第2話 冒険者ギルドとの交渉
マサヒデとアルマダは馬を降りて町へ入った。
少しは混んでいるだろうとは思ったが、まだ朝だというのに、通りには人が多い。
明るい分、人が多く見える、というのもあるだろうが。
「ギルドは中央広場をこのまままっすぐ抜けて、右側にあるそうです」
「昨晩、弁当を買った店の近くですか」
「もう少し行った所らしいです。
大きな看板が出ていますので、すぐ分かるとサクマさんは言っていました」
「アルマダさん、私、冒険者ギルドは初めてです」
「私もです。楽しみですね」
「これから大きな交渉があるというのに、アルマダさんは剛気というか、何というか」
「ははは、交渉事も貴族の嗜みですよ。
度胸を据え、ハッタリも交えつつ、それらは全て表に出さずに、落ち着いて。
相手の攻めは流し、躱し、崩して、こちらは機を逃さずに攻める。
分かりますよね、要は剣と同じです」
「交渉も剣と同じ、ですか」
「ええ、世の中、どんな事も剣に通づるものです。
・・・お、あれ、ですかね」
「・・・そのようですが・・・いや、大きな建物ですね」
「私も、冒険者ギルドといえば、何かこう、安酒場のようなものかと思っていましたが・・・」
2人は足を止め、ギルドの建物を眺めた。
でかでかと『冒険者ギルド』と看板が屋根の上に乗っている。
看板がなければ、高いホテルと間違えそうな建物だが・・・
「あの、昨晩なんですけど、私達、ここに来ましたよね」
「あ、そういえば、宿を探している時に来たような」
「受付で『部屋はないか』と聞いてしまいましたが・・・これは参りました。受付の方が、私を忘れてくれていると良いのですが・・・恥ずかしくてたまりませんよ」
「アルマダさん、早速一本ですか」
「いやあ・・・」
「さ、度胸を据えて入りましょう」
「・・・ふう、そうですね」
2人は入り口の横にあるつなぎ場に馬の手綱を繋ぎ、マサヒデは笠を馬にくくりつけた。
ドアを開けると、入り口の女性は、幸い昨晩の受付と違っていた。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょう」
「私、アルマダ=ハワードと申します。こちらはシロウザエモン=トミヤス。
依頼をお願いしたいのですが、ここでよろしいですか」
「シロウザエモン・・・あっ!」
受付嬢は驚いて、手に口を当てた。
「もしかして、トミヤス流のシロウザエモン様ですか!?」
受付嬢が大声を上げた。
がたっ、と音がして、中で座っていた冒険者らしき面々が、驚いた顔でこちらを見ている。
そこで気付いたが、ここには魔族も多くいるようだ。
それまでがやがやと賑やかだった部屋が、急に静かになった。
「はい。今は父からマサヒデと名を頂きまして、マサヒデ=トミヤスです」
受付嬢は目をきらきらさせている。
すぐ隣の村だ。『トミヤスの神童』という名はよく響いているようだ。
「少々お待ち下さい! 只今、係の者をお呼びします!」
がたん、と音を立てて受付嬢は立ち上がり、ぱたぱたと奥へ走っていき、冒険者たちがざわつきだした。
「アルマダさん、シロウザエモンはもう捨てた名ですよ」
「『シロウザエモン』の名は遠くの国まで聞こえていますが、まだ『マサヒデ』の名は聞こえていません。名も交渉の手の一つですよ」
「そういうものですか?」
「そういうものです。使えるものは何でも使って、こちらに勝ちを引き寄せるんですよ」
「ふうむ。交渉事というのも、まるで立ち会いのようですね」
「マサヒデさんも分かってきたようですね」
と、話していると、奥から受付嬢と、スーツを来た神経質そうな細身の中年の男が早足で歩いてきた。
男はマサヒデ達に頭を下げ、
「お待たせしました。オリネオ冒険者ギルド依頼受付部の部長、マツモトです」
「アルマダ=ハワードです」
「シロウザエモン=トミヤスです。
今は父から新しい名を頂き、マサヒデ=トミヤスと名乗っております」
「トミヤス様、お目にかかれて光栄です。
ハワード様、アルマダ=ハワードとお聞きしまたが、貴族の方ですか?」
「はい。しがない田舎貴族ですが」
「田舎貴族などとご謙遜を。やはり、ハワード家の方でしたか。
お待たせしまして、大変失礼致しました。ご案内致します。奥へどうぞ」
どうやら、アルマダの名もよく知られているようだ。マサヒデは貴族の事をほとんど知らない。貴族は『領地を治める偉い人=役所の長と同じくらい偉い人』という程度の認識だ。
マツモトの案内で奥に向かうマサヒデ達に、冒険者達の視線が向けられ、マサヒデは落ち着かない。
建物の裏には修練場でもあるのか、「やあ!」とかいう声や、撃ち合う音がかすかに聞こえる。
「どうぞ」
ドアを開け、マツモトが促した。
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通された部屋は綺麗で、それほど大きくはないが、程よく日が通って明るい。
ソファーと、磨きがかかった机。ガラス戸の棚には本や書類が並んでいる。
マサヒデとアルマダはソファーに並んで座り、マツモトが棚から書類をペンを取り出して、奥の椅子に座った。
そこでとんとん、とノックの音がした。
「お茶をお持ちしました」
「入って下さい」
マツモトが促すと、す、とドアが空き、メイドがティーセットを運んできた。
「失礼致します」
静かに、メイドがカップを並べる。
陶器のカップを音もなく並べる仕草を横を見ながら、マサヒデは「これは隙がない」と思わず感心してしまった。洗練された仕草だ。
カップに紅茶が静かに注がれた。
「粗茶ですが」
「頂きます」
ずず、と音を立てて紅茶をすする。マサヒデには洋式の茶の知識はほとんどない。
アルマダは茶の乗った皿を持って、静かに茶を飲んでいる。
「良い葉をお使いですね」
「いや、お口に合ったようで良かった」
マツモトはにこりと笑って、すぐに真剣な顔に戻った。
そして、少し前かがみになって、
「それで、今回はどんな依頼でしょうか」
マツモトが促すと、メイドが
「マツモト様、私はここに居てよろしいでしょうか」
と、尋ねた。
マツモトがちらり、とメイドに向け、アルマダに目を向ける。
「私達は構いません」
アルマダが応えると、
「では、君はそこで控えていて下さい」
ぺこり、と礼をして、メイドは背筋を伸ばした。
アルマダはカップをテーブルに置いて、話し始めた。
「簡単に言いますと、こちらのマサヒデ殿のパーティーへの人集めです」
「欠員の補充ですか」
「そういう事です」
「なるほど。雑員の補充ですね」
「いえ、今回は正式に祭に参加して頂いた上で、パーティーへの希望者を募りたい」
「む・・・つまり、当ギルドから参加者の引き抜き、と言う訳ですね」
「そうです」
「ふむ」
マツモトは眉を寄せた。やはり、ギルドメンバーを出すとなると、抵抗があるようだ。
「考えましたな」
アルマダはカップを手に取り、一口、茶を飲んだ。
「冒険者には依頼の選択の自由がある。希望者があれば、止める事は出来ません・・・が・・・」
マツモトは腕を組んで、椅子の背にもたれかかり、上を向いた。
しばしの沈黙が続き、マツモトはまた前かがみの姿勢になり、こちらを向いた。
「しかし、そもそも我々がその依頼を出さなければ、メンバーを誘えませんな。
ということは、それに値する何らかの条件を、そちらがお出しすると」
「はい」
「お聞かせ願いますか」
「今回は、誘うに際し、希望者達の全員、こちらのマサヒデ殿に力試しをして頂きます」
「ほう。そして、目に適う人材を、と」
「その通りです」
「それが、我々に得があるとお考えで」
「トミヤス流との立ち会い、これはギルドメンバー達の実力を見るのに絶好の機会になります。
力試しの際、あなた方ギルドにも審判として立ち会って頂きます。
有望な新人の発見や、実力とランクの伴わない者の監査も出来ましょう」
「ふむ」
「そして、もうひとつ。今回はギルド外からも参加者を募りたいと思います」
「ほう? つまり、一般参加者?」
「ギルドからの審判の立ち会いを願いましたが、これはあなた方には野に埋もれた人材の発掘の絶好の機会。
有望な人材を見つけるのに、良い場ではないかと。いかがでしょうか」
「ふむ・・・」
マツモトは黙り込んでしまった。
「・・・」
アルマダもマツモトをじっと見つめて、黙り込んでいる。
マサヒデはこの緊張をなんとかせねば、と思い、す、とメイドにカップを差し出した。
「・・・すみません、お代わり頂けますか」
静かに、紅茶が注がれる。
緊張感は変わらない。
「・・・ギルド外からも参加者ですか。さて・・・」
「・・・」
「一応、そちらが希望する職をお聞かせ願いますか」
「希望として、戦闘魔法の使える魔術師1人、治癒師1人。
あと1人は自由枠の、計3人。自由枠の1人は力試しをしながら選定したいと」
「治癒師は戦闘に加わらない者も多い。彼らはどう選定しますか?」
「怪我人も多く出るでしょうから、治癒師の方々にはそちらを診てもらいます。
私のパーティーから治癒師2人を出し、手伝わせながら選定いたします」
「・・・よく考えられています。こちらも、条件としては悪くないと思います。
が、中にはトミヤス様への興味だけで立ち会いを希望し、加わる気はない、という者も多くいましょうな。こちらはどうしますか」
「条件として、こちらが希望した方には、祭の参加者としてパーティーに必ず加わってもらうことをつけて頂きます。これは当然だと思いますが」
「なるほど。しかし、ギルド側はともかく、一般参加者にその条件は強制出来ません。ゴネる者も出てきましょうな。
それらの者への交渉は、そちらが行って頂きますが」
「構いません。そちらは我々が対処します」
「われらギルドからの参加者には、ランクが高い者もいましょう。
もし彼らを希望された場合、相応の額を払っていただきますが、よろしいですか」
「はい。ですが、低ランクで参加した者が、実は相当の実力者であった場合です。
彼らをこちらが指定した場合は、参加時のランク相応の額で願います」
「ふむ。当然ですな。実力が分かって急いでランクを上げ、上位ランク相応の額を、と・・・そんなことをしたら、我々の信頼に傷が付きます。そちらについてはご安心下さい。しかと約束します。参加者のランクを上げるような真似も、当然致しません」
「ありがとうございます」
「他には何かありますか」
「ギルドには、町に触れを出してもらいたい。
人が集まれば集まるほど、良い人材が発掘出来る機会も高くなる。
たとえ祭の参加者で今すぐメンバーに加えることは出来なくても、誘いをかけておくことは出来ますよね」
「なるほど。私は良い話だと思いますが、2つ、問題があります」
「お聞かせ下さい」
「まず、それだけ人数を集めるとなると、話が大きすぎて、私の一存では決められません。ギルド長へ話を通して許可を得、町長からも許可を頂かないといけません」
「分かりました。もう1つは」
「場所はどちらをお考えで」
アルマダがぴくり、と動きを止めた。
失念していた。
アルマダやマツモトの話では、やはり相当の人数が集まりそうだ。
町中に触れを出すのだ。見物人も多いだろう。
となると、相当広い場所が必要になる。
だが、当然、飛び道具や魔術を使う者たちがいる。見物人に被害が出るようなことがあったら大変だ。
「私は町の外の原っぱを考えていましたが」
これは咄嗟に出ただけだ、とマサヒデにも分かる。
「町中に触れを出せば、見物客が多く集まるでしょう。
が、立ち会いとなれば飛び道具や攻撃魔術を使う者も多い。
当然、あのような場所では一般人に被害が出てしまいますね」
「・・・」
アルマダは黙り込んでしまった。
ここまでは良い感じに話が進んできたが、たしかに、安全で広い場所がなければ全ておじゃんだ。
沈黙が流れた。
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