恋って

おおらかな

第1話 特殊能力のはじまり

私には高校生になるまで特殊な能力があった。

好きになった人が転校する能力である。いや、転校する人を好きになる能力か。

とにかく、好きになった人は片っ端からいなくなるのである。


この能力は初恋から発動した。

私の初恋は保育園の年中の頃。同じクラスの「じゅんくん」のことがとても好きだった。

じゅんくんは爽やかな塩顔の男の子で、どろんこになって遊んでも妙に清潔感のある子だった。同級生たちが「ちんちん」「うんこ」ブームの中、じゅんくんの口からそのようなワードを聞いたことはなく、周りのことによく気付く、とても優しい男の子だった。

じゅんくんを好きになった瞬間は今でも鮮明に覚えている。

何かの拍子に私の目に異物が入り、目を開けられずに園庭でうずくまっていた時だ。

「大丈夫?痛いの?」という優しい声がけに痛む目をうっすら開けると、そこには心配そうな眼差しで私の顔を覗き込むじゅんくんの顔があった。

生まれて初めて、自分の心臓の音が聞こえた。


それからじゅんくんは私の中で特別な男の子になった。じゅんくんと一緒だったら何でも楽しいし、じゅんくんと一緒に何でもしたい。

しかし当然のことだが、じゅんくんの素敵さに気が付く女子は私だけではなく、蓋を開ければ周りはライバルだらけだった。

みんな、じゅんくんと遊びたいし、ご飯を食べたいし、手を繋ぎたい。

私のいたクラスのほとんどの女子が、じゅんくんに初恋を捧げたのではないだろうか。


ある日、ライバルの1人とじゅんくんを取り合う、という状況が発生した。

それは文字通りじゅんくんの取り合いで、ライバルがじゅんくんの右腕を、私がじゅんくんの左腕を掴んで自分の側に引っ張るのである。

綱引きの縄と化したじゅんくんの腕を私たちは夢中で、必死に、精一杯引っ張った。

大好きなじゅんくんの「痛い!」という声も聞こえないほどに、それは熾烈な争いになった。

しばらくすると、私はあることに気が付いた。

じゅんくんの腕の皮膚が裂けているのである。

絹のように滑らかなじゅんくんの腕の皮膚が、ピッと裂けているのである。

私は思わずじゅんくんの腕を離した。

じゅんくんは「いてててー!」と腕をさすり、裂けた部分に気がつき不思議そうに凝視している。幸い傷は浅かったようで出血はしていなかった。


その時、私はじゅんくんに話しかけたのだろうか。覚えていない。

慌てて謝った気もするし、ショックで固まっていた気もする。

ただ憶えているのは、じゅんくんは怒らなかったということだ。

おもちゃのように引っ張られ、挙げ句の果てには怪我までしたというのに。


それから程なくして、じゅんくんは突然私の前から姿を消した。

保育園の先生が「じゅんくんは急なお引越しで遠くに行ってしまいました」とみんなに教えてくれた。

お別れ会もなく、本当に急なことだった。

この瞬間、私を含め多くの女子の初恋が終焉を迎えた。そしてライバルから、同じ痛みを経験する仲間になったのである。

本当に、じゅんくんはどこまでも優しい子だった。


今、じゅんくんはどこで何をしているのだろう。どんな大人になっているのだろう。

当時、綱引きの縄になったことは覚えているだろうか。できればそこは忘れていてほしい。


それからしばらくして私も引っ越すことになり、新しい土地での生活が始まることとなる。無論その時の私は、自分の呆れるほど無駄な能力が開花したことをまだ知らない。








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恋って おおらかな @hanimon0912

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