第1話 没落

何もない草原。

柔らかな風を受けながら俺は呟く。


「帰って来た……」


――そう、俺はエデンに返ってきた。


まあ、もう100年も経っているから俺の事を分かる奴はいないだろうが。

だがそれは別に構わない。

誰かに称賛されたくて、俺は戦ってきた訳じゃないから。


俺の原動力。

それはかつて受けた恩に対する恩返しだ。


異世界転生時、俺は力のない赤ん坊だった。

チートはあったが、それは成長系の物で、その時点では単に前世の記憶を持つ赤ん坊でしかなかった。


――そしてスタート地点は何もない野原。


あの時は本気で考えたね。

マジ神殺すと。


いや、どう考えても詰み状態だったからな。

人生やり直す所か、単に二回死ぬだけとか完全に罰ゲームだ。


そしてその予想通り、肉食の魔物が俺の匂いを嗅ぎつけてやってきてしまう。


そんな俺をさっそうと現れ助けてくれたのが、コーガス侯爵家の当主――ガルバン様だった。

更に彼は、行き場のない俺を養子としてコーガス家に迎え入れてくれた。


――そこからが俺、タケル・コーガスの人生の始まりだ。


前世では物心つく前に両親を失い。

親戚に煙たがられながら生活してきた俺にとって、そこでの生活は初めて知った家族の温かさだった。


――そう、血は繋がってなくともコーガス家は俺の家だったんだ。


そンな中、突然始まる魔王軍による侵攻。

いくらチートで他の人間より伸び抜けた能力があったとはいえ、それでも平和な日本で生きてきた俺にとって戦いは恐怖以外の何物でもない。

だが俺は、迷わず剣を取って戦う事を選択する。


人類の未来を守るなんて、そんな崇高な気持ちを持っていた訳じゃない。

ただただ俺の家を、そして家族であるコーガス家を守りたかったからだ。


そして魔王を倒し。

後々の憂いを無くすために魔界に乗り込み、裏で手を引いていた魔界の大魔王を100年かけて討伐。

やっとの思いでこうして帰って来たという訳である。


「あれから100年……みんな死んでしまってるだろうな……」


そう思うと寂しさが込み上げて来る。

だが、構わない。

俺は守ったのだから。

俺の家と、その家族の子孫の未来を。


「さて、じゃあコーガス家に行くか」


守った未来が、今も栄光と共にある事をこの目に納める為に。

俺はそこから東に進み、コーガス本家へと向かう。


「は?え?」


場所を間違えた?


目の前に広がる光景に、俺はそんな考えが頭に浮かぶ。

何故なら本来そこにある筈のコーガス侯爵家の屋敷がなく、少しボロめの建物がずらりと軒を並べていたからだ。


100年経ったから建て替えた?


そんなレベルではない。

どう考えてもこれは、ちょっと貧しめの人間達が暮らす場所だ。

実際、変なおばはんや小汚いガキどもが通りを行きかっているし。


「どうなってんだ?まさか本邸の場所を移したのか?」


先祖代々の墓などもあった筈なので、その可能性は低い気がする。

だが、現に邸宅は無くなってしまっているのでそうとしか考えられない。

取り敢えず、此処に住んでいる人間に聞いてみるとしよう。


「あのー」


「あらやだ、あんたハンサムねぇ。お姉さんに何かようかしら?今夜なら空いてるわよ」


50台くらいの太ったおばさんに声をかけると、体をくねらせ厚かましい主張をして来る。

その場で張り倒してしまいたかったがぐっと堪え、俺は質問を投げかけた。


「ここって、元々はコーガス侯爵家の建物があった場所ですよね?どこかに移ったんですか?」


「コーガス侯爵家……」


叔母さんが俺の言葉に首を捻る。

まさか知らないのか?

いくら富裕層ではないとはいえ、王国三大家門の名前を知らない訳ないんだが。


「あ!思い出した!コーガスって確か、あの落ちた反逆者って呼ばれてる家でしょ」


「落ちた反逆者?」


落ちた反逆者。

不穏な呼び名である。


この100年の間に、一体コーガス侯爵家に何があったんだ?


「そうよぉ。あらアンタ知らないの?」


「ええ、まあぜひ話をお伺いしたいのですが」


「しょうがないわねぇ。ま、お兄さん好みのタイプだから教えてあげる」


ババアがウインクを飛ばして来る。

その行動に、目ん玉をくり貫きたくなる怒りの衝動に駆られるてしまう。


いかんいかん。

魔界で長く戦い漬けだったせいか、少し短気になってしまっているな。

兎に角、今は一々怒っている場合じゃない。


「お願いします」


「えーっと確か……30年ぐらい前に違法な危険薬物を国に蔓延させたって事で、罰で領地を全部取り上げられたって話よ。まあ、私はその時生まれてなかったからよくは知らないけどね」


いや生まれてない所か、既に成人してたレベルだろうが。

という無意味な突っ込みは控えておく。


しかし薬物の流布か……


『濡れ衣』という単語が頭に浮かぶ。

俺の知るコーガス家は、清廉潔白を絵にかいた様な人達だった。

だから薬物を流布したと言われても、そんな訳がないとハッキリと断言できる。


だが――


30年前って事は、俺が魔界に行って70年経ってるって事だ。

養父でありコーガス家当主ガルバン様は勿論、次期当主で義理の兄であったバルダンも生きているか微妙な時期である。


バルダンの息子であるドウダンは健在だったかもしれないが……


別れた時はまだ7歳の子供だった事を考えると、ドウダンが何らかの理由で成長過程で歪んだか、更に下の世代がやらかした可能性は否定できない。


――だが今はそんな事よりも、もっと重要な事がある。


「それで……コーガス侯爵家はどうなったんですか?」


今、コーガス家がどうなっているのか?

これが最も重要だ。

何故没落ししたかとか、そんな物は後でいい。


「えーっと、確か……領地と財産を取り上げられただけのはずよ。世界を救った勇者の家って事で、処刑されず、貴族位もそのまま残されたって話だったわ」


「そうですか……」


王家は、一応俺との約束を守ってくれたんだな……


魔王討伐時に、当時の王や有力貴族にはコーガス家を支えて欲しいと強く頼んであった。

俺は魔界で大魔王と戦う必要があって、エデンから去らなければならなかったからだ。


とは言え、領地も財産も失った貴族など張子の虎も同じ。

従属貴族位を授与する叙爵権があるから暮らすには困らないだろうが、領地がないなら貴族としては死んだも同然である。


まあだからと言って、その事で『何故もっとしっかり守ってくれなかった』と王家を責めるのは酷だろう。


真実はどうあれ、危険な違法薬物の流布となれば三大家門であっても許される様な事ではない。

普通なら一族全員処刑されてもおかしくはないのだ。

それを阻止しただけでも、相当の反発があった筈である。


「あの、コーガス家の人達が今どこに住んでるかとかは分かりませんか?」


「流石にそこまではお姉さんもねぇ。それより、この近くにいい居酒屋があるのよ。どう、今から一緒に――」


「お話ありがとうざいました。では――」


おばさんの言葉を遮り、俺はその場をさっさと後にする。

情報が無いのならもう彼女に用はない。


兎に角、コーガス家の居場所を探さないと……

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