二、悪役は 忘れなくてもやってくる
男は確かに、充分怪しかった。
全身を白いマントと白いローブ、白いフードですっぽりと包み、目の部分だけを出している。
もう一人、付き人がいた。
「ほう……」
自然と表情が変わるのが、自分でもわかった。
さきほどトロルを連れて
二人はゆっくりと
ミイラ男の方は、すこし足を引きずっていた。
ガウリイが後ろ手にドアを閉めた。
ミイラ男はびくり、と体を
白ずくめは
ちょうど部屋の真ん中で立ち止まった二人を、あたしとガウリイがはさむ形になった。
「そのミイラ男の知り合いなの?」
「ミ……」
ミイラ男が
「さきほどはごていねいなご
「すまなかったな。こいつはゾルフって名でね。責任感は強いんだが、その分先走りも多くてな……まあ
「──まあいいわ。その分、値段に上乗せすればいいんだから」
言いながら、この時はじめてあたしは、目の前の白ずくめが人間でないことに気がついた。
部屋の光源は安っぽいランプのみなので今まで気がつかなかったのだが、フードのすきまからのぞく目の回りの皮膚が、岩か何か、それに類する硬質のものでできているようなのだ。
別にさわらせてもらったわけでもないのでそうだと言い切ることはできないが、見た目から
「ちゃっかりしてやがるな……まあいい。商談に入ろう」
「あるものを売ってほしいってぇことだったわね」
「そう。おまえがしばらく前に
「──で、何なの、その〝もの〟って言うのは」
「それは言えん」
あたしは
「言えない?」
「ああ、言えない」
「それじゃあ商売のしようってものがないわね……」
「まあ持て。最初から『こいつが欲しい』と言えば、ふっかけられるかもしれんし、おまえだって
「なるほどね……でもあなた、盗賊の仲間でもなさそうだし……?」
「おれはな、その〝あるもの〟をさがしてたんだ」
白ずくめが言う。
「このゾルフをはじめとして、何人かの部下をあちこちに放ってね。こいつは
「あたしが出てきた、って訳ね」
「そういうことだ」
「しっかし……野盗を利用してものを手に入れ、あげくに持ち逃げしようなんて、セコい了見ね」
「人のことは言えんと思うが……」
コホン。
「──まあ、それで大体の事情は飲み込めたわ。なら
品物は像と剣、そして古いコインが少々。
──あ、宝石は省くわよ。
白ずくめは小さくうなずいた。
「えーっと、じゃあ、まず剣が……」
あたしは次々と値をつけた。
白ずくめが思わず数歩
全く、男って奴は
『言い値で買う』と言ったんだから、たかが相場の百倍やそこら、ポーンと気持ちよく払わんかいっ!
……と、今気がついたのだが、よく考えるとどれもこれも城が丸ごと買えるくらいの値段である。
いやぁ、びっくり。はっはっは。
「相場の二倍や三倍、吹っかけられる覚悟はしていたが……」
やっとのことでしぼり出すように、白ずくめが言う。
「……よく考えたらとんでもないわね。相場の百倍以上なんて。あは、あははは」
「あはは、じゃないぜ……」
白ずくめが、モロに疲れた声を出す。
「そーねえ。今のはあんまりだから──そう、今あたしが言った値の半額でいいわ」
「半額!」
「こっ……この
「
……
むかっ。
(ああ、あたしって気が短い……)
「分割払いとか
「問題外ね。ファイアー・ボールとライティングの区別もつかないような三流
「な……なんだとっ!」
ここに至ってはじめてミイラ男は、さっきのファイアー・ボールがペテンだったことに気がついたらしい。
「
「ゾルフ! よせと言っている!」
白ずくめの
「──なら、これが最後のアイデアなんだが、おれに手を貸さんか? 一年──いや半年後には、おまえがはじめにいった額の二倍、いや三倍でもいい、払ってやろう」
「ふむ」
あたしは腕を組んだ。
「それだけ欲しがってる──ってことはつまり、この
「…………」
白ずくめは答えなかった。ただ、片方の
「あたしとしてはできるだけ、あなたみたいなタイプの人とことを
「──フム」
「──で、これもその〝直感〟っていうやつなんだけど、あなたみたいなタイプとは、死んでも手を組みたくはないわね」
ゾルフが身を乗り出し、あたしに何か言おうとしたようだったが、彼はそれをやめた。
あたしと白ずくめの間に
しかしこの〝気〟の力、やはりこいつ、ただ者ではないようである。
にらみ合いが続いたのは
大きく
「交渉
「ほんと、残念ね」
「約束だからね、今日はおとなしく退くよ。
しかしそれは必ず、力ずくでも
あたしは小さくうなずいた。
男がくるりと背を向ける。
「行くぞ、ゾルフ」
「し……しかし……」
ガウリイが、タイミングよく扉を開く。
ゾルフはしばしためらった後、あわてて白ずくめのあとを追った。
「──そうそう」
戸をくぐったところで立ち止まり、振り向きもせずに白ずくめが言う。
「おれの名はゼルガディスという」
「──覚えておくわ」
ガウリイが、バタン、と音を立てて扉を閉めた。
「──行ったようだな」
ややあってガウリイが言った。
「しかしなんだってお前さん、あんな無茶な値をつけたんだ?」
「──じゃあもしも、あたしがあの連中に、適正な値段でその〝もの〟を売っていたら、あなたあたしをほめてくれた?」
ガウリイは苦笑すると、首を軽く横にふった。
「あー、いー天気ねえ……」
あたしはぺたんと地面に
ぽかぽかぽか。
おひさまがあったかい。
大森林の中を突っ切るかたちで走っているこの
天気はよく、空は青い。
小鳥がさえずり、あたりの空気には──血臭が充満していた。
「ほーんと、いー天気ねー」
「……あのなあ、リナ……」
彼もやはり、地面にへたり込んでいる。
「人にばっか戦わせといて……のほほーんとしてるんじゃないっ……」
あたしはガウリイの後ろに横たわる、
「……あは……ごめんごめん…でも、ちょこっとは戦ったよ……」
「……はじめのほうだけ……ほんの少しな……せめて
「……まー、そーいう事実もあったかもしれない……」
「あったかもしれない、じゃあねえよ……よっ……と……」
彼は剣を杖がわりにして、よろけながらも立ち上がる。
「……もーちょっと休んでたほうがいいわよ……」
言ったが、ガウリイは首を横に振った。
「日が
「…………」
「──リナ」
娘をしかる父親のような
「うーん、もうちょっと。このぽかぽかがあんまり気持いいもんで……」
「いいかげんにしろっ!」
だめっ!
「はうっ!」
たまらずに
「……え?……」
ガウリイが手をはなす。
あたしは
はずかしい話だが、
とぎれた回復
少しずつではあるが、痛みが引いていく。
いつもならこの程度のキズ、もっと早く治せるはずなのだが、今回はやたらと時間がかかる。これはひょっとしたら……
「……リナ?……」
「……ん?……」
あたしはできるだけ平静を
「ケガ……してるのか?」
あたしはちいさく
「……単なる食べすぎよ……」
ガウリイはあたしの正面にやって来ると、向かい合うかたちでその場に
「……何?……」
あたしはまじまじと彼の顔を見つめた。彼もまた、あたしの顔をまじまじと見つめ返す。
「うっ!」
いきなり走った痛みに、あたしは再びうめいた。
ガウリイが
あたしの声に、あわててガウリイは手を引く。
「……お前……」
声がかすれている。
「血だらけじゃあないか……」
「──
やせがまんをした。けどウソではない。痛みは、
「大丈夫って、お前……」
「だいじょうぶだったら……今、
「けど……」
「その、『だいじょうぶかだいじょうぶか』って言われるのがやだから、〝のほほん〟をやってたのよ、あたしは」
「──すまん……」
「……いいけど……もうちょっとしたら回復するから、それまであなたも座って休むといいわ」
「ああ──ああ……」
ガウリイはあたしの前におとなしく
心配してくれるのはうれしいが、こういう目で見られるのはどうも苦手である。
「最初のときにやられたんだな……」
ガウリイが言う。
「……甘く見てたのよ……」
「回復のほうで手一杯だったわけだ……すまん、
「いいんだってば……」
ガウリイは黙った。
時間と風だけが流れていく。
「──
しばらくして沈黙を破ったのは、あたしの方からだった。
「きのうの夜、一人になってから、いろいろと調べてみたのよ」
「──調べる?」
「そう。
「わかったのか」
残念ながら、あたしは首を横に振った。
「あのとき手に入れたのは、オリハルコン製の神像と、魔法で切れ味をよくした大振りのナイフ、それとマニアに見せたら喜びそうな金貨が何枚か。そのどれにも、目印然とした魔法はかけてなかったわ」
「それじゃあ……」
「金貨は問題なく除外ね。どうやったって目印にしようがないもの。で、残るはナイフと像だけど……」
「しかしお前、そんなにしゃべって傷に
「え?──ああ、もう
「ほぼ……って……」
「平気だってば。──で、残る二つなんだけど、ナイフの方は、切れ味をアップさせるためにかけられた魔法──あんまりタチのいいもんじゃないけど、それを目印にすることはできるわ。一方、像のほうは、オリハルコンっていう金属自体が魔法をあるていど封じる力があるの」
「それじゃあ目印にはならんな」
「それがなっちゃうのよ、アストラル・プレーンでの
「──全然」
「──とにかく、これを目印にする、っていうこともできるのよ」
「じゃあとにかく、
「そこなのよ。あたしが悩んでいるのは。オリハルコンは金よりもはるかに貴重だし、ナイフにほどこしてある
「奴ら、『半年で三倍にして』、とか言ってたな、確か。と言うことは当然、奴らにとってそれ以上の価値があるもの、ってことになるが──例えば、それに何らかの方法で、どでかい宝のありかを示すものが隠されている、とか」
おとぎ話じみた説ではあったが、ありえないことではない。
「あるいは何かの〝
あたしは言った。
「カギ?」
ガウリイがいぶかしげな顔をする。
「魔法の応用でね。そういうこともできるの。
「じゃあ〝カギ〟自体は、なんら魔力を持っていなくてもいいわけだ」
「そういうこと」
「なら、その像かナイフかをどこかでどうにかすれば──」
「何かがどうにかなる……かもしれない、ってことね」
「……結局、いっこも
「手掛かりが少なすぎるからね……よっ、と……」
あたしは何とか立ち上がった。まだ少し足もとがおぼつかないが、歩けない程でもない。
「おいおい……」
「平気よ、もう。少し疲れたけど。まあこればかりはどうしようもないわね」
やれやれ、といった表情でガウリイは立ち上がり──
「きゃっ!」
いきなり抱き上げられて、あたしは思わず声を上げる。
「ち……ちょっと! 何するのよっ!」
顔が赤らむのが、自分でも分かった。
「しばらく運んでやるよ。歩くのはちょっと
「平気だってば! それにあなただってつかれてるんでしょ」
「ばあちゃんの
ガウリイはウインクを一つした。
足音がした。
気のせいではない。
あたしが宿で
疲れてはいたが、いろいろと考えることもあり、なかなか寝つかれなかったのである。
どうやらそれが幸いしたようである。
遅くまで飲んだくれていたおっさんがようやっと
複数の人間が、できるかぎり足音を忍ばせて歩いている──そういった音だ。
あたしはベッドに身を起こした。
別に、その音の主があたしを
足音は少しずつ近づいてくる。
ベッドのそばにかけておいたマントをはおる。こういったときの用心のため、マントを脱いだだけの姿で眠っていたのだ。
あたしは静かに動いた。
しばらくして足音はあたしの部屋の前でピタリ、と止まった。
思った通りである。
突然、ドアが
人影がいくつか、部屋の中になだれ込んでくる。
眠り込んでいるはずのあたしの姿がベッドの上にないことを知り、
「──どこだ!」
一人が叫ぶ。
「ここよ」
──とか言いたかったのだが、やっぱりやめることにした。
そのかわり、その場にスックと立ち上がる。
あまりかっこうのいい話ではないが、今までドアの横にちょこん、と座っていたのだ。
しかし、ただ座っていたわけではない。やるべきことはやっている。
胸元で合わせた両のてのひらを左右にひろげる。
その間の空間に、輝く光の玉が出現した。
ライティングなどではない。こんどこそ
慌てて人影が振り向く。しかしもう遅い。
あたしはファイアー・ボールを部屋のなかにほうり込むと、ドアをしめて通路に出た。
むろん通路に刺客がいないことは、確認の上で、である。
密室でさく
ゴウン!
かなりハデな音がした。
あたしのファイアー・ボールは、絶好調の時なら、
が──
「なんだっ! どうしたっ!」
すぐにガウリイが
「
状況説明は一言で十分だった。
「やったのか?」
「わからないわ!」
あたしは正直に答えた。もしこれが
案の定──
あたしが言ったその
「ちっ!」
すかさずガウリイが剣を抜いて切りつける。あっというまに一人が倒れる。
見ると相手は、剣と簡単なヨロイとで武装をしたトロル達である。
こりはまずい。
ガウリイが二人目に切りかかる。が──
そいつは体のあちこちから煙を上げながらも、自分の剣でその
ふつう、なかなかできることではない。
かなりの
「小娘の仲間か、若いの」
こいつは人間だった。がっしりした体格の中年男である。
「なかなかやるね、おっさん」
「なーに、年の
二人が同時に飛び
ガウリイが最初に切り倒したトロルが、ゆっくりと起き上がってくる。
さすがケタ外れの再生力──などと感心している場合ではない。
ガウリイがおっさんとチャンバラをやっている間は、必然的にあたしがトロル達の面倒を見なければならなくなる。ガウリイのウデはたしかだが、おっさんもなかなかの使い手である。片手間にトロルの相手をしてはいられない。
しかし今のあたしに、武装したトロル達を倒すだけの力はない。
あたしの魔力は今、
本来ならガウリイが
しかし事実、
魔力で
かといって、あたしの剣技でトロル達を
ガウリイほどではないにしろ、剣技にある程度の自信はあったが、あくまでそれは人間相手での話である。前にも述べたように、トロルを剣で倒すには
しかしあたしの剣には、
──となれば、何とかだましだましやっていくよりほかはない。
あくまでも主戦力はガウリイとし、あたしはセコい
宿の細い
──ま、せいぜいこんなところか。
しんどいなァ……
けど、やるっきゃない!
「さーてそれじゃあ……」
人がヤル気をおこしたそのとたん。
トロル達の動きがピタリ、と止まった。
見ると、ガウリイの対戦相手のおっさんもぼーっとつっ立っている。どちらも
〝
それほど
普通の〝傀儡〟の術は一人の相手に対して、それもある程度の時間と道具とを使って行なうものである。これだけの数の相手を、しかも
おそらくオリジナルに開発した集団用の魔法なのだろうが──今度ヒマがあったらあたしも研究してみよう。
「どうしたってんだ? こいつら」
ガウリイが言う。
「ちょっとした術をね……」
答えたのはあたしではなかった。
「どちらに
一人の
いつのまにやって来たのか、トロル達の向こう側──出口に近いほうに、静かに
しかし、特筆すべきはその服装──
確かに僧侶の服装なのではあるが、全てが赤い色で統一されているのだ。普通
ところが、この男の服の色といったら。
まるで血そのもので
「ありがとうございます。助かりました。
──あなたは?」
「いえ──ただ同じ宿の
「──お前みたいな性格してるな」
茶々をいれるガウリイをあたしは
「では、他の泊り客たちに〝
男は、ほう、といった顔をする。
「わかりましたか」
なめてもらっては困る。
「これだけドタバタやっても
「無関係の人間に大勢出てこられて
「ならあなたは、この件に何の
「──見たところあの連中、ゼルガディスの手のもののようですが……」
「あいつを知っているの?」
「知っていますとも」
僧侶はうなずいた。
「あなたの持っているあるものをつかって、
さあ、とんでもないことになってきた。
「──何だ? その、しゃ、しゃら……何とかっていうのは……」
ガウリイが言う。
「後で説明したげる」
と、冷たくあたし。
「本当なの? それは」
「まず
「何でそんなバカなことを………」
「そこまでは……けれど確かなのは、彼は、あなたたちと私の共通の敵である、ということです」
うーむ。
「共通の敵──とかいきなり言われても……そもそもなんであなたは、あいつを敵に回したの?」
「私も
「──ふむ──」
あたしは腕を組んだ、ガウリイはすることもなく、ただぼーっとつっ立っている。
「つまり、あたしたちに、『
「いえいえ、とんでもない」
僧侶は
「察するにあなたがたは、そうとは知らずに魔王を
「まあ、ね」
「私が〝鍵〟をあずかりましょう。それであなたたちも、つまらぬごたごたに巻き込まれなくなります」
「──それよりも、その〝鍵〟とやらを
「いけません! そんなこと!」
僧侶が
「それこそが魔王を復活させる手段なのですよ」
「──けど、もしもこれをあなたに渡せば、あなたはたった一人でやつらと戦うことになるわ」
「ご心配なく。確かに彼らは
……レゾ?
「!──ひょっとしてあなた、
あたしはようやっと、この
「──そんなふうに呼ばれることもありますね」
彼は苦笑した。
赤法師レゾ──常に赤い
僧侶の
彼の欠点は二つだけ。生まれつき、その両の目が見えないということ。そしてもう一つ。名前がまるで
彼の名は、五歳の子供でも知っている。
後ろからマントが引っ
「……有名人なのか?」
……この男はーっ……
「後で説明したげるっ!」
気を取り直して
「──では、あたしたちも
「……え……」
「そうと聞いて、〝はい、そうですか、あとはよろしく〟などというわけにもいきませんし」
「──お心
「いえ、貴方の力を信じないわけではないのですが、万が一にでも魔王が復活しようものなら、それこそ人ごとではなくなってしまいます。力不足は重々承知のうえではございますが、少しでも法師様のお役に立ちたいのです」
法師は困ったような顔をした。
「……しかし……」
「ご心配には及びません。この私にも少しは
法師は大きく息をついた。
「──わかりました。そこまで言われてはしかたがありません」
「──では!」
「共に戦いましょう」
「はいっ!」
ガウリイがまたもや後ろからマントをちょいちょい、と引っ
「──では、〝
法師が言う。あたしは静かに首を横に振った。
赤法師はけげんそうな顔をする。
「やつらはあなたと私達が手を結んだことを知りません。そこであたしたちが
「しかし……それではあなたたちが危険です。囮になら私が……」
「いえ、あなたが〝
「そうではありますが──」
「
──とまで言われて、『いや、しかし──』と言う人間はまずいない。──ガウリイあたりなら言いそうな気もするが。
「──わかりました。それでは〝鍵〟はあなたに預けておきます」
言うと、法師はあたしの
一体何を──
法師の口から低い
〝
しばらくして、呪文は
「さて、それでは私は自分の部屋に
言うと、そのまますたすたと歩み去っていく。
「……何ともなっちゃあいないぜ、部屋の中は」
部屋を
「一体何をやったっていうんだ、あのおっさんは……」
「どれどれ?」
あたしも部屋を覗き込み──
げっ!
絶句した。
確かにガウリイの言う通り、部屋は何ともなっていなかった。すこし乱れたベッド、白い安物のカーテン。
何一つ変わってはいなかった。あたしがファイアー・ボールを投げ込む前と。
部屋のなかが黒コゲのままなら、明日、いやでも宿のおやじさんにとやかく言われることになる。どうしようかと悩んではいたのだが……しかし、どうやったらこんな
「……とんでもない
「え? 何が飛んでもないんだ?」
「いーの、明日ゆっくり話してあげる。とりあえず今日はもう眠るわよ。睡眠不足は美容と健康の敵なんだから」
言うとあたしは自分の
「……おーい、
ガウリイが声をかけてくる。
「ここはオレの部屋だぜーい」
「知ってるわよ」
「…………」
「あたしの部屋に
「けど、この部屋にいたって……」
「一人より二人のほうが心強いでしょ」
「──わかった。ならベッドで眠れよ。オレが
「そんなことできないわよ。あたしの方が押しかけたんだから」
「──はいはい」
説得はムダと知ってか、ガウリイは部屋の反対側のゆかにゴロン、と横になる。
「……何でベッドで寝ないの?」
こんどはあたしが尋ねた。
「ばか。女の子を床で寝かせといて、男のほうがベッドでぬくぬく眠れるもんか」
あたしは苦笑した。
「お好きにどうぞ。──おやすみなさい。ガウリイ」
「おやすみ、お
──この、あたしを子供扱いするのさえなければ、ほんっといい人なんだけどなぁ……
「あなたほんっとうに〝
──数日前から同じような森の中ばかりを歩いている。いいかげん、この木ばかりしか見えない風景にも
「んー……」
ガウリイはしばし考え込む。
「やっぱ知らない」
シャブラニグドゥの伝説は割と有名で、
あたしはためいきをついた。
「──わかったわ。一から話したげる。まあ、〝むかしばなし〟でも聞くようなつもりで聞いてて」
「ほいほい」
ためいきをもう一つ。……話しても解るんだろーか、この男に。
「──この世のなかには、あたしたちが住んでるこの世界とは別に、いくつもの世界が存在しているのよ。そのすべての世界は、遠い遠い昔、何者かの手によって〝
と、地面を指さしてやる。
──この説は魔道士仲間での通説となっているが、あたしはこれに
「そのそれぞれの世界をめぐって、はるかな昔から戦い続けている二つの存在があるの。
一つは〝神々〟もう一つは〝
〝神々〟は世界を守ろうとするもの。〝魔族〟は世界を
ある世界では〝神々〟が勝利をおさめ、平和な世界が築かれ、ある世界では〝魔族〟が勝利をおさめ、その世界は滅び去った。そしてまたある世界では、戦いは今もなお続いている。
──あたしたちの住んでいるこの地では、〝
「──神様が勝った、ってわけだ」
あたしは首を振った。
「封じ込めただけよ。
「……けど、体を七つに引き
「それくらいで死ぬようじゃあ魔王とは言えないわよ。……一応魔王を封じ込めはしたものの、さしもの
「無責任な……」
「ご心配なく。万が一の魔王の復活を恐れ、竜神は力尽きる寸前に、地竜王、空竜王、火竜王、水竜王の四体の分身を作り上げ、それぞれにこの世界の東西南北を任せたのよ。それが今から、およそ五千年まえのことだと言われているわ。
──そして、いまから千年前。竜神の恐れていたことが現実のものとなったわ。
七つに分かたれた魔王シャブラニグドゥの一つが復活したのよ、魔王は一人の人間にとりついてその肉体と精神を乗っ取り、
魔王は北を治める水竜王に
「……不毛な戦いじゃ……」
「二人の力が
──とにかくそんなわけで、それまで平和を保っていたこの世界のバランスが
「ふぅーん……」
ガウリイはすなおに感心した。
──ま、この世界観が正しいかどうかは別としても、
そして、はるか北の地に、別の──あるいはそれと同質の〝何か〟があることは。
「──ということは、あの、ゼ……なんとかいう白ずくめのやろうとしている事っていうのは、七つに切り
「そういうことになるわね。──
「──そう言えば──」
ガウリイが声を低めて言う。お得意の〝あたしにようやく聞こえるか聞こえないか〟というやつである。
「敬語こそ使ってたものの、お前さん、レゾの
鋭いことを言う。
「へええ。見るところはちゃんと見てるのね……」
と、あたしも小声で。
「彼が本物のレゾだっていう保証はどこにもないわ。ほとんど伝説に近い人物だし、実物をここ十年ほどの間に見たっていう人はいないし」
「レゾの名をかたってオレ達に近づこうとしている、〝
「そういうこと」
「しかし、そう考えると、よくオレのことを信用したな」
「信用してないかもしれないわよ」
いたずらっぽくあたしは言う。
「……こいつぁ手きびしいな……」
「
「ありがとよ、
言うとガウリイは、いい子いい子、とばかりにあたしの頭をなでなでしてくれる。
──ほら、またぁ!
「子供扱いしないでってばぁ!」
とは言うものの、子供扱いされるのに
「お前、そう言うけど、一体歳はいくつなんだ?」
「二十五」
「!」
ガウリイが硬直する。
「──冗談よ。でも実際、もう十五なんだから」
「……あー、びっくりした。……そーだろ、そーでなくっちゃ。……まだ十五。──やっぱり十分子供じゃないか」
「もう十五っ! 大人……だとは言わないけれど、もう子供じゃないわ」
「
「わけのわからんことを……そうそう、これを言うのを忘れるところだった」
と、あたしは、いつの間にやら普通のトーンに
「ここ数日、あたしは
「魔法が──使えない?」
かなり驚いたようではあったが、さすがにそれで大声を出したりはしない。
あたしはこっくりとうなずいた。
「フム……」
ガウリイは、考え込むかのように言った。
「……あの日か……」
…………
「ちょっ、ちょっと、ガウリイ!」
あたしは真っ赤になった。
「ん?」
〝どーかしたのか?〟といったふうに、平然と彼があたしの方に目をやる。
逆にあたしの方が、思わず目をそらせてしまう。
「な……なんで知ってんのよ。〝あの日〟とか何とか……」
女のからだが子供を産むことができるように造られている以上、月に一度、ちょっと苦しまなければならない時というのがやって来る。それに前後する二、三日の間、女の
それの間だけ処女性を失い、
あたしも
いや、そんなことはどうでもよろしい。
問題は、なぜ、オーガの体力とスライムの知力を兼ね備えたガウリイが(我ながら的確な表現だと思ふ)、『魔法が使えない=あの日』などという公式を知っていたか、ということである。
「……別にたいしたことじゃねーよ」
ガウリイが言う。
「ガキの
「……あのなあ……」
明らかにあたしをからかって喜んでいる。
……この男はーっ!
「──とまあ、
「ちとシリアスをやらなくちゃならないみたいだぜ、お嬢ちゃん」
あたしも足を止める。
向かって右側に
まっすぐ伸びる
──が。
その
そして手にしたブロード・ソード。
あたしには
彼が一体
「ほう……」
ガウリイが言う。
「とうとうしびれを切らせ、
おい。
「それを言うならゼルディガスでしょ」
ガウリイの
「ゼルガディスだ」
本人が再度訂正する。
「…………」
「…………」
ああっ! 空気が白いっ!
せっかくのシリアスな空気がっ!
なんとかフォローしなければっ!
「……ゼルガディスって言ったもん! あたしは!」
「オ、オレだって……」
ガウリイも負けじと言う。
「……おれの名前などどうでもいい」
うんざりしながらご当人が言う。
「それよりも、例のものを渡してもらいたいのだが。もしどうあってもいやだと言うのであれば、それはそれで仕方がない。おれがこの手で直接に
────?
あたしとガウリイは、しばし顔を見合わせ──
「──ああ」
二人同時に、ポン、と手を打つ。
「あたしは〝リナ〟よ」
あたしは言った。
「……は?……」
ゼルガディスが、
「リ、ナ。ゾルフとかって人に言ったのは、でまかせの名前よ」
「…………」
どうリアクションしてよいかわからず、ゼルガディスは立ち尽くす。
とりあえず、相手の気勢を
──作戦と言うより、半分以上が〝地〟である、という説もあるかもしれないが、それは
さて、このスキに………
「名前なんぞどうでもいいのさ」
声は別の所からした。
後ろだ。
あたしは声の方に目をやった。
いたのは一人の
正確に言うならば、トロルと
顔はほとんど狼、体型は人間で、ナンセンスにレザー・アーマーなんぞを着込み(笑)、大振りの
「要はこの女から神像をいただけば、それで終わりだろ、ゼルの親分よ」
「ディルギアっ!」
ゼルガディスの
「……そういや、こいつらにはまだ、モノが何か言ってなかった──ってことだったな。──まあしかし、どちらにしても同じ事だろうが。こいつらはここで死ぬんだし」
「勝手なことを言ってくれるわね」
あたしはずいっ、と一歩前に出る。
「あなたがどれほどのものか知らないけど、はっきし言って敵じゃあないわね」
「ほほぅ……」
獣人はすうっと目を細める。
「大きいことを言うお
ではその力、見せてもらおうか!」
「いいわよ。──けど二対二じゃああっさり勝負が着いて面白くないわ。こっちは一人で充分よ。──さあ行って、ガウリイ!」
「どぇええええ!?」
おおげさな声を上げてあたしを見る。
「ちょっとちょっと嬢ちゃん……」
「何よ?」
「おっと、お二人さん、何ももめることはないぜ」
別の声がした。聞いたことのある声だ。
「おれもいるぜ」
やっぱり。
ゼルガディスの横手から出てきたのは、
あたしは叫んだ。
「いくらなんでも、三対一とは
「おいおいおいっ!」
ガウリイはうろたえる。平常心の無い
「きのうはわけのわからん術で不覚を取ったが、今日はそうはいかないぜ」
うーん、真剣に不利。ここはひとつ、逃げるが勝ちを決め込むとするか。
が。
「どうでもいいさ、いくぜっ!」
ゼルガディスが動いた。前に突き出した右の手のひらから十本近い数の〝
「ちっ!」
あたしとガウリイはすばやくその場を飛び退いた。
〝
まずい。離れ離れになってしまった。
煙の向こうで、金属同士のぶつかりあう高い音が聞こえてくる。どうやらガウリイが敵の
「ガウリイ!」
叫んだそのとたん。
白刃がきらめいた。
「とっ!」
あわてて飛び
あたしは
「おまえさんの腕……」
「
「──ゼルガディス!」
「はあっ!」
ゼルガディスが切りかかる。すかさずそれを剣で受ける。
ギィン!
重いっ!
あやうく剣を取り落しそうになる。
こいつ、かなりの使い手だ。一撃一撃に十分なパワーとスピードが乗っている。これをいちいちまともに受けていたら腕が
くやしいが、今のあたしの勝てる相手ではない。
あたしは逃げを打った。
身を
彼らが
そのつもりだった。
が、あたしはまだゼルガディスのことを甘く見ていたのだ。
あたしの後を追い、ゼルガディスが森の中に入ってくる。──と、そこまでは予定通りだった。が──
次の
カウンターを取るつもりで振り回した剣が
背中から木に
一瞬、呼吸が止まる。
「……女の子は──コホッ、……もっとやさしく扱ってあげなきゃあ……」
さすがにダウンはしなかったけど、今のはかなりこたえた。
「手荒く扱うつもりは全然なかったんだがな、あれさえ渡してもらえれば」
じりじりと後退する。それをゼルガディスは目だけで追う。
一気に走り出す。ゼルガディスがその後を追う。
今だっ!
「光よ!」
〝
「ぐあっ!」
むろんこれで倒すことなどできはしないが、目くらましには十分である。
今のあたしはこれくらいの
そのまま逃げた。
ここでは身を
森のなかに
──目前に、ゼルガディスが迫っている。
しかたがない。
あたしは湖のほとりを
「逃がすか!」
ゼルガディスが何かを投げたようだった。
振り向きもせずに、左に動いてそれをかわす。が──
体が動かない?
見ると、さきほどゼルガディスの投げた小さな金属片が、地に落ちたあたしの影に突き刺さっている。
〝
「なんのっ!」
〝
影が消え、同時にあたしの体も自由を取り戻す。
しかし、時すでに遅し!
振り向いたその目の前にゼルガディスがいた。そして──
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