私たちを地獄で裁くこと

西の海へさらり

【完結】私たちを地獄で裁くこと

最終決戦だ、目の前には悪の帝王ゴルゴロスが。指先から波動、空から雷鳴がとどろき、パーティー全体に雷撃が落ちる。

「ユリアス!全体にマジックガードを」

「ジェイクはシールドアタックだ」

「マコノフィーは魔力集中、火炎魔法で削れ」

 俺は、みんなに指示を出す。悪の帝王ゴルゴロス、父・母の命を奪った宿敵しゅくてき!今ここでその罪を償わせる!


「いくぞ!ギグブレイド」

 俺は勇者奥義でゴルゴロスの首に斬りかかった。


 ガツン!


 鈍い音だ。ゴルゴロスの右腕で大剣が弾かれた。次の瞬間マコノフィーの火炎魔法詠唱が終わり、地の底から地割れとともにゴルゴロスの真下から火炎柱が十メートル近く上がる。


 ジェイクのシールドアタックだ。

 ゴルゴロスはジェイクのシールドから不自然に胸をかばった。その拍子に尻もちをつかせた。 


 いける!胸をかばってる。あそこが弱点かもしれない。その時だった、ゴルゴロスは雷獣らいじゅうネメシスを召喚してきた。その後はもう覚えていないほどだ。ネメシスの雷撃がいたるところで炸裂さくれつする。


 大人と子供というよりも、象と蟻、いや神と虫けらのような戦いだった。俺たちパーティーは全滅しかかっていた。ユリアスの詠唱速度では、全体回復が間に合わない。ゴルゴロスの次の攻撃の方が早い。


「みんな、俺に魔力を集中して送り込め」

ユリアスが拒否した。

「シェスターあなた、あの秘奥義を使う気なの」


「し、しかし、このままだと、パーティーは全滅だ」

 ジェイクはパーティ全体を護りながら言った。


「ボクはシェスターに魔力を送るよ。もう勝つ方法がそれしか……ない」

マコノフィーは残った魔力を全て、シェスターに送った。


 続いて、ジェイク、ユリアスも魔力を送った。


 ちょうど魔力が半分ほどに回復したころ、シェスターは勇者秘奥義・【ハジケテマザル】を詠唱えいしょうし始めた。

「あぁ……シェスター」

 ユリアスが声にならない声をあげる。


 ゴルゴロスは雷獣ネメシスに向かって魔力を集中し、より強力な雷撃を練り込んでいるようだった。雷獣ネメシスに雷撃を付与して、さらなる致命の一撃を喰らわす気か。何かを、召喚穴に投げ込んだ。目がかすんで見えない、何か「小さな物体」のようなものを投げ込んだ。


 きっとヤバいやつだ。クソ!次の攻撃を受けたら、かするだけでも俺たちは全滅だ。



 


勇者シェスターは幼い日にゴルゴロス率いる悪の帝国に村を焼き払わられ、父と母の命を奪われた。それからのシェスターは復讐ふくしゅうに燃える日々だった。その類まれな剣術センスと悪への容赦ようしゃのない精神力で、サリストリア王国の剣士見習いに採用された。

 そこからは、みるみる頭角をあらわし、一個師団の長となり数々の功績をあげたのち、サリストリア王国から離脱。ゴルゴロス討伐のためのパーティーを率いた。女神オルティヌスから神託を受け、勇者の称号を得た。その時に、習得したのが、秘奥義【ハジケテマザル】だった。




 シェスターの詠唱が終わる。ユリアスが叫ぶ!その声は、シェスターが自爆する超爆裂音スーパーノヴァにかき消された。


 シェスターはゴルゴロスを引き連れて、自爆するという方法を選んだのだった。間一髪で【ハジケテマザル】をかわした、雷獣ネメシスは主を失ったことを理解できずに、召喚元の異世界へと消えていった。


「うぅっ、ここは」

 真っ暗な世界だ。何も見えない。シェスターはひとり、冷たい風と熱風が交じり合う不思議な空間に倒れていた。

「起きよ、シェスター」

目の前には、神々しい法衣ほうえをまとった女性がいた。角を二本生やしている。魔物なのか?


「あなたは?ここは?俺はいったい」

「私は地獄の裁判官。そしてここは、地獄の門。お前はこれから裁かれるのだ」


地獄の裁判官モネはシェスタを見下ろしながら言った。

「俺が?裁かれる」

 シェスターは立ち上がった。剣も鎧もそして粉々になったはずの自分の身体が再生していることに驚いていた。


「そうだ、お前はこれまでに、モンスターを75042名の命を奪っておる。類を見ない歴代最高位の殺戮者さつりくしゃである」

「俺はゴルゴロスを倒すために、命を捨てたんだ。アイツは俺の父も母も殺した。他にもたくさんの人たちを。そして、この王国も破壊しようと。俺はそれを食い止めた。むしろ賞賛されるべきではないのか!」

 シェスターは地獄の裁判官モネに喰ってかかった。


「それならば、ゴルゴロスだけを倒せばよかったのではないか?お前がこれまでに倒してきたのは、子どものスライム、結婚したてのオーク、やっと子育てが終わったリザードマン、出稼ぎから帰ってきた父を待つサイクロプス、ようやく飛べるようになったグリフィン、やっと自分の農園を持てたゴーレム、やっとガードマンの仕事が見つかったガーゴイル、妻と一緒に冬眠から目覚めたてのドラゴン、まだ言わせるか?」

 シェスターは自分の手をじっと見た。

「お前の手は、血で汚れておる。お前の行動原理はすべて、復讐ふくしゅうと言う名の、正義の正当化である」

「そ、それを言うなら、先代の勇者だって」

「だから、何だと言うのだ?」


 モネはシェスターのこれまでの記録簿を見直していた。モンスターを殺戮しすぎたせいか、めくってもめくっても終わりが見えない。

「お前は、地獄の底でちりとなり、そして再び生まれ変わる。転生などという生易しいものではない。今度はお前は、殺戮される側になるのだ」

「つまり?」

シェスターは固唾を飲んだ。

「ちょうどいい、少し時間を戻して転生させてやろう。お前をゴルゴロスとして転生させる」

「どういうことだ!」

「そういうことだ!物事の真理を見よ」

シェスターは暗闇の奥の底に突き落とされた。冷たい風と熱風が合わさる場所、そこに吸い込まれるようにして、落ちていった。



「ここは?最終決戦の場」

ゴルゴロスに転生したシェスターは立ち上がった。シェスターに似た男たち、パーティーの一団が攻めてきた。

「あ、あれは、俺だ!」

大声をあげながら、見覚えのあるシーンが再現されていく。


「ユリアス!全体にマジックガードを」

「ジェイクはシールドアタックだ」

「マコノフィーは魔力集中、火炎魔法で削れ」

 俺は、みんなに指示を出す。悪の帝王ゴルゴロス、父・母の命を奪った宿敵!今ここでその罪を償わせる!

「いくぞ!ギグブレイド」


 やばい、俺に首を狙われる。とっさにゴルゴロスに転生したシェスターは腕でその大剣を防いだ。続いて地面が割れ火炎が上がる。マコノフィーの火炎魔法だ。


 「ちょ、ちょっと話を聞け!俺だ!俺!シェスターだ。くそっ、あちいぃい」

 

 いかん、次はジェイクのシールドアタックだったな。

(ん?なんだ、胸のあたりに何かいるぞ)


 胸を触ってみると、ゴルゴロスの子どもだった。なんでこんなところに。アホなのか、戦場に子どもを連れてくるなんて。

 俺は、子どもをかばうように、ジェイクのシールドアタックに胸が当たらないように、わざと尻もちをついた。


「お父さん、こわいよぉ」

 ゴルゴロスの娘が泣きはじめた。

次の瞬間、俺は無意識に右手を振り上げ、雷獣ネメシスを召喚していた。


 雷獣ネメシスは

「我が主、ゴルゴロスよ。我を召喚するということは、我が主の命をいただくということ。血と雷と魔の盟約めいやくに基づき、その義務を果たしていただくぞ。我はこの盟約の責に基づき、あやつらを滅す」

 と言った。


 なんてことだ、ゴルゴロスもまた命がけだったのか。雷獣ネメシスが雷撃を放つ、それはまさに五月雨さみだれという言葉がふさわしいくらいに、終わりのない雨のような雷撃であった。


 それよりも、俺が秘奥義【ハジケテマザル】なんて使って自爆しなくても、ゴルゴロスは死ぬことになっていたのかっ。なんて、俺は無駄死に……いや秘奥義でゴルゴロスを先に倒さなければ、雷獣ネメシスのさらなる攻撃でパーティーは全滅していただろう。


 ゴルゴロスの娘は、息をしている。胸の中で静かに眠っている。


 しかし、俺はこのあと秘奥義を使って、ゴルゴロスもろとも爆死する。この子も道連れにすることになるのか。秘奥義の詠唱が始まった。

 アレを喰らったら、この子も死んでしまう。


 そのとき俺なのか、ゴルゴロスの本能なのか、もともと書き記された運命なのか、どうでもいい。俺は魔力を練り上げ、雷獣ネメシスに付与する。万一の時に、次の主である我が子を助けられるように。

そして、瞬時に雷獣ネメシスがやってきた召喚穴に娘を投げ込んだ。

 詠唱が終わる。

 秘奥義【ハジケテマザル】が炸裂する。


ごごおおおおぉおおお、ゴォゴゴゴ!


主を失った雷獣ネメシスは次の主、ゴルゴロスの娘を追って召喚穴に戻っていった。そして、全てが終わった。


「起きろ」

地獄の裁判官モネが俺をつま先で蹴り上げならが起こす。

「どうだった、悪の帝王になった感想は?」

体中が痛い、口の中に砂みたいなものがジャリジャリと、気持ち悪い。

「最悪な気分だ」

 俺は立ち上がり、自分の愚かさを悔いた。ゴルゴロスの娘はやがて成長し、再び人類に復讐するかもしれない。いや、俺がそうしたように、きっと復讐するだろう。この連鎖はどうやったら断ち切れるのか?


「シェスターだった者よ、お前の父、母がゴルゴロスの手にかかったのは……」


 モネが説明してくれた。話はこうだった。お俺たちの村では地下洞窟の探索により、魔物を捕獲しては、希少部位を取り出し売買、または奴隷として売買、時には武器の試し斬り用として、それはひどい扱いをしてきたらしい。そして、人類に反旗はんきひるがえしたのが、俺たちが悪の帝王と呼んでいるゴルゴロスだった。彼は幾度いくどとなく、人類との対話を求めたが、国王をはじめ、その奇怪な外見、生態、言語から彼らを排除してきた。


 その先頭に立っていたのが、俺たちのパーティー。いや、俺自身だった。勇者という称号に酔いしれ、自分を正当化し、その命を等しく評価しない。そうだ、俺は勇者なんかじゃない、俺こそ魔物なのだ。


「モネ、俺はこのあとどうすればいい」

「そうだな、あのゴルゴロスの末裔まつえいとして産まれなおすがいい。そして、お前から際限なく、諦めることなく、戦うことなく、軽んじることなく、さげすむことなく、魔物たちを説き伏せ、そして人類と対話するのだ」


 俺はじっと手を見た。殺戮を繰り返してきたこの両手を。血にまみれ、蹂躙してきたその指を、腕を、足を、俺のすべてを見た。

「やりとげてみせるよ」

「楽しみにしている」


 モネはそう言うと、俺の肩に手を置いた。俺は、すべての記憶を引き連れて、ゴルゴロスの娘の子として産まれた。


「かわいい、我が子。あなたのおじいちゃんゴルゴロスの仇を討つのよ。憎い人類を滅ぼしなさい」

 産まれたて、転生したての俺は柔らかなガーゼに包まれながら母の声を聴いた。


 俺は声にならない声で、母に言った。

「だぁぁ、ああぁ、だぁぁあ、ぁぁぁ」

(もうだれも、地獄で裁かれちゃいけないんだ)


 きっと、伝わってないだろう。たとえ、言葉が伝わったとしても、その意味が伝わるのには時間がかかるだろう。俺はモネとの約束を守るためにも、勇者も悪の帝王もいない世界をつくっていく。やりとげてみせる。


(おわり)

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