第15話 マツへの挨拶・注意点
ごった返す通りを抜け、町の外に出ると、2人は鞍にまたがった。
「大変でしたね。時間はかかりますが、明日は歩いて来ても良いかも」
「ここからまだ少しありますが・・・しかし、明日はマツさんの所に・・・」
「マツ様・・・そうでしたね・・・」
馬をゆっくり歩かせながら喋る。
人だかりの中を歩いてきたので、馬も疲れてしまったようだ。
ギルド内はバタバタしていたが、それでも「なるべく、人の少ない所をお借りしましょう」と、2階にある会議室を借りることにした。
1階は準備で人が走り回っているが、2階はそれほどでもない。少し広すぎるが、周りに人がいないことに越したことはない。
「アルマダさん。私が言うのも、その、何ですが・・・やはり、心配です。オオタ様は大丈夫だと仰っておられましたが・・・もし・・・」
「私もです・・・」
「絶対に、事故を起こさないようにしましょう。これは、ただの挨拶ではありません。下手すると、怪我人どころの騒ぎではなくなってしまいます。一応、マツさんにも事前に言い含めておきますが」
2人の顔は暗い。
もし、何かマツの気に触れるような事があったら。
さすがに建物をふっとばすような事はしないだろうが、マツモトの話のように、誰かが消えてしまっては・・・
「皆にも、よく伝えましょう。絶対に、機嫌を損ねないようにと」
「はい。騎士の皆様は大丈夫でしょうが、トモヤが心配です。うっかり冗談でも口にしてしまったら・・・よく言い聞かせておきます」
「マサヒデさん。今回は稽古、小手調べだと思いましょう。様子見です。この先、マツ様へのご挨拶は必ずあるのです。道場もすぐ隣村ですし、こちらが忙しいと知ればカゲミツ様・・・」
はっ、とアルマダが顔を上げた。
「マサヒデさん、もし、もしですよ。我々が忙しいと知って、カゲミツ様の方から、こちらへ来るとしたら・・・カゲミツ様の、あの性格・・・あまり考えたくはありませんが、道場の皆さんを、ぞろぞろ引き連れて来られるかも・・・」
「う! たしかに!」
マサヒデも、はっとした。
手紙を見れば、最初こそ父は驚くだろうが、すぐ立ち直って、こちらに来るかもしれない。
父は何度も御前試合に出ているから、国王とも面識はある。王宮にも何度も出向いている。王族と聞いて驚きはするだろうが、父は王族との付き合いも多少はあるのだ。魔の国の王族と面識があるかは、不明だが・・・
もしかしたら「王族なんて、そこらの貴族連中と大して変わりゃしねえよ」なんて、考えているかも・・・
「アルマダさん、私、父上に手紙を送ったこと、今更ですが後悔し始めました・・・」
「いや、いつかは、必ず報せなければならないことですし・・・」
「ど、どうしましょう、本当に道場の皆を引き連れて来てしまったら」
「一応、マツ様が身分を隠していることなどは、お手紙にも書いたのでしょう? もし来られるとしても、奥方様とお二人で、お忍びで・・・とは、思います・・・けど・・・」
アルマダの言葉が、だんだん小さくなる。
「・・・」
「・・・ありえます・・・よね・・・」
「ええ・・・」
「い、いや! 待って下さい。マツ様が1人で道場に出向くより、まだ我々が一緒に居たほうが・・・安全・・・かも・・・」
「そう、でしょうか・・・」
「・・・今は、カゲミツ様の事は考えないようにしましょう! まずは、明日の皆さんの挨拶です!」
「そうですね。そうでした。まずは、明日ですね」
----------
あばら家に戻り、騎士達に弁当を渡す。蓋を開けた騎士達は、歓声を上げた。トモヤはまだ寺から戻っていない。
「三浦酒天の弁当も美味しかったですが、これも美味いですね!」
「そうそう、酒も買ってきました。トモヤさんが戻ってきたら、あけましょう」
「おお」
「今日は、珍しく、マサヒデさんも呑みたいと仰ってるんですよ。皆様、あまりいじめないであげて下さいね」
「マサヒデ殿が? それは楽しみですね」
「それが皆さん、聞いてくださいよ。マサヒデさん、酒を楽しむ気が全くないんですよ・・・」
皆の声を聞きながら、マサヒデは1人、縁側に座って考えた。
まずは、明日。
最も気を付けなければならないのは、トモヤだ。
礼儀のかけらもなく、少しでも調子に乗ったら、すぐふざけた口を聞いてしまう。
街道でアルマダと会った時。
運良くアルマダの4人の騎士達は、皆が気安く、それで上手く行ったが、もしそうでなかったら・・・思い返してみれば、無礼討ちもおかしくなかった。
明日は気をつけるよう、きつく言っておかなければ。
しかし、ただ怖ろしいと言うだけでは、最初だけですぐ気を抜いてしまうかもしれない。マサヒデやアルマダの前でのように、ほんの一瞬だけ、怖ろしい気配を出してしまう程度なら助かるが、それで収まらなかったら・・・
「ううむ・・・」
手を組んで唸っていると、アルマダが話しかけてきた。
「トモヤさんをどうするか、ですか」
「ええ、それで頭を抱えてしまって」
「その点は、マツモトさんのお話でも聞かせたら良いでしょう」
「ああ、あの、消えた、という」
「そうです。消えたくなければ、と。少し大げさに、盛って話せば良いでしょう。皆、引き締まるはずです」
「確かに、あの話は怖ろしかった。『お友達はお元気ですか』、とか」
「お任せ下さい。今夜は、私が皆を驚かせてあげましょう。マサヒデさんも、合せて下さいね」
----------
トモヤが寺から帰って来て、しばらくした後。
時刻は夕を過ぎ、日は沈んだが、まだ薄っすらと明るい。
皆は焚き火を囲み、明日のマツへの挨拶に心を踊らせている。
マサヒデとアルマダ以外は・・・
トモヤはギルドからもらってきた弁当を食べて「美味い美味い」と声を上げたり、「マサヒデはこんな物を食っておるのか!」などと怒鳴ったりしている。
マサヒデはそんなトモヤに適当に返しながら、ちびりちびりと酒を舐めては、首を傾げたりして、またちびちびと舐めている。そんなマサヒデに、騎士達もわいわいと「さあもっと!」などと囃し立てている。
そして、しばらくして、日が沈んだ後。
「番のお二人、こちらへ。皆様に大事な話があります」
アルマダが番の2人の騎士に声をかけた。
「は!」
と、番をしていた騎士2人が、返事をし、焚き火の前に来た。
「座って下さい。これから話すこと、皆様、心して聞いて下さい」
「なんじゃ、アルマダ殿。明日のマツ殿への挨拶の話か」
酒の入ったトモヤが、にこにこして、
「楽しみじゃのう! マサヒデの嫁様、怖ろしいとは聞いたが、早く顔が見たいのう!」
と、少し赤らんだ顔でぐい、と盃を開けた。
「さ、アルマダ殿も飲んで下され! めでたい話じゃ!」
と、徳利を進めたが、アルマダは真剣な顔でトモヤの顔を見て、手で止めた。
「いえ、結構です。・・・マサヒデさん。これ、本当に、お話してもよろしいのですね」
マサヒデは盃を置き、少し下を向いた後、真剣な顔で、焚き火を囲んだ皆をぐるりと見渡し、
「はい」
と、答えた。騎士達はこれはただごとではない、と、背を延ばした。
トモヤも徳利を置き、
「なんじゃ、2人とも。真剣な顔で」
「トモヤさん。皆さんも・・・これは心して、ちゃんと聞いておいて下さい。皆さんの身に関わることです」
アルマダはマサヒデの方を向いて、もう一度聞いた。
「マサヒデさん。もう一度、確認します。お話して、よろしいですね」
「・・・その方が、良いでしょう」
皆は何事か、という顔で、アルマダとマサヒデを交互に見つめている。
「皆さん。昨晩、マサヒデさんの妻、マツ様は、とても怖ろしい、という話は聞きましたね」
「はい」
「ただ怖ろしい、と聞いただけだけでは、良く分からないでしょう。マツ様の、過去の話をお聞き下さい。これは、20年ほど前の話です・・・
ギルドで、我々の対応をなさって下さいました、マツモトさん、という方から聞いた、マツ様のお話です。
マツモトさんは当時、まだ冒険者で、色々な町を回っておられたそうです。
様々な町から依頼をうけて、世界中を回る・・・よほど腕の立つ冒険者でおられたのでしょうね。本人はただの流れと仰っておられましたが、いわゆる上位の方だったようです。
マツモトさんは、この町にしばらく滞在することになった。
久しぶりにゆっくり休み、美味しい食事、良い宿をとって・・・」
「今のワシらみたいですなあ。宿以外は」
「ええ。それから、数日後の夜のことです。マツモトさん達は、酒場で酒を飲んでいました。そこに、その酒場の前を、マツ様が通りかかった。
そのマツ様に、マツモトさんのパーティーメンバーの1人が、酔った勢いで、声をかけてしまった。元々この町の方ではありませんから、話くらいは聞いていても、お顔までは知らなかったのでしょう。
マツ様は当然、お断りになられた様子でしたが、その方は強引にマツ様の肩に手を置いた」
「それで、何かあった、というわけじゃ」
「・・・いや、何かあったと言うより、何があったのか、分からなかったそうです。
マツモトさんは、その様子を見ていて、面倒を起こさぬよう、すぐに店の外に出ようとしました。が、マツ様は、そのまま歩いて、去って行きました。何事もなかった。そう見えた。
外には、マツモト様の友人が、肩に手をかけた体勢のまま、立っていた。
マツモトさんは、異変に気付きました。
友人が動かない。
マツモトさんは、ゆっくり、友人から目を離さずに、店の外に出ました」
「・・・」
「友人がマツ様に声をかけた所から、マツモトさんは面倒を起こさないように、と、目を離さず、ずっと見ていた。
それでも、何があったのか・・・マツモトさんには、分からなかった・・・
外に出ると、友人の鎧だけが、肩に手をかけた体勢のまま、立っていた。
友人はいなかったんです。そこには、鎧だけ。
音が出たりとか、光ったりとか、そういうことは一切なかった。
灰になっていた、とか、ネズミにされた、とか、そういうものではなかった。
文字通り、消えてしまった・・・
マツモトさんが、恐る恐る友人の鎧に手を触れた瞬間、ガラガラと音を立てて、鎧が地に崩れた。
道を歩く町人達は、そこで初めて異常に気が付いたそうで、音に驚いてマツモトさんの方を見た。
マツモトさんも驚いて、道の向こうを歩く、先程の女・・・マツ様を見ました。
鎧が崩れる音を聞いたのか、マツ様は足を止め、マツモトさんの方にちらり、と顔を向けたそうです。
その顔は、怖ろしいものではなく、優しい笑みであった、と・・・
マツモトさんは逆に恐怖を感じ、動けなくなってしまったそうです」
「消えた・・・? そんな魔術は・・・?」
「ええ。長年、冒険者を続けていたマツモトさんでも、目の前で起きた出来事を理解できず、あれが魔術かどうかも分からない、と仰られていました。その後、マツモトさんは、八方に手を尽くし、友人の行方を探しましたが・・・分かりますね」
「・・・」
「それから何年かして、現場を引退し、マツモトさんはこの町に来ました。
そして、魔術師協会へ挨拶に行った。
そこに、あの忘れもできない女・・・マツ様がおられた。
マツ様は、冷や汗を流しながら挨拶するマツモトさんに、優しく声をかけてくれたそうです。
『
と。あの時と変わらない、優しい笑顔で・・・」
皆、沈黙し、ぱちぱちと、焚き火が小さく弾ける音が響いている。
ごくり、と喉を鳴らす音がした。
「・・・皆さん。これは、ほら話ではありません。もし信じられないなら、明日、ギルドへ出向いた時、マツモトさんに、この話をご確認下さっても結構です」
「アルマダ様、信じられないなどと・・・」
「よろしいですか。マツ様はそういう方です。腕利きの魔術師、と聞いて、山を吹っ飛ばすとか、そういうのを想像されたかもしれませんが・・・いや、実際にそのくらいの事は、軽く出来るそうですが・・・
もし、ほんの少しでも機嫌を損ねたら、部屋を出たら、いつの間にか誰かの鎧だけが、立ったまま部屋の中に・・・なんて事は、十分にありえます」
「・・・」
そこで、マサヒデが口を開いた。
「トモヤ。俺は、ここで友人を失いたくはない。せっかく出会うことが出来た、皆さんもです・・・十分に、気を付けて下さい。私の妻は・・・そういう、女なんです」
そう言って、マサヒデは皆に頭を下げた。
アルマダも、続いて頭を下げた。
しばらく、誰からも、言葉が出なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます