四、見せましょう! あたしの実力(ちから)今度こそ!
「ほお……仲間か……」
ゾロムの問いに、ガウリイは首を横に振った。
「『仲間』じゃない。オレはこの娘の『保護者』だ」
「ふむ……まあ、なんでもよいわ、とにかくわしとお前は敵同士、ということになるのだろう?」
「そうなりますね、ご老体」
「なら、ぬしから倒してやろうぞ」
「できるかなっ!」
言うなり、ガウリイが走る。
「かあっ!」
気合いとともに
剣が
速い!
はたで見ていて、
ガウリイの剣技をじっくりと見るのはこれが初めてだったが、これほどのウデを持っているとは──
あたしも並の戦士よりは剣が使えるが、ガウリイは格が違っていた。
しかし──
「はっ!」
背後から飛んできた銀光を見事に払い落とす。
「ほう……若いわりにはやりよるわい……」
何事もなかったかのようにゾロムが言う。
「なんだ……
これまたこともなげにガウリイが言う。
こいつはー。
「しかし若いの、それでこのわしを斬ることなどできんぞ」
その通りである。
レッサー・デーモンだのブラス・デーモンだのの半魔族ならともかく、こいつのような純然たる魔族はどちらかというと
あたしの剣にも一応護符が組み込んであるが、これでもやや力不足だ。
ゾロムが指摘したのはそういったことである。
しゃーない。これはあたしが少し本気を出すしかないか……
「──
あっさりとガウリイが言う。……わかっとんのか? この男は!?
「ほほぉ……」
しんそこ馬鹿にした
「なら、斬ってみてくれるか。──できるものなら、の」
「では──お言葉に甘えて……」
ガウリイは何を思ってか、剣をパチン、と
「まさかその
「まさか」
笑いながら納めた剣の
「針で〝
「なるほど、理屈じゃのう……ではそれでどうするつもりじゃ?」
「こうするんですよ」
つんっ、と、右手に持った針で、左手でささえた剣の柄をつついた。
……おやま?
刀身を柄に固定する留め金のある場所である。つまるところガウリイは、柄と刀身とを分解しようとしている──ということになるのだが?
針を
「──わかっていただけましたか?」
わかるかい! そんなもん!
しかしガウリイのこの落ち着いた態度、よほど自信があるか、あるいはアホかのどちらかである。
「──お若いの……おぬしの言うことは、どうもいま一つ、わしにはわからんのだがな……」
「なら──これでっ!」
右手を剣の
あほかいっ!
「よくわかったよ! お前がどれほど
ゾロムが叫ぶ。現われた十数本の炎の矢が一気にガウリイ目指して突き進む。
「なんのっ!」
あれだけの炎の矢をすべてよける。
しかし、相手の
間合いを一気に
「光よ!」
ガウリイが
あたしは目を
ゾロムが
硬直したまま、真っ向から両断された。
悲鳴すら上げるいとまもなく。
今度こそ、真の
ガウリイが右手に持った剣──刀身を抜いたはずの剣に、光の刃が生まれていた。
「光の……剣……」
──そう──
あたしの目の前にあるそれは──ガウリイの右手にさん然と輝くそれは──
まぎれもなく、伝説にある、あの〝光の剣〟だった。
ゾロムの体が
ガウリイが抜いた刀身は、光の剣の
「ガ……ガウリイ……」
やっとのことであたしは言った。声がかなりかすれている。
「よお」
彼はあたしを見て、にっこりと
「また会えたな。──元気だったか? お
「ガウリイ──!」
あたしは
全力で、ガウリイの
彼は、光の剣をゆっくりと〝
その前であたしは立ち止まり、じっとその
「ガウリイ……」
「リナ……」
「その剣ちょーだいっ!」
こけけっ!
ガウリイがかなり
……そんなことはどーでもいいんだ。
「ねーっ、お願いっ! それちょーだいっ! ねっ! ねっ! ねっ!」
「あ……あのなあ……」
ガウリイは頭を
「オレはまた、再会を感激してとびついてくるもんだとばっかり思ったが……」
「感激は後でするから、とりあえずそれ、ちょーだいっ!──いや、タダでなんてあつかましーことは言わないわ。──五百! 五百でそれ売って!」
「あーのーなー!」
ガウリイの声が大きくなる。
「五百……って、ンなもん
「んー、じゃあ思い切って五百五十! えーい! 持ってけどろぼー!」
「ドロボーはお前だっつーのっ!……
「ここの世界」
「おまえなーっ」
何をおっしゃいますやら。
自分の払う金は、たとえ銅貨一枚でも大金である。──やっぱあたしは商売人の娘だ。
「……第一、これはオレの家に代々伝わる大事な家宝の剣。いくらお前が金を積んだって、売ってやるわけにはいかん!」
「──じゃああたしン
「あ……あほかいっ! どーいう
「まあっ! ひどひっ! 女の子にそんなにつれなくするなんてっ! あんまりだわっ! あたし泣いちゃうっ! しくしくっ!」
「泣け!」
「──とまあ、
いきなり真顔に
「な──何なんだ、そりゃ!」
「いいから聞いて、詳しく説明している
「あ……ま、まあ、いいけど」
「おしっ! 決まりっ! じゃああたしについて来て!」
言うとあたしは
さすがにゼルガディスといえど、やはりこれだけの相手を敵に回すのは相当キツいらしく、かなりの苦戦をしいられていた。
それでもオーガ、
そこにあたしたちが
ガウリイが手近にいた
「やっほー! 助けに来たわよーっ!」
「おお!」
全員が目をみはる。
形勢は一気に逆転した。
レゾの部隊はじりじりと
残っていたオーガ、
「くうっ!」
ディルギアがうめく。
と──
「むうっ?」
今度はゼルガディスがうめいた。
あたしたち三人は足を止める。
「……ん?」
ディルギアは後ろを振り返り、
「ロディマス!」
そう──
そこには、
……いや、ハートマークなんぞつけて喜んでいる場合じゃないんだって。
「よく来てくれた! 助かったぜ!」
「これで五分──だな」
ロディマスが、問答無用でディルギアを
そして──それきりピクリとも動かなかった。
「ロ、ロディマス、何をっ!」
「気でも狂ったか!」
「狂ってなどおらん!」
のっしのっしと歩いてくる。
「わしが忠誠を
「き……きさまという
逆上して突っかかっていく。が、これはモロに
「どぉりゃあっ!」
ロディマスが
下半身はなおもそのまま何歩か走り続け、木にぶつかって倒れる。
上半身は地に落ち、かなり長いケーレンの後、その動きを止めた。
残りの
「──助かったぜ。とりあえず礼を言わせてもらうよ」
ゼルガディスは言った。
「なんか今一つ事情が飲み込めんが──まあ、いいってことよ」
ガウリイは
「……しかしおまえたち、いいのか? 本当に」
と、今度は中年剣士たちの方に向き直る。
「なぁに、かまうものですか」
美形のオジサマの方が言う。……はて、この声は確かどこかで……
「すまんな、ロディマス、ゾルフ。つまらんことにつきあわせて」
ぞ……ぞ……ぞるふぅ!?
──ということは、この美形中年があのミイラ男の正体、ということなのだろーか!
信じらんないっ!
あれの中身がこんなハンサムとは……
チラリ、とゾルフはあたしの方に視線を走らせた。
「……よお……
むかっ。
「──ま、味方は多いに越したことはないし、今までのことは忘れるわ」
「あなたがいくらあたしたちの足をひっぱっても、あなたがどーしようもない三流の
「……ちゃんと根に持ってやがる」
「あら、気のせいよ。ひがみとコンプレックスと、確たるよりどころのないゆがみまくったプライドのせいでそんなふうに思えるだけよ」
「小娘……っ」
「待てよ、リナ」
ガウリイが口をはさんだ。
「それより、ちゃんと事情を説明してくれないか? どーもまだ今一つ、
あ、そー言えば。
まだ彼には何も詳しい事情を話してはいない。
あたしはこれまでのいきさつをかいつまんで話し始めた。
「……というわけよ。わかった?」
沈みゆく夕日を背にしながら、あたしは事情説明を終えた。
「──わかった?」
もう一度言う。
ガウリイは答えない。ぽーっと
他のみんなも地面に座り込んでいる。
やはり昼間の戦闘がこたえているのだろーか。……しかし、女のあたしが平気だっていうのに、全くだらしがない。
「……しかし……お前……」
ロディマスが疲れた
「ほんっとよくしゃべるなァ……」
「──そお?」
全員が大きくうなずいた。
そーかなー?
「ま、とにかく、これで大体のことはわかったでしょ?」
「……心理
ガウリイは
「──なら聞きたいのだが──」
ゼルガディスも立ち上がる。
「おれに〝
「ないね」
あっさりと言った。
「──だろうな」
そう言うゼルガディスの言葉に、明らかな敵意が込められている。
「かたや目の治療。かたや
「おれにケンカを売る気か?」
「いやいや。オレは
「──やっぱりな。あんたはそう言うと思ったよ」
ゼルガディスがズラリ、と剣を抜く。
「やはり、これしかないようだな……」
「そうだな……」
ガウリイも剣の
ざっ。
ゾルフとロディマスがゼルガディスの左右に展開する。
「おまえたちは
ロディマスは小さく苦笑すると、一歩
「し……しかし……」
ゾルフは言う。
「退っていろ」
と。再びゼルガディス。ゾルフはすごすごと身を引いた。
「──ちょっと……いいかげんにしなさいよ!」
と、今度はあたし。
しかし二人とも、あたしの方を振り向こうともしない。──こりゃかなりマジだわ。
ゾルフとロディマスもことのなりゆきに注目している。
二人の間合いが、少しずつではあるが、
あたしはさらに声をはり上げた。
「いいかげんにしなさいってば!──そりゃあ確かに興味深い対戦になるでしょうけど、他に先にやらなくちゃならないことがあるでしょ!」
「
「!?」
声がした。
すぐ後ろ──いや、耳もとで。
ツ──
後頭部──首スジのところに、冷たい感覚が走った。
──今動けば──死ぬ──
あたしは直感した。
あたしをのぞく全員の視線が、あたしの後ろにいる人物に集中していた。
声に聞き覚えがあった。
ゼルガディスさえも恐れさせることのできる人物──
「……レゾ……」
ガウリイがその名を口にした。
「ごぶさたでしたね。──まあしかし、
「〝賢者の石〟だろ」
「そう。──あ、変な気を起こさないでくださいね。このひとの首筋にさしこんだ針をもう一押しすれば、私は人殺しになる」
げ。
自分の置かれた
どっと汗が
「──ハッタリだ! 渡すなよ!」
ゼルガディスが悲鳴に近い声を上げる。
〝賢者の石〟を渡したくない一心でのセリフである。
レゾがはったりをかますような人間かどうか、一番よく知っているのはゼルガディス当人である。
むろん誰も、ゼルガディスの言葉を信じはしなかった。
汗が
「なぜ──これが
ガウリイが言う。
「このひとがさっき説明したじゃありませんか。目が見えるようになりたい──ただそれだけですよ」
「なんで──これほどまでにして……?」
こわごわ口を開いてあたしは尋ねた。
「説明したところで
そんなもんですか。
「さあ──石を──」
「──わかった」
「よせ! 渡すな!」
ゼルガディスの制止を無視して、ガウリイは
「ほらよ」
神像が
レゾの右手が伸び、それをしっかりと受け止めた。
「確かに──確かに受け取ったぞ!」
レゾの
「リナを放せ!」
「まあ
パキン!
レゾの手の中で、オリハルコンの像があっさりと
その中から出てきたのは、一つの小さな黒い石──
石の力がレゾの魔力に呼応して、魔法では砕けるはずのないオリハルコンをもうち砕いたのだ。
「おお……これよ! まさしくこれよ!」
トン、とレゾはあたしの背中を突き飛ばした。
「──とっ!」
数歩たたらを踏んでようやく立ち止まる。
後頭部に手を回し、首筋から生えた細い
ぞわわっ。
痛みも何もなかったが、針は親指と同じ位の長さ、あたしの首の中にもぐりこんでいたらしいのだ。よくこれで死ななかったものである。
──それだけの技量をレゾは持っている、ということになる。
ゼルガディスが
ガウリイが〝光の剣〟を抜き放つ。
そしてレゾは──
石を持った右手を、口元に持っていく。
──まさか──
その、まさかだった。
レゾは迷うことなく、手の中のものを飲み下した。
ごうっ!
「ぶわっ!」
突然、強い風が吹きつけてきた。思わずマントで顔を
「うっ、ぐっ……」
風ではなかった。
吹きつけてきたのは、物質的な力さえ伴った、強烈な
その瘴気の
「かーっ!」
ゼルガディスがしかけた。
青い火柱がレゾを包み込む。
が、それだけだった。
何の
レゾはなおも狂ったように笑いながら叫んだ。
「おお──! 見える! 見えるぞ!」
あたしは見た。
生まれて初めて。
人が、全く異質のものに変わりゆく様を。
レゾの目が開いた。
その奥にあったのは、赤い色をした
「くふっ、く……くはははははっ! ──開いた! 目が開いたぞ!」
レゾの
その下から白いものがのぞく。
「──何だ!?」
ごそり。
こんどは額の肉。
そして──
あたしは気づいた。
彼の正体──レゾの閉じられた
今やレゾの顔は、目の部分に
そしてその全身を
「──まさか──」
ゼルガディスが
彼もまた気がついたのだ。
〝
やがて、
「選ばせてやろう。好きな道を」
「このわしに再び生を与えてくれたそのささやかな礼として。──このわしに従うなら
しかし、もしそれがどうしてもいやだと言うのなら仕方ない。天竜王に動きを封じられた〝北の魔王〟──もう一人のわしを
とんでもねーことを言い出した。
〝北の魔王〟を解き放つ──それはとりもなおさず、この世界を破滅に導く、という意思表示だった。
それに協力しろと言う。
いやなら自分と戦えと──かつての七分の一にその力を減じたとはいえ、遠い昔、神々の一人とこの世界そのものの
世界の破滅を導けば、そこに待っているのは
同じ死ぬならきれいにいきたい。
人間に限らず、普通はそう思う。
それを十分承知のうえで、レゾ=シャブラニグドゥは問うているのだ。
どちらを選ぶ、と。
「なにをたわけたことをっ!」
ほんとに事態を理解しているのかいないのか、ゾルフが声をはり上げた。
「
──やっぱり理解していない。
両手を高々と振り上げ、
──
血の流れより紅きもの
時の流れに
偉大な
──この呪文は!?
その名のとおり、もとは対ドラゴン用として造り上げられた魔法で、小さな城くらいなら軽く消し去ることができる。これの使える
言っちゃあ悪いとはぜんぜん思わないが、なんでゾルフ程度の男がゼルガディスほどの男の直属をやっているのか
しかし──
あたしは気づいていた。
この
「やめなさい! ムダよ!」
あたしは叫んだ。
ゾルフは耳を貸さない。
「ほう……」
〝
おそらく、あたしの
「あ──」
ゼルガディスが小さな声を上げる。
彼も気がついたのだ。そのことに。
が、ゼルガディスが制止をかけるより
「
魔王自身が
これこそが
これをしかけられて防ぐことのできた人間は、かつて史上に存在しない。
「やった!」
ゾルフが歓喜の声を上げる。
同時に。
「逃げろ! ゾルフ!」
ロディマスが叫んだ。
彼は本能的に気づいたのだ。
あれがまだ、生きていることに。
「──何?」
事態をまたもや理解していない。
いぶかしげな顔をして突っ立っている。
「──ちっ!」
剣士は舌打ちをすると、ゾルフの方に向かって
「何でもいいから早く──」
その
炎の
「ロディマス! ゾルフ!」
ゼルガディスが叫ぶ。
その声に
燃え盛る炎よりもなお紅い人影が。
──違う──
炎の音に
「──逃げるぞ──」
ゼルガディスはポツリとつぶやいた。
「……え?」
あたしは思わず聞き返す。
「逃げるぞ!」
その言葉を合図に、三人は全速力で
……小さく燃える炎を見ていた。
ガウリイもゼルガディスも、ただ黙ってじっと
──あー、むちゃむちゃみじめ。
あたしたちはレゾ=シャブラニグドゥの前に、なす
今逃げたところで、いつかは──そう遠くないうちに見つかることだろう。
そうなれば──
「──おれはやるぜ──」
ゼルガディスが
炎がパチン、と音を立ててはぜる。
「勝てっこねえのは
パチン。
再び炎がはぜる。
「──しゃーない、つきあうか」
ガウリイが口を開く。
「例えムダだとしても、かといってこのまま放っとくわけにもいかんしな……」
「──すまんな──」
「なに、いいってことさ。オレにとっても
そう言うと──
それきり二人は
二人があたしの答えを待っていることは。
言葉でそう言われたわけではない。
いつ口を開くかと注目されているわけでもない。
ただだまって、じっと
それでも二人は待っているのだ。あたしが口を開くのを。
「──あたしは──」
あたしは口を開いた。二人は反応しない。
「あたしは──死にたくないわ──」
あたしもまた、炎を見つめたまま、ポツリと言った。
「──だれも強要はしないさ──」
ガウリイが、やさしい目で静かに言った。
あたしは思わずその場に立ち上がった。
「だってそうでしょ? 『死ぬつもりで戦う』なんてバカげてるわよ。それを男の『意地』とか『ロマン』とか言うのなら、そんなくだんないもん捨てちゃいなさい! どうやったって死んだら終わりなのよ!」
「まあ──好きにするがいいさ」
ゼルガディスが言った。
「逃げ回るのは勝手だが、
あたしは
「あのねぇ……
「え……?」
二人が同時にあたしを見た。
「
──あたしは絶対死にたくない。だから、戦うときは必ず、勝つつもりで戦うのよ!
むろん──あなたたちも」
二人は顔を見合わせた。
「けどな……勝つって言っても一体どうやって?」
ゼルガディスが、彼にしては珍しく気弱な声を出す。
「確かにあたしの得意とする
「ダメだ」
「だ……え? だめ?」
「そう、ダメだ。あいつが復活する時、おれがしかけたのに気づいたろう?」
「ええ。なんの
「ラ・ティルトだ」
「あちゃーっ」
あたしは頭を
「──なんだ、それ?」
うーん、しかし、こいつがいると話がスムーズに行かんなァ……
「ラ・ティルト──精霊魔術中最強の
「どらぐ・すれえぶ?」
あーっ! うっとーしいっ!!
「ドラグ・スレイブってのは、人間の使える黒魔術の中では最強のもの、って言われているものなの。世間一般ではね。最初にこれをあみだした
「けど──魔法がきかないってぇのは、一体どういう理屈でなんだ?」
あー、いーかげんしんどい。
「パス。ゼルガディス、解説お願い」
「
てなわけで、精霊魔術であれを倒すことはできない、ってわけさ。
で、黒魔術があいつに効かない理由ってのはいたって簡単。主に黒魔術の力の
「ゾルフの
『
あたしが口をはさんだ。
「……あったっけ? そんなの?」
「あったでしょーがっ! 一体何を聞いて……あ、そーか、ガウリイあなた、カオス・ワーズは知らないんだ」
「カオス・ワーズ?」
「とにかく。そーゆーことなのよ。つまり黒魔術で奴を倒そうとするっていうのは、『お前を殺すのを手伝ってくれ』って言ってるのと同じことなのよ。これがどれだけナンセンスな事か、あなたにだって分かるでしょ」
「オレにだって、ってぇのはどーいう意味だよ」
「──ついでに言うと、白魔術には
──とどのつまり、あたしやゼルガディスには奴は倒せない、ってことよ」
「ま、なんにしても、だ──」
ゼルガディスは視線をガウリイに向けた。
「おれたちの残る頼みの綱はあんたの〝光の剣〟のみってこった」
「つまり、あれと戦うのはあくまでもあなたってことよ。──むろんあたしたち二人も極力あなたのフォローをするけどね」
「けどね──って……お前、そんな気楽に言うけど……」
「他にテがない以上、これしかあるまい。
──もっとも、あんたにもっといい考えがあるってのなら話は別だがね」
「いや……ないけど……」
「じゃ、それで決まりね」
「そうか、ようやく決まったか」
────!
三人は同時に目をやった。
聞き覚えのある、その声の主の方に。
いつのまにやってきたのか。いつからそこにいたのか。夜の木陰にわだかまる赤い
赤眼の魔王、レゾ=シャブラニグドゥ。
「わしとしても、ゾルフだのロディマス程度の相手やただ逃げるだけの相手を滅ぼしたところで、
まあ、このわしの復活に立ち会ったのが不運と思って、トレーニングにつきあってもらおうか。長い間封じられていたせいか、まだいまひとつしっくりと来なくてな。
しかし安心するがいい。すぐに後からおおぜい行くことになる」
「……いいかげんにしなさいよ……」
あたしはゆっくりと立ち上がった。
肩慣らし──ですって──
トレーニング、と来たもんだ。
ゾルフは確かにヤな性格だった。
ロディマスは確かにハンサムとは言えなかった。
だが──
殺したところで、肩慣らしにもならない、などと──
むろんあたしに、りっぱなヒューマニズムなんぞを説く資格があるなどとは思ってもいない。あたしも人を殺したことがあるからだ。それはガウリイにしろゼルガディスにしろ同じことだろう。
しかし──
今のセリフだけは許せない。
「トレーニング──と言ったわね。いいでしょう、つき合ってあげるわ。──けど後悔することになるわよ」
「ほう──それは面白いな、
ぜひお願いしたいね。それでこそ殺し
「殺されてやるつもりはないんだがな」
ガウリイが言った。二人も立ち上がっている。
「つもりと結末が一致するとは限らん。それくらいは
「ええ。誰でも、ね。レゾ=シャブラニグドゥさん」
あたしは魔王の言葉をそのまま返した。
ピクリ。
魔王のからだが小さくふるえた。
おや?
「さて──なら行くぞ」
何事もなかったかのように魔王は手にした杖でトン、と軽く地面を突いた。
その
大地が動いた。
いや──!
動いているのは大地の下にあるもの──森に生えた木々の根だった。
それらは魔王に
「……意外とつまんない芸ね」
あたしは鼻先で笑った。
「ほい、ゼルガディス」
「おうよ!
彼は
今度は本当に、地面が揺れた。
そのひと揺れで、木の根でできた蛇たちはことごとく断ち切られた。
「じゃ次、あたしね、あたし!」
「どうぞ、お嬢さん」
ゼルガディスが苦笑する。
「さて……どんな
魔王が言う。
「いえ──つたない小技ですけどね。──いきますよ」
右手を軽く上げる。
光の球がそこに生まれた。
「まさか、ファイアー・ボールだなどと言うのではなかろうな?」
魔王がクギを刺す。
「ぎくっ。──実はそーだったりして……」
あたしはそれを彼にむかって軽くほうり投げる。
火球はたよりなく魔王の方に向かって飛び、その目の前でピタリ、と止まった。
「ふぅん……一応アレンジはしてあるんだな……」
自分の
「しかし、これに
「わかってますって。これはいわば、単なるデモンストレーションなんだから」
「そういうものにつきあう
レゾ=シャブラニグドゥは手にした杖を軽くふりかざした。
その
「ブレイク!」
あたしはパチン、と指を鳴らした。
光の球が分裂し、
「な……なんとっ!」
さしもの魔王もここまでは予想していなかったらしく、驚きの声を上げる。
炎と砂煙とが
「ガウリイ! あなたの番よ!」
「おうさっ!」
ガウリイが走る。〝光の剣〟を
「行け! ガウリイ!」
ゼルガディスも叫ぶ。
「
ガウリイが
光の剣がうなる。
そして──
赤眼の魔王、レゾ=シャブラニグドゥは小さく笑った。
「光の剣──か。確か、
彼は──魔王はあろうことか、光の剣を素手でにぎりしめていた。
「さすがに少し熱いが、まあ我慢できん程度ではないな」
とんでもない
「く……くうっ!」
ガウリイが
どうやら押そうが引こうが、びくともしないようである。
「若いの、剣の腕は達者なようだが、このわしを倒すには武器の
「ぐわっ!」
ガウリイが吹っ飛ぶ。
地面に
「ガウリイ!」
「──だ……
どう見ても
「安心しろ。すぐにとどめは刺さん」
魔王が言う。──やなやつ。ま、人の良い魔王などというよーなものがいたら、それはそれでまたブキミだろうが。
「くっ……!」
ゼルガディスが
その姿が、
「ゼル!」
「なぁに、
ぎくぎくぎくっ!
「ずいぶん大きなことを言ってくれたが……えらくがっかりさせてくれたな。この礼はしてもらわねばなぁ……」
ひええっ。
ずいっ。
一歩、魔王が歩みを進める。
と、その時。
何かが目の前に飛んできた。
あたしは反射的にそれを
剣の
光の剣!
「──使え、リナ!」
ガウリイが言う。
「剣の力にお前の
「──
馬鹿にしたようにレゾ=シャブラニグドゥが言う。
「光の力に
その通りだった。
光の
魔法が互いの力を打ち消し合ってしまうからだ。
しかし──
「剣よ! 我に力を!」
あたしは手の中のそれを高々とふりかざした。
光の刃が生み出される。
ガウリイの時は
──やっぱり──
「ハッ! ムダなことを!」
魔王が
しかし、その声のなかに
あたしは
形式は
しかし、呪文を
その部分を、旅の
シャブラニグドゥの力を借りて行使する黒魔術でシャブラニグドゥ自身を傷つけることはできない。しかし、同等かそれ以上の能力を持つ別の魔王から借りた力でなら、『赤眼の魔王』にダメージを与えることはできるはずである。
夜よりもなお深きもの
シャブラニグドゥが動揺の色を浮かべた。
「こ……小娘っ!
あたしは
我ここに
我ここに 汝に
我が前に立ち
すべての
我と汝が力もて
等しく
夜の闇より深い闇。
決して救われることのない、
もしここで呪文の
「ムダだと言うのがわからんかっ!」
魔王は叫びながら、
おそらく一発だけでも、ちょっとした家の二、三軒くらいなら軽く吹っ飛ばせるほどの力があるだろう。
が──
そのことごとくが、あたしにまとわりつく
「なんと!?」
これこそが本邦初公開、あたしの秘技中の秘技、
初めて試しに使ってみた時、あたしの生み出した闇は、浜辺に大きな入り江を造り出した。今でもなぜかその場所には、魚一匹寄りつかず、水ゴケさえも生えないと聞く。
この呪文だけででも、シャブラニグドゥにダメージを与える自信はあった。
しかしまた、この呪文だけで『赤眼の魔王』を倒すことはできないことも
あたしがいくらがんばったところで、人間と魔王──この歴然たる
残る手段はガウリイの言うように、光の剣の力を借りるしかないが──
光の剣の輝く刀身もまた、あたしをとりまく
剣によって生み出された『光』の力と呪文の生み出す『闇』の力が互いを打ち消しあっているのだ。
ガウリイはただ単に、こうなることを知らなかっただけなのだ。
あたしはそのことを知っていた。
たぶん、それ以上のことも。
そしてシャブラニグドゥもまた。魔王の
──やってみるっきゃないっ!──
「
あたしは叫んだ。
「闇を食らいて
「なにぃっ!」
思ったとおり。
『光の剣』の正体は、あたしが想像していた通りのものだったのだ。
つまりそれは、人の意志力を具現化するものなのだ。ふだんはそれが、一番解りやすい『光』の姿をとっているにすぎない。あたしがそう確信を持ったのは、意志力は強いが、その拡張たる魔力を持たないガウリイが手にしたときに比べ、意志のコントロールに
しかし──これではたして本当にあれを倒せるかどうか──正直いって自信はない。
あと一つ──あと一つ何かがあれば──
「こざかしいっ!」
魔王は
低いつぶやき──今まで聞いたことのない言葉が風の中に流れる。
──
まずいっ!
どんな魔法でも、多かれ少なかれ、呪文の行使をしている間、術者の
それに第一、
魔王の杖の先端に、赤い光が生まれた。
あちらの方が早い!
といって、
「やめろ!」
声が
ゼルガディス。
「もうやめろ!──あんたがあんなにも見たがっていた世界じゃねえか! それを──なんで
かなり混乱しているようで、おそらく自分が何を口走っているのかすらわかってはいないだろう。
が──
呪文が止んだ。
魔王の杖から、赤い光が消える。
レゾ=シャブラニグドゥは静かに、地に倒れたゼルガディスを見つめる。
──見つけた!──
あとひとつを!
「──愚かなことを──」
シャブラニグドゥはしばしの間をおいて、彼の言葉をあざける。
その
「赤法師レゾ!」
あたしは叫んだ。暗黒の剣を大きくふりかぶりながら。
「選ぶがいい! このままシャブラニグドゥに
「おお……」
歓喜の声と──
「ばかなっ……」
同時にかれの口を突いて出た。
「
あたしは剣を振り下ろす!
黒い光──そうとしか形容しようのない何かが、魔王に向かってつき進む。
「こんな半端なシロモノ! はじき返してくれるわ!」
魔王が杖を
暗黒のエネルギー
そして──
ズヴゥン!
黒い火柱(?)が天を
「あ……」
あたしは小さく
その火柱の中に、
やがてそれは静かにおさまった。
「く……」
そして
あたしはその場に
「く……くっ……くははははぁっ!」
魔王の
「いや……
ぴしり。
小さな音がした。
「気に入った……気に入ったぞ、小娘。お前こそは真の天才の名を冠するにふさわしい存在だ」
今の
ただ地面にへたり込み、
「しかし……残念よの……これでもう二度とは会えぬ。──いかにお前が
ぴしり。
──またあの音だ。
一体何の──
「魔道を
このあとこの世界の歴史がどううつろうかはこのわしにも分からんが、お前の生あるうちに別のわしが
──え?
それはどういう──
あたしは顔を上げ、そして見た。
魔王シャブラニグドゥの体中を走る、無数の小さな
これは──
「長い時の果てに復活し、もう一度お前と戦ってみたいものだが……何にせよ、それはかなわぬ望み──お前自身に敬意を表し、おとなしく
──これで──眠れる──
二つの声が重なった。
赤眼の魔王シャブラニグドゥと、そして、赤法師レゾとの。
ぱきん。
魔王の仮面の、
それは大地に着く前に、風と
「面白かったよ……
──ありがとう──すまない──
ぴきん。
「本当に……」
──本当に──
ぱりっ。
「く……ふふっ……くふふっ……」
ぴしっ。
ぱりぱりっ。
あたしはただ
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