さくら乙女伝説~千年桜の精霊桜花姫~

夢月みつき

「桜の乙女と男子中学生」

 🌸登場人物紹介🌸


 桜花姫おうかひめ

 主人公、千年、生き続けている千年桜の精霊、桜の乙女。

 純粋無垢で感受性豊かな性格。


 桜花姫、AIイメージイラスト

https://kakuyomu.jp/users/ca8000k/news/16818023213240674523


 長谷川涼平はせがわりょうへい

 中学2年生の少年。明るくおおらか。


 長谷川涼平、AIイメージイラスト

https://kakuyomu.jp/users/ca8000k/news/16818023213240569331


 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



 まだ、この世界に春は来ていない。北風、吹きすさぶ冬の世界。

 その娘は、平安の頃から千年生きていた。

 見た目は、17、8の少女に見える。



 丘にそびえ立つ、千年桜の古木に寄りかかり、いにしえの唄を口ずさむ。

 桜色の髪、琥珀こはくいろの瞳、透き通った白い肌。桃色のドレスと羽衣を纏っている。


 そう、彼女は人ではなく、千年桜の精霊。“桜花おうかひめ”と言った。

 彼女が一度ひとたび唄えば、枯れ木も生き返り花が咲く。


 


 今日も、桜の乙女は心を込めていにしえの唄を歌う。

 しかし、木々たちはその葉を揺らし、花を咲かせて応えてくれるものの、肝心の人間達には、桜花姫の声は届かない。

 姿は見えずとも、心に唄は響くはずだ。

 なにせ、春は彼女が運んでいるのだから。


 いつから彼女が人間達に唄を届けようと思ったのかは、さだかではないが。

 自分より短い、限りある命の中で生き抜く人間を、悲しみや切なさ、苦しむ人達を癒したい、そんな気持ちで始めたようだ。



「今の人達は、唄も届かない程、心荒んでしまったのかしら……」

 桜の乙女は首を横に振り、悲しげにふうと溜め息を漏らした。

 諦めてまた千年、桜と共に眠ろう、自分が眠っても発する息吹いぶきだけで、春だけは来るのだからと、そう考えていた。


 その矢先にふいに、桜花姫の耳に話しかける者がいた。

「綺麗な歌だったのに、どうしてやめたの?お姉さん」

「えっ…?」

 桜花姫が驚いて、顔を上げると目の前に黒の詰め襟学制服を着た中学生の少年が立っていた。




 彼は焦げ茶色の短髪を持ち、茶の優しい目を細めて、にこりと微笑んだ。

「貴方、私が見えるの?」

「ああ、見えるし、声も聴こえるよ。お姉さん、人じゃないんだろ」

「なんで、それを……」


 桜花姫は、琥珀色の瞳に少年を映して視てみた。

 少年は、青色のオーラをまとっている。

 


 たまにいるのだ、彼のような人ならざる者が視えてしまう人間が。

 そのような者は、皆一様みないちようにに青いオーラを纏っている。

「隣、座っていい?」

「ええ」


 柔らかな草の上にゆっくりと座る少年。

「おれ長谷川はせがわりょうへい、中2、お姉さんは?」

「私は、桜花姫。千年桜の精霊よ」

「へえ~、桜のか!すっげ~」


 1人でも自分の唄が聴こえて、視えている人間がいて彼女は、心底嬉しそうに微笑む。

 そんな桜花姫を涼平は(可愛いな)と頬を染める。


「良かったらもう一度、歌を聴かせてくれる?」

「ええ、喜んで」

 桜花姫は、ふわりとそよ風のように微笑み、唄を歌いだす。

 辺りに彼女の薔薇色の唇から、紡がれる唄の調べが響き渡り、涼平の心にも染み入ってゆく。


「――ああ、いいな。桜花さんの歌を聴いてると、おれの心まで癒されて行くよ」

「ありがとう、涼平。また、聴きに来てくれる?」

「ああ、明日も明後日あさっても、毎日聴きに来るよ!だから、おれの為に歌って」


 涼平も頬を染めて、微笑む。

 その言葉通り、涼平は毎日、桜花姫の唄を聴きに来た。

 ふたりはいつしか、互いに想いを寄せるようになっていた。



 🌸




 ある日。夜空に流れ星が流れた。その日を境に涼平はなぜか、ぱたりと訪れなくなった。

 桜花姫は、来る日も来る日も、涼平を待ち続けた。

 しかし、涼平は一向に現れなかった。


 ここで、普通ならとっくに疑い、諦めるかしてしまうのだろう。

 しかし、精霊の桜花姫は、疑うということを知らないほど純粋だった。

「……涼平、逢いたいよ」

 桜の乙女の琥珀色の瞳から、はらはらと涙がこぼれる。




 🌸




 桜花姫は、涼平に唄を届けようと心を込めて、幾日いくにちも唄い続けた。

 桜の乙女は、無理がたたってふらふらになった。

 しかし、無慈悲にも桜の花びらは深紅しんくに染まり、唄の調べは中空に吸い込まれて行った。


「ああっ、涼平!」

 

 桜の乙女は、天を仰いで泣き崩れ、両手で体を抱きしめる。

 その刹那、桜花姫の耳に声が聴こえ、後ろからふわりと誰かに抱きしめられた。



『泣かないで、桜花さん。おれはここにいるよ』

「涼平っ」

 桜花姫が振り向くと、涼平の笑顔が目に飛び込んで来た。

 しかしその姿は、半透明に透けていた……


『ごめん、桜花さん遅くなって。おれ、実はずっと病気でさ。こんな姿になっちゃった』

「涼、平。逢いたかった!涼平」

「うん、おれも逢いたかったよ」


 ふたりは、きつく抱きしめ合った。

 しかし、桜花姫は涼平が亡くなった後も逢いに来てくれたことに、喜びながらも涼平の家族のことを思うと、素直に喜ぶことが出来なかった。


「涼平……私は、涼平が好き。一緒に春を紡いで行けたら、こんなに嬉しいことはないわ。私を受け入れて、一緒に生きてくれる?」

『ああ、いいよ。桜花さんと一緒なら、千年でも、それ以上でも』



 桜花姫は、自身の精気を口に含んで涼平に口づけた。

 それに応える涼平、彼の体内に桜花姫の精気が巡って行く。

 涼平は桜の乙女、桜花姫と夫婦となり、人から千年桜の精霊に変化した。

 


 桜の木は祝福をし、つぼみを付け始めた。

 今日も、桜花姫と涼平は千年桜の咲く丘でふたり一緒に、穏やかに美しいいにしえの唄を歌っている。

 人々の心に唄が届く日を願いながら心を込めて。




 🌸




 ひらり舞う桜の花よ 千年の時を越えて

 伝説よ 今よみがえれ その願いを胸に秘めて


 その昔 一人の美姫びきありて その娘とこしえに

 瞳に琥珀を宿し 長き髪は、ぬばたまの黒 こころは清き川のよう


 つむがれる唄はしらべとなりて 風に乗る

 涼やかな風はよどみ消し いっぽんの枯れ木を目指す


 気がつけば、目の前に満開のさくら咲き乱れ 人々の心癒した

 いにしえのさくら乙女伝説……


 ひらり舞う桜の花よ 千年の時を越えて

 伝説よ 今よみがえれ あの誓い胸に秘めて 


 時は流れ 涼風受け桜の木にもたれかかる少女 その瞳、琥珀色

 桜の息吹と少女の呼吸が同調シンクロする これは奇跡か幻か


 桜吹雪はふわりと風に舞い 少女を優しく包み込む

 まるでそれは かつてのあるじを懐かしむように 支え守るように 

 少女もそれに応え 薔薇色の唇からつむがれるは、いにしえの唄


 その唄は風に乗り 現在へ流れてゆく

 現在の人々に乙女の唄は届かない

 唄に耳も傾けられぬほどに、すさんだこころ


 せつない けれどそれも事実 乙女はそれでも唄いつづける願いを込めて

 ひとりでもいい、唄がこころに届く日を祈り夢見て 声がかれようとも 


 たとえ白き花びらが緋色に染まろうと あなたの枯れ木に花が咲くように

 さくら乙女伝説よ 永久とわへと輪廻りんねを越えて……



 -終わり-





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 最後までお読みいただきありがとうございます。

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