第8話 交渉成立


「はじめまして。当ギルドの長、オオタと申します」


 太った男は丁寧な言葉とは正反対に、マサヒデ達の前にどすん、と座った。

 一見して高いスーツに、指にはゴテゴテした指輪がはまっている。


「これは、お目にかかることが出来まして、光栄です。私、アルマダ=ハワードと申します」


「マサヒデ=トミヤスです」


「どうも、今回の話は、そちらのマツモトからお聞きしております」


 そう言って、オオタは前かがみになり、無表情で顎に手を当ててマサヒデ達をじーっと見つめた。鋭い目。

 少しして、にやりと笑って、ぺちん、と禿げた頭を叩き、ソファーに思い切り背をもたれかかせる。ぎしっ、と音がした。

 メイドがそこにさっと茶を出す。


「先程は、うちのメンバーに稽古をつけて頂き、ありがとうございます」


「いえ、とんでもない」


「マツモトから、お二人のとんでもない依頼をお聞きしましてな。ぜひ、お会いしたいと思いまして」


「無理な話を、申し訳ありません」


「いや、これは面白い話ではありませんか。で、マツモト君。話はどこまで?」


「は。先程、訓練場でうちの3人の者とトミヤス様に立ち会って頂きまして」


「それは知っている。手も足も出なかったらしいな?」


「は・・・」


「それで」


「はい。まず、この話、今日中には町中に知れ渡るかと。それでは、当初予定しておりました、多くの参加者も集まるまいかと」


「ふーん・・・続けろ」


「また、今回の試合、町で放映されることになっております。トミヤス様に手も足も出ない、当ギルドのメンバーの試合の様子、町中に流れれば、当ギルドは・・・」


「格好がつかん、というわけだ」


「はい」


 オオタは顎に手を当て、少し考えた後、カップを取って、ずずー、と飲んだ。

 かたん、とカップを置き、


「マツモト」


「は」


「今回、訓練場を貸し出すに当たり、条件として、こちらのトミヤス様の腕を見たい、と言ったのは、君だな」


 マツモトの顔が蒼白になった。


「はい」


「手合わせの相手を選んだのも、君だな」


「はい」


「そして、選ばれた者が手も足も出なかった、と」


「は・・・」


 マツモトの顔は真っ青で、脂汗でいっぱいだ。


「では、この話が町中に知れたとして、その原因はどこにある」


「・・・私です」


「違ーう!」


 ばん、とオオタが机を叩く。机の上のカップが、かちゃん、と跳ねた。

 マツモトが驚いて顔を上げる。

 マサヒデもアルマダもびくっとした。


「これはなあ~・・・ヘタレなメンバーを抱えておる、うちが原因だ!」


 マツモトは再び、顔を下へ向けた。

 ばすん、と音を立て、オオタが腕を組んで座った。

 ゆっくりと噛んで含めるように、オオタはマツモトに話す。


「訓練場を貸し出すに、腕を見たいので手合わせを見たい、と、お前が言ったのを許可したのはワシだ。そしてメンバーを選んだのはお前だ。メンバーは全員、うちでは腕利きで通っている奴らだ。このギルド、ワシを含む上から下まで、全員が、大したことない奴らだ、ということだ」


 オオタは静かな声に戻ったが、マツモトを見る目は血走り、額に血管が浮かんでいる。

 マツモトの膝の上で握りしめられた手が、震えている。


「違うか」


「・・・違いません」


 オオタは再び、ソファーに背をもたれかかせ、天井を向いた。


「よし。では次。今回のトミヤス様の稽古の様子、今日には町中に知れ渡ろうな」


「はい。そう思います」


 ふうー、と息を吐き「まったく・・・」と呟いて、オオタはその体勢のまま、顔だけマツモトに向けた。

 静かな声で、オオタは続ける。


「それじゃあ、トミヤス様の力試しの様子、放映されようとされまいと、関係ないな。今日中に、当ギルドの者がトミヤス様に手も足も出なかった、と知られるのだ。うちの顔は、今日中に潰れるな。もうそこらで潰れはじめておるかもな」


 マツモトははっと顔を上げ、


「たしかに・・・その通りです」


「そうだな。では、だ。今の腑抜けどもを抱えたまま、このヘッポコギルドを続けるか。トミヤス様に有望株を集めて頂き、そいつらを誘って少しはマシにするか。どちらが得かな」


「それは、後者です」


「よし。お前もやっと目が覚めてきたな」


「は・・・」


「それでは・・・」


 ぎし、と音を立て、オオタは前かがみになり、膝に手をついて、マサヒデ達に向き直った。

 真剣な顔だ。


「お二方。本日中に触れの準備を致します。明日には町中に高札を立て、ビラ撒きを始めたいと思います。明日を含めて3日間を宣伝、受付は当ギルドにて、3日後夜半に受付終了。立ち会いは4日後の朝8時より。場所は当ギルド訓練場。休憩を挟み、午前の部、午後の部と分けて行いたい。集まる人数、1試合の時間も分からぬゆえ、全試合が終わるまで何日かかるかは不明となりますが、いかが」


「・・・」


 一気に話が進んでしまった。

 アルマダも無言で目を見開いている。


「トミヤス様。ハワード様。どうか、お引き受け下さい。よろしくお願いします」


 オオタが机に付きそうなほど、ぐいっと頭を下げた。

 アルマダもマサヒデもはっとして、


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 と頭を下げた。

 オオタは顔を上げ、にこりと笑って、


「快諾いただき、大変感謝致します。細かい部分はそちらのマツモトと打ち合わせ願います。トミヤス様、試合を楽しみにしておりますぞ」


 オオタはマツモトの方を向き、笑顔のまま、


「細かい部分を後で報告しにこい」


 と言った。

 その笑顔の目は笑っておらず、静かだが、低く、ドスの聞いた声であった。


 そして、ぐい、と立ち上がり、マサヒデとアルマダに綺麗に礼をして、メイドが開けたドアから出て行った。

 ぱたん、とドアを閉める音がして、3人はしばらく言葉が出なかった。


----------


「お二方! 今回は大変、失礼致しました! どうか! お許し下さいませ!」


 マツモトが机に頭突きをしそうな勢いで、ばっと頭を下げた。


「いえ、そんな。どうか、頭を上げて下さい」


「私の、いや! 当ギルドの手落ちで、お二方のありがたい申し出をお断りしてしまう所でした! どうか、どうか!」


「マツモトさん、お引き受け下さったのですから、もうその辺りで」


「ありがとうございます!」


 マツモトはばっと顔を上げた。

 目はうるみ、今にも泣きそうな顔だ。


「あの、早速ですが、それではいくつか・・・」


「はい!」


「集まった方々はどこにお待ちして頂きましょう」


「はい、当ギルドロビーにて。試合の近い方々から、先程の訓練場前の準備室に入って頂いては」


 打ち合わせが始まった。

 先程までの泣きそうな顔から一転、マツモトは真剣な顔だ。


「マツモトさん、順番ですけど、単純に受付の早い順で?」


「で、いいでしょう」


「しかし、1試合の長さが分からない以上、後の方は早くなったり遅くなったりしますよね。これにはどう対処しましょうか」


「試合の様子は放映されるのですよね。では、そこに『現在何番』と出してもらえばいかがでしょうか」


「なるほど。トミヤス様、良い案です。しかしそれは、また魔術師協会に陳情にいかないといけませんが」


「私の近くに看板でも立てれば映るのでは?」


「ああ、たしかに」


「試合開始前にその看板を外せば問題ないかと。あと、ギルドの前に看板を立てておき、現在何番と出しておくのも良いかと思いますが、いかがでしょう。受付に確認しなくても済みますし」


「素晴らしい。それで行きましょう」


「では、逆に来ない方はどうしましょうか。何らかの都合で急に参加出来なくなる、噂を聞いて、恐ろしくなって逃げるなど・・・」


「うーん・・・」


「ふふふ、お二方。先程のトミヤス様の案から、思い付きました。逃げる者が出ないようには出来ます」


「お聞かせ下さい」


「ギルド受付前に看板を出しますな。そこに番号だけでなく、名前も出せばよろしい」


「え」


「ずらりと並ぶ挑戦者の名前。そして、彼らが敗れるたびに次々と名前に傍線が・・・これは壮観でしょうな」


「マツモトさん、何というか、中々・・・」


「名が堂々と明記されている以上、逃げられませんなあ。ふふふ・・・」


 マサヒデもアルマダも、ニヤニヤと笑うマツモトの顔を見て絶句してしまった。


「あなた、マツ様の時もそうですが、やはりなんというか・・・意地悪ですね・・・」


「まだ根に持っておられるので? 今回は、頭が切れる、と褒めて欲しい所ですが」


「マツモトさん。それでは偽名で参加しておいて来ない、というような者に対処出来ないのでは?」


「うーん、トミヤス様、それは仕方ありませんな。しかし、そもそも、そのような者、我らもトミヤス様も必要としないでしょう」


「それもそうですね」


「それと、参加規則に『何らかの理由で参加出来なくなった場合や、間に合わない場合は必ず連絡を入れるように』と明記しましょう。時間内に連絡がなければ不戦勝。連絡があれば後にずらすことも出来ますな。試合開始時にいなければ、とばして後の順の者を先に、と」


「順番に関しては、まあこんな所ですか・・・」


「そうですね。さてお二方、もう昼をとっくに回っております。一度、休憩としましょう。食事はこちらで用意しますので」


「あ」


「どうされました、トミヤス様」


「マツ様で思い出しました。場所と日程が決まったら、連絡をと言われておりました」


「魔術の放映の準備ですね」


「・・・マサヒデさん、お向かいですし、連絡をお願いしてもよろしいですか」


 アルマダは、すっかりマツが苦手になってしまったらしい。

 いたずらだと分かっても、恐怖がすっかり身に染み込んでしまったようだ。


「・・・ええ、じゃあすぐに戻ります。アルマダさん、打ち合わせ、よろしくお願いします」


「ではトミヤス様。食事は用意しておきますので、戻りましたら受付に聞いて下さい」

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