第17話 マツとの初訓練・後


 は、と目が覚めると、訓練場に寝転んでいた。

 起き上がると、隣でアルマダも目を覚まし「うーん」と唸っている。


 マツが目の前にしゃがみこんで、顔を覗き込んでいる。


「私は、どのくらい・・・」


「10分ほどですよ。気分はいかがですか」


「少し目眩がしますが、大丈夫です」


「マツ様。今のは、一体何をされたのですか」


「最初に、火を出しました」


「はい」


「お二人が後ろに飛ぶように、少し手前に」


「我々は、それにまんまと乗せられて、後ろへと」


「はい。で、お二方の後ろに水を出しておきました。入った所に、雷を」


「3手・・・最初に後ろに飛んだ時点で、詰み、ですか・・・」


「火、水、雷。基本5種の魔術のうち、3種で、私の一本です」


「基本5種・・・基本・・・」


「はい。土金木火水。魔術の基本の5種のうち、3種です」


「基本の5種のうち、それもたった3種ですか・・・くっ」


「口惜しゅうございますか?」


「・・・」


 マサヒデもアルマダも、うなだれてしまった。

 2人共、トミヤス道場では高弟。少しは出来ると思っていた。

 それが、全く歯も立たないとは・・・


「マツさん。もう一本、お願いします。基本から・・・」


「分かりました。さ、お二人共、お立ち下さい」


 よろよろと立ち上がる。上手く力が入らない。

 先程くらった、雷のせいだろう。


「まだ、身体に力が入らないのでは? 少しお休みになっては」


「やります」


「私も、お願いします」


 訓練場の真ん中に戻る。


「では、基本のうち、1種類ずつ参ります。まずは、土からですよ。覚えておいて下さい。基本的には、どの魔術も『何で出来ているか』だけで、大体は同じです。形や大きさが違うくらいです。例えば、今回の土の魔術であれば、石を飛ばす、壁を作る、など」


「形や大きさが違う? それでは、対処のしようがないと思うのですが」


「そんなことはありません。相手を良く見て下さい。どんな方でも、得手不得手、癖があります。石を飛ばすのは得意でも、壁を作るのは苦手、とか。それに、基本的な技は、大体同じです」


「得手や不得手、それに癖、ですか」


「はい。それと、私は呪文を唱えずにほとんどの魔術を使えますが、ほとんどの方は呪文や札を使います。呪文なしでは、魔力を多く使うからです。呪文を唱えていたり、札を準備する間は隙が出来ますね。簡単な魔術でも、呪文を唱えずにたくさん使えば、すぐに疲れて隙が出来る。お二方なら、その隙に倒せます」


「なるほど、呪文を唱えたり、札を準備すれば隙が出来る。簡単な魔術なら呪文なしでも出せるが、たくさん使えばすぐに疲れて隙が出来る」


「その通り。今回の稽古、私は呪文を唱えません。まずは魔術の基本を体験して、身体で覚えて下さい。それから、応用にしていきます。呪文なしで魔術を唱える私に対応出来るようになれば、普通に呪文を唱えるような方には負けませんよ」


「出来るでしょうか」


「出来るのか、なんて仰っていてはいけません、やるのです。でなければ、マサヒデ様。あなたは国王陛下の見ている前で、醜態を晒すことになります」


「そうですね。やります。お願いします」


「では、ゆっくり行きますよ。土の魔術の基本、ご覧下さい」


「お願いします」「お願いします」


 礼をして、2人が頭を上げると、どん、と音がして、いきなり四方が壁で囲まれた。2人の背よりも高い。


「う!」


 抜き打ちで壁を斬って外に飛び出す。アルマダも逆方向に飛び出す。

 飛び出した瞬間、上から、どすん、と大きな岩が壁の中に落ちてきた。


 冷や汗を流して、壁の方を見た瞬間、横から何かが飛んでくる気配を感じた。

 ば! とまた横に飛ぶ。

 きいん! と高い音がして、壁に、無数の尖った岩が刺さる。


「土でようございました。これが実体のない火であったら、壁は斬れませんでした」


「・・・」


「さあ、次、参りますよ。えい」


 軽く「えい」と声をだしただけで、拳ほどの石が無数に飛んできた。


「!」


 当たる筋のものだけ切り落とそうとしたが・・・


「がっ!」


 飛んできた石の後ろに、一回り小さな石が、ぴったり同じ筋で飛んできていた。

 最初に飛んできた石は囮で、真後ろにぴったりと小さな石を隠していたのだ。

 1発くらってのけぞった所に、他の無数の石をくらって、マサヒデは吹き飛んだ。


「どうですか」


 マツが2人に手をかざし、怪我を治す。


「・・・お見事、としか言いようがありません・・・」


「最後、分かりましたか」


「はい。簡単な目眩まし、といった所でしょうか。飛んできた石の後ろに、一回り小さいものがぴったりと」


「単純に石ころを飛ばす、と言うのも、こうやって使えば必中の術となります」


「はい」


「ただ、石ころを飛ばしただけです。土の魔術を少し使う方なら、簡単に出来るものです。この程度なら、呪文も必要としない方がほとんど。私でなければ出来ない、そういったものではありません」


「簡単に・・・」


「でも、反応は出来ておりましたね。もう、次は当たりませんでしょうね。さあ。続けましょう。まだ、土の基本は終わっておりません」


「はい」


 訓練場の真ん中に戻る。


「では、参ります」


「お願いします」「お願いします」


 緊張して顔を上げたが、今度は何もない。

 だが、2人とも何か異常を感じ、腰を落とした。


「ふふ。お二人共、さすが勘の良いこと」


 じり、と、指先ほど前に出る。


「さあ、間合いに入らねば、私を斬れませんよ」


 また、指先ほど前に出た所で、はっ! とマサヒデは気付いた。

 下だ。地面の下に、仕掛けてある。


「マツさん。分かりました」


「あら」


「下ですね。どうですか」


 ざー、と、足先から地面が崩れ、マサヒデ達の足先から、マツの足元まで、深い穴が空いていた。これが実戦であったら、穴だけではないだろう。尖った岩でも無数に立っていたはずだ。踏み込んでいたら、確実に落ちていた。


「お見事。流石はマサヒデ様です。では、下さいね」


 はっ、と感じたが、間に合わなかった。


「あっ!」


 マサヒデとアルマダの足元が、さー、と崩れ落ちた。


「うわ!」


 アルマダの声が横から聞こえる。

 2人は足元に開いた穴に落ちてしまった。着地は出来たが、上からさー、と落ちてきた砂で膝下まで埋まってしまい、すぐに出ることは叶わない。


「さて」


 マツが指先をくるっと回すと、穴の入り口に岩が浮かぶ。


「これで、一本ですね」


「く・・・参りました」


 もう一度、マツがくるっと指を回すと、2人の足元が持ち上がり、元の場所に戻った。既に、最初の大きな穴も戻っている。


「これも、初歩的なものです。最初にマサヒデ様が気付いたような、大きな穴を開けたり、中にいっぱいトゲでも作ろうとすれば、少しは隙も出来ましょうが、足元に小さな穴を開ける程度なら、やはり簡単なものです」


「うーむ」


「でも、足元に穴を開ける瞬間、気付かれましたね?」


「はい」


「ええ、分かりました」


「やはり、お二方は勘が冴えておられます。鍛えていらっしゃったおかげですね。今の感じ、身体に刻み込んでおいて下さい。魔術も、きっと剣とか、体術みたいなものと同じだと思います。基本的な使い方は大体決まっています。あとは組み合わせや、大きい小さいとか、速さだけ。その基本さえ分かってしまえば、簡単に対応出来るはずです」


「なるほど・・・基本の形は、決まっている・・・」


 確かに、剣術と同じだ。


「もちろん、どの種類の魔術かで、基本も変わってきますけどね」


「と、言いますと?」


「例えば、火や水で今のように穴を開けようとしたら、大変な魔力を必要とします。その代わり、土にない長所があります。火なら実体がなくて切れないとか、水なら先程のように、宙に浮いた相手でも簡単に捉えられるとか。うーん、得物の違いで、長所短所・・・みたいな感じでしょうか?」


「なるほど、分かりやすいご説明です」


「ふふ、ありがとうございます。さあ、次、参りましょう。お昼まで、みっちりやりますよ」

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