三、大ピンチ! 捕まっちった(情けなや……)
気がつくと、知らないところにいた。
今は使われていない、古い教会か何かの一室のようだった。
窓の小さなステンドグラスも今は破れ、もはやそれが神話のどの部分を再現したものであったかは知る
ひだりあたまがズキズキする。
どうやら殺されはしなかったようだ。
これもすべて、あたしの
──などと言っている場合ではない。
あたしは両手を
目の前にゼルガディスがいる。
ミイラ男のゾルフもいる。
ディルギアとか言う
半魚人といっても、ラーゴン種やギルマン種のような
やたら平べったい体。おなじく平べったくデカい頭の両側についているこれまたデカい二つの魚眼。ぬらぬらと光るウロコに
魚そのものの顔だった。
絶対に、心臓の悪い人間に、いきなりアップで見せてはいけないよーな奴である。
あの武人タイプのおっちゃんだけ、姿が見当たらない。
「口ほどでもなかったな、お
開ロ一番、ゼルガディスが言う。
──ほっといてくれ。
「ゾルフに感謝しろ。こいつがお前を生かしたままで連れてきてくれ、と言うから、殺さずに連れてきてやったのさ」
「や、そりゃどーも」
あたしはへらへらと笑って見せた。
「ほう……
と、ゾルフ。
「ところで──あたしの連れはどうしたのかな?」
「あの男か……あいつならお前さんをおっ放り出して、どこかへとんずらこいちまったよ。──フラれたな、嬢ちゃん」
と、今度はディルギア。
「そう──それはご
と、あたしが言う。
「全くだ……」
ゼルガディスが
「お前さんがあれを、男のほうに渡しているとは思わなかったよ……とすると、お前さんを生かしておいたのは正解だったな。あの男が助けに来るかもしれんからな」
「おいおい、どういうことだ?」
ディルギアが言う。
「この女、〝神像〟を持ってはいない」
「なにーっ」
あたしとゼルガディスを除く全員が合唱する。
「きちんと調べたのか?」
ディルギアの言葉に、ゼルガディスはいささかムッとしながら、
「これでどこかにあの神像をかくしているように見えるか?」
──と、妙な
ディルギアは周りを歩きながら、じろじろとあたしの体を見つめる。
「ふむ……確かに……いや待てよ、こいつぁ女だ。体の中に隠すってぇことも……
いや無理か。あんなもん突っ込んだら、いくらなんでもあそこが裂けちまわぁ」
下品な
「──しかし、あの男が持っているはずのオリハルコンが探知できなくなった。──これはどういう事だ?」
ゼルガディスが言う。
「彼に渡した時点ではどれが〝それ〟なのか分からなかったんだけど、とりあえずらしいものみんなに、〝プロテクト〟を掛けておいたのよ」
「──プロテクト?」
「そう。〝
「お前………そんなマネもできるのか」
ゼルガディスが感心したような声を出す。
「まあね」
じまあぁぁぁぁぁぁぁん!
「そのわりに、おれと戦ったときはセコい
「あなたも、ちっとも実力を出していなかったじゃない」
「ほう、わかるか」
「そりゃあ、ね」
「……頭は悪くないようだな……しかし使う魔法がセコいっていうのは……」
しばし考え込み、ややあって、ポン、と手を打つ。
「そうか、あの日か」
「ほっとけっ!」
あたしはまたまた赤くなる。
「とにかく、あの男がやって来るまではお前に生きていてもらわなければならん。ゾルフ、この娘をどうするつもりなのかは知らんが、殺すんじゃないぞ」
「わかっております」
ゾルフが
ううっ、やだなぁ。
「──さて、お
あたしの方に向き直り、みょーな声で言う。
「あんたにはいろいろと世話になったからねぇ……ぜひともお礼がしたいんだが……さてさて、どんな目にあわせてほしい?」
──いかん、こいつアブナい性格だ。
こーいう奴を見ると……
「ゾルフ……さん」
「何だね?」
余裕シャクシャクの表情で言う。
「一つだけ……言っておきたいんですけど……」
「かんべんしてくれ、などというのは聞けんよ」
「そうじゃなくて……」
「ん、なんだ、言ってみるがいい」
あたしは真っ向からゾルフを見つめ、きっぱりと言った。
「三流」
──大爆笑。
いやー、ウケたウケた。まさかこれほどウケるとは思っていなかったが。
ゾルフ以外の連中は大笑いしている。あのゼルガディスも、向こうを向いてうずくまり、
こーいう性格なのだ、あたしは。
が。
あたしは笑えなかった。
てっきり怒ってわめきたてるとばかり思っていたゾルフが、表情一つ変えずに、じっとあたしを見つめているのだ。
こ、こええ。
ひとしきり笑いがおさまると、ゾルフが口を開いた。
「……ディルギア……」
「ん、何だ?」
ディルギアが応じる。
「──この娘を犯せ」
「でぇぇぇぇえ!?」
声の主に視線が集まった。
あたしに、ではない。
ディルギアにである。
ゾルフの言葉にあたしが声を上げるより早く悲鳴を上げたのは、
「……
「……え?……いや、本気で言ったんだが……?」
と、ゾルフ。
「おいおいおい。あんまり無茶を言わんでくれよ。──まあ、相手が、グラマーなゴブリンとか、
……おいっ。
「美的感覚の違いって奴だな」
ゼルガディスが言う。
「ディルギアにとって、人間などは性欲の対象にならんわけだ」
なるほど。
人間の男が、メスのゴブリンを見てもムラムラッと来たりはしないのと同じ
──しかし、これではまるであたしの魅力がゴブリンやサイクロプス以下みたいに聞こえるじゃないかっ!
「えーい、ならヌンサ!」
ゾルフが今度は
「お前が犯せ!」
「オカ……ス?」
のったりした声で言う。
「そうだ!」
「それはつまり………この女と、
「──まあ……そういうことだ……」
こいつもあんまり期待できんな、というのがゾルフの表情にありありと出ている。
が──
「まあ……いいだろう……」
「ちょっと!」
こんどこそ本当にあたしは悲鳴を上げた。
冗談じゃないっ!
このサカナ男と
そいつにすけべーこまされるなんてっ!
それこそ死んだほうがマシだ!
「そーか! やるか! そーこなくっちゃあなっ! そうだ、それでこそ男だ!」
ゾルフが一人で盛り上がっている。
ヌンサがゆっくりと近づいてくる。
ぺちゃり、ぺちゃりという、
「やめろーっ! 近づくなっ、ばかっ! くるなーっ!」
「……おまえはしあわせだ……」
ヌンサが言う。
「人間でありながら、われらの
「
「泣け! わめけ! 恐怖にうち
盛り上がるゾルフ。
ぺたり……
ヌンサが足を止めた。
あたしの目の前で。
「さあ……」
のったりとした声で言う。
あたしはもはや恐怖で声も出ない。
「さあ、卵を産め」
…………
……しーん
沈黙。
目が点になっている。
「どうした、さあ」
ヌンサが言う。
「……おい……」
横からディルギアが口を出す。
「なあヌンサ、何だ、その『タマゴ』ってぇのは?」
ヌンサが
「……卵がないと、
わけのわからんことを、さも当然のように言う。
「──そうか」
ゼルガディスがポン、と手を打った。
「生殖の方法が違うんだ」
「……は?………」
ゾルフが
──あっ、そーか。
「おい、ヌンサ、お前達が子供を作るときは、どういうふうにするんだ?」
ゼルガディスが問う。
「……女が卵を産む。……それに男が精子をかける……それをしめったところに置いておけば、五十日くらいで子供が生まれる……」
やっぱり。
生殖方法まで、人間よりも魚に近い。
「……おまえなぁ……」
ゾルフがくってかかる。
「なんでそれを早く言わないんだよっ!」
「……知らなかった。オレたちとおまえたちの子の成し方が違うとは……」
「あのなぁ……」
「待てよ、ゾルフ」
ディルギアが言う。
「他人をどうこう言うより、おまえかロディマスかがやればいいじゃねえか。同じ人間同士なんだしよ」
「ロディマスの奴は
どうやら〝ロディマス〟というのは、あの中年剣士のことらしい。
「一方このわしはこいつのおかげでこのケガだ。ナニなんぞをしようものなら、こっちの方がダメージを受けるわ」
「じゃああきらめるこった」
「いやいや、まだ……」
と、視線をゼルガディスの方に移す。
「──おいおい、ちょっと待て」
彼は
「おれはいやだぞ。ぴーぴー泣きわめく女を抱くなんて、趣味じゃないからな」
「……そんなぁ……」
ゾルフが泣きそうな声を出す。
ええいっ! めそめそするなっ! 子供じゃあるまいし!
──安心したとたん、
「──しかたがない」
あ、立ち直った。
「別の手で行こう」
立ち直るんじゃないっ!
「さて、それでは……」
ゾルフはどこからかハンカチほどの大きさの
「ど、どーする気よ!」
あたしの言葉を無視して、ゾルフが後ろにやってくる。
「黙ってないで何とか言ったらモグッ!」
いきなり
「さあ……これで何もしゃべれまい」
言いながら、正面に
「それでは……」
一体何を──
ゾルフはいやな笑いを浮かべながら口を開き、はっきりと言った。
「……ちび」
「んっ!………(なっ!………)」
「ぶす」
「んむぅ!(てめーっ!)」
「
「ぺちゃぱい」
「じゃじゃうま」
「自信
「どんぐりめだま」
「みーはー」
etc、etc、
ゾルフの悪口は
くそーっ! 腹の立つーっ!
口さえきければ、悪口合戦で決してひけを取ったりはしないのだが。
なによなによっ! 自分だって十分に足は短いし、おまけにガニマタじゃないのっ! 性格は悪いし第一、スマー卜じゃないわよ! どーせこの分だと、ホータイの下の素顔も程度が知れてるってもんよ。それを……それを……ぜーんぶタナに上げて、ひとの性格がどうの、プロポーションがこうのと……
言えた義理じゃあないでしょうがっ!
「……だいぶこたえてるようだな」
ゼルガディスが言う。
かなりうんざりした
「しかし……ガキの
「三流よばわりしてくれたお返しですよ!」
ゾルフはかなり頭に血を上らせていた。
あたしはそれ以上に逆上している。
「××! ××××! ×××××××!」
あたしは、面と向かって言えば殺されたって文句も言えないような
「どーだ、くやしーか! へへーん! だ! くやしかったら何か言い返してみろ! うりうりうり!」
こ……こいつはーっ!
「……んんー!………ううなん!(てめー!、ゆるさん!)」
いつかきっと、言い返してやる!
やがて
小さな明かり取りの窓から差し込む淡いオレンジ色の光が、向い側の
時が移る。
光は
あたしだけがここにいる。
むろんランプも何もなく、光源といえば
手首がひどく痛んだ。
どれくらいたったか──
「──静かにしてろ──」
──しかしなんで『静かに』しなくちゃならないんだろーか?
暗くてよく分からないが、何かを持っているようだった。
白光が
「────!」
ストン、とあたしは
「お前の剣とマントだ」
「……え?」
さるぐつわをはずすとあたしはそれを受け取った。まちがいない。あたしのものである。
「どうして?」
「説明している暇はない。逃げたいのか、逃げたくないのか」
そう言われると、答えは一つしかない。
あたしは黙ってうなずくと、剣とマントを受け取った。
「……ついてこい」
あたしはゼルガディスの後を、足音を忍ばせてついていく。
どう考えてもワナっぽいが、それがどんな形のワナであれ、
さほどかからずに外に出た。
月の光が
その森の中にむかって、一本の細い道が走っている。
「──行くがいい」
ゼルガディスが言う。
「……でも……」
あたしは
あんまり話がウマすぎる。あたしはそーいうのは信じない主義である。ウマい話がよい話であった例など、この世のなかにはほとんど無い。
「……事情が変わったんだ」
すこしイラついたような声で言う。
「なんでもいいから行け!」
「──わかったわ」
ワナならワナだった時のこと!
あたしは道を、森にむかって
そして──
その足が
森の入口に、赤い
後ろでゼルガディスの舌打ちする音がはっきりと聞こえた。
「──どういうつもりですか、ゼルガディス。その女を逃がすというのは」
レゾが言う。
「たしかにあなたはいままでもあまり素直じゃありませんでしたが……これはれっきとした反逆行為ですよ」
「黙れっ!」
ゼルガディスが叫ぶ。半ばヤケクソのニュアンスを含んで。
明らかにレゾのことを恐れている。
「もうおれはあんたと
「ほう……そうですか……」
レゾが静かに言う。その表情ははじめて会ったときと全く変わらず、彼が一体何を考えているのか、そこから読み取ることはできなかった。
「『力』を与えてあげた恩を忘れ、あなたを造り出したこの私に
なっ──!
「何が〝恩〟だ!──確かにおれは力が欲しいといったよ。──けどな、
「……それが力を手に入れる一番の近道なんですよ。──まあしかし、理由や経過がどうあれ、結果としてこうなってしまった以上、つけなければなりませんね──決着は、ね……」
「くっ!」
ゼルガディスはあたしにかけよると、いきなり後ろからあたしを抱きしめる。
「な──なっ!」
そのままジリジリと進んで行く。
レゾが鼻先で笑った。
「その娘を
ばかなことを……そんなことをしてこの私をなんとかできるとでも?」
「思っちゃあいないさ! そんなことは!」
半分以上ヤケクソでゼルガディスがわめく。おそらくは内心の恐怖をゴマ化すためだろう。が──
どうでもいいけど、耳元で大声を出さないでほしいなぁ……
「こいつをタテにしたところで、逃げ切ることはできないだろうな。──タテにしてたんじゃあね」
ちと意味深なセリフを吐く。
同時に、フワリ、とあたしの体が宙に浮く。──おいっ! まさかっ!
「ぅわきゃーっ!」
やっぱし!
あたしはすっ飛んでいた。
あろうことかゼルガディスは、あたしをレゾに向かって投げつけたのである!
さすがのレゾもこれには驚いた。──当り前だが。あわてふためいてその場を
森の木が目の前に
ひええっ!
慌てて空中で手足をぶん回す。体勢を立て直し──たつもりだったが、まだ不十分だったようである。
べちゃっ。
正面から
反射的に、木に手足でしがみつく。
痛ひ。
「こあら」
痛みを
「
間を置かず、ゼルガディスが後ろから再びあたしを
同時に、後方にファイアー・ボールをぶちかます。むろんレゾの
「ムチャクチャしないでよっ!」
「苦情は後で聞く!」
なおも数発のファイアー・ボールを
「……なんとか振り切ったようだな」
ゼルガディスがやっと一息ついたのは、そろそろ夜も明けようかという
森の中にある河原だった。
いやー、全く元気な男である。
あたしを
その間あたしは、痛む手首と鼻の頭をさすっていただけである。
「……鼻が痛い……」
あたしが言った。
「どうした?
平然と言う。
「……あのねぇ……」
あたしはぺたん、と
きのうは一睡もしていないのだ。さすがに少しこたえていた。
あたしは人よりもやや
「──少し眠るとするか。おれもいーかげん疲れたしな」
ゼルガディスが独り言のように言う。
らっき!
「……眠ってる間に逃げようなんて思うなよ」
と、クギを刺す。
「思わないわよ、そんなこと。あたしだってそこそこ疲れてるんだし、魔力もまだすこししか回復してないし……」
「ほう……」
感心したような声で言う。
「と、言うことは、すこしは回復した、ってことだ」
「──まあとにかく、逃げたりはしないわよ。けど、眠るまえに、事情の説明くらいはあってもいいんじゃないの?」
ゼルガディスは苦笑いを浮かべた。
「──そうだな。お前さんももう十分巻き込まれてるしな。知る権利くらいはあるだろう。いいさ、話してやるよ。──さて、どこから話そうか……」
「──まずあの男の事。自分のことを
「ほう……やはりもうお前さんたちと
「──何者なの? あの男は?」
ゼルガディスはヒョイ、と
「──名乗った通りの人間──
「『あれが──』って言われても、あたしにはわかんないわよ。あの人、裏でどんなことやってるの?」
「知ってるだろ? あるものをさがしてるのさ」
「──じゃあ、魔王シャブラニグドゥを復活させようとしているのは、あなたの方じゃなくてあいつの方だったの?」
あたしが尋ねると、ゼルガディスはキョトン、とした顔をする。
「シャブラニグドゥ? なんのこった?」
「え……?」
「あいつがおれたちに命じて探させていたもの──こうなったら言っちまうが、実はかの有名な〝
げ。
あたしは絶句した。
「そ……それじゃあ……」
ゼルガディスは小さくうなずいた。
「あの神像の中に、〝賢者の石〟が入っているのさ」
賢者の石──
古代の
〝賢者の石〟が歴史の上に登場するのは、いままでにわずか数回のみ。つまりそれだけその数が少ないということでもあるが、この石は登場するたびに、歴史に少なからず影響を与えている。これを使った一人の見習い魔道士によって、一つの国が
ほとんど伝説に近い存在だが、それが実在するらしい、ということは知っていた。知ってはいたが、まさかお目にかかることになろうとは──
「……け……けど、あいつはそんなものを手に入れて、一体何を……」
レゾが世間の
「……世界征服を狙ってる、なんて言わないでね」
ゼルガディスは首を横に振る。
「いや──レゾが前に言ったことがある。『ただ、世の中が見てみたいだけなんだ』とね」
「……世の中が……見てみたい?」
「そう。──噂の通り、レゾは生まれつき目が見えなかった。あいつは自分の目を開かせようと、そのためだけに
白魔術を
しかし、他人の目を直すことはできても、なぜかわからないが自分の目を開かせることはできなかった。そこで
──そしてあいつは、
魔術において、奴は天才的な成長ぶりと才能とを発揮したが、それでも自分の目を開かせることはできなかった。そこであいつが目をつけたのが──」
「実在するかどうかも分からない〝
ゼルガディスはうなずいた。
「──けど、するとなんであなたはレゾが〝賢者の石〟を手に入れるのを
「むろんそうだが……おれは奴の邪魔をしたいんじゃなくて、奴を倒したいんだ。
それにはどうしても、あの〝賢者の石〟が必要なんだ。くやしいが、今のおれにはあいつを倒すだけの力はない」
表情からして、
「……そんなに
彼は黙ってうなずいた。
ゼルガディスほどの使い手が、『かなわない』と認めているのだ。当然、かなりのものに違いはない。
「あいつを倒す──って、やっぱり、あいつにそんな体にされたから?」
「──ああ。ある日あいつが言ったんだ。
そしておれは──首を縦に振った。それが何を意味するかも知らずに……」
声の中に、あからさまな
「──レゾと知りあったのは?」
「……おれが生まれたときからさ──あいつはおれの
「──え!?」
「ああ見えても奴は、ま、百年かそこらは生きてるだろうさ。とにかく、おれの中にはあの善人気取りのレゾの血がいくらか流れてるってことさ」
「
あー、きまりがわるい。
あたしは指先で鼻の頭をかるく
「──いいさ、どうでも」
どことなく悲しげに言う。
──やりきれないなぁ……こーいう空気は……
「……とにかく、それで大体のところはわかったわ」
あたしはつとめて明るい声で言った。
「つーことで、少し眠らせてもらうわよ」
言うと、ゴロンと横になる。
あー、きもちいい。
「あなたも少し眠ったら? 疲れてるんでしょ?」
「まあな……けど寝込みを
「いいわよ。じゃあ、おやすみ」
言うとあたしは目を閉じた。
心地よい眠りに飲み込まれるまで、さしたる時間は必要としなかった──
あたしは目を覚ました。
眠ってからそれほど時間は
目を覚ましたのは殺気のせいである。
一人や二人ではない。
あたしも十人くらいまでなら、
「
あっさりとゼルガディスが言う。別段声を殺そうなどとはしない。居場所が知られているのに、そんなことをしても全く
「相手は?」
「トロルが二、三十匹ってとこだろう。レゾは来ていないようだし、なんとかなるだろうさ」
気楽に言う。しかしほんとに
「出てこいよ。気付かれていないと思っているわけでもないだろう。──決着をつけようぜ。ゼルの
聞き覚えのある声がした。
あたしはその場に立ち上がった。ゼルガディスの言うとおり、木々の間にちらほらとトロルたちの姿が見え隠れしている。
意識して大きな声を出す。
「こんにちはディルギアさん。たいへんね、わざわざこんな所まで
あたしの言葉に、一人の
「名前を覚えておいてくれたとは……こいつぁ光栄だな」
「忘れるもんですかっ!」
あたしは真っ向からディルギアを
「人のことを、ゴブリンより色気がないとか、サイクロプスの方がまだマシだとか、ロック・ゴーレムよりサメ
「……誰もそこまで言ってねーよ」
「とにかくっ! このうらみ、必ずこのあたしにかわってゼルガディスが晴らしてくれるに違いないわ! さあ行け、ゼルガディス! 世界が君を待っている! いよっ、男前っ! がんばれっ!」
「……お前……その性格、何とかならんのか……」
ゼルガディスがジト目でこちらを見ながら言う。
「なんない」
あたしは言った。
別に好きこのんでやっているわけではない。これはあくまでも敵の気を
……本当だっつーの。
「──ディルギアよ、きさまこのおれに忠誠を
ゼルガディスが言う。言葉の奥底にごりっとしたこわいものが
その言葉を
「オレが忠誠を誓ったのは〝ゼルガディス〟に対してではなく〝赤法師が
「……ほう……」
ゼルガディスがすうっと目を細める。こーゆー表情をするとこの男、いかにも〝魔戦士〟といったおもむきである。
「まさかきさま、
「獣人風情、とはよく言ってくれたな。
ではその獣人風情の力、とくと見せてやろう。──かかれ!」
ディルギアが
武装したトロルの群れが一気に間合いを
──ばかが──
ゼルガディスは小さな笑みを浮かべながら右手を高々と差し上げた。
目に見えぬ何かをその右の手のひらに持ったまま、それを大地にたたきつけるような動きをする。
「
うえっ!
あたしはあわててゼルガディスのそばに
大地が
水面のごとく揺れ動き、流れ、激しく波打つ。
トロルたちは完全にパニックを起こしていた。
「ハッハァ!」
ゼルガディスは狂気の笑みを浮かべながら、右手を再び大きく振り上げた。
「大地よ! 我が意に従え!」
岩が、土が、ゼルガディスの呼びかけに応える。
うねり、たゆたい、大地はまたたく間に無数の
勝負は
トロルたちは地面が生んだ数十本の
なぶり殺しも同然である。
何か言ってやろうかとも思ったが、あまり他人のことを言えた義理でもないので黙っておく。〝
「さあ……」
ゼルガディスはなおも氷の笑みをはりつかせたまま言った。
「はやいとこ見せてもらおうか。お前の力、って奴をさ。──それとも今ので
「……ちいっ……」
天にむかって生えた石の
「……さすがに〝レゾの狂戦士〟だけのことはあるな……きさまに
「へえぇ……」
ゼルガディスが馬鹿にしたように言う。
「それじゃあまるで、剣でならおれに勝てる、とでも言ってるみたいだな」
「そう言ってるのさ」
ディルギアも笑う。
「なら、試してみようじゃないか」
ゼルガディスはスラリと剣を抜く。
「──どうせ不利になったら
ディルギアはまだ剣を抜かない。
「そんなことはせん」
「──本当か?──」
「ああ」
「──なら、後悔することになるぜ」
大きく
かなりロング・サイズの
ぽけーっと突っ立っていたのでは巻き込まれる。あたしは少し身を
「かはぁっ!」
ゼルガディスが
真っ向から獣人を迎え
両者の剣が、文字どおり火花を散らす。
がっきりと
「ハッハァ! どうしたディルギア、剣なら負けないんじゃなかったのか?」
「これからだぜ、ゼルの
わずかに刀身が流れたところを見計らい、横手にすり抜けざま、
「なかなかやってくれるな」
「そう言ってもらえると
あたしの見立てでは剣の技術はほぼ五分と五分。しかしディルギアにはゼルガディスほどの
おそらく、『いざとなったら相手は魔法が使える』という事実がその原因だろう。
どっちでもいーからがんばれよー。
どちらが勝つにしろ、あたしに有利になることはないだろう。レゾの人質か、ゼルガディスの人質か、どちらにしてもやつらにとってこのあたしは、〝
二人がじりじりと間合いを
この
「しゃっ!」
ディルギアが動いた。横っ飛びに天を指す土の柱に
もともとが魔法によって造られた不安定なシロモノである。あっさりと
「うわっ!」
さすがに声を上げて身を
ディルギアはなおも数本の柱を崩す。
もうもうたる砂煙が、ゼルガディスの姿を完全に
その中に
「けほっ、けほん!」
「うぷぷっ」
息を止め、あわててふところからハンカチを取り出して鼻と口を覆う。
あー、目が痛い。
などとやっているうちに、二人が煙の中から飛び出してくる。
土煙も
どうやらディルギアのめくらましも、あまり役には立たなかったようである。
……派手なことをする割には、あまり考えがない。
よくいるタイプである。
「──くだらんテを使うな……」
ゼルガディスが言う。
「よくそれであんなデカい口が叩けるもんだな。感心するよ、
「黙れ!」
ディルギアが再度突っ込む。
フン──
鼻先で笑ったゼルガディスが、
次の瞬間、ディルギアが大きくたたらを踏む。
二人が
ゼルガディスの剣が、ディルギアの肩口を捕らえていた。
あたしは理解した。
さきほどゼルガディスがよろけたように見えたあの時、彼は下半身が砂煙に隠れているのを利用して、足下の石か何かを
むろんそれでダメージを与えるほどの一撃ではなかったにせよ、向かってくる
「どうした。後悔させてくれるんじゃなかったのか?」
左肩から血を流す獣人に、いやみったらしくゼルガディスが言う。
「……じゃあそうさせてやろうか?」
ディルギアが笑った。
あたしは目を
しばしその光景に見とれているうちに、かなり大きかった傷は完全に治ってしまった。
それほどの時間はかかっていない。
「オレがトロルと
なるほど確かに彼がトロルの再生能力を有しているなら、剣で倒すにはそれしかない。
「──なるほど、すっかりそのことを忘れていたよ」
ゼルガディスは
「つあっ!」
ブロード・ソードを大上段にふりかぶる。
腹がガラあきになる。
見逃すディルギアではない。
「けえっ!」
血がしぶく。
──と思いきや
硬い音がしただけだった。
ゼルガディスは平然と笑みを浮かべて立っている。
「──お前も忘れていたようだな。このおれも三分の一は
ディルギアの顔に絶望の色が浮く。
「どうする、このまま戦って死ぬか、それとも逃げ帰ってレゾに泣きつくか、好きな方を選べ」
「……ちいっ!」
「覚えているがいい!」
月並みなセリフを残してディルギアは森の中に姿を消す。
ゼルガディスはそれを追おうともせずに見送った。
「……くだらん……」
言うと、少し乱れた
ぱちぱちぱち。
あたしは勝者を
「いやーっ、さすがゼルガディス大先生、お強いっ! お見事でしたーっ!」
当り前だが、ゼルガディスはあまりいい顔をしなかった。
「……お前なぁ……」
「ほめてあげたのよ」
「……あ、そう」
言い合いをするのを
「──どこ行くの?」
「水を飲むのさ」
ぶっきらぼうに答える。
「あ、あたしも顔洗おーっと」
あたしは小走りにゼルガディスの後をついていく。さっきの
うーん、つめたくてきもちいい。
──ん?
これは……
「飲んじゃだめっ!
どちらかと言うとあたしの声のほうに驚いて、ゼルガディスは口に含んでいた水を吹き出した。
「な……なんだって?……」
「毒入りよ。どくいり! ほら!」
あたしは岸から少しはなれた水面を指さす。何匹ものおさかなさんが水と
「……しかし一体
「おそらくディルギアね。逃げながら放ったつぶてみたいなもの、あれははじめからあなたが水を飲むと見越して投げた、毒の
「ほおぉ」
妙なところで感心する。
「ディルギアの
「……感心してどーすんのよ……けどとにかく、これであたしたちの居場所はレゾたちに知られたわね。
──このあと、どう逃げるか、アテはあるの?」
「そんなものないさ」
あっさりと言う。
「しゃーないわね。……じゃ、いいわ。あたしについてきて」
言うと、あたしは歩き出した。
目指すはアトラス・シティ。
目的はガウリイと再会すること。
そうすれば事態も少しは変わるだろう。
……とまあ、それはいいとして。
最初は〝
話が小さくなってきたなぁ……
レゾ達の
昼食中にも来た。
午後から二回来た。
夕食中にもやはり来た。
当然、眠ったあとも来た。
……えーかげんにせーよ。
まるでヒドラの首である。
種類も豊富だった。
トロル、ゴブリン、サイクロプス、
そして今日。
あたしたち二人の目の前に、やっぱり追手がやって来た。
そして初めてみる顔がいくつか。
魔導士っぽいじーちゃん、
『その他大勢』としてオーガ、
「……たいそうなお出迎えだな」
ゼルガディスが言う。しかしその声に、いつもの余裕がない。
──ということは、これはかなり強力なライン・アップだということになる。
「よお、ゼルの
ディルギアが一歩前に出る。
「この前は世話になったな。礼をさせてもらいに来たぜ」
いるいる。こーいうのが。
集団になると、とたんに
こーいうのを見ると、思わず
「きさまはたしかに強い。しかしこれだけの連中を相手に、たった一人で勝てるかな?」
「ちょっと待った」
あたしは一歩、足を踏み出す。
「誰か忘れちゃあいませんか?」
ディルギアが
「……誰を?」
こ、こいつはーっ!
「あたしよ、あたしっ!」
「……おまえがいたからって、どーだってゆーんだ?」
……
こりは一発、実力を見せてやるしかない!
「おい、全力出すんじゃねーぞ」
あたしの思いを
「なんで?」
「力を使い果たしたあとで次の部隊か、ことによっちゃあレゾ当人かが来たら、それこそひとたまりもないぞ」
「……なるほどなっとく」
なら、結局はやっぱり地道な戦いになるわけだ。
うーん、よっきゅーふまん!
ま、しゃーないなァ……
あたしは腰の剣を抜いた。
「……けど、なんでやつら、あたしたちの居場所がわかるんだろ……」
ふと思いついた疑問を、あたしはポツリと口にした。
基本的にはアトラス・シティを目指してはいるが、それを悟られないためにコースはあちこちと変えてある。それをいちいち正確に
「そりゃあ……おれがいるからさ」
ゼルガディスが当たり前のように言う。
「……はあ?」
思わず彼の顔を見る。
「言ったろう。おれの体はレゾに魔法で合成されたんだってね」
あ、そーか。
つまり、ゼルガディスの体そのものが、魔法的な目印になっているわけである。
あたしは魔法
つまりゼルガディスをレゾの目から隠すには、彼自身が合成されたときのプロセスを知ることが不可欠なのだ。しかしその術は
「──じゃあ、どーあっても赤法師とはいずれ決着を着けなきゃならないってことになるわけね」
「そういうことだ」
やー、まいったー。
なりゆきでこの男にくっついてきているが、失敗だったかもしれないなァ……
まあ、あのまま教会の
しかし、こうなってしまったものを侮やんでも仕方がない。
おーし、やったるわいっ!
あたしは口のなかで、低く呪文の
「ファイアー・ボール!」
あたしの放った
胸の前で両手を合わせる、というあの予備動作なしで放った一撃である。
むろんそれでいくぶんパワーは落ちてはいるが、不意をついた形となり、かなりの数のオーガを炎に巻き込んだ。
敵が一気になだれ込んでくる。
「
そこにむかって次の
狙ったのは先頭にいた魔道士のじーちゃん! お年寄りは大事にしろとは言うけれど、自分の命を狙ってくるなら話は別! 早めに叩いておかないと、あとがいろいろめんどうになる!
しかし放った一撃は、思ったよりも
案の定、魔道士はあたしの方に進路変更をする。
緑のローブに身を
えーい、来るなら来い!
「〝
呼びかけと同時に、目の前に十本近い炎の矢が出現した。
「GO!」
正面、左右、そして上から、炎の矢は同時に魔道士にむかって突き進む。
逃げようはない
魔道士が速度を増す。
「かあっ!」
気合いとともに、正面からの炎の矢が吹き散った! ──って一体どうやった今!?
間合いが一気に
ちなみにほかの連中は皆、ゼルガディスの方に行っている。
……大変だーね、彼も。
あたしもだけど。
かなり
お年寄り、あなどりがたし。
「ひゅぐっ!」
いつの間に
次の攻撃用に唱えておいた冷気の呪文を剣にかけ、それを空中で
しばしの距離を置いて二人は
「……このゾロムにちょっかいをだすとは、いやはや元気のいいお
ヒゲも揺らさずじーちゃんは言った。
「……このリナを相手にするとは、いやはや命知らずなじちゃんね」
あたしも負けじと言い返す。
ゾロムが低く笑った。
あたしはてのひらを胸のまえで合わせ、飛び
「〝
ゾロムが
「ムダかどうか……」
生まれた小さな光の球を、両のてのひらで包み込むような形で構える。
「やってみるまでよ!」
光の球をゾロムに向かって打ち出した。
「ふはあっ!」
鳥のように軽々と
「言ったじゃろうが! ムダだと!」
確かに
しかし──
くんっ!
あたしは右手の親指を立て、自分自身を指さした。
口元に小さな笑い。
「む?」
フワリと地に降り立ったゾロムのその背後を──
「ぐわはっ!」
さく裂する!
「ただの火炎球だなんてあたしは言ってないわよ!」
あたしは燃え上がる炎の中にむかって言った。
今のもその一つである。
「油断大敵、ってね。さて、それじゃあゼルガディスの手伝いでもしてくるか……」
マントを
殺気が走り抜けた。
反射的に左に跳ぶ。が、少し遅い。
「あうっ!」
右腕に激痛が走る。
数本の銀の
ゾロムがそこに立っていた。
「死んだなどと、誰も言っとらんよ。油断大敵だよ、お
馬鹿にしたような
「なかなかやるねぇ……けど、物質を介する
……え……
言われてあたしは
精霊魔術がきかない、って、ひょっとして、こいつ……
見た目がちょっと変なじーちゃんじゃなくて純魔族か!?
なら火炎の術などきくはずもない。
くそー、敵の正体を見誤るとは、くやしいが確かにこれはあたしの油断だった。
右手がほとんど動かない。
「それでは今度はわしから行くぞ!」
両の手から炎のムチが伸びる。
左から頭を、右から足を
「なんとぉっ!」
左手に持ち替えた、冷気の
こう見えても昔は、『なわとびのリナちゃん』などとゆー情けねー呼び方をされたこともあったのだ。
が──
あたしが跳び上がったその
ゾロムの額がぱっくりと割れた。
そこから何条かの銀光が、あたしに向かって
──よけられない!
キィン!
……え?
銀の
まるで伝説の主人公みたいなタイミングでやって来たのは──
「よお、また会えたな、嬢ちゃん」
ウインク一つ。
「ガウリイ!」
あたしは思わずその名を声に出していた。
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