第7話


 ニカは落ち込みながらその場を後にした。彼水は今にも目玉が落っこちそうなほど俯いている。彼水がとぼとぼ歩いているとどこからともなくこぶし大のシャボン玉が運ばれてきて彼水の目の前ではじけた。

 「ニカ、お前なんか自殺すればいいのに」

 ニカはあたりを振り向いた。彼水が結んだシャボン玉が風にもまれながら上昇し、はじけた。

 「誰なの?」

 ニカの呼びかけに答える者はいなかった。

 ニカが背負う匿名の憎悪はあまりにも重たく感じられて彼水は腰をかがめて歩き出す。

 曇り空が虹に鞭うたれたみたいなカラフルな傷がいくつも、鈍い光をにじませている。世界が窒息しかかっているみたいなこもった天音がした。ニカは足を止めて、その天音が止むのを待った。そして、彼水が再び歩き出そうとしたとき何者かが彼水の足首を掴んでその歩みを引き留めた。ニカが後ろを振り返るとそこにいたのは地面に腹をくっつけてニカの足にしがみつく天使と玉兎だった。

 玉兎のドングリの虫食いみたいな口から放たれたビーズ上の泡沫がニカの鼻先まで登ってきてぷつぷつと音を立てながら割れていく。

 「ニカ、癒しの館は危険だ。僕は、天使シユと一緒に命からがら逃げてきた。」

 図書館で助けた天使シユが乱れた泡を吹きだしてニカの足を揺する。

 「人魚の水性が癒しの館に閉じ込められています。助けてあげてください!」



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 「安心しなよ。怪獣は僕を恐れている。」

 まるでピアノが喋っているみたいな綺麗ではっきりとした声でかなたはおでこの角をいじっている。大きな貝殻のくぼみの部分で膝を抱えて震えているのはかなたと同じぐらい幼い人魚の雫リラだった。まるで館が悲鳴を上げているみたいないびつな音と一緒にあたりが揺れた。リラは頭を抱えてうずくまる。すると、火に巻きをくべたみたいにかなたの表情が激しくなった。

 「お前さあ、なんで俺のことが見えるんだよ?」

 かなたの怒気のこもった声を合図に館の揺れが止まった。かなたは床に足跡のくぼみを作りながらリラの元へ迫って彼女の手首を握って顔をあげさせた。

 リラが溺れているみたいに口からシャボン玉を吐いた。「熱い!」シャボン玉が弾けてリラの叫び声が遅れて届く。かなたはリラを引っ張って立たせた後、彼水を解放して自分の手首を不思議そうにさすった。リラの頬を死んだ雫が落ちていく。

 かなたはリラの手首を再び握って引き寄せその首筋からうろこを一枚無理やり引っぺがした。すると、かなたは首に刃物のような痛みを感じて顔を歪める。

 一瞬、あたりの空気が凍り付く。かなたの表情が水をかけられた火みたいに静まっていき、彼火の涙袋がぷっくらと膨らんだ。

 「うわああああん」

 かなたは幼い子特有の痛みを表現するだけの純粋さで泣き出した。

 リラはかなたの豹変ぶりに戸惑いながらも彼火の背をさすってやった。

 「大丈夫?」

 リラの心配がシャボン玉に包まれて天井へと浮かんでいく。その声かけがかなたに届くことはなかった。なぜなら、天井がいきなり破れて刃みたいな怪獣の手がシャボン玉を斬り地面に突き刺さったからだ。

 怪獣が刃みたいな手を光らせながらこちらをにらんでいる。リラは自然と鬼の灯を引き寄せて後ずさりした。

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