三、大ピンチ! 捕まっちった(情けなや……)

 気がつくと、知らないところにいた。

 今は使われていない、古い教会か何かの一室のようだった。

 窓の小さなステンドグラスも今は破れ、もはやそれが神話のどの部分を再現したものであったかは知るよしもない。

 うすよごれたかべに、まるで取り残されたかのようにいにしえの聖人像がかかっていた。

 ひだりあたまがズキズキする。

 どうやら殺されはしなかったようだ。

 これもすべて、あたしのごろの行ないのたまものだろう。

 ──などと言っている場合ではない。

 あたしは両手をしばられ、てんじようからつるされているのだ。

 目の前にゼルガディスがいる。

 ミイラ男のゾルフもいる。

 ディルギアとか言うワーウルフと、もう一人、はじめて見る顔があった。

 さかなおとこである。

 半魚人といっても、ラーゴン種やギルマン種のようななまやさしいタイプではない。あれは人間の体にウロコが生えているようなものだが、目の前のやつは、どちらかと言うと魚に手足が生えたようなシロモノである。

 やたら平べったい体。おなじく平べったくデカい頭の両側についているこれまたデカい二つの魚眼。ぬらぬらと光るウロコにおおわれた体。小さくうつろに開いた口。

 魚そのものの顔だった。

 絶対に、心臓の悪い人間に、いきなりアップで見せてはいけないよーな奴である。

 あの武人タイプのおっちゃんだけ、姿が見当たらない。

「口ほどでもなかったな、おじようさん」

 開ロ一番、ゼルガディスが言う。

 ──ほっといてくれ。

「ゾルフに感謝しろ。こいつがお前を生かしたままで連れてきてくれ、と言うから、殺さずに連れてきてやったのさ」

「や、そりゃどーも」

 あたしはへらへらと笑って見せた。

「ほう……ゆうがあるじゃないか」

 と、ゾルフ。

「ところで──あたしの連れはどうしたのかな?」

「あの男か……あいつならお前さんをおっ放り出して、どこかへとんずらこいちまったよ。──フラれたな、嬢ちゃん」

 と、今度はディルギア。

「そう──それはごしゆうしようさま

 と、あたしが言う。

「全くだ……」

 ゼルガディスがためいきをつく。

「お前さんがを、男のほうに渡しているとは思わなかったよ……とすると、お前さんを生かしておいたのは正解だったな。あの男が助けに来るかもしれんからな」

「おいおい、どういうことだ?」

 ディルギアが言う。

「この女、〝神像〟を持ってはいない」

「なにーっ」

 あたしとゼルガディスを除く全員が合唱する。

「きちんと調べたのか?」

 ディルギアの言葉に、ゼルガディスはいささかムッとしながら、

「これでどこかにあの神像をかくしているように見えるか?」

 ──と、妙なかんちがいしてもらっては困るが、別にすっぱだかり下げられたりしているわけではない。いつもの服装から、マントと剣を取り上げられただけの姿である。しかしそれほど大きなものではないとはいえ、あの神像を服の下のどこかに隠しているなら、一目でそうと分かるはずである。

 ディルギアは周りを歩きながら、じろじろとあたしの体を見つめる。

「ふむ……確かに……いや待てよ、こいつぁ女だ。体の中に隠すってぇことも……

 いや無理か。あんなもん突っ込んだら、いくらなんでもが裂けちまわぁ」

 下品なじようだんを言って、一人でバカ笑いをする。あたしは思わず顔を赤らめた。

「──しかし、あの男が持っているはずのオリハルコンが探知できなくなった。──これはどういう事だ?」

 ゼルガディスが言う。

「彼に渡した時点ではどれが〝それ〟なのか分からなかったんだけど、とりあえずものみんなに、〝プロテクト〟を掛けておいたのよ」

「──プロテクト?」

「そう。〝たんさく〟が効かないようにね。神像にはアストラル・サイドからの探知ができないようなやつを」

「お前………そんなマネもできるのか」

 ゼルガディスが感心したような声を出す。

「まあね」

 じまあぁぁぁぁぁぁぁん!

「そのわりに、おれと戦ったときはセコいほうしか使わなかったじゃないか」

「あなたも、ちっとも実力を出していなかったじゃない」

「ほう、わかるか」

「そりゃあ、ね」

「……頭は悪くないようだな……しかし使う魔法がセコいっていうのは……」

 しばし考え込み、ややあって、ポン、と手を打つ。

「そうか、か」

「ほっとけっ!」

 あたしはまたまた赤くなる。

「とにかく、あの男がやって来るまではお前に生きていてもらわなければならん。ゾルフ、この娘をどうするつもりなのかは知らんが、殺すんじゃないぞ」

 きつなことを言う。

「わかっております」

 ゾルフがしんなふくみ笑いをらす。

 ううっ、やだなぁ。

「──さて、おじようちゃん」

 あたしの方に向き直り、みょーな声で言う。

「あんたにはいろいろと世話になったからねぇ……ぜひともお礼がしたいんだが……さてさて、どんな目にあわせてほしい?」

 ──いかん、こいつアブナい性格だ。

 こーいう奴を見ると……

「ゾルフ……さん」

「何だね?」

 余裕シャクシャクの表情で言う。

「一つだけ……言っておきたいんですけど……」

「かんべんしてくれ、などというのは聞けんよ」

「そうじゃなくて……」

「ん、なんだ、言ってみるがいい」

 あたしは真っ向からゾルフを見つめ、きっぱりと言った。

 ──大爆笑。

 いやー、ウケたウケた。まさかこれほどウケるとは思っていなかったが。

 ゾルフ以外の連中は大笑いしている。あのゼルガディスも、向こうを向いてうずくまり、かたふるわせている。

 こーいう性格なのだ、あたしは。

 が。

 あたしは笑えなかった。

 てっきり怒ってわめきたてるとばかり思っていたゾルフが、表情一つ変えずに、じっとあたしを見つめているのだ。

 こ、こええ。

 ひとしきり笑いがおさまると、ゾルフが口を開いた。

「……ディルギア……」

 かたわらのワーウルフに声をかける。よくようのない、静かな声で。

「ん、何だ?」

 ディルギアが応じる。

「──

「でぇぇぇぇえ!?」

 声の主に視線が集まった。

 あたしに、ではない。

 である。

 ゾルフの言葉にあたしが声を上げるより早く悲鳴を上げたのは、ワーウルフの方だった。

「……じようだんだろ?………」

 しぼり出すような声で言う。

「……え?……いや、本気で言ったんだが……?」

 と、ゾルフ。

「おいおいおい。あんまり無茶を言わんでくれよ。──まあ、相手が、グラマーなゴブリンとか、がらなサイクロプスとか言うんだったらまだしも……お前、何が悲しゅーて人間の女なんかを抱かにゃーならんっつーのだ?……第一こんなのが相手じゃあ、立つものも立たねえぜ」

 ……おいっ。

「美的感覚の違いって奴だな」

 ゼルガディスが言う。

「ディルギアにとって、人間などは性欲の対象にならんわけだ」

 なるほど。

 人間の男が、メスのゴブリンを見てもムラムラッと来たりはしないのと同じくつである。──むろん中には、そういうシュミの男もいるかもしれないが……

 ──しかし、これではまるであたしの魅力がゴブリンやサイクロプス以下みたいに聞こえるじゃないかっ!

 いつしゆんこうしてやろうかとも思ったが、『そう言うのなら……』などと気を変えられでもしたらひじょーに困るので、とりあえず黙っておくことにした。──おぼえてろ。

「えーい、ならヌンサ!」

 ゾルフが今度はさかなおとこに言う。あのとことんしよくの悪い奴である。

「お前が犯せ!」

「オカ……ス?」

 のったりした声で言う。

「そうだ!」

「それはつまり………この女と、せいしよく行為をやれ……と、こういうことか?」

「──まあ……そういうことだ……」

 こいつもあんまり期待できんな、というのがゾルフの表情にありありと出ている。

 が──

「まあ……いいだろう……」

「ちょっと!」

 こんどこそ本当にあたしは悲鳴を上げた。

 冗談じゃないっ!

 このサカナ男とあくしゆするくらいなら、そこいらへんの通行人に見境なくキスして回ったほうがはるかにましである。それを──それを──

 そいつにすけべーこまされるなんてっ!

 それこそ死んだほうがマシだ!

「そーか! やるか! そーこなくっちゃあなっ! そうだ、それでこそ男だ!」

 ゾルフが一人で盛り上がっている。

 ヌンサがゆっくりと近づいてくる。

 ぺちゃり、ぺちゃりという、れた布を引きずるような足音で。

「やめろーっ! 近づくなっ、ばかっ! くるなーっ!」

「……おまえはしあわせだ……」

 ヌンサが言う。

「人間でありながら、われらのでいちばんハンサムなこのわたしと子を成すことができるのだからな……」

だれがハンサムだ、誰が! 来るなっ! わーっ! 泣くぞ! おいっ!」

「泣け! わめけ! 恐怖にうちふるえるがいい! 我等に逆らったことのおろかしさを、その身をもって知るがいい!」

 盛り上がるゾルフ。おびえるあたし。

 ぺたり……

 ヌンサが足を止めた。

 あたしの目の前で。

「さあ……」

 のったりとした声で言う。

 あたしはもはや恐怖で声も出ない。

「さあ、卵を産め」

 …………

 ……しーん

 沈黙。

 だれ一人として、ヌンサの言葉の意味を理解できなかった。

 目が点になっている。

「どうした、さあ」

 ヌンサが言う。

「……おい……」

 横からディルギアが口を出す。

「なあヌンサ、何だ、その『タマゴ』ってぇのは?」

 ヌンサがワーウルフを見る。意外そのもの、といった顔をしている──つもりなのだろう。当人は。

「……卵がないと、せいしよくできないじゃないか……」

 わけのわからんことを、さも当然のように言う。

「──そうか」

 ゼルガディスがポン、と手を打った。

「生殖の方法が違うんだ」

「……は?………」

 ゾルフがしんそうな顔をする。

 ──あっ、そーか。

「おい、ヌンサ、お前達が子供を作るときは、どういうふうにするんだ?」

 ゼルガディスが問う。

「……女が卵を産む。……それに男が精子をかける……それをしめったところに置いておけば、五十日くらいで子供が生まれる……」

 やっぱり。

 生殖方法まで、人間よりも魚に近い。

「……おまえなぁ……」

 ゾルフがくってかかる。

「なんでそれを早く言わないんだよっ!」

「……知らなかった。オレたちとおまえたちの子の成し方が違うとは……」

「あのなぁ……」

「待てよ、ゾルフ」

 ディルギアが言う。

「他人をどうこう言うより、おまえかロディマスかがやればいいじゃねえか。同じ人間同士なんだしよ」

「ロディマスの奴はくずれだ。いまどきらない騎士道精神とやらにこりかたまっちまってて、『女子供をいたぶるのは好かん』とか言って、この場にも顔を見せなかったんだ。──頭を下げて頼んだってやってくれるわけがない」

 どうやら〝ロディマス〟というのは、あの中年剣士のことらしい。

「一方このわしはこいつのおかげでこのケガだ。なんぞをしようものなら、こっちの方がダメージを受けるわ」

「じゃああきらめるこった」

「いやいや、まだ……」

 と、視線をゼルガディスの方に移す。

「──おいおい、ちょっと待て」

 彼はあわてた。

「おれはいやだぞ。ぴーぴー泣きわめく女を抱くなんて、趣味じゃないからな」

「……そんなぁ……」

 ゾルフが泣きそうな声を出す。

 ええいっ! めそめそするなっ! 子供じゃあるまいし!

 ──安心したとたん、つよになるあたしだった。

「──しかたがない」

 あ、立ち直った。

「別の手で行こう」

 立ち直るんじゃないっ!

「さて、それでは……」

 ゾルフはどこからかハンカチほどの大きさのぬのれを一枚取り出した。

「ど、どーする気よ!」

 あたしの言葉を無視して、ゾルフが後ろにやってくる。

「黙ってないで何とか言ったらモグッ!」

 いきなりさるぐつわをまされた。

「さあ……これで何もしゃべれまい」

 言いながら、正面にもどってくる。

「それでは……」

 一体何を──

 ゾルフはいやな笑いを浮かべながら口を開き、はっきりと言った。

「……ちび」

「んっ!………(なっ!………)」

「ぶす」

「んむぅ!(てめーっ!)」

「ぺちゃぱい」

「じゃじゃうま」

「自信じよう

「どんぐりめだま」

「みーはー」

 etc、etc、

 ゾルフの悪口はえんえんと続いた。

 くそーっ! 腹の立つーっ!

 口さえきければ、悪口合戦で決してひけを取ったりはしないのだが。

 なによなによっ! 自分だって十分に足は短いし、おまけにガニマタじゃないのっ! 性格は悪いし第一、スマー卜じゃないわよ! どーせこの分だと、ホータイの下の素顔も程度が知れてるってもんよ。それを……それを……ぜーんぶタナに上げて、ひとの性格がどうの、プロポーションがこうのと……

 言えた義理じゃあないでしょうがっ!

「……だいぶこたえてるようだな」

 ゼルガディスが言う。

 かなりうんざりした調ちようである。

「しかし……ガキのけんじゃあるまいし……せめてもう少し、何て言うか……」

「三流よばわりしてくれたお返しですよ!」

 ゾルフはかなり頭に血を上らせていた。

 あたしはそれ以上に逆上している。

「××! ××××! ×××××××!」

 あたしは、面と向かって言えば殺されたって文句も言えないようなあつこうぞうごんをまくしたてる。しかしそれもさるぐつわのせいで「ふぬふぬ!」としか聞こえない。

「どーだ、くやしーか! へへーん! だ! くやしかったら何か言い返してみろ! うりうりうり!」

 こ……こいつはーっ!

「……んんー!………ううなん!(てめー!、ゆるさん!)」

 いつかきっと、言い返してやる!

 

 やがてやみが落ちた。

 小さな明かり取りの窓から差し込む淡いオレンジ色の光が、向い側のかべに掛けられたいにしえの聖人像を照らし出す。

 時が移る。

 光はじよじよにその力を失い、やがてあおい闇が、世界と、あたしのいるこのとを支配する。

 やつはあのあと、それ以上あたしをどうこうするふうもなく、全員がから出ていった。

 あたしだけがここにいる。

 むろんランプも何もなく、光源といえばゆいいつ、窓かられる星明りのみである。

 手首がひどく痛んだ。

 てんじようからり下げられたままで熟睡する、などという器用なことはできないが、それでも昼間の疲れなどもたたって、あたしはうつらうつらとしはじめていた。

 どれくらいたったか──

 とびらが音も立てずに開いた。

 しゆんにしてあたしはかくせいする。

 だれかが部屋に入ってくる。

「──静かにしてろ──」

 ささやくような声の主はゼルガディスだった。

 ──しかしなんで『静かに』しなくちゃならないんだろーか?

 暗くてよく分からないが、何かを持っているようだった。

 白光がひらめく。

「────!」

 ストン、とあたしはゆかに降りた。

「お前の剣とマントだ」

「……え?」

 さるぐつわをはずすとあたしはそれを受け取った。まちがいない。あたしのものである。

「どうして?」

「説明している暇はない。逃げたいのか、逃げたくないのか」

 そう言われると、答えは一つしかない。

 あたしは黙ってうなずくと、剣とマントを受け取った。

「……ついてこい」

 あたしはゼルガディスの後を、足音を忍ばせてついていく。

 どう考えてもワナっぽいが、それがどんな形のワナであれ、てんじようからつるされたままよりはすこしはマシだろう……と思う。

 さほどかからずに外に出た。

 月の光がこうこうと、黒くたたずむ深い森と、古くちた教会の建物とを照らし出す。

 その森の中にむかって、一本の細い道が走っている。

「──行くがいい」

 ゼルガディスが言う。

「……でも……」

 あたしはちゆうちよした。

 あんまり話がウマすぎる。あたしはそーいうのは信じない主義である。ウマい話がよい話であった例など、この世のなかにはほとんど無い。

「……事情が変わったんだ」

 すこしイラついたような声で言う。

「なんでもいいから行け!」

「──わかったわ」

 ワナならワナだった時のこと!

 あたしは道を、森にむかってけ出した。

 そして──

 その足がちゆうで止まる。

 森の入口に、赤いやみがわだかまっていた。

 後ろでゼルガディスの舌打ちする音がはっきりと聞こえた。

 あかほうレゾ──あたしたちにそう名乗った男がそこに立っている。

「──どういうつもりですか、ゼルガディス。その女を逃がすというのは」

 レゾが言う。

「たしかにあなたはいままでもあまり素直じゃありませんでしたが……これはれっきとした反逆行為ですよ」

「黙れっ!」

 ゼルガディスが叫ぶ。半ばヤケクソのニュアンスを含んで。

 明らかにレゾのことを恐れている。

「もうおれはあんたといつしよにやるのはたくさんなんだよ!」

「ほう……そうですか……」

 レゾが静かに言う。その表情ははじめて会ったときと全く変わらず、彼が一体何を考えているのか、そこから読み取ることはできなかった。

「『力』を与えてあげた恩を忘れ、あなたを造り出したこの私にさからおうと、そう言うのですね」

 なっ──!

「何が〝恩〟だ!──確かにおれは力が欲しいといったよ。──けどな、だれにしてくれなんて頼んだ覚えはないぜ!」

「……それが力を手に入れる一番の近道なんですよ。──まあしかし、理由や経過がどうあれ、結果としてこうなってしまった以上、つけなければなりませんね──決着は、ね……」

「くっ!」

 ゼルガディスはあたしにかけよると、いきなり後ろからあたしを抱きしめる。

「な──なっ!」

 そのままジリジリと進んで行く。

 レゾが鼻先で笑った。

「その娘をたてにでもするつもりですか?

 ばかなことを……そんなことをしてこの私をなんとかできるとでも?」

「思っちゃあいないさ! そんなことは!」

 半分以上ヤケクソでゼルガディスがわめく。おそらくは内心の恐怖をゴマ化すためだろう。が──

 どうでもいいけど、耳元で大声を出さないでほしいなぁ……

「こいつをタテにしたところで、逃げ切ることはできないだろうな。──

 ちと意味深なセリフを吐く。

 同時に、フワリ、とあたしの体が宙に浮く。──おいっ! まさかっ!

「ぅわきゃーっ!」

 やっぱし!

 あたしはすっ飛んでいた。

 あろうことかゼルガディスは、あたしをレゾに向かって投げつけたのである!

 さすがのレゾもこれには驚いた。──当り前だが。あわてふためいてその場を退く。

 森の木が目の前にせまる。

 ひええっ!

 慌てて空中で手足をぶん回す。体勢を立て直し──たつもりだったが、まだ不十分だったようである。

 べちゃっ。

 正面からげきとつした。

 反射的に、木に手足でしがみつく。

 

「こあら」

 痛みをまぎらわせるのに、わけのわからんギャグを一発飛ばす。

ほうなこと言ってんじゃない!」

 間を置かず、ゼルガディスが後ろから再びあたしをかかえる。どうやらぶん投げたあたしの後ろを追うようにして走り、レゾの横を突っ切ったようだ。

 同時に、後方にファイアー・ボールをぶちかます。むろんレゾのついげきけるためである。

「ムチャクチャしないでよっ!」

「苦情は後で聞く!」

 なおも数発のファイアー・ボールをき散らしながら、あたしを腕に抱えたまま、ゼルガディスはやみの中をしつそうした。

 

「……なんとか振り切ったようだな」

 ゼルガディスがやっと一息ついたのは、そろそろ夜も明けようかというころになってのことだった。

 森の中にある河原だった。

 かいどうからは少し離れているうえに近くに小さな滝があり、少少大きな声で話をしても聞きつけられる心配はまずない。

 いやー、全く元気な男である。

 あたしをかかえて、一晩中走り回っていたのだ。

 その間あたしは、痛む手首と鼻の頭をさすっていただけである。

「……鼻が痛い……」

 あたしが言った。

「どうした? ばいどくか?」

 平然と言う。

「……あのねぇ……」

 あたしはぺたん、とこしを降ろした。石の冷たいのが気持いい。このまま横になり、ぐっすり眠ることができたらどんなにいいだろうか──

 きのうは一睡もしていないのだ。さすがに少しこたえていた。

 あたしは人よりもややがらな分、しゆんぱつりよくとスピードには自信があるが、その分逆に体力や持久力に関しては、普通の戦士などにくらべてかなり見劣りする。

「──少し眠るとするか。おれもいーかげん疲れたしな」

 ゼルガディスが独り言のように言う。

 らっき!

「……眠ってる間に逃げようなんて思うなよ」

 と、クギを刺す。

「思わないわよ、そんなこと。あたしだってそこそこ疲れてるんだし、魔力もまだすこししか回復してないし……」

「ほう……」

 感心したような声で言う。

「と、言うことは、回復した、ってことだ」

「──まあとにかく、逃げたりはしないわよ。けど、眠るまえに、事情の説明くらいはあってもいいんじゃないの?」

 ゼルガディスは苦笑いを浮かべた。

「──そうだな。お前さんももう十分巻き込まれてるしな。知る権利くらいはあるだろう。いいさ、話してやるよ。──さて、どこから話そうか……」

「──まずあの男の事。自分のことをあかほうレゾ、と名乗ったけど──?」

「ほう……やはりもうお前さんたちとせつしよくしていたか……」

「──何者なの? あの男は?」

 ゼルガディスはヒョイ、とかたをすくめる。

「──名乗った通りの人間──しようしんしようめい、〝赤法師レゾ〟ご当人さ。──世間様では聖人君子扱いされているようだが、あれがあいつの本当の顔さ。昔はああじゃなかったって話も聞くけど、どうだか……」

「『──』って言われても、あたしにはわかんないわよ。あの人、裏でどんなことやってるの?」

「知ってるだろ? をさがしてるのさ」

「──じゃあ、魔王シャブラニグドゥを復活させようとしているのは、あなたの方じゃなくてあいつの方だったの?」

 あたしが尋ねると、ゼルガディスはキョトン、とした顔をする。

「シャブラニグドゥ? なんのこった?」

「え……?」

「あいつがおれたちに命じて探させていたもの──こうなったら言っちまうが、実はかの有名な〝けんじやの石〟ってやつさ」

 げ。

 あたしは絶句した。

「そ……それじゃあ……」

 ゼルガディスは小さくうなずいた。

「あの神像の中に、〝賢者の石〟が入っているのさ」

 賢者の石──

 どうをやっている者で、その名を知らぬ者はないだろう。

 古代のちよう魔道文明の産物だという説や、世界を支える〝神々の杖〟のかけらだという説など色々あるが、確かなのは、それが魔力のぞうふくだということである。それもすこぶる強力な。

〝賢者の石〟が歴史の上に登場するのは、いままでにわずか数回のみ。つまりそれだけその数が少ないということでもあるが、この石は登場するたびに、歴史に少なからず影響を与えている。これを使った一人の見習い魔道士によって、一つの国がほろぼされてしまったという事実すらある。

 ほとんど伝説に近い存在だが、それが実在するらしい、ということは知っていた。知ってはいたが、まさかお目にかかることになろうとは──

「……け……けど、あいつはそんなものを手に入れて、一体何を……」

 レゾが世間のうわさ通りの能力を持っているなら、十分に強いはずである。その上に〝賢者の石〟まで手に入れようとするのは……

「……世界征服を狙ってる、なんて言わないでね」

 ゼルガディスは首を横に振る。

「いや──レゾが前に言ったことがある。『ただ、世の中が見てみたいだけなんだ』とね」

「……世の中が……見てみたい?」

「そう。──噂の通り、レゾは生まれつき目が見えなかった。あいつは自分の目を開かせようと、そのためだけにしろじゆつを習い始めたのさ。

 白魔術をきわめ、諸国を歩いてさまざまなかんじやて、多くの人々を救った。──みずからの目を治療するための練習台としてな。

 しかし、他人の目を直すことはできても、なぜかわからないが自分の目を開かせることはできなかった。そこでやつは考えたのさ。何かが足りないのではないか、と。

 ──そしてあいつは、せいれいじゆつや黒魔術にも手を出した。それらと白魔術とを組み合わせ、より高度なレベルの魔術を産み出そうとしたわけだ。

 魔術において、奴は天才的な成長ぶりと才能とを発揮したが、それでも自分の目を開かせることはできなかった。そこであいつが目をつけたのが──」

「実在するかどうかも分からない〝けんじやの石〟だった、ってわけね」

 ゼルガディスはうなずいた。

「──けど、するとなんであなたはレゾが〝賢者の石〟を手に入れるのをじやしたいわけ? あいつの目が見えるようになったからといって、別にだれかが困るわけでもないでしょうに」

「むろんそうだが……おれは奴の邪魔をしたいんじゃなくて、奴を倒したいんだ。

 それにはどうしても、あの〝賢者の石〟が必要なんだ。くやしいが、今のおれにはあいつを倒すだけの力はない」

 表情からして、うそをついているわけではなさそうだ。

「……そんなにすごいの? レゾって」

 彼は黙ってうなずいた。

 ゼルガディスほどの使い手が、『かなわない』と認めているのだ。当然、かなりのものに違いはない。

「あいつを倒す──って、やっぱり、あいつにそんな体にされたから?」

「──ああ。ある日あいつが言ったんだ。

 けんじやの石を探す手伝いをするのなら、おまえに力を与えてやろう、と。

 そしておれは──首を縦に振った。それが何を意味するかも知らずに……」

 声の中に、あからさまなぞうがこもっていた。

「──レゾと知りあったのは?」

 ふんを変えようとして出したあたしのこの質問に、ゼルガディスはなぜかちようめいた笑みを浮かべ、やや間を置いてから答えた。

「……おれが生まれたときからさ──あいつはおれのじいさんか、ひいじいさんにあたるはずなんだ──よくは知らないし、知りたいとも思わないがな……」

「──え!?」

「ああ見えても奴は、ま、百年かそこらは生きてるだろうさ。とにかく、おれの中にはあの善人気取りのレゾの血がいくらか流れてるってことさ」

いちゃあいけないことだったかな……」

 あー、きまりがわるい。

 あたしは指先で鼻の頭をかるくいた。

「──いいさ、どうでも」

 どことなく悲しげに言う。

 ──やりきれないなぁ……こーいう空気は……

「……とにかく、それで大体のところはわかったわ」

 あたしはつとめて明るい声で言った。

「つーことで、少し眠らせてもらうわよ」

 言うと、ゴロンと横になる。

 あー、きもちいい。

「あなたも少し眠ったら? 疲れてるんでしょ?」

「まあな……けど寝込みをおそわれたらだしな。りでもしておくさ。──しばらくしたら起こすから、その時は見張りを替わってもらうぞ」

「いいわよ。じゃあ、おやすみ」

 言うとあたしは目を閉じた。

 心地よい眠りに飲み込まれるまで、さしたる時間は必要としなかった──

 

 あたしは目を覚ました。

 眠ってからそれほど時間はっていないようだ。の傾き具合と体の回復の度合いとでそれくらいはわかる。

 目を覚ましたのは殺気のせいである。

 一人や二人ではない。

 あたしも十人くらいまでなら、どうを使わなくてもはいだけで人数を言い当てることができるのだが、今はそれができない。──ということはすなわち、敵の数がそれ以上だということである。

かこまれたよ」

 あっさりとゼルガディスが言う。別段声を殺そうなどとはしない。居場所が知られているのに、そんなことをしても全くだからである。

「相手は?」

「トロルが二、三十匹ってとこだろう。レゾは来ていないようだし、なんとかなるだろうさ」

 気楽に言う。しかしほんとにだいじようなんだろーか……

「出てこいよ。気付かれていないと思っているわけでもないだろう。──決着をつけようぜ。ゼルのだんよ」

 聞き覚えのある声がした。

 あたしはその場に立ち上がった。ゼルガディスの言うとおり、木々の間にちらほらとトロルたちの姿が見え隠れしている。

 意識して大きな声を出す。

「こんにちはディルギアさん。たいへんね、わざわざこんな所までえんせいとは」

 あたしの言葉に、一人のワーウルフが、意外と近くの木の陰からその姿を現わす。

「名前を覚えておいてくれたとは……こいつぁ光栄だな」

「忘れるもんですかっ!」

 あたしは真っ向からディルギアをにらみつける。

「人のことを、ゴブリンより色気がないとか、サイクロプスの方がまだマシだとか、ロック・ゴーレムよりサメはだだとか、ピグシーよりもちびだとか、さんざんに言ってくれたのをっ!」

「……誰もそこまで言ってねーよ」

「とにかくっ! このうらみ、必ずこのあたしにかわってゼルガディスが晴らしてくれるに違いないわ! さあ行け、ゼルガディス! 世界が君を待っている! いよっ、男前っ! がんばれっ!」

「……お前……その性格、何とかならんのか……」

 ゼルガディスがジト目でこちらを見ながら言う。

「なんない」

 あたしは言った。

 別に好きこのんでやっているわけではない。これはあくまでも敵の気をぐための言動なのである。

 ……本当だっつーの。

「──ディルギアよ、きさまこのおれに忠誠をちかったのではなかったのか?」

 ゼルガディスが言う。言葉の奥底にっとしたこわいものがひそんでいる。

 その言葉をワーウルフは鼻先で笑い飛ばした。

「オレが忠誠を誓ったのは〝ゼルガディス〟に対してではなく〝赤法師がつくった狂戦士〟に対してだ。きさまがレゾ様を裏切った以上、もはやオレにとってきさまは敵以外の何者でもないわ!」

「……ほう……」

 ゼルガディスがすうっと目を細める。こーゆー表情をするとこの男、いかにも〝魔戦士〟といったおもむきである。

「まさかきさま、ワーウルフぜいがこのおれに勝てるとでも思っているわけじゃないだろうな……」

「獣人風情、とはよく言ってくれたな。

 ではその獣人風情の力、とくと見せてやろう。──かかれ!」

 ディルギアがえた。

 武装したトロルの群れが一気に間合いをめてくる。

 ──ばかが──

 ゼルガディスは小さな笑みを浮かべながら右手を高々と差し上げた。

 目に見えぬ何かをその右の手のひらに持ったまま、それを大地にたたきつけるような動きをする。

グ・ハウ!」

 うえっ!

 あたしはあわててゼルガディスのそばにけ寄った。

 大地がみやくどうする。

 水面のごとく揺れ動き、流れ、激しく波打つ。

 トロルたちは完全にパニックを起こしていた。

「ハッハァ!」

 ゼルガディスは狂気の笑みを浮かべながら、右手を再び大きく振り上げた。

「大地よ! 我が意に従え!」

 岩が、土が、ゼルガディスの呼びかけに応える。

 うねり、たゆたい、大地はまたたく間に無数のきりと化し、トロルの群れを真下から突き上げ、貫く!

 勝負はいつしゆんだった。

 トロルたちは地面が生んだ数十本のやりに体を貫かれ、ちゆうりにされている。まだ息のあるものも多かったが、いかな生命力をもってしても、貫かれたままで傷の回復などできるものではない。じよじよに力をうばわれ、やがてちがいなく死に至る。

 なぶり殺しも同然である。

 何か言ってやろうかとも思ったが、あまり他人のことを言えた義理でもないので黙っておく。〝治療リカバリイ〟を逆転応用したじゆもんで、ゾルフ率いるトロルたちをしばき倒したのはつい先日のことである。

「さあ……」

 ゼルガディスはなおも氷の笑みをはりつかせたまま言った。

「はやいとこ見せてもらおうか。お前の力、って奴をさ。──それとも今のでこしでも抜かしたか?」

「……ちいっ……」

 天にむかって生えた石のやりの陰から、ディルギアが姿を現わす。

「……さすがに〝レゾの狂戦士〟だけのことはあるな……きさまにせいれいじゆつがある限り、このオレに勝算はないか……」

「へえぇ……」

 ゼルガディスが馬鹿にしたように言う。

「それじゃあまるで、剣でならおれに勝てる、とでも言ってるみたいだな」

「そう言ってるのさ」

 ディルギアも笑う。

「なら、試してみようじゃないか」

 ゼルガディスはスラリと剣を抜く。

「──どうせ不利になったらほうを使うつもりだろうが」

 ディルギアはまだ剣を抜かない。

「そんなことはせん」

「──本当か?──」

「ああ」

「──なら、後悔することになるぜ」

 ワーウルフは背負った剣をズラン、と抜く。

 大きくり返った刀身が、キョーアクな光を放つ。

 かなりロング・サイズのターである。

 ぽけーっと突っ立っていたのでは巻き込まれる。あたしは少し身を退いた。

「かはぁっ!」

 けものの気合いを発してディルギアがはしる。

 ゼルガディスがんだ。

 真っ向から獣人を迎えつ。

 両者の剣が、文字どおり火花を散らす。

 がっきりとみ合ったまま、ゼルガディスがじわじわと獣人を押している。

「ハッハァ! どうしたディルギア、剣なら負けないんじゃなかったのか?」

「これからだぜ、ゼルのだんよ!」

 ターを軽くひねり、ゼルガディスのブロード・ソードの力の方向を変えてやる。

 わずかに刀身が流れたところを見計らい、横手にすり抜けざま、ターいつせんさせる。

 どういちげきをゼルガディスは紙一重でかわす。

「なかなかやってくれるな」

「そう言ってもらえるとうれしいぜ」

 あたしの見立てでは剣の技術はほぼ五分と五分。しかしディルギアにはゼルガディスほどのゆうがない。

 おそらく、『いざとなったら相手は魔法が使える』という事実がその原因だろう。

 どっちでもいーからがんばれよー。

 どちらが勝つにしろ、あたしに有利になることはないだろう。レゾの人質か、ゼルガディスの人質か、どちらにしてもやつらにとってこのあたしは、〝けんじやの石〟を手に入れるための道具にしか過ぎないのだ。

 二人がじりじりと間合いをめる。

 このすきに逃げるというテもあるが、ゼルガディスにでも気付かれたら、それこそ魔法の雨をプレゼントされてしまう。

「しゃっ!」

 ディルギアが動いた。横っ飛びに天を指す土の柱にけ寄り、ターで力まかせに切りつける。

 もともとが魔法によって造られた不安定なシロモノである。あっさりとくずれ、ゼルガディスのいる方に向かってしやとなってふりかかる。

「うわっ!」

 さすがに声を上げて身を退しりぞかせるのに、第二、第三の柱が大量の土砂と化して崩れ落ちる。

 ディルギアはなおも数本の柱を崩す。

 もうもうたる砂煙が、ゼルガディスの姿を完全におおい隠す。

 その中にもうぜんとディルギアが突っ込んでいく。

「けほっ、けほん!」

 かんぺきにギャラリーに徹していたあたしは、砂煙を吸い込んで盛大にせき込んだ。

「うぷぷっ」

 息を止め、あわててふところからハンカチを取り出して鼻と口を覆う。

 あー、目が痛い。

 などとやっているうちに、二人が煙の中から飛び出してくる。

 土煙もじよじよにおさまりつつある。

 どうやらディルギアのめくらましも、あまり役には立たなかったようである。

 ……派手なことをする割には、あまり考えがない。

 よくいるタイプである。

「──くだらんテを使うな……」

 ゼルガディスが言う。べつを込めて。

「よくそれであんなデカい口が叩けるもんだな。感心するよ、まつたく」

「黙れ!」

 ディルギアが再度突っ込む。

 フン──

 鼻先で笑ったゼルガディスが、いつしゆんよろめいたように見えた。

 次の瞬間、ディルギアが大きくたたらを踏む。

 二人がこうさくする。

 ゼルガディスの剣が、ディルギアの肩口を捕らえていた。

 あたしは理解した。

 さきほどゼルガディスがよろけたように見えたあの時、彼は下半身が砂煙に隠れているのを利用して、足下の石か何かをばしたわけである。ディルギアに向かって。

 むろんそれでダメージを与えるほどの一撃ではなかったにせよ、向かってくるワーウルフのバランスをくずすには十分だったのだ。

「どうした。後悔させてくれるんじゃなかったのか?」

 左肩から血を流す獣人に、いやみったらしくゼルガディスが言う。

「……じゃあそうさせてやろうか?」

 ディルギアが笑った。

 あたしは目をった。そしてゼルガディスも。

 ワーウルフの傷が、見る間にふさがっていく。

 しばしその光景に見とれているうちに、かなり大きかった傷は完全に治ってしまった。

 それほどの時間はかかっていない。

「オレがトロルとおおかみのハーフだってこと、忘れていただろう。もしも約束通り剣でオレを倒すつもりなら、いちげきで首をはねることだな。……まあ無理だろうが」

 なるほど確かに彼がトロルの再生能力を有しているなら、剣で倒すにはそれしかない。

「──なるほど、すっかりそのことを忘れていたよ」

 ゼルガディスはあわてた風もなく言うと、剣を構え直し、今度は彼の方からしかける。

「つあっ!」

 ブロード・ソードを大上段にふりかぶる。

 まずい!

 腹がガラあきになる。

 見逃すディルギアではない。

「けえっ!」

 ターがもののみごとにゼルガディスの腹をいだ。

 血がしぶく。

 ──と思いきや

 硬い音がしただけだった。

 ゼルガディスは平然と笑みを浮かべて立っている。

「──お前も忘れていたようだな。このおれも三分の一はゴーだということを。もしも剣でおれを倒したいんだったら、〝光の剣〟でも持ってくることだな。──まあ、どうあがいたところでおまえにおれは倒せん、ということだ」

 ディルギアの顔に絶望の色が浮く。

「どうする、このまま戦って死ぬか、それとも逃げ帰ってレゾに泣きつくか、好きな方を選べ」

「……ちいっ!」

 ワーウルフは後退しながら、ふところから出したつぶてのようなものを投げつける。しかしゼルガディスは半歩横に動いただけでこれをかわした。つぶては空しく、かわに音を立てただけである。

「覚えているがいい!」

 月並みなセリフを残してディルギアは森の中に姿を消す。

 ゼルガディスはそれを追おうともせずに見送った。

「……くだらん……」

 言うと、少し乱れたかみをかき上げる。

 ぱちぱちぱち。

 あたしは勝者をはくしゆで迎えた。

「いやーっ、さすがゼルガディス大先生、お強いっ! お見事でしたーっ!」

 当り前だが、ゼルガディスはあまりいい顔をしなかった。

「……お前なぁ……」

「ほめてあげたのよ」

「……あ、そう」

 言い合いをするのをあきらめて、彼はすたすたと川の方にむかって歩き出す。

「──どこ行くの?」

「水を飲むのさ」

 ぶっきらぼうに答える。

「あ、あたしも顔洗おーっと」

 あたしは小走りにゼルガディスの後をついていく。さっきのほうのせいで地面がやたらでこぼこしていて歩きにくいことはなはだしい。それでも川辺にたどりつき、グローブを脱いで冷たい水に両手をひたす。

 うーん、つめたくてきもちいい。

 ──ん?

 これは……

「飲んじゃだめっ! どくりよ!」

 どちらかと言うとあたしの声のほうに驚いて、ゼルガディスは口に含んでいた水を吹き出した。

「な……なんだって?……」

「毒入りよ。どくいり! ほら!」

 あたしは岸から少しはなれた水面を指さす。何匹ものおさかなさんが水といつしよに流れていく。決して、泳いでいるようになどは見えない。

「……しかし一体だれが」

「おそらくディルギアね。逃げながら放ったつぶてみたいなもの、あれははじめからあなたが水を飲むと見越して投げた、毒のびんかなにかだったのよ、たぶん」

「ほおぉ」

 妙なところで感心する。

「ディルギアのやつ、おれが思ってたよりは頭が回るらしいな」

「……感心してどーすんのよ……けどとにかく、これであたしたちの居場所はレゾたちに知られたわね。

 ──このあと、どう逃げるか、アテはあるの?」

「そんなものないさ」

 あっさりと言う。

「しゃーないわね。……じゃ、いいわ。あたしについてきて」

 言うと、あたしは歩き出した。

 目指すはアトラス・シティ。

 目的はガウリイと再会すること。

 そうすれば事態も少しは変わるだろう。

 ……とまあ、それはいいとして。

 最初は〝ばくだいな財宝〟だの〝魔王の復活〟だのと大きいことを言ってたわりに、いざ実際にフタを開けてみれば、かたや目の治療、かたやただのしかえし……

 話が小さくなってきたなぁ……

 

 レゾ達のついげきれつきわめた。

 おつは午前中二回来た。

 昼食中にも来た。

 午後から二回来た。

 夕食中にもやはり来た。

 当然、眠ったあとも来た。

 ……えーかげんにせーよ。

 まつたく、これだけの数がどこからわいて出るのかに思うくらい、次から次へとやって来る。

 まるでヒドラの首である。

 種類も豊富だった。

 トロル、ゴブリン、サイクロプス、バーサーカー、オーガ、etc、etc、

 ついげきと言うよりほとんどオン・パレードの感がある。

 そして今日。

 あたしたち二人の目の前に、やっぱり追手がやって来た。

 ひきいるは毎度おワーウルフディルギア。

 そして初めてみる顔がいくつか。

 魔導士っぽいじーちゃん、ワーマンテイデユに。

『その他大勢』としてオーガ、バーサーカーなどが合計ざっと五十人。

「……たいそうなお出迎えだな」

 ゼルガディスが言う。しかしその声に、いつもの余裕がない。

 ──ということは、これはかなり強力なライン・アップだということになる。

「よお、ゼルのだん

 ディルギアが一歩前に出る。

「この前は世話になったな。礼をさせてもらいに来たぜ」

 いるいる。こーいうのが。

 集団になると、とたんにつよになるやつ

 こーいうのを見ると、思わずフアイアー・ボールの一発もおみまいしたくなってくる。

「きさまはたしかに強い。しかしこれだけの連中を相手に、たった一人で勝てるかな?」

「ちょっと待った」

 あたしは一歩、足を踏み出す。

「誰か忘れちゃあいませんか?」

 ディルギアがそうな顔をする。

「……誰を?」

 こ、こいつはーっ!

「あたしよ、あたしっ!」

「……おまえがいたからって、どーだってゆーんだ?」

 ……かんぺきにナメられとる。

 こりは一発、実力を見せてやるしかない!

「おい、全力出すんじゃねーぞ」

 あたしの思いをかしたかのように、タイミングよくゼルガディスが言う。

「なんで?」

「力を使い果たしたあとで次の部隊か、ことによっちゃあレゾ当人かが来たら、それこそひとたまりもないぞ」

「……なるほどなっとく」

 なら、結局はやっぱり地道な戦いになるわけだ。

 うーん、よっきゅーふまん!

 ま、しゃーないなァ……

 あたしは腰の剣を抜いた。

「……けど、なんでやつら、あたしたちの居場所がわかるんだろ……」

 ふと思いついた疑問を、あたしはポツリと口にした。

 基本的にはアトラス・シティを目指してはいるが、それを悟られないためにコースはあちこちと変えてある。それをいちいち正確についげきしてくるのだ。

「そりゃあ……おれがいるからさ」

 ゼルガディスが当たり前のように言う。

「……はあ?」

 思わず彼の顔を見る。

「言ったろう。おれの体はレゾに魔法で合成されたんだってね」

 あ、そーか。

 つまり、ゼルガディスの体そのものが、魔法的な目印になっているわけである。

 あたしは魔法たんを封じるじゆもんもつかえるが、それをやるにはまず、対象となるものの魔法的なしくみがわからなければならない。

 つまりゼルガディスをレゾの目から隠すには、彼自身が合成されたときのプロセスを知ることが不可欠なのだ。しかしその術はちがいなくあかほうのオリジナルのもの。いかな超天才美少女たるあたしでも、それをあっというまに解明することなど不可能である。

「──じゃあ、どーあっても赤法師とはいずれ決着を着けなきゃならないってことになるわけね」

「そういうことだ」

 やー、まいったー。

 なりゆきでこの男にくっついてきているが、失敗だったかもしれないなァ……

 まあ、あのまま教会のてんじようからぶら下がっているよりは多少マシ……だとは思うが。

 しかし、こうなってしまったものを侮やんでも仕方がない。

 おーし、やったるわいっ!

 あたしは口のなかで、低く呪文のえいしようをはじめた。

 

「ファイアー・ボール!」

 あたしの放ったいちげきが、戦闘開始の合図になった。

 胸の前で両手を合わせる、というあの予備動作なしで放った一撃である。

 むろんそれでいくぶんパワーは落ちてはいるが、不意をついた形となり、かなりの数のオーガを炎に巻き込んだ。

 敵が一気になだれ込んでくる。

デイグヴオルト!」

 そこにむかって次のこうげきじゆもんたたき込む。

 狙ったのは先頭にいた魔道士のじーちゃん! お年寄りは大事にしろとは言うけれど、自分の命を狙ってくるなら話は別! 早めに叩いておかないと、あとがいろいろめんどうになる!

 しかし放った一撃は、思ったよりもばやい動きでいともあっさりとかわされて、かわりに背後にいたバーサーカーを一人ほうむるが、これはかえって相手の注意をあたしに引きつけただけ。

 案の定、魔道士はあたしの方に進路変更をする。

 緑のローブに身をつつんだ禿とくとうの老人で、鼻から下はたくわえた白いひげかくれている。ひとみの色がうすいのか、黒目がないようにみえてちょっとコワい。

 えーい、来るなら来い!

「〝フレアアロー〟よ!」

 呼びかけと同時に、目の前に十本近い炎の矢が出現した。

「GO!」

 正面、左右、そして上から、炎の矢は同時に魔道士にむかって突き進む。

 逃げようはないはずだった。が。

 魔道士が速度を増す。

「かあっ!」

 気合いとともに、正面からの炎の矢が吹き散った! ──って一体どうやった今!?

 けんせいの炎の矢はむなしく空を切る。

 間合いが一気にまった。

 ちなみにほかの連中は皆、ゼルガディスの方に行っている。

 ……大変だーね、彼も。

 あたしもだけど。

 かなりごわい相手だった。

 お年寄り、あなどりがたし。

「ひゅぐっ!」

 いつの間にじゆもんを唱えていたのか、その手のひらから炎のムチが伸びる。

 次の攻撃用に唱えておいた冷気の呪文を剣にかけ、それを空中でぎ払う。

 しばしの距離を置いて二人はたいした。

「……このゾロムにちょっかいをだすとは、いやはや元気のいいおじようちゃんじゃ」

 ヒゲも揺らさずじーちゃんは言った。

「……このリナを相手にするとは、いやはや命知らずなじちゃんね」

 あたしも負けじと言い返す。

 ゾロムが低く笑った。

 あたしはてのひらを胸のまえで合わせ、飛び退きざまに呪文のえいしようをする。

「〝フアイアー・ボール〟か! ムダなことを!」

 ゾロムがせまる。

「ムダかどうか……」

 生まれた小さな光の球を、両のてのひらで包み込むような形で構える。

「やってみるまでよ!」

 光の球をゾロムに向かって打ち出した。

「ふはあっ!」

 鳥のように軽々とちゆうに舞い、光の球を難なくかわす。

「言ったじゃろうが! ムダだと!」

 確かにフアイアー・ボールは、前に言ったとおり、ちやくだんしてはじめてさくれつする。外れればミソもクソもない。

 しかし──

 くんっ!

 あたしは右手の親指を立て、自分自身を指さした。

 口元に小さな笑い。

「む?」

 フワリと地に降り立ったゾロムのその背後を──

 フアイアー・ボールちよくげきした!

「ぐわはっ!」

 さく裂する!

火炎球だなんてあたしは言ってないわよ!」

 あたしは燃え上がる炎の中にむかって言った。

 どうを習い始めてしばらく、面白くて、色々な魔法のバリエーションを作ったことがあった。

 今のもその一つである。

「油断大敵、ってね。さて、それじゃあゼルガディスの手伝いでもしてくるか……」

 マントをひるがえし、乱戦のうずにむかってけ出したその時──

 殺気が走り抜けた。

 反射的に左に跳ぶ。が、少し遅い。

「あうっ!」

 右腕に激痛が走る。

 数本の銀のはりが、あたしの右腕をつらぬいていた。

 あわてて振り向く。

 ゾロムがそこに立っていた。

「死んだなどと、誰も言っとらんよ。油断大敵だよ、おじようちゃん」

 馬鹿にしたような調ちようで言う。──いや、たぶん本気で馬鹿にされているのだろう。

「なかなかやるねぇ……けど、物質を介するせいれいじゆつではこのわしは倒せんよ」

 ……え……

 言われてあたしはぜつする。

 精霊魔術がきかない、って、ひょっとして、こいつ……

 見た目がちょっと変なじーちゃんじゃなくて純魔族か!?

 なら火炎の術などきくはずもない。

 くそー、敵の正体を見誤るとは、くやしいが確かにこれはあたしの油断だった。

 右手がほとんど動かない。

「それでは今度はわしから行くぞ!」

 両の手から炎のムチが伸びる。

 左から頭を、右から足をねらってくる。

「なんとぉっ!」

 左手に持ち替えた、冷気のじゆもんを込めた剣で頭を狙ってきたムチを払い、足を狙ってきたほうは、なわとびの要領でポーン、と跳び越える。

 こう見えても昔は、『なわとびのリナちゃん』などとゆー情けねー呼び方をされたこともあったのだ。

 が──

 あたしが跳び上がったそのしゆんかん──

 ゾロムの額がぱっくりと割れた。

 そこから何条かの銀光が、あたしに向かってはしる。

 ──よけられない!

 キィン!

 ……え?

 銀のはりかわいた音と共に地に落ちる。

 まるで伝説の主人公みたいなタイミングでやって来たのは──

「よお、また会えたな、嬢ちゃん」

 ウインク一つ。

「ガウリイ!」

 あたしは思わずその名を声に出していた。

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