第五章 マツにご注意

第14話 食堂にて


「こちらが、食堂でございます」


 メイドが綺麗な所作で、扉に手を差し出す。

 ドアの上に「食堂」と札がかかっている。


「ありがとうございます」


 ドアの中から、ざわざわと声が聞こえる。

 ちょうど昼時。中に大勢いるようだ。


 ドアを開けると、長いテーブルに何人も座っており、それぞれ様々な食事を食べながら、わいわいと騒いでいる。


「随分と賑わっていますね。いつもこんな感じなんですか」


 ドアの中にいたメイドが、2人に話しかけてきた。


「先程、オオタ様より訓示があったそうです。なんでも、今回のトミヤス様の試合、国王陛下もご覧になられる、いわゆる御前試合になりますとか。それで、皆様方、かなり気合が入っておられるようで」


「はは、マサヒデさん。これはとんでもないことになりましたね」


 それは自分達で伝えたのだが・・・

 アルマダは、ぽんぽん、とマサヒデの背を叩き、にやにやしている。


「さ、お二方。席へご案内します」


「お願いします」


 後ろに食堂まで案内してくれたメイドが続き、2人は席についた。

 2人の横に、それぞれメイドが立つ。


「こちら、メニューになっております。お好きなものをお選び下さいませ」


 す、とマサヒデとアルマダの前に、メニューが出される。

 マサヒデには、分からない物が多い。


「うーん・・・?」


「マサヒデさん。ここはお任せしましょうか?」


「すみません、私には、どんなものだかサッパリな物が多くて」


 アルマダは顔を上げ、


「では、お二人で見繕って頂けますか。先程、思いっきり動きましたので、精の付きそうなもので。白米もつけてもらって、米が進みそうなものをお願いします。飲み物はアルコールなしで、さっぱりしたものでお願いします」


「承りました。少々お待ち下さいませ」


 メイドはカウンターの方へ歩いていった。


「アルマダさん。先程の立ち会いですが」


「なんでしょう」


「一本目、取られましたね」


「はは、あれは運が良かった。読みが当たりましたよ」


「あれが真剣勝負であったなら、二本目はありません。今回は負けましたよ」


「真剣勝負だったら、どうだったでしょうか。木刀だったので、最後、私は止められましたが・・・武器の差でおそらく私は斬られていましたね」


「武器の差、ですか」


「そういう所も、実力のうちですよ」


「そう、でしょうか」


「そうですね。それと、三本目の足薙ぎ。マサヒデさん、まだ気になさっていますね?」


「む・・・」


「マサヒデさん。トミヤス流は、何より実戦で勝つことが一番とされている流儀です。だから、飛び道具も含め、様々な武器も教えています。他の流派では禁じ手とされていたり、避けられていたりする手もです。それが、どんな手であっても、どんな手を使っても」


「そうです」


「・・・『どんな手を使っても』。最近、よく聞く言葉ですよね」


「あ!」


「きっと、カゲミツ様がマサヒデさんをこの祭に参加させたのも、ここにあったのではないでしょうか」


「そうか、そういうことだったのか」


「まあ、私は、そうではないか、と思うだけですが」


「いや。得心がいきました。この祭で勝っていくことが、トミヤス流の掲げる『実戦流派』の証。そうか・・・」


「私も、気付くのに少し時間がかかりましたが」


「・・・父上らしいというか・・・最初から言ってくれれば、素直に参加したのに」


「実は私も、これをお伝えするつもりはなかったんです。ただ、あまり先程の手を気になさっているようでしたから」


「アルマダさん、私、目が覚めた気分です。やはり、まだまだ修行不足ですね」


「ふふふ、元気が出たみたいで良かった。もちろん、私の勘違いとか、他にも理由があったりとかするかもしれませんが」


「いえ、助かりました。何か、私の中のわだかまりが解けました」


 メイドが食事を持ってきた。


 分厚い肉だ。鉄板に乗っていて、じわじわと音を立てている。

 切り目が入っているのは、箸で切りやすいように、だろうか。

 その切り目に、上にかかっているソースが垂れ込んでいて、しっかり味が染みてそうだ。


 鉄板で重そうだが、メイドは片手で、ことん、とその肉を置き、大きく盛られた米を並べた。

 焼けた肉からは脂が染み出して、敷いてある鉄板に垂れ、ちりちりと小さく音を立てている。

 猪の肉だろうか。たっぷりと脂が乗っているようだ。


 ガラスのコップが置かれ、メイドがジュースを入れた。


「どうぞ。お召し上がり下さいませ。お代わりもございますので、ご遠慮なく申し付け下さい」


「ありがとうございます」


 マサヒデもアルマダも手を合せて「頂きます」、と頭を軽く下げた。


----------


 2人は腹いっぱいになるまで、食事をかきこんだ。

 さすがに3杯目の米を頼んだ時は、メイドも笑ってしまい、


「よほど、お腹を好かせておられたのですね」


 と、にこやかに笑った。


「いやあ、美味しかったです。ごちそうさまでした」


「ご満足頂けまして、何よりです。お二方には、いつでも無料でお食事を出すよう、仰せつかっております。機会がございましたら、是非パーティーの方々も、お誘い下さいますと、私共も光栄でございます」


「我々の連れもですか? さすがにそこまで・・・」


「いえ、こちら、お二方のご厚意への感謝の気持ち。この建物内の全ての施設は、自由にお使い下さるように、と、オオタ様から仰せつかっております。どうぞ、ご遠慮下さいませぬよう、お願い致します」


「オオタ様が・・・何と言いましょうか、太っ腹ですね」


「オオタ様へのお褒めの言葉、我々も嬉しゅうございます」


「それでは、早速ですけど、お願いがあります」


「何なりと」


「今の食事、弁当にしていただけませんか。5人分」


 メイドが驚いて目を見開いた。


「5人分? 5人分も・・・ですか? 不足でしたら、追加をお持ちしましょう」


「ははは! さすがにもう入りませんよ。我々のパーティーの者達にも、是非この味を、と思いまして」


「あ、そういうことでしたか。聞けば料理長も喜びましょう」


「とても美味しかったです。皆も驚くでしょう」


「それでは少々お待ち下さいませ」


 す、頭を下げ、メイドは奥に入って行った。


「皆さん、この味を知ったら驚くでしょうね。トモヤさんも『将棋の兄さん』なんて囲まれても、かき分けて来るかも」


「ははは! あいつなら、やるかもしれませんね!」


「ふふ、御坊から、食事くらいは出ても良い、とお許しも頂いていますしね」


「せっかくのご厚意です。この町にいる間は、ありがたく頂きましょう。ギルドに来る時は、騎士さんたちのお弁当を作ってもらいましょうか」


「皆、喜ぶでしょうね。帰りには三浦酒天に寄って、少し酒も買って行きましょうか」


「いいですね。今日は私も少し飲みたいと思います」


「酒を?」


「ええ。今のうちに、身体を少しでも酒に慣らしておきたい。今後、飲まなければいけない、という時もあるでしょう。飲んでも動けるのはどこまでか、と知っておきたいし、酒の味が分からなければ、何か混ぜられても分からないですから」


「マサヒデさん・・・飲むなら少しは酒を楽しんで下さいよ」


 アルマダが呆れた顔をしていると、メイドが弁当を持ってきた。


「この袋には、冷めぬよう魔術がかけられておりますが、長く持つ魔術ではございませんので、お早めにお召し上がり下さい。袋はお捨て下さって結構です」


「ありがとうございます」


 弁当を受け取り、2人はギルドを出た。


----------


 ギルドを出ると、すごい人だかりが出来ていた。

 「御前試合だとよ」「身分関わらず参加自由か」「あのトミヤス流か」

 皆が声を上げている。


「マサヒデさん、早く離れましょう」


「はい」


 2人は人混みをかき分け、馬の手綱を取って歩き出した。


「これはすごい。想像以上ですね」


「明日にはもっと増えていますよ。当日はさらに。ふふ、マサヒデさん、あなたが主役なんですよ」


「緊張させないで下さい」


「ははは! さあ、今日は早く帰って休みましょう」


 広場に立った高札の前にもすごい人だかりが出来ていて、歩くのもままならない。

 これ以上、人が集まる。

 そして、その人達がマサヒデの試合を観るのだ。

 マサヒデは身が引き締まるのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る