく壊滅の憂き目にあいかけたのだ。
「これは不味い事になった」
今回の件で、この森の恐ろしさは護衛をした傭兵達から周囲に伝わるだろう。
そうなれば次からの雇用価格は間違いなく跳ねあがる。
だからと言って、死の危険が付き纏う危険な任務を専属で雇っている者達に割り振り続ける訳にも行かず、ケリュム・バルバレーは苦悩した。
いや、彼だけではない。
今回参加した十二家全ての人間が同じ気持ちだ。
「このまま我々へ嫌がらせが続けば、とんでもない損失になってしまいますわね」
今後の経費をポワレ・モンクレーが素早く計算し、頭を押さえた。
彼女の護衛の数は40名。
今回支払われた護衛の費用は戦闘が確実であったため少し高めで、一人当たり40万の計1600万になる。
モンクレー家からすれば、それ程の大きな出費とは言えない額だ。
――だが次からは確実に単価が上がる。
40万というのは、戦闘自体がそれ程激しくない場合の計算だ。
今回の事で、今後その価格は確実に数倍に膨れ上がってしまうだろう。
命を落とす危険がある以上、たった40万ぽっちで雇われる腕利きの傭兵などいないからだ。
なので安く見積もっても、その単価は確実に100万を超えて来るだろう。
そうなると一回の会議で4000万もの金額を垂れ流す事になってしまう。
そしてこれが年50週続けば、20億もの出費となる。
いくら大きな商いで稼いでいるとは言え、これは洒落にならない出費と言えるだろう。
しかも単価100万というのは、短期的に見た場合の話である。
誰が毎週毎週、好き好んで死地に向かいたいというのか?
連続して続けば引き受ける傭兵などは確実に減って来るだろう。
そしてそうなれば、更に単価を吊り上げる必要が出て来る。
なので最終的に、倍の40億程の出費を十二家は覚悟する羽目になる。
「やれやれ、なんとかせんとな……」
ケリュム・バルバレーは魔物渦巻く死の森を見つめ、ため息交じりにそう呟いた。
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