第12話 一か所

「新しい物は此方になります」


変更後の家法の内容を記した冊子を俺が配ると、招集されたザゲン・モンペ達が慌ててそれに目を通した。


「特に大きな変更はない様だが……」


「そうみたいね……」


新しい家法に、目につく様な無茶な物は入っていない。

一般的な貴族の施行している物と大差ないレベルと言っていいだろう。

思っていた物とは違うであろう、拍子抜けの内容に彼らは揃って首を傾げた。


まあさっきまでのやり取りを考えると、滅茶苦茶な事がかかれている事を想像するよな。

けど、実際に変更しているのは一点だけ。

それも一目見ただけじゃ、それがどういった意味を持つのか理解できない様な変更になっている。


本格的に嫌がらせするなら、もっとバンバン変えた方が良いのでは?


そうしたいのはやまやまだが、余りやり過ぎると、それを理由に従家を抜ける訴訟を起こされかねない。


この国で徐爵を受けた者は、一度受けてしまうと授けた側の許可なしに返上する事が出来ない様になっている。

つまり、十二家の人間はコーガス侯爵家の許可なしに勝手に爵位を返上する事は出来ないという事だ。


但し、明らかに無茶な要求を求めた場合なんかはその限りではない。

そう言った場合、国に訴える事によって関係の解消を図る事が可能となっている。


十二家としては、今の美味しい状態を簡単に解消しようとはしないだろう。

とは言え、余りにも無茶苦茶し過ぎると流石に抜けようとするはず。

だからそうならない様、と言うかできない様、変更は最小限に抑えておいたという訳だ。


食い物にされた報復なのに徹底しないのか?


問題ない。

今回の変更は、奴らに十分な打撃を与える事だろう。

そう、変更した一点だけで十分なのだ。


「む、これは……」


他の連中が家法を見て拍子抜けしている中、今回招集した十二の家の中で最も大きな商家であるバルバレー家の当主、ケリュム・バルバレーがレイミーの方を見た。

どうやら彼は気づいた様だ。

家法の変更点と、そしてその意味に。


「発言を宜しいかな?」


彼は礼儀正しくレイミーにそう尋ねた。

その態度には少々好感を持てたが、こいつが没落したコーガス家にたかった事実は変わらない。

なのでその辺りはちゃんと清算して貰う。


「構いません」


「では、失礼して。この――」


俺の変身したレイミーが許可を出すと、彼は席から立ちあがって発言する。


「会議の開催に関してなのですが。以前記されていた三年に一度の部分が削除されているようですな。これにはどういった意図があるのか、うかがっても宜しいでしょうか?」


会議は三年に一度というのが定番だ。

そうなっているのは、王家の施行している貴族会議がそうであるためである。

そしてもともとのコーガス家の家法もそれにならい、特に問題がない限りは三年に一度と決まっていた――三十年開かれてこなかったのは、家が没落してそれどころではなかったため。


だが今回、この三年に一度の部分を家法から削っておいた。

そしてそれこそが唯一の変更点である。


「この三十年間、コーガス家は困難の中にありました。ですが……その苦汁の日々も終わりです。これよりコーガス家は再出発を図り、かつての栄華を取り戻します」


「……」


『何を馬鹿げた事を』と言わんばかりの目を、ケリュム以外の十二家の人間がレイミーに向ける。


まあ実際、多少支援を受けた程度で簡単に再興できる訳もないので、彼らがそう判断するのも無理ない事ではある。


だが問題ない。

勇者である俺が何とかするから。


「そのためには、物事に柔軟に対応せねばなりません。そしてそれには、従家である皆さんへの密な意思伝達が必要不可欠になると判断しました。故に、三年に一度というくくりを外したのです」


彼らに家法の変更を求める権利はない。

なので――


別に理由などない!

そうしたいからするのだ!


と返したい所だが、それだと余りにもコーガス侯爵家としては下品な回答になってしまう。

更に言うなら、余りにも承服しがたい馬鹿げた内容の場合は、彼らが従家を抜ける訴えを起こす起点となりえた。

だから、理にかなった真面な返答を返す必要があったのだ。


「なるほど、お話は理解しました。しかし我々は契約により、侯爵家からの命令を受ける必要がない立場に御座います。そんな我らに意思を伝える意味は御座いますのでしょうか?」


「確かに命令する権利は御座いませんね。ですが侯爵家復興に当たって、当家は周囲の注目を集める事になるでしょう。そんな時、従家の貴方方がコーガス侯爵家が何をしているのか把握できていないのは問題ではありませんか?そうならない様にするための会議です」


他の貴族や取引相手にコーガス侯爵家の事を尋ねられた際『いや全然分からないです』などと返しては、彼らが大恥をかく事になるだろう。

そしてそれはコーガス侯爵家の恥じでもある。

だからそれを避けるため。


という建前だ。


あくまでも彼らの為に。

そう言われればぐうの音も出まい。


「なるほど。我らをおもんばかっての事とは露知らず、これは失礼いたしました」


ケリュムは終始笑顔を崩さなかったが、筋の通った返答に内心舌打ちでもしている事だろう。


「では、本日の会議はここまでとなります」


ゲリュムが席に着いた所で、執事である俺が会議の終了を告げる。


「は?終わり?」


「冗談でしょ?」


「まさかたったこれだけの為に、わしらを呼び出したというのか?」


早々の終了に、十二家の奴らが騒ぎ始めた。

苦労して死の森を抜けて来たのに、会議は物の10分で終わったのだ。

そりゃまあ、騒ぐよな。


会社の会議の為に富士の山頂に呼び出されて行ってみたら、会議自体は10分で終わったら普通ブチ切れ物だろ?

それと同じような物だ。


「これだけ……ですか。コーガス侯爵家の決意表明と、家法の変更の通知。皆様方が軽んじられる内容ではないかと」


俺の殺気をはらませた言葉に気おされ、騒いでいた十二家の人間が一瞬で黙り込む。


「それでは皆さん。また次回の会議でお会いしましょう」


レイミーが席を立ち、会議室を出ていく。

それを確認してから、俺は次回の開催日時を彼らに伝える。


「次回は――一週間後の同じ時間になります。もちろん、場所も同じで」


「んな!?」


「ふ、ふざけるな!一週間後だと!しかも同じ場所で!!」


「嫌がらせにも程があるだろうが!」


「決定事項です。それと、この会議は暫く毎週開かれますので――」


そう、会議は毎週開く。

なので彼らは毎週、死の森への冒険を敢行しないといけない訳だ。


そのペースで来られたら魔物を狩り尽くされてしまう?


安心してくれ。

俺は勇者なので瘴気を完全に消滅させる事も出来るし、逆に、魔界での経験から瘴気を増幅させる術も持ち合わせている。


つまり、魔物が減ったら瘴気を増やせばいいだけ。

更に魔物はまだまだグレードアップが可能。

なので、彼らにはいつも新鮮な冒険を提供する事をお約束する。


え?

瘴気を消せるのなら、森の瘴気を消して人が住めるようにすればいいんじゃないか?


それはまだ早い。

瘴気を消せる事を周囲に知られてしまっては、次からこの手の土地を購入する際の値段が跳ね上がってしまう。


なので、金策してある程度必要な土地を押さえてからだ。

それをするのは。

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