二、悪役は 忘れなくてもやってくる

 男は確かに、充分怪しかった。

 全身を白いマントと白いローブ、白いフードですっぽりと包み、目の部分だけを出している。

 もう一人、付き人がいた。

「ほう……」

 自然と表情が変わるのが、自分でもわかった。

 さきほどトロルを連れてなぐんできた、あのミイラ男である。

 二人はゆっくりとの中に入ってくる。

 ミイラ男の方は、すこし足を引きずっていた。

 ガウリイが後ろ手にドアを閉めた。

 ミイラ男はびくり、と体をふるわせて後ろを振り返る。

 白ずくめはまつたく動じない。

 ちょうど部屋の真ん中で立ち止まった二人を、あたしとガウリイがはさむ形になった。

「そのミイラ男の知り合いなの?」

「ミ……」

 ミイラ男がはなじろむ。食ってかかろうとするのを白ずくめが制する。

「さきほどはごていねいなごあいさつを頂きまして」

「すまなかったな。こいつはゾルフって名でね。責任感は強いんだが、その分先走りも多くてな……まあかんべんしておいてくれ」

「──まあいいわ。その分、値段に上乗せすればいいんだから」

 言いながら、この時はじめてあたしは、目の前の白ずくめが人間でないことに気がついた。

 部屋の光源は安っぽいランプのみなので今まで気がつかなかったのだが、フードのすきまからのぞく目の回りの皮膚が、岩か何か、それに類する硬質のものでできているようなのだ。

 別にさわらせてもらったわけでもないのでそうだと言い切ることはできないが、見た目からはんだんして、まずちがいはないだろう。

 いつしゆんゴーかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。人につかえるためだけに造り出されたゴーレムのそれとは違い、この男のひとみには、〝自分〟自身を主張する、意志の輝きが見て取れる。

「ちゃっかりしてやがるな……まあいい。商談に入ろう」

「あるものを売ってほしいってぇことだったわね」

「そう。おまえがしばらく前にとうぞくどもの寝ぐらから持ち出したものの一つだ」

「──で、何なの、その〝もの〟って言うのは」

「それは言えん」

 あたしはまゆをひそめた。

「言えない?」

「ああ、言えない」

「それじゃあ商売のしようってものがないわね……」

「まあ持て。最初から『こいつが欲しい』と言えば、ふっかけられるかもしれんし、おまえだってこうしんが働いて、手放したくなくなるかもしれないだろ? だからさ。あの時手に入れた品物、それぞれいくらでなら売ってくれるか値をつけてくれ。その時点でこっちの欲しいものを言い値で引き取ろう」

「なるほどね……でもあなた、盗賊の仲間でもなさそうだし……?」

「おれはな、その〝あるもの〟をさがしてたんだ」

 白ずくめが言う。

「このゾルフをはじめとして、何人かの部下をあちこちに放ってね。こいつはとうたちの中に潜り込み、ある日ぐうぜんそれを見つけた。盗賊たちに盗ませて、あとはころあいを見計らって持ち出し、おれのところへ届ければいい、というところで……」

「あたしが出てきた、って訳ね」

「そういうことだ」

「しっかし……野盗を利用してものを手に入れ、あげくに持ち逃げしようなんて、セコい了見ね」

「人のことは言えんと思うが……」

 コホン。

「──まあ、それで大体の事情は飲み込めたわ。ならさつそく商談にうつりましょうか。

 品物は像と剣、そして古いコインが少々。

 ──あ、宝石は省くわよ。だれが見たってただの宝石にしかすぎないものを、言い値で買う人もいないでしょうしね」

 白ずくめは小さくうなずいた。

「えーっと、じゃあ、まず剣が……」

 あたしは次々と値をつけた。

 白ずくめが思わず数歩あと退ずさり、ミイラ男はまんまるに目を見開き、ガウリイはアホみたいにカクン、と大きく口を開く。

 全く、男って奴はきもたまが小さい。

『言い値で買う』と言ったんだから、たかが相場の百倍やそこら、ポーンと気持ちよく払わんかいっ!

 ……と、今気がついたのだが、よく考えるとどれもこれも城が丸ごと買えるくらいの値段である。

 いやぁ、びっくり。はっはっは。

「相場の二倍や三倍、吹っかけられる覚悟はしていたが……」

 やっとのことでしぼり出すように、白ずくめが言う。

「……よく考えたらとんでもないわね。相場の百倍以上なんて。あは、あははは」

「あはは、じゃないぜ……」

 白ずくめが、モロに疲れた声を出す。

「そーねえ。今のはあんまりだから──そう、今あたしが言った値の半額でいいわ」

「半額!」

「こっ……このしたに出ればつけあがりおって!」

だまってろ、ゾルフ」

 ……!?……

 むかっ。

(ああ、あたしって気が短い……)

「分割払いとかしゆつ払いとかは……だめだろうな、やっぱり」

「問題外ね。ファイアー・ボールとライティングの区別もつかないような三流どうに子供扱いされたうえに、なんでそんなバカな条件をぽこぽこのんであげなくちゃあならないってのよ」

「な……なんだとっ!」

 ここに至ってはじめてミイラ男は、さっきのファイアー・ボールがペテンだったことに気がついたらしい。

だからといったまでよ! だいいち……」

「ゾルフ! よせと言っている!」

 白ずくめのしつせきに、ミイラ男はビクン、と身をふるわせる。

「──なら、これが最後のアイデアなんだが、おれに手を貸さんか? 一年──いや半年後には、おまえがはじめにいった額の二倍、いや三倍でもいい、払ってやろう」

「ふむ」

 あたしは腕を組んだ。

「それだけ欲しがってる──ってことはつまり、このていあんを断われば自動的に、あなたとあたしは敵どうし、ってことになるんでしょうね」

「…………」

 白ずくめは答えなかった。ただ、片方のまゆをピクン、と跳ね上げただけである。

「あたしとしてはできるだけ、あなたみたいなタイプの人とことをかまえるのはけたいわね。──なんで、って聞かれると答えようがないけど、まあ言うなれば、女の直感っていうやつね」

「──フム」

「──で、これもその〝直感〟っていうやつなんだけど、あなたみたいなタイプとは、死んでも手を組みたくはないわね」

 ゾルフが身を乗り出し、あたしに何か言おうとしたようだったが、彼はそれをやめた。

 あたしと白ずくめの間にうずさつに気付き、おじけづいたのだ。

 しかしこの〝気〟の力、やはりこいつ、ただ者ではないようである。

 にらみ合いが続いたのはすうしゆんだった。

 退いたのは、白ずくめのほうだ。

 大きくためいきをつく。

「交渉けつれつか……まあ仕方があるまい、気の強いおじようさん」

「ほんと、残念ね」

「約束だからね、今日はおとなしく退くよ。

 しかしそれは必ず、力ずくでもうばい取らせてもらう。明日の朝、おまえがこの宿を出たそのしゆんかんから、おまえとおれとは敵になる」

 あたしは小さくうなずいた。

 男がくるりと背を向ける。

「行くぞ、ゾルフ」

「し……しかし……」

 かまわず男はとびらにむかって歩いていく。

 ガウリイが、タイミングよく扉を開く。

 ゾルフはしばしためらった後、あわてて白ずくめのあとを追った。

「──そうそう」

 戸をくぐったところで立ち止まり、振り向きもせずに白ずくめが言う。

「おれの名はゼルガディスという」

「──覚えておくわ」

 ガウリイが、バタン、と音を立てて扉を閉めた。

「──行ったようだな」

 ややあってガウリイが言った。

「しかしなんだってお前さん、あんな無茶な値をつけたんだ?」

「──じゃあもしも、あたしがあの連中に、適正な値段でその〝もの〟を売っていたら、あなたあたしをほめてくれた?」

 ガウリイは苦笑すると、首を軽く横にふった。

 

「あー、いー天気ねえ……」

 あたしはぺたんと地面にすわり込んだまま、あおく澄んだ空をぼーっと見上げていた。

 ぽかぽかぽか。

 おひさまがあったかい。

 大森林の中を突っ切るかたちで走っているこのかいどうだが、このあたりは比較的場所が開けており、かなり大きな野原になっている。

 天気はよく、空は青い。

 小鳥がさえずり、あたりの空気には──血臭が充満していた。

「ほーんと、いー天気ねー」

「……あのなあ、リナ……」

 かたで息をしながら、ガウリイが言う。

 彼もやはり、地面にへたり込んでいる。

「人にばっか戦わせといて……のほほーんとしてるんじゃないっ……」

 あたしはガウリイの後ろに横たわる、るいるいたるバーサーカーたちの死体に目をやった。

「……あは……ごめんごめん…でも、ちょこっとは戦ったよ……」

「……はじめのほうだけ……ほんの少しな……せめてこうげきじゆもんの一つもとなえてくれりゃあいいものを、『あとはまかせた』、だもんな……」

「……まー、そーいう事実もあったかもしれない……」

「あったかもしれない、じゃあねえよ……よっ……と……」

 彼は剣を杖がわりにして、よろけながらも立ち上がる。

「……もーちょっと休んでたほうがいいわよ……」

 言ったが、ガウリイは首を横に振った。

「日がれるまえに次の町に入らなくちゃあやつのエジキだ。……さ、行くぞ」

 もないことだが、あたしが高みの見物を決め込んでいたのが気に食わなかったのだろう。疲れも手伝って、かなりカリカリ来ているようだ。

「…………」

「──リナ」

 娘をしかる父親のような調ちようでそういうと、意外としっかりした足取りであたしのそばまで歩いてくる。

「うーん、もうちょっと。このぽかぽかがあんまり気持いいもんで……」

「いいかげんにしろっ!」

 りながらマントの上からあたしの右手をわしづかみにして、いきなりぐいっと引っぱりあげる。

 

「はうっ!」

 たまらずにうめいた。

「……え?……」

 ガウリイが手をはなす。

 あたしはひたいを地面にすりつけんばかりに、体を〝く〟の字に曲げる。

 はずかしい話だが、はくじようするとあたしは痛みに対するこらしようがあまりない。

 とぎれた回復じゆもんを口のなかで小さくつぶやきながら、〝力〟をキズ口に当てた右の手のひらに集中する。

 少しずつではあるが、痛みが引いていく。

 いつもならこの程度のキズ、もっと早く治せるはずなのだが、今回はやたらと時間がかかる。これはひょっとしたら……

「……リナ?……」

「……ん?……」

 あたしはできるだけ平静をよそおって顔を上げた。──もっとも、これでゴマかせるわけがない。

「ケガ……してるのか?」

 あたしはちいさくほほんで見せた。──かなり弱々しい微笑みではあったろうが。

「……単なる食べすぎよ……」

 ガウリイはあたしの正面にやって来ると、向かい合うかたちでその場にこしをおろす。

「……何?……」

 あたしはまじまじと彼の顔を見つめた。彼もまた、あたしの顔をまじまじと見つめ返す。

「うっ!」

 いきなり走った痛みに、あたしは再びうめいた。

 ガウリイがとうとつに、マントの下に手を突っ込んできたのだ。その手がたまたま、キズ口──右のわきばらのあたりにふれたのだ。

 あたしの声に、あわててガウリイは手を引く。

「……お前……」

 声がかすれている。

「血だらけじゃあないか……」

「──だいじようよ──」

 やせがまんをした。けどウソではない。痛みは、じよじよにではあるが退いてきている。

「大丈夫って、お前……」

「だいじょうぶだったら……今、リカバリイほうかけてるから……もう少ししたら、傷は完全にふさがるわ……」

「けど……」

「その、『だいじょうぶかだいじょうぶか』って言われるのがやだから、〝のほほん〟をやってたのよ、あたしは」

「──すまん……」

「……いいけど……もうちょっとしたら回復するから、それまであなたも座って休むといいわ」

「ああ──ああ……」

 ガウリイはあたしの前におとなしくすわり込み、心配そうな目でじっと見ている。

 心配してくれるのはうれしいが、こういう目で見られるのはどうも苦手である。

「最初のときにやられたんだな……」

 ガウリイが言う。

「……甘く見てたのよ……」

「回復のほうで手一杯だったわけだ……すまん、かいしてた……」

「いいんだってば……」

 ガウリイは黙った。

 時間と風だけが流れていく。

「──やつらのお目当てのもののことなんだけど──」

 しばらくして沈黙を破ったのは、あたしの方からだった。

「きのうの夜、一人になってから、いろいろと調べてみたのよ」

「──調べる?」

「そう。きの言ったでしょ。あのミイラ男が、その〝何か〟に、目印になるような魔法をかけているはずだ、って」

「わかったのか」

 残念ながら、あたしは首を横に振った。

「あのとき手に入れたのは、オリハルコン製の神像と、魔法で切れ味をよくした大振りのナイフ、それとマニアに見せたら喜びそうな金貨が何枚か。そのどれにも、目印然とした魔法はかけてなかったわ」

「それじゃあ……」

「金貨は問題なく除外ね。どうやったって目印にしようがないもの。で、残るはナイフと像だけど……」

「しかしお前、そんなにしゃべって傷にさわらないのか?」

「え?──ああ、もうだいじようよ。ほぼ完全にね」

……って……」

「平気だってば。──で、残る二つなんだけど、ナイフの方は、切れ味をアップさせるためにかけられた魔法──あんまりタチのいいもんじゃないけど、それを目印にすることはできるわ。一方、像のほうは、オリハルコンっていう金属自体が魔法をあるていど封じる力があるの」

「それじゃあ目印にはならんな」

「それがなっちゃうのよ、アストラル・プレーンでのたんさくを行なったとき、この金属のある方向に向かう精神波が……言ってること、わかる?」

「──全然」

「──とにかく、これを目印にする、っていうこともできるのよ」

「じゃあとにかく、ねらわれているのはそのどちらか、ということになるわけだ。──しかしそれって、やつがああまでして手に入れたい、っていうほどのシロモノなのか?」

「そこなのよ。あたしが悩んでいるのは。オリハルコンは金よりもはるかに貴重だし、ナイフにほどこしてあるさいにも、目をみはるものがあるわ。──けど、あれほどまでして手に入れたがっている、というのは……」

「奴ら、『半年で三倍にして』、とか言ってたな、確か。と言うことは当然、奴らにとってそれ以上の価値があるもの、ってことになるが──例えば、それに何らかの方法で、どでかい宝のありかを示すものが隠されている、とか」

 おとぎ話じみた説ではあったが、ありえないことではない。

「あるいは何かの〝かぎ〟なのかもしれないわ」

 あたしは言った。

「カギ?」

 ガウリイがいぶかしげな顔をする。

「魔法の応用でね。そういうこともできるの。じゆつ都市のある貴族の屋敷にも、そんなしかけがあるって聞いたことがあるわ。なんでも中庭かどこかにある泉に若い女の人が入ると、ほうもつぐらとびらが開くとか……この場合、〝若い女の人〟っていうのがカギになるわけね」

「じゃあ〝カギ〟自体は、なんら魔力を持っていなくてもいいわけだ」

「そういうこと」

「なら、その像かナイフかをどこかでどうにかすれば──」

「何かがどうにかなる……かもしれない、ってことね」

「……結局、いっこもようりようを得ん話だな」

「手掛かりが少なすぎるからね……よっ、と……」

 あたしは何とか立ち上がった。まだ少し足もとがおぼつかないが、歩けない程でもない。

「おいおい……」

「平気よ、もう。少し疲れたけど。まあこればかりはどうしようもないわね」

 やれやれ、といった表情でガウリイは立ち上がり──

「きゃっ!」

 いきなり抱き上げられて、あたしは思わず声を上げる。

「ち……ちょっと! 何するのよっ!」

 顔が赤らむのが、自分でも分かった。

「しばらく運んでやるよ。歩くのはちょっとつらそうだしな」

「平気だってば! それにあなただってつかれてるんでしょ」

「ばあちゃんのゆいごんなんだ。女子供には優しくしろってね」

 ガウリイはウインクを一つした。

 

 足音がした。

 気のせいではない。

 あたしが宿でとこについて、しばらくしてのことである。

 疲れてはいたが、いろいろと考えることもあり、なかなか寝つかれなかったのである。

 どうやらそれが幸いしたようである。

 遅くまで飲んだくれていたおっさんがようやっとこしを上げて、自分のもどっていく──そういったたぐいの足音ではない。

 複数の人間が、できるかぎり足音を忍ばせて歩いている──そういった音だ。

 あたしはベッドに身を起こした。

 別に、その音の主があたしをねらっていると決まったわけではないが、この場合、そうである確率のほうが大きいし、用心はするにこしたことはない。

 足音は少しずつ近づいてくる。

 ベッドのそばにかけておいたマントをはおる。こういったときの用心のため、マントを脱いだだけの姿で眠っていたのだ。

 あたしは静かに動いた。

 しばらくして足音はあたしの部屋の前でピタリ、と止まった。

 思った通りである。

 突然、ドアがり開けられる。

 人影がいくつか、部屋の中になだれ込んでくる。

 眠り込んでいるはずのあたしの姿がベッドの上にないことを知り、やつらはあわてた。

「──どこだ!」

 一人が叫ぶ。

「ここよ」

 ──とか言いたかったのだが、やっぱりやめることにした。

 そのかわり、その場にスックと立ち上がる。

 あまりかっこうのいい話ではないが、今までドアの横にちょこん、と座っていたのだ。

 しかし、ただ座っていたわけではない。やるべきことはやっている。

 じゆもんえいしようは終わっていた。

 胸元で合わせた両のてのひらを左右にひろげる。

 その間の空間に、輝く光の玉が出現した。

 ライティングなどではない。こんどこそしようしんしようめいのファイアー・ボールである。

 慌てて人影が振り向く。しかしもう遅い。

 あたしはファイアー・ボールを部屋のなかにほうり込むと、ドアをしめて通路に出た。

 むろん通路に刺客がいないことは、確認の上で、である。

 密室でさくれつしたファイアー・ボールは、通常の倍に近いかいりよくを生む。


 ゴウン!


 かなりハデな音がした。

 あたしのファイアー・ボールは、絶好調の時なら、ちよくげきすれば鉄さえも溶かす。

 が──

「なんだっ! どうしたっ!」

 すぐにガウリイがから飛び出してきた。さすがにようへい、あたしと同じことを考えていたらしく、いつもの服装に、むろん剣も持っている。

かくよ!」

 状況説明は一言で十分だった。

「やったのか?」

「わからないわ!」

 あたしは正直に答えた。もしこれがきののことなら、ためらわずにうなずいていただろうが。

 案の定──

 あたしが言ったそのたん、パタンと部屋のとびらが開き、コゲくさいにおいと共に、いくつかの人影が、炎に巻かれながらも飛び出してくる。

「ちっ!」

 すかさずガウリイが剣を抜いて切りつける。あっというまに一人が倒れる。

 見ると相手は、剣と簡単なヨロイとで武装をしたトロル達である。

 こりはまずい。

 ガウリイが二人目に切りかかる。が──

 そいつは体のあちこちから煙を上げながらも、自分の剣でそのいちげきをがっきりと受け止める。

 ふつう、なかなかできることではない。

 かなりのれである。

「小娘の仲間か、若いの」

 こいつは人間だった。がっしりした体格の中年男である。

「なかなかやるね、おっさん」

「なーに、年のこうってやつさ」

 二人が同時に飛び退いた。

 ガウリイが最初に切り倒したトロルが、ゆっくりと起き上がってくる。

 さすがケタ外れの再生力──などと感心している場合ではない。じようきようは、どうひいき目に見ても有利とは言えなかった。

 ガウリイがおっさんとチャンバラをやっている間は、必然的にあたしがトロル達の面倒を見なければならなくなる。ガウリイのウデはたしかだが、おっさんもなかなかの使い手である。片手間にトロルの相手をしてはいられない。

 しかし今のあたしに、武装したトロル達を倒すだけの力はない。

 あたしの魔力は今、きよくたんに弱まっている。

 本来ならガウリイがを飛び出してきたときには、すでにはついていたはずなのである。『やったのか』と問うガウリイに、『ちょろいもんよ』と軽くこたえ、ウインクの一つもしてみせる。──あとは火事場の後始末。それでこのラウンドはジ・エンドのはずだったのだが……

 しかし事実、かくたちは、多少服をがし、かみを縮れさせたのみで、いまだにピンピンしている。

 魔力でめいしようを与えることはできない。

 かといって、あたしの剣技でトロル達をほふることもできない。

 ガウリイほどではないにしろ、剣技にある程度の自信はあったが、あくまでそれは人間相手での話である。前にも述べたように、トロルを剣で倒すにはいちげきひつさつ。首を切り落とすか何かするほかはない。

 しかしあたしの剣には、わざはともかくとしてパワーがないのだ。トロルの首を一撃で切り落とすには至らない。

 ──となれば、何とかだましだましやっていくよりほかはない。

 あくまでも主戦力はガウリイとし、あたしはセコいほうくらましに使って敵を引きつけ、ガウリイのえんてつする。

 宿の細いろうが戦場になるわけだから、敵さんとしてもいつせいに飛びかかってくる、などというマネはできない。それを利用して各個げき、というテも使える。

 ──ま、せいぜいこんなところか。

 しんどいなァ……

 けど、やるっきゃない!

「さーてそれじゃあ……」

 人がヤル気をおこしたそのとたん。

 トロル達の動きがピタリ、と止まった。

 見ると、ガウリイの対戦相手のおっさんもぼーっとつっ立っている。どちらもひとみに光りがない。

ぐつ〟の術である。

 それほどむずかしい術ではなく、トロルなどの思考が単純なタイプの生き物にはかなり効果がある。──別に、トロル達といつしよに術にかかったおっさんが、見た目通りの単純人間だといっているわけではない。術者の力量がケタはずれなのだ。

 普通の〝傀儡〟の術は一人の相手に対して、それもある程度の時間と道具とを使って行なうものである。これだけの数の相手を、しかもいつしゆんにして術中におとしいれるとは──

 おそらくオリジナルに開発した集団用の魔法なのだろうが──今度ヒマがあったらあたしも研究してみよう。

「どうしたってんだ? こいつら」

 ガウリイが言う。

「ちょっとした術をね……」

 答えたのはあたしではなかった。

「どちらにがあるのかは別の話として、真夜中にさわぐのはほかの客にめいわくですよ」

 一人のそうりよがそこにいた。

 いつのまにやって来たのか、トロル達の向こう側──出口に近いほうに、静かにたたずんでいる。

 あいただよう白い顔。年齢はわからない。若くも見えるし、年老いても見える。目が見えないのか、その両のひとみは固く閉ざされている。

 しかし、特筆すべきはその服装──

 確かに僧侶の服装なのではあるが、全てが赤い色で統一されているのだ。普通そうりよの服は白。地方やあがめる神によって、薄紫、薄緑などをつかっているところも確かにあるが、それにしたところであくまでも色彩はおさえめにしてある。

 ところが、この男の服の色といったら。

 まるで血そのものでみ上げたようなどくどくしい赤色をしているのだ。──むろん、照明が薄暗いランプだけだという、そのせいもあろうが。

「ありがとうございます。助かりました。

 ──あなたは?」

「いえ──ただ同じ宿のとまり客ですけどね。しんな連中──こいつらが足音を忍ばせて歩いているのを見かけたものでつい首を突っ込んでしまったのですが……」

「──お前みたいな性格してるな」

 茶々をいれるガウリイをあたしはもくさつした。ここはシリアスなシーンなのだ。

「では、他の泊り客たちに〝スリーピング〟の魔法をかけたのも?」

 男は、ほう、といった顔をする。

「わかりましたか」

 なめてもらっては困る。

「これだけドタバタやってもほかだれも出てこないっていうことは、そういうことなんでしょ」

「無関係の人間に大勢出てこられてさわがれるのは面倒ですからね」

「ならあなたは、この件に何のかかわりがあると?」

 そうりよはパチンと指を鳴らす。それを合図にトロル達とおっさんは、まるで術者にあやつられるゾンの群れのように、ゾロゾロと出口のほうにむかって行進をはじめる。

「──見たところあの連中、ゼルガディスの手のもののようですが……」

「あいつを知っているの?」

「知っていますとも」

 僧侶はうなずいた。

「あなたの持っているあるものをつかって、ダークロードシャブラニグドゥを復活させようとしている男──私の敵です」

 

 さあ、とんでもないことになってきた。

「──何だ? その、しゃ、しゃら……何とかっていうのは……」

 ガウリイが言う。

「後で説明したげる」

 と、冷たくあたし。

「本当なの? それは」

「まずちがいありません。ゼルガディスは人とゴーブロウ・デーモンの合成物として生を受けた存在です。魔王を復活させることによってより強大な力を手に入れ、世界をこんとんうずおとしいれようとしているのです」

「何でそんなバカなことを………」

 そうりよは首を横に振った。

「そこまでは……けれど確かなのは、彼は、あなたたちと私の共通の敵である、ということです」

 うーむ。

「共通の敵──とかいきなり言われても……そもそもなんであなたは、あいつを敵に回したの?」

「私もそうりよのはしくれ。魔王を復活させるなどという野望、見過ごすわけにはいきませんからね」

「──ふむ──」

 あたしは腕を組んだ、ガウリイはすることもなく、ただぼーっとつっ立っている。

「つまり、あたしたちに、『いつしよに戦え』と?──」

「いえいえ、とんでもない」

 僧侶はあわてて首を振った。

「察するにあなたがたは、そうとは知らずに魔王をき放つ〝かぎ〟をぐうぜん手に入れ、その結果彼らを敵に回すことになった──そんなところでしょう」

「まあ、ね」

「私が〝鍵〟をあずかりましょう。それであなたたちも、つまらぬごたごたに巻き込まれなくなります」

「──それよりも、その〝鍵〟とやらをこわしてしまったほうが……」

「いけません! そんなこと!」

 僧侶があわてる。

「それこそが魔王を復活させる手段なのですよ」

「──けど、もしもこれをあなたに渡せば、あなたはたった一人でやつらと戦うことになるわ」

「ご心配なく。確かに彼らはごわい相手ですが、このレゾ、決してやつらごときにひけを取るつもりはありません」

 ……レゾ?

「!──ひょっとしてあなた、あかほうレゾ!」

 あたしはようやっと、このそうりよの正体に気がついた。

「──そんなふうに呼ばれることもありますね」

 彼は苦笑した。

 赤法師レゾ──常に赤いほうに身を包み、の大神官と同等のれいりよくを持ちながら、どこの国にも属さず、諸国を回り歩き、人々にきゆうさいの手を差し伸べている、というのが世間一般での通説である。

 僧侶のひつであるしろじゆつはもとより、せいれい魔術、黒魔術にも通じており、現代の五大賢者の一人として数えられている。

 彼の欠点は二つだけ。生まれつき、その両の目が見えないということ。そしてもう一つ。名前がまるであくやくみたいだということ。

 彼の名は、五歳の子供でも知っている。

 後ろからマントが引っられる。ガウリイだ。

「……有名人なのか?」

 ……この男はーっ……

「後で説明したげるっ!」

 気を取り直してほうとの話を続ける。

「──では、あたしたちもいつしよやつらと戦います」

「……え……」

「そうと聞いて、〝はい、そうですか、あとはよろしく〟などというわけにもいきませんし」

「──お心づかいは感謝しますが……」

「いえ、貴方の力を信じないわけではないのですが、万が一にでも魔王が復活しようものなら、それこそ人ごとではなくなってしまいます。力不足は重々承知のうえではございますが、少しでも法師様のお役に立ちたいのです」

 法師は困ったような顔をした。

「……しかし……」

「ご心配には及びません。この私にも少しはどうの心得がございますし、このガウリイとてかなりの剣士。決してほう様の足手まといになるようなはいたしません」

 法師は大きく息をついた。

「──わかりました。そこまで言われてはしかたがありません」

「──では!」

「共に戦いましょう」

「はいっ!」

 ガウリイがまたもや後ろからマントをちょいちょい、と引っる。

 

「──では、〝かぎ〟はこちらのほうでお預かりしましょう」

 法師が言う。あたしは静かに首を横に振った。

 赤法師はけげんそうな顔をする。

「やつらはあなたと私達が手を結んだことを知りません。そこであたしたちがおとりになり、法師様にはかげからのえんをお願いしたいのです」

「しかし……それではあなたたちが危険です。囮になら私が……」

「いえ、あなたが〝かぎ〟をもっていれば、私達の間に何らかのせつしよくがあったものと、やつらは気がつきます。そうなればまた、それなりの作戦を立ててくることでしょうし、それではおとりの意味がなくなります」

「そうではありますが──」

ほう様、どうかこのリナをお信じください」

 ──とまで言われて、『いや、しかし──』と言う人間はまずいない。──ガウリイあたりなら言いそうな気もするが。

「──わかりました。それでは〝鍵〟はあなたに預けておきます」

 言うと、法師はあたしののほうに歩いていく。

 一体何を──

 ふところから小さな玉のようなものを取り出し、部屋のなかにほうり込んでとびらを閉める。

 法師の口から低いじゆもんえいしようれる。

リセレクシヨン〟に似てはいるが、少し違うようである。

 しばらくして、呪文はとうとつに終った。何かがどうにかなったようには思えなかったが。

「さて、それでは私は自分の部屋にもどりますから。明日から打ち合わせのとおり、私はあなたたちを陰からお手伝いいたしますので。それでは、おやすみなさい」

 言うと、そのまますたすたと歩み去っていく。

「……何ともなっちゃあいないぜ、部屋の中は」

 部屋をのぞき込み、ガウリイが言う。

「一体何をやったっていうんだ、あのおっさんは……」

「どれどれ?」

 あたしも部屋を覗き込み──

 げっ!

 絶句した。

 確かにガウリイの言う通り、部屋は何ともなっていなかった。すこし乱れたベッド、白い安物のカーテン。

 何一つ変わってはいなかった。

 部屋のなかが黒コゲのままなら、明日、いやでも宿のおやじさんにとやかく言われることになる。どうしようかと悩んではいたのだが……しかし、どうやったらこんなができるのか、赤法師レゾは、焼けただれた部屋の再生をやってのけたのだ。

「……とんでもないやつね……」

「え? 何が飛んでもないんだ?」

「いーの、明日ゆっくり話してあげる。とりあえず今日はもう眠るわよ。睡眠不足は美容と健康の敵なんだから」

 言うとあたしは自分のとびらを閉め、ガウリイの部屋に入り込み、すみっこのほうでゴロンと横になる。

「……おーい、じようちゃーん」

 ガウリイが声をかけてくる。

「ここはオレの部屋だぜーい」

「知ってるわよ」

「…………」

「あたしの部屋にもどったら、またしゆうをかけられるかもしれないでしょ」

「けど、この部屋にいたって……」

「一人より二人のほうが心強いでしょ」

「──わかった。ならベッドで眠れよ。オレがゆかで眠るから」

「そんなことできないわよ。あたしの方が押しかけたんだから」

「──はいはい」

 説得はムダと知ってか、ガウリイは部屋の反対側のゆかにゴロン、と横になる。

「……何でベッドで寝ないの?」

 こんどはあたしが尋ねた。

「ばか。女の子を床で寝かせといて、男のほうがベッドでぬくぬく眠れるもんか」

 あたしは苦笑した。

「お好きにどうぞ。──おやすみなさい。ガウリイ」

「おやすみ、おじようちゃん」

 ──この、あたしを子供扱いするのさえなければ、ほんっといい人なんだけどなぁ……

 

「あなたほんっとうに〝ダークロードシャブラニグドゥ〟を知らないの?」

 もれのなかを走るかいどうを、かたを並べて歩きながらあたしは言った。

 ──数日前から同じような森の中ばかりを歩いている。いいかげん、この木ばかりしか見えない風景にもきてきたが、まあしかたあるまい。この街道はケレサス大森林を突っ切ってアトラス・シティヘと通じるルートなのだ。よって当然、アトラス・シティまではこれと似たような風景が連なっているわけである。

「んー……」

 ガウリイはしばし考え込む。

「やっぱ知らない」

 シャブラニグドゥの伝説は割と有名で、どうならずともだいたいの人間は知っているはずだが……

 あたしはためいきをついた。

「──わかったわ。一から話したげる。まあ、〝むかしばなし〟でも聞くようなつもりで聞いてて」

「ほいほい」

 ためいきをもう一つ。……話しても解るんだろーか、この男に。

「──この世のなかには、あたしたちが住んでるこの世界とは別に、いくつもの世界が存在しているのよ。そのすべての世界は、遠い遠い昔、何者かの手によって〝こんとんの海〟に突き立てられた、無数の〝杖〟の上にあるのよ。それぞれの世界は丸く、平らで──そうね、地面に突っ立った棒の上にのっかっているパイか何か、そんなところをそうぞうしてもらったらいいわ。そんな世界の一つが、あたしたちが今住んでいる、ここよ」

 と、地面を指さしてやる。

 ──この説は魔道士仲間での通説となっているが、あたしはこれにとなえたい。しかしいまここでそのことを言ってもガウリイをこんらんさせるだけなので、やめにしておく。

「そのそれぞれの世界をめぐって、はるかな昔から戦い続けている二つの存在があるの。

 一つは〝神々〟もう一つは〝ぞく〟。

〝神々〟は世界を守ろうとするもの。〝魔族〟は世界をほろぼし、それを支えている〝杖〟を手に入れようとするものたち。

 ある世界では〝神々〟が勝利をおさめ、平和な世界が築かれ、ある世界では〝魔族〟が勝利をおさめ、その世界は滅び去った。そしてまたある世界では、戦いは今もなお続いている。

 ──あたしたちの住んでいるこの地では、〝〟シャブラニグドゥと〝赤のフレアドラゴン〟スィーフィードとがけんをめぐって争っていたの。戦いは幾百、幾千年にも及び、そしてついに、りゆうじんは魔王の体を七つにち切り、それをこの世界のいたるところに封じ込めたのよ」

「──神様が勝った、ってわけだ」

 あたしは首を振った。

「封じ込めただけよ。ほろぼしたわけじゃないわ」

「……けど、体を七つに引きかれたんだろ?」

「それくらいで死ぬようじゃあ魔王とは言えないわよ。……一応魔王を封じ込めはしたものの、さしものりゆうじんも力つき、〝こんとんの海〟へと沈んでいったのよ」

「無責任な……」

「ご心配なく。万が一の魔王の復活を恐れ、竜神は力尽きる寸前に、地竜王、空竜王、火竜王、水竜王の四体の分身を作り上げ、それぞれにこの世界の東西南北を任せたのよ。それが今から、およそ五千年まえのことだと言われているわ。

 ──そして、いまから千年前。竜神の恐れていたことが現実のものとなったわ。

 七つに分かたれた魔王シャブラニグドゥの一つが復活したのよ、魔王は一人の人間にとりついてその肉体と精神を乗っ取り、みずからをよみがえらせたの。

 魔王は北を治める水竜王にしゆうとうわなって戦いをしかけ、やっとのことで水竜王を滅ぼしたんだけど、自分自身も体を大地につなぎ止められ、身動きが取れなくなってしまったのよ」

「……不毛な戦いじゃ……」

「二人の力がにくはくしてた、ってことよ。

 ──とにかくそんなわけで、それまで平和を保っていたこの世界のバランスがくずれ、世の中に、俗に言う〝やみけものたち〟が姿を現わした、と、こういうわけよ」

「ふぅーん……」

 ガウリイはすなおに感心した。

 ──ま、この世界観が正しいかどうかは別としても、はるかな昔、この地にシャブラニグドゥの名と、〝魔王〟の称号をかんするに恥じないだけの強大な力とを持った〝何か〟が存在していたことだけは確かなようである。

 そして、はるか北の地に、別の──あるいはそれと同質の〝何か〟があることは。

「──ということは、あの、ゼ……なんとかいう白ずくめのやろうとしている事っていうのは、七つに切りかれた魔王の、〝二つめ〟を復活させることなわけだ」

「そういうことになるわね。──あかほうレゾの言っていることにちがいがなければ、の話だけど」

「──そう言えば──」

 ガウリイが声を低めて言う。お得意の〝あたしにようやく聞こえるか聞こえないか〟というやつである。

「敬語こそ使ってたものの、お前さん、レゾのだんのこと、あんまり信用してなかったみてぇだな」

 鋭いことを言う。

「へええ。見るところはちゃんと見てるのね……」

 と、あたしも小声で。

「彼が本物のレゾだっていう保証はどこにもないわ。ほとんど伝説に近い人物だし、実物をここ十年ほどの間に見たっていう人はいないし」

「レゾの名をかたってオレ達に近づこうとしている、〝やつら〟の仲間かもしれない、ってわけだ」

「そういうこと」

「しかし、そう考えると、よくオレのことを信用したな」

「信用してないかもしれないわよ」

 いたずらっぽくあたしは言う。

「……こいつぁ手きびしいな……」

じようだんよ。こう見えても、人を見る目はあるつもりですからね」

「ありがとよ、じようちゃん」

 言うとガウリイは、いい子いい子、とばかりにあたしの頭をなでなでしてくれる。

 ──ほら、またぁ!

「子供扱いしないでってばぁ!」

 とは言うものの、子供扱いされるのにれてしまったのか、もうあまり腹も立たない。

「お前、そう言うけど、一体歳はいくつなんだ?」

「二十五」

「!」

 ガウリイが硬直する。

「──冗談よ。でも実際、もう十五なんだから」

「……あー、びっくりした。……そーだろ、そーでなくっちゃ。……まだ十五。──やっぱり十分子供じゃないか」

「もう十五っ! 大人……だとは言わないけれど、もう子供じゃないわ」

むずかしい年ごろだな」

「わけのわからんことを……そうそう、これを言うのを忘れるところだった」

 と、あたしは、いつの間にやら普通のトーンにもどった声を再び低くして、

「ここ数日、あたしはほうがほとんど使えなくなるわ。その間は、あくまであなたを中心にした戦い方をしていくわ」

「魔法が──使えない?」

 かなり驚いたようではあったが、さすがにそれで大声を出したりはしない。

 あたしはこっくりとうなずいた。

「フム……」

 ガウリイは、考え込むかのように言った。

「……あの日か……」

 …………

「ちょっ、ちょっと、ガウリイ!」

 あたしは真っ赤になった。

「ん?」

〝どーかしたのか?〟といったふうに、平然と彼があたしの方に目をやる。

 逆にあたしの方が、思わず目をそらせてしまう。

「な……なんで知ってんのよ。〝〟とか何とか……」

 女のからだが子供を産むことができるように造られている以上、月に一度、ちょっと苦しまなければならない時というのがやって来る。それに前後する二、三日の間、女のどうそうりよなどはそのれいりよくがいちじるしく減退し、人によっては完全に霊力が消え去ってしまうことがある。

 それの間だけ処女性を失い、つうの女になってしまうからだ、というのが世間一般での解釈だが、そんなわけはない。ただ単に、精神統一の問題なのだろうとあたしは思っている。

 あたしもきの辺りから、どうも魔力が減退してきているので、もしやそろそろ──と思っていたのだが、案の定──

 いや、そんなことはどうでもよろしい。

 問題は、なぜ、オーガの体力とスライムの知力を兼ね備えたガウリイが(我ながら的確な表現だと思ふ)、『魔法が使えない=あの日』などという公式を知っていたか、ということである。

「……別にたいしたことじゃねーよ」

 ガウリイが言う。

「ガキのころ──五才くらいの時だったかな、近所にうらないをやってるオバサンが住んでいてね、月に何日か、必ず店を閉めるんだ。『なんでだ』って聞いたら、笑いながら『あの日だからよ』って。──で、『ああ、あの日、っていうのは、魔法の使えない日のことなんだな』って思ったんだけど……『あの日』っていうのは、どうやら他にも意味があるみたいだな。教えて、リナちゃん。ボクわかんなーい」

「……あのなあ……」

 明らかにあたしをからかって喜んでいる。

 ……この男はーっ!

「──とまあ、じようだんはこれくらいにしといて、だな……」

 とうとつにガウリイは立ち止まり、真顔にもどった。

「ちとシリアスをやらなくちゃならないみたいだぜ、お嬢ちゃん」

 あたしも足を止める。

 向かって右側にしげる森の木々。左側はちょっとした広場のようになっている。

 まっすぐ伸びるかいどうの真ん中に、一人の男が立っていた。あたしたちの行く手をさえぎって。コートのような服を着た、二十歳前後の、かなりのハンサムである。

 ──が。

 そのはだあおぐろい岩のようななにかでできており、頭に頂く銀色のかみは、おそらく無数の金属の糸。

 そして手にしたブロード・ソード。

 あたしにはわかった。

 彼が一体だれなのか。

「ほう……」

 ガウリイが言う。

「とうとうしびれを切らせ、おんたい自らご出馬か、え? ゼガルディスさんよ」

 おい。

「それを言うならゼルディガスでしょ」

 ガウリイのちがいをあたしが正す。

 本人が再度訂正する。

「…………」

「…………」

 ああっ! 空気が白いっ!

 せっかくのシリアスな空気がっ!

 なんとかフォローしなければっ!

「……ゼルガディスって言ったもん! あたしは!」

「オ、オレだって……」

 ガウリイも負けじと言う。

「……おれの名前などどうでもいい」

 うんざりしながらご当人が言う。

「それよりも、渡してもらいたいのだが。もしどうあってもいやだと言うのであれば、それはそれで仕方がない。おれがこの手で直接にうばい取ってやるが。──さあ、どちらがいいか選べ、ソフィア」

 ────?

 あたしとガウリイは、しばし顔を見合わせ──

「──ああ」

 二人同時に、ポン、と手を打つ。

 だれのことかと思ったら、なんのことはない。この男、あたしがゾルフとかいうあのミイラ男に言ったでまかせの名前を、本名だと信じているのだ。

「あたしは〝〟よ」

 あたしは言った。

「……は?……」

 ゼルガディスが、よう姿に不似合いな間の抜けた声を出す。

「リ、ナ。ゾルフとかって人に言ったのは、でまかせの名前よ」

「…………」

 どうリアクションしてよいかわからず、ゼルガディスは立ち尽くす。

 とりあえず、相手の気勢をぐ作戦は成功である。

 ──作戦と言うより、半分以上が〝地〟である、という説もあるかもしれないが、それはきんである。

 さて、このスキに………

「名前なんぞどうでもいいのさ」

 声は別の所からした。

 後ろだ。

 あたしは声の方に目をやった。

 いたのは一人のワーウルフだった。

 正確に言うならば、トロルとおおかみの血が半分ずつ、といったところか。したがって〝ワーウルフ〟とは言えないが、とりあえず適した呼び方がないので、安易に『獣人』と呼ばせてもらうことにする。

 顔はほとんど狼、体型は人間で、ナンセンスになんぞを着込み(笑)、大振りのターかたにかついでいる。

「要はこの女から神像をいただけば、それで終わりだろ、ゼルの親分よ」

「ディルギアっ!」

 ゼルガディスのしつせきが飛ぶ。

 ワーウルフいつしゆん、ポカンとした顔をする。

「……そういや、こいつらにはまだ、が何か言ってなかった──ってことだったな。──まあしかし、どちらにしても同じ事だろうが。こいつらはここで死ぬんだし」

「勝手なことを言ってくれるわね」

 あたしはずいっ、と一歩前に出る。

「あなたがどれほどのものか知らないけど、はっきし言って敵じゃあないわね」

「ほほぅ……」

 獣人はすうっと目を細める。

「大きいことを言うおじようちゃんだな

 ではその力、見せてもらおうか!」

「いいわよ。──けど二対二じゃああっさり勝負が着いて面白くないわ。こっちは一人で充分よ。──さあ行って、ガウリイ!」

「どぇええええ!?」

 おおげさな声を上げてあたしを見る。

「ちょっとちょっと嬢ちゃん……」

「何よ?」

「おっと、お二人さん、何ももめることはないぜ」

 別の声がした。聞いたことのある声だ。

「おれもいるぜ」

 やっぱり。

 ゼルガディスの横手から出てきたのは、ゆう武装したトロルたちをつれてあたしたちをおそった、あのおっさんである。今日は屋外とあって、ハウルバードなどをかついでたりする。おそらくこっちが彼本来のものなのだろう。

 あたしは叫んだ。

「いくらなんでも、三対一とはきような!」

「おいおいおいっ!」

 ガウリイはうろたえる。平常心の無いやつだ。──そーいう問題ではないのかもしれないが。

「きのうはわけのわからん術で不覚を取ったが、今日はそうはいかないぜ」

 うーん、真剣に不利。ここはひとつ、逃げるが勝ちを決め込むとするか。

 が。

「どうでもいいさ、いくぜっ!」

 ゼルガディスが動いた。前に突き出した右の手のひらから十本近い数の〝フレアアロー〟が生まれる。

「ちっ!」

 あたしとガウリイはすばやくその場を飛び退いた。

フレアアロー〟は二人の間の地面に突き刺さり、さくれつする。もうもうたる土煙が視界を遮る。

 まずい。離れ離れになってしまった。

 煙の向こうで、金属同士のぶつかりあう高い音が聞こえてくる。どうやらガウリイが敵のだれかとやいばまじえているらしい。

「ガウリイ!」

 叫んだそのとたん。

 白刃がきらめいた。

「とっ!」

 あわてて飛び退すさる。

 あたしはこしの剣を抜いた。

「おまえさんの腕……」

 じよじよに薄れゆく煙の中、ゆっくりとは姿を現わした。

ためさせてもらうぜ!」

「──ゼルガディス!」

「はあっ!」

 ゼルガディスが切りかかる。すかさずそれを剣で受ける。

 ギィン!

 重いっ!

 あやうく剣を取り落しそうになる。

 こいつ、かなりの使い手だ。一撃一撃に十分なパワーとスピードが乗っている。これをいちいちまともに受けていたら腕がたない。

 くやしいが、今のあたしの勝てる相手ではない。

 あたしは逃げを打った。

 身をひるがえし、森のなかにけ込む。

 彼らがねらっているのはあたしの方である。ゼルガディスは必ずついてくるはずだ。森の中で奴をまき、戦闘に復帰、ガウリイのえんをする。

 そのつもりだった。

 が、あたしはまだゼルガディスのことを甘く見ていたのだ。

 あたしの後を追い、ゼルガディスが森の中に入ってくる。──と、そこまでは予定通りだった。が──

 しゆんにして追いつかれていた。

 次のしゆんかん、奴のひざりがあたしのみぞおちに食い込んだ。

 カウンターを取るつもりで振り回した剣がむなしく宙を切る。

 背中から木にたたきつけられる。

 一瞬、呼吸が止まる。

「……女の子は──コホッ、……もっとやさしく扱ってあげなきゃあ……」

 さすがにダウンはしなかったけど、今のはかなりこたえた。

「手荒く扱うつもりは全然なかったんだがな、さえ渡してもらえれば」

 じりじりと後退する。それをゼルガディスは目だけで追う。

 一気に走り出す。ゼルガディスがその後を追う。

 今だっ!

「光よ!」

ライテイング〟を奴にむかって飛ばす。ゼルガディスはまともにその中に突っ込んだ。

「ぐあっ!」

 むろんこれで倒すことなどできはしないが、目くらましには十分である。

 今のあたしはこれくらいのほうなら使えるが、〝フアイアー・ボール〟くらいになってくると煙も立たない。

 そのまま逃げた。はんげきはしない。あたしの剣がやつの岩の皮膚に通じるかどうか、はなはだ疑問だったからである。

 とうとつに森が切れ、小さな湖が広がった。

 ここでは身をかくすこともできない、

 森のなかにもどろうと振り向く。

 ──目前に、ゼルガディスが迫っている。

 しかたがない。

 あたしは湖のほとりをしつそうする。

「逃がすか!」

 ゼルガディスが何かを投げたようだった。

 振り向きもせずに、左に動いてそれをかわす。が──

 体が動かない?

 見ると、さきほどゼルガディスの投げた小さな金属片が、地に落ちたあたしの影に突き刺さっている。

かげしばり〟か!

  アストラルサイド から相手の動きをそくばくする、わざではあるが技術を要する術である。

「なんのっ!」

ライテイング〟を唱え、影のあるほうに光球を打ち出す。

 影が消え、同時にあたしの体も自由を取り戻す。

 しかし、時すでに遅し!

 振り向いたその目の前にゼルガディスがいた。そして──

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