第3話 魔術師協会との交渉


 部屋には沈黙が流れ、かち、かち、と時計の針の音がする。


「あの、よろしいですか」


「トミヤス様、何か」


「見物人に被害が出ず、広い場所であれば問題がないのですね」


「その通りです」


「見物客には、広場で祭の試合を映していた、あの魔術で見物してもらっては」


「・・・ほう」


「私の手には目付けの帯がありますので、映るかと」


「なるほど。たしかに、その通りです。しかし、あれは祭の試合を映すもの。今回の力試しのようなものは映らないでしょう」


「うーん、そうですか・・・」


 アルマダが、はっと顔を上げた。


「では、あれに映れば、見物人の問題は解決ですね」


「ええ。力試しを行う場所が必要ですが、その通りです」


「では、この町の魔術師協会の支部の場所を教えて頂けますか。許可を頂いたら、また、改めて伺います」


「分かりました。協会までは、彼女に案内させます。では、今回はここまでということで」


 マツモトが立ち上がり、メイドがドアを開けて頭を下げた。


「ご案内を」


----------


 廊下に出ると、まだざわざわと冒険者達が話している声がする。

 入り口の部屋に戻ると、ぴたりと声が止み、マサヒデ達に視線が刺さった。


 ドアを開ける時、先程の受付嬢が


「また来て下さい!」


 と、声をかけてくれた。

 繋ぎ場に戻り、マサヒデは馬に括り付けた笠を取って、馬の手綱を手にとった。


「また来て下さい、ですか」


 と、アルマダがつぶやいた。


「来られると良いのですが・・・」


 アルマダの顔は暗い。

 今回の話、アルマダは相当自信があったようで、必ず上手くいくと考えていたのだろう。


「場所を考えていませんでしたね。完全に失念していました」


「魔術師協会へは、この目付け帯から試合を映してくれるよう、陳情に行くのですね」


「その通りです」


 そこへ、メイドが声をかけてきた。


「馬はそこに繋いでおいて下さっても結構です。魔術師協会はすぐ近くです。こちらでお預かり致します」


「そうですか。ありがとうございます」


 アルマダとマサヒデは軽く頭を下げた。


「では、ご案内致します」


 メイドは道に出て、マサヒデ達も後ろをついて歩き出し・・・


「さ、こちらです」


 魔術師協会は、向かいの建物であった。

 冒険者ギルドと違って小さな建物で、「魔術師協会オリネオ支部」「魔術教えます」と札がかかっている。


「ここ、ですか」


 建物は村の長屋にある、寺子屋のような感じだ。

 庭はそれなりに広く、池もあり、飛び石が入り口まで続いている。

 綺麗ではあるが、さすがに先程の冒険者ギルドを訪ねた後では・・・


「それでは、私はこれで」


 メイドはきれいに頭を下げ、冒険者ギルドへ戻っていった。


「・・・本当に、ここが魔術師協会でしょうか・・・」


「うーん・・・とてもそんな感じには見えませんが、札はかかっていますね」


「・・・なんというか、この町に来てから、色々と驚かされますね」


「ええ・・・」


「入りましょうか」


 門をくぐると、通りに面しているはずだが、何か静かになった気がする。

 入り口を開けたが、受付のようなものはない。


「失礼! どなたかおられませんか!」


 アルマダが声を上げる。

 少し待ったが、返事はない。


「留守でしょうか」


「ふむ、困りましたね」


「庭の方へ回ってみますか?」


「もう一度、呼びかけましょう・・・どなたか、ご在宅でしょうか!」


 しばらく待ったが、やはり、返事はない。

 後ろから、がやがやと通りの賑やかな声が聞こえるだけだ。


「庭の方へ回ってみますか」


 アルマダは戸を閉め、マサヒデは庭の方へ顔を向け・・・


「うっ!」


 と思わず声をあげ、驚いて飛び下がりながら、刀を抜いた。

 アルマダも一瞬遅れて剣を抜く。


「ようこそ、オリネオ魔術師協会へ。ご用件を承りましょう」


 女が立っていた。

 つつつ、とマサヒデの顔の横を冷や汗が流れた。

 目の前にいるのに、何の気配も感じない。


「・・・」


 庭から回って来たのか。マサヒデもアルマダも気付かなかった。


「これは驚かせてしまいましたようで、申し訳ございません。庭へ出ていたもので」


 ただの女ではない。これは尋常の者ではない。マサヒデは身が固くなるのを感じた。


「私、このオリネオ魔術師協会の長のマツと申します。さあ、こちらへ」


 剣を抜いたマサヒデやアルマダに無警戒に背を向け、女は庭の方へ歩き出した。

 普通に歩いているのに、足音がしない。衣擦れの音も聞こえない。

 聞こえるのは、通りから聞こえる町人の声だけだ。


「さ、どうぞ」


「・・・」


 マサヒデはゆっくり刀を納め、女の後をついて行くことにした。

 アルマダも剣を納め、後に続く。

 女の長い髪が、風で揺れる。


(完全に、気配がない)


 殺気は感じないが、これは怖ろしい。

 目の前にいるのに、全く気配を感じられない。

 日の当たる庭はのんびりした雰囲気だが、マサヒデの身体はそれとは正反対に「この女は危険だ」と感じて、毛の先までぴりぴりしている。


「せっかく良い天気です。お話はこちらでお聞きしましょう。さ、どうぞお座り下さい」


 女は縁側に2人を連れてきた。

 庭の小さな池で、何かが跳ねたのか、ちゃぷ、と音がするのが聞こえた。

 マサヒデ達が縁側に腰掛けると、


「あ、お茶でもお持ちしましょう。お待ち下さい」


 女が立ち上がるが、やはり音がしない・・・

 女は音もなく廊下を歩いて、家の中へ入っていった。

 2人の顔に、どっと冷や汗が吹き出た。


「・・・あの方、只者ではありませんね・・・」


 アルマダは手ぬぐいを出して、顔を拭った。


「・・・ええ、冷や汗が出ました。こんなのは、初めてです」


 マサヒデも顔の汗を拭う。


「これが、本物の魔術師・・・というものでしょうか」


「父上と立ち会った時とも、違います。上手く言葉に出来ませんが・・・違う恐ろしさを感じます」


「あら、恐ろしいなどと」


 ぎくりとして、2人は固まってしまった。

 女は音もなく2人に茶を差し出し、横にまんじゅうを置いた。


「粗茶ですが」


 やっと、と言う感じで茶碗を持ち、口に運んだ。

 口の中は、緊張で乾ききっている。


「そこまでご警戒なさらなくても。毒など入っておりませんよ」


 ごふっ、とアルマダがむせた。

 マサヒデも、茶碗を口に運ぶ手が、ぴたりと止まった。


「あらあら」


 と言って、女はころころと笑う。

 反対に、マサヒデもアルマダも、つ、と汗が垂れた。


「お毒見した方が良かったかしら? それとも、貴族の方にはお口にお合いしませんでしたか?」


「い、いえ・・・そういうわけでは」


 アルマダが口を拭い、何とか絞り出した、という感じでこたえる。

 そこではっ、とした顔で、


「なぜ貴族と」


 と聞いたが、それに女は答えず、


「このようなお若くて綺麗な男性が2人も訪ねて来られて。私も嬉しくて『』をしておりますが」


 マツと名乗った女性は柔らかい笑みを浮かべているが、2人には恐ろしさしか感じない。


「さて、此度はどういったご用件でこちらへ?」


 笑顔のまま、マツが尋ねてきた。


「いや、その・・・あ、名乗っておりませんでした。アルマダ=ハワードです」


「マサヒデ=トミヤスです・・・」


 さすがのアルマダも、この女を前にしては口が回らないようだ。

 マサヒデもがちがちになっている。女の美しさにではなく、恐ろしさに・・・


「はい」


「その、此度は魔術師協会に、お願いがありまして・・・」


「なにか、陳情に?」


「その通りです」


「どうぞ、お話し下さい」


 アルマダは茶碗を見つめたまま、ゆっくりと話しだした。

 冒険者ギルドへの依頼。

 マサヒデのパーティーへの引き抜き。

 力試し大会。

 見物客の対処に困り、それで魔術で大会の様子を映してほしいという希望。

 そのため、魔術師協会へ願いに来た、ということ。


「なるほど。分かりました」


「お引き受け下さいますでしょうか」


「はい。本部へ問い合わせてみましょう」


「ありがとうございます。それでは、我々はこれで・・・あ、お返事はいつ頃いただけるでしょうか」


「ここで庭でも眺めて、お待ち下さいますか」


「え」


「半刻ほどで、返事は頂けるかと思います」


「半刻?」


「はい。まずはお茶の代わりをお持ちしますので」


 マツは立ち上がり、奥へと入っていった。


「・・・半刻とは、どういうことでしょう」


「アルマダさん、まさか、我ら勘違いをしておるのでは」


「勘違い?」


「ここが本部・・・では、ありませんよね・・・」


「表の札には『オリネオ』と書いてありましたよ」


「ですよね」


「それに、ここが本部とはとても思えませんよ。見た所、ここにはあの方だけのようで・・・まさかお独りで魔じゅ」


「ええ、この歳で未だに独り者で」


 ぐ、とアルマダが言葉を飲み、マサヒデも止まった。

 心臓に悪い・・・


「さ、こちらお茶と、おまんじゅうをもう1つ。どうぞ」


 マツはにこにこと笑いながら、急須とまんじゅうを置いた。

 柔らかな笑みであったが、2人には恐怖しか感じない。


「それでは、しばしお待ち下さいね。あ、厠はこの廊下のあちらがわの突き当りですよ」


 と、廊下の奥を指差し、すー、と女は音もなく奥に入って行った。

 しばらく、2人とも動けずに、沈黙が流れた。

 涼やかな風が吹いているが、冷や汗が止まらない。


「マサヒデさん。私、思ったんですけど」


 くる、と後ろを向き、左右を向いて、アルマダは顔を近付けた。


「あの方、もしや幽霊では」


「幽霊?」


 これにはマサヒデも驚き、次いで笑ってしまった。


「ふふふ。こんな明るい内から」


「いや、死霊魔術で呼び出されて使役されている、ということであれば、十分考えられますよ」


「アルマダさん、さすがにそれはありませんよ」


「この町に来てから、驚かされ続きです。まさか、と思うことが続いています。今回も・・・」


「私を安心させようとしてくれているのですね」


「マサヒデさん、私は真剣です」


 ふ、と笑い、マサヒデはずず、と茶を飲んで、まんじゅうを手に取った。


「アルマダさん。ありがとうございます。私、なんだか緊張が解けました」


「マサヒデさん」


「そんなことはありませんよ。あの方が尋常の使い手ではない、というだけですよ」


「・・・そうでしょうか」


「そうですよ」


 アルマダはまだ納得していない顔だが、少しは緊張が解けたようで、茶を手に取り、一口飲んだ。

 マサヒデもまんじゅうを口に入れた。


「うん、美味い」


 さわ、と風が吹き、庭の木の葉が揺れた。

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