ある女の話

らくだ

第1話

 親会社の親会社の大企業の大炎上プロジェクトに放り込まれた1年目の私は、連日連夜の深夜残業、定時出社、休日出勤に疲れ果てていた。

 SEになったのは、ただ受かったからだ。何の目標もなかった。さらにいうと理系ですらなかった。

数々の企業の面接を受けに受け、落ちに落ちた私が受かった会社は大企業の孫会社と、一応上場はしているけどあまり名前も知られてない地元企業の営業職だけだった。

 

 「やはり大企業が安心!」という家族の声に押され、なんとなく大企業(の孫会社)の内定を受諾することにした。内定後に会社が合併して、勤務地が隣県から関東に変わると言われたのは1月のこと。

 NOといえない新入社員(になる予定の内定者)には会社の決定に従う以外には、どうすることも出来なかった。

新人研修はさすが大企業(の関連会社)、グループ内の教育専門の企業で一ヶ月の座学の研修を受けた。

 その間は同じ社員寮に住む同期と飲みに行ったり、同じ研修を受けている同グループの他会社の同期とも仲良くなり連絡先も交換した。

 そして彼氏も出来た。初めての一人暮らし、都会暮らしは何もかもが新鮮で、毎週末色々な場所に出向いては、テレビでしか見たことのない場所に自分がいることが信じられなかった。写真を撮りまくった。



 研修が終わり、今のプロジェクトに派遣された。そこからだ。私の人生が墜落していったのは。

 他の同期は比較的楽な職場に配置されていたから話は合わない。

 彼氏は「なんでそんなに忙しいの?」と言った。深夜残業が終わり満員電車に揺られ、値引きされたお惣菜をなんとか買ってヘトヘトなときに、電話したいと1時間も電話に付き合わされた。最初は嬉しかった。でも次第に苦痛になってきた。

 彼氏の勉強会に行っている話を聞いているのはまだ良かった。嫌だったのは仕事が大変だと愚痴をこぼすと、最初は共感していた彼氏が「ねえ、夜10時過ぎまで残業してるって嘘なんじゃないの?僕の部署は厳しくて、10時以降に残業する場合は部長の許可が要るから、毎日残業するのはありえない」と嘘つき呼ばわりしたことだった。

 私は10時以降の残業代は勿論のこと、働いている時間分すべてを勤怠につけられる訳ではない。

いわゆるサービス残業だ。


 それを言っても信じてもらえなかった。そして同じグループなのに、子会社である彼氏の会社は自分よりもずっと境遇が恵まれていることに、同じグループという枠に入っているけど、子会社と孫会社の大きな違いを現実を突きつけられたような気がした。


 そして彼氏は浮気した。

 次第に電話をしなくなり、休日のデートも直前でキャンセルするようになった私が浮気していると思ったらしい。



 何のために働いているのか分からなくなった。

 仕事に行くために食事して寝て、休日は片方は出社、もう片方は片付けや体力回復のために眠る日々。

 私は働くために生きているのか、生きているために働くのか分からなくなった。



 死にたいと思ったわけではない。

 辞めたいとは思ったが、有名大学出でもない私が辞めてどうにかなるとは思えなかった。


 その日は寝不足で、私の所属するチームが出したバグについて、会議室に呼び出され、某自動車会社を真似たらしい原因追及のロジックをもって原因と対策を検討する、という名のつるし上げに遭い、ほとほと疲れていた。

 寝不足で視界は霞んでいた。


 だから、雨に濡れた駅の階段で足を滑らせ、あっと思った瞬間には身体が斜めになっていた。

駅の階段を覆う屋根の天井は、丸く、ビニールハウスみたいになっていたことに初めて気付いた。

骨組みなのか横に線がいくつもあって、芋虫みたいだなと思った。



 そこからはブラックアウト。

 そして私はどうやら異世界転生というものしてしまったらしい。

 「え、テンプレofテンプレ。むしろ時代遅れ」と思った。

 しかし声には出せなかった。

 なぜならば私は赤子だったのである。


 ふわふわの白いベッドに寝かされていた。顔の周りにフリルが見えた。

 口には何かが咥えさせられていた。


 なんで異世界だと分かったかというと、お母さん(だと思われる人)に猫みたいな耳が生えていたからである。

 アンビリーバブル。その上、お母さんが後ろ向くと、すらりと長い尻尾が優雅に揺れていたのである。


 私も私もと尻尾を動かそうとしたが、赤子のためなのか全く動かなかった。


 心は大人でも、身体は赤子のためか、ちょっと覚醒したかと思うとすぐに眠くなるのである。

 転生する前の知識は次第に、本当にあったことなのか分からないくらい薄れていった。


 しかし自分の中の、原因追及をされたときの「私のせいじゃないのに。どうして」という苦しみの感情が、私の過去性をずっと確かなものとして忘れさせずにいた。

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