スレイヤーズ
神坂一
スレイヤーズ1
一、気をつけよう 野盗いびりと夜の宿
あたしは追われていた。
……いや、だからどーしたといわれると、とても困るんですけど……
確かにこんなことは、世間様一般でもさして珍しいことではないわけだし、あたしにしてみればそれこそ日常
しかしそこはそれ、話には筋道とか盛り上がりとかゆーものがあるのだから、ま、仕方がないとでも思っていただきたい。
それはまーとにかく、
このところこれといった事件──平たく言うと〝しごと〟がなく
それがいけなかった。
ほんっとに、
それをしつこくしつこくしつこくしつこく追いかけてきているのだ、
……心の狭い奴。
もっとも、心の広い奴が
まあ、『すぐ後ろに
ああ、
……あたしのことよっ。あたしのっ!
──と。
とりとめのないことを考えていたあたしの足が、ふと止まる。
見た目には何ら先程までと変わりはない。
が──
鳥たちの声が
──
どうやら敵は、地の利を生かして先回りをしていたらしい。
何か声でもかけてやろうかとも思ったが、あまり気のきいたセリフも思いつかなかったので、とりあえずだんまりをきめこむ。
立ち止まって待った。
『つけられてるのはわかってるわよ』という意思表示である。
森の中の一本道といっても、そこそこの広さはある。切ったはったをするには十分なスペースだ。これが、へたに道幅の
ほんの少しして、一人の男が森のなかから道に出てくる。あたしの行く手をさえぎる形で。
「やっと追いついたぜ、
頭から
上半身
チャーム・ポイントは
「よくもさんざ
あたしはうんざりした。
まーたいがい、このテの
それにしても、もう少しパターンから離れたものいいはできないのだろうか。
「……このオトシマエはきっちりとつけさせてもらうぜ」
あのなあ……おっちゃん……
「と──言いたいところだが──」
男はニヤリと、すこぶる
「正直いって、あんたとはやりあいたくねぇ。まともにやったら、こっちもかなり痛ぇ目を見ることになりそうだしな。──なかなかどうして、大したタマだよ、お前さん。
──いやいや、ほめてるんだよ。あの手口、まるきし
──まー、そーゆーこともあったかもしれない。
いーじゃないか。『悪人に人権はない』というのがあたしのモットーなんだから。
「
とんでもないことを言い出した。
あたしは曲がったことが大嫌いなのだ。
……本当だってば。
「お宝を返してくれて、俺達の仲間になるっていうのなら、死んじまったお頭や仲間たちのことは水に流してやってもいいんだぜ。
──なあに、そう
ねちっとした笑いを浮かべる。
ははあ。
そういうことなのだ。
つまりこの男は、つい先日まではNo.2だったらしい。
ところが、先日あたしが起こした事件で、
で、
あたしの力と体とが。
しかしあいにく、あたしは
それに第一、こーいう盗賊然たる
やっぱり──
男は白馬の王子様に限るっ!
──まあ、それは
「返事は早いほうがいいぜ。こんなところでそうそうウロウロしていてもらちがあかねぇしな。新しい寝ぐらもみつくろわなくっちゃなんねぇ」
男は、えらく
あたしにプレッシャーを感じているのだ。
こっちはいままで
あたしの
一方的なおしゃべりが続く。
あたしはただ、
男がだんだんじれてくるのが手に取るようにわかる。
とことんまでしゃべらせておいて。
「……な、どうだ、おい?」
「断わる」
一言で突っぱねた。
不自然ではない程度に、できるだけ低い声で、きっぱりと。
「な……」
男がぱっくりと、大きく口を開けた。
見る間に顔色が変わっていく。
「……こっ!………」
男は、やっとのことで言葉を
「このアマぁ……
号令一下、森のなかから男たちが、あたしを取り
「少ないわね」
あたしは正直に感想を述べた。
男が、ユカイなくらいあからさまに動揺してくれる。あたしがこの人数をみて動じないのにビビったのだろう。
「──ハ、ハン! もちろんこれだけじゃあねえぜ。森の中じゃあ
見え見えの
剣士にして魔道士たるこのあたしに、それしきのことが判らない道理がなかった。
自慢!
するとやっぱり、実力でケリをつけさせてもらうことになるが──
と、そのとき。
「それぐらいにしておくんだな」
声がした。
皆がそちらに目をやった。
一人の男が立っている。
旅の
抜き放った
アイアン・サーペントのウロコとおぼしきもので作った黒光りする
淡い
「こそ
しゃあしゃあと言った。
「やかましいっ! いきなりでてきやがって! てめえ一体なにもんだっ!」
「きさまらに名乗る名前はないっ!」
……これこれ、そこのきみ。
目を点にしないよーに。
事実なんだから仕方がない。あたしも苦虫を
よくいるのだ。こーゆーのが。
「しゃらくせえっ! ならてめえから片づけてやるっ! やっちまえっ、野郎ども!」
「おうっ!」
かくしてパターン通り、チャンバラが始まった。
男に加勢しようかとも思ったが、そこはそれ、男の顔というものは立ててやらなくちゃあならない。
そこであたしはヒロイン役に
……ほんっと、楽だわ、こりゃ。
わめく方に一生懸命になっていたので、何がどうしてどうなったのかよく分からなかったが、とにかく決着はあっさりとついた。
もちろん、男の勝ちである。
「
男はあたしのほうに向き直り、そして──しばし絶句した。
はっきり言って自慢以外のなんでもないが、こう見えても
大きくつぶらな
愛らしい顔立ち。
いかにも男の保護欲をそそりそうな、
男が大きく
小さく
「……なんだ……子供か……」
ぐさっ!
……あたしは少しだけ傷ついた。
男はなおも呟き続ける。
「──こういういい場面なんだから、もーちょっといい女だと思ったんだが……せっかくコナかけようと思って体
ざくっ!
……そりゃーあたしは同じ年ごろの女の子たちより、やや背は低いし、まー、胸もやや小ぶりであることは認めよう。たしかに年よりも若く見られることはあるが……
……くそー……人がいちばん気にしていることを……
本人は聞こえないように呟いているつもりなのかもしれないが、いかんせんあたしの耳は、普通の人と比べると、すこぶる性能がよくできている。エルフ並みだといわれたことさえあるのだ。
──まーしかし、少なくとも形のうえではあたしは助けられたことになるわけだから、とりあえず礼は言わなくてはならない。
「ど……どぉもほんとにありがとうございました」
あたしは、かなり引きつった笑みを浮かべながら言った。
「いや、あらたまって礼を言われるほどのことでもないさ」
小さく笑う。
「それよりケガはないかい、お
お嬢ちゃん、と来たもんだ。
「女の子の独り歩きは危ないな。それともお父さんか
むかっ。
「──いえ、まあ、ひとりですけど」
ぴくぴくぴく。
「そいつぁぶっそうだなぁ……よし、じゃあお兄さんが家まで送ってってやろう」
あ……あ……あ……あのなあっ!
「──で、おうちはどっちだい?」
むかむかむかっ。
「──いや──あの──あたしはひとり旅をしてましてぇ、別に何かのアテがあるわけでもないんですけど……アトラス・シティにでもとりあえず行ってみようかな、なんて思ってるんですけど……」
「そうかー、うん。そうだったのかー。いや、たいへんだねぇ、きみも」
「……へ?」
「いや、わかってるわかってる。色々とあったんだろう。色々とね」
「……いえ、あたしは……」
「あーっ。何も言わなくてもいい。解っているんだから」
うーむ。
ともすれば吹き出しそうになるムカムカを
「いや、あたしはただ単に、世の中をいろいろとあちこち見て回りたくて……」
事実を言った。
「いいんだよ、
子供をさとすように言う。……だめだ、こりゃ。
「──そうか、よし、それじゃあオレがアトラス・シティまでついていってやろう」
おいおいおいっ!
「い……いえ、そこまでしていただくわけには……」
アトラス・シティまでは約十日。
こんなムカムカくるにーちゃんと四六時中顔を突き合わせていたら、アトラス・シティに着くまでに、ストレスで胃袋が
「いや。オレにはわかる。君には友達が必要なんだ」
決めつけるなっつーの。
「いえ──でも──」
ふたりのお話し合いは、
結局。
しばらくの後、あたしたち二人は、並んで
──説得されてしまった。
あたしは頭が痛かった。
「──と。そういえば、自己紹介がまだだったな。オレはガウリイ。見てのとおり、旅の
あたしは
「──あたしはリナ。ただの旅人よ」
すなおに本名を名乗った。ただの旅人というのが
しかしガウリイは、それをあえて突っ込んで尋ねようとはしない。
たぶん、何かの事情があって嘘をついている、とでも思っているのだろう。
これなのだ。あたしが同行を説得されてしまった理由は。
彼は、いい人なのだ。
つまり善人なのである。
もしもこれが、あたしに対する何らかの下心をもって『
しかしガウリイは、どうやら真剣にあたしのことを心配してくれているらしいのだ。
で、断われなかったのである。彼の申し出を。……しかし……
「──しかし──」
彼が小さくつぶやいた。あたしには聞こえていないつもりのようだ。
「──アトラス・シティまで子供のおもりか……色気のある話じゃあないけど、ま、いいか」
しかしやっぱり、ムカムカ来る
一人になってはじめて、あたしはようやく一息ついた。
その日の夜、宿屋でのことである。
途中の
さして広くもない板張りの部屋にベッドとテーブルが一つずつ、テーブルの上の
部屋に入るなり、ドアに掛け金を掛け、マントをはずす。
マントがじゃらり、と床に落ちる。
──いやー、しんどかったのなんの。
あたしはマントの裏に鈴なりになっている、
なにかとごたごたしていたので、今日まで整理もせずに、袋のなかにほうりっこみぱなしにしていたのだ。
あまりかさばらず、価値のありそうなものを、なるべく
ひろげたマントの上にぺたん、と
とりあえず口のなかで小さく
ゆっくりと開いた両手の間に生まれた光の球を、
『
品定めをするのに、
わりと大粒の宝石が二~三百個。キズものもあるので、これは後で整理することにする。
オリハルコン製の神像が一つ。これはかなりの値打ちものである。
大振りのナイフがいっちょう。俗に言う『
「──こーゆーのをむやみに使うと、
五百年ほど前にほろびたレティディス公国の公用金貨が十数枚。
あたしは思わず口笛を吹く。
「らっき♡こりゃあマニアに高くで売れるわ……」
──今回の
たいした稼ぎにはならなかったが、まあ、あの程度の
ただし、『たいした稼ぎではない』といっても、それはあくまでもあたしの感覚でモノを言って、の話である。これらを皆捨て値でさばいたとしても、人一人が
ぜいたくと言うなかれ。
「さて──と、それじゃあ……」
あたしは宝石の整理に取りかかった。
種類ごとに分け、それをさらに傷物と無傷のものとに分ける。無傷のものはそのままさばいてもいいが、傷物はかなり安く買い
あたしは自分の荷物のなかから、いくつかの品物を取り出した。
子供のにぎりこぶし程の大きさをした
球のなかの印が、窓のほうを向く。
「ふむふむ。あっちが北──ね」
中心に
大きさは
──さきほどから『──のような』というのを連発しているが、道具の材質とか、
木製の小さな版に、ある方法で作ったインクをつけ、別の小さな紙に、小さな
〝火〟の呪文を口の中で唱えると、小さな紙がポッと炎を上げ、
「──まずは成功ね」
あたしは床の上の宝石を
ルビーの中に、小さな魔法陣が見える。
今の術で、紙に押された魔法陣をルビーの中に
次に同じ種類の宝石の、傷物のほうを左手に軽く握る。
魔法陣を封じた宝石のうえに手をかざし、〝風〟の呪文を唱える。
手のなかの宝石が、まるで、
同じ作業を幾度か繰り返し、傷物のルビーを
「──さて──」
〝地〟の呪文、〝水〟の呪文を、あるパターンで組み合わせながら唱える。かざしたてのひらが
掌をゆっくりとどける。
山だったものが、ダンゴ状になっていた。
大成功。あとは待つだけである。
やがて、その中に魔法陣を封じた、大人の
「よーし、いっちょう上がり」
あたしは同じ
こうすれば、〝魔法の品〟として、かなりの値でさばけるのである。
そのままペンダントなどに組み込んでも簡単な
あたしのペンダントやバンダナ、
オシャレでゴージャス、実用的。
今、中流以上のご家庭で流行中。
……あああああっ! 思わず広告してしまった!!
いや 、つい、生家が商売をやっていたもんで……
がんばれリナ! アトラス・シティまであと九日!
──というわけで、翌日の昼である。
ふたりは並んで
いい天気である。
どこか近くを川が流れてでもいるのだろう。水のせせらぎが小さく聞こえる。
風の優しい
木もれ
そんな午後だった。
あたしは小さくつぶやいた。
「……おなかすいたなぁ……」
これっ! 石を投げるんじゃあないっ!
すいちゃったものはしかたがないじゃあないのっ!
朝に出た
その間、
「……それは言わない約束だぜ、お
ガウリイが疲れ果てた様子で言う。こちらを振り向こうともしない。
──せめてその『お嬢ちゃん』っていうのだけは、やめてほしいんだけど……
「男には、我慢しなくちゃあならない時っていうのがあるんだ」
「あたし、男じゃないもん」
即座に切り返す。
ガウリイは
「──女でも。我慢するべきときには、我慢しなくちゃあならないんだぞ」
「じゃあ──あてもない旅の
彼が足を止めた。
しばしの沈黙。二人で見つめあう。
水のせせらぎだけが聞こえている。
結局お昼はお魚釣りをすることになった。
川は、
水泳くらいはできそうな大きさの川で、水はきれいに澄んでいる。川岸は砂地の部分が
「おっさかっなさん♡おっさかっなさん♡」
唄いながらそこいらに落ちている適当な木の枝を拾い、荷物のなかから小さな釣り
「完成!」
これで釣り道具一式のできあがりである。
「生活力あるなー、おまえ」
ガウリイが横で、何やらしきりと感心している。
「はい、持ってて」
釣り
釣り針に引っ掛け、
さらさらさらさら
──うーん。
シカケを引き上げ、もう一度、えいっ!
さらさらさらさら……
(中略)
それでもなんとか、しばらくののちには、あたしは何匹かの魚を釣り上げていた。
ガウリイがおこしておいたたき火で、その場で塩をふって焼いて食べる。
うーん、べりーていすてぃ!
はっきり言ってあたしは、そこいらへんのヘタな料理屋のメシよりもこっちのほうが好きなのだ。小さめの魚なら、頭から丸かじりである。
「……お前、よくやるねぇ丸かじりなんて……」
信じられん、と言わんばかりの
「なーんともったいない」
あたしは
「頭まで、とは言わないけれど、せめてはらわたくらいは食べなさいよ」
「げー、やだよ、オレ。はらわた食うなんて……」
「
あたしは二匹目の魚に手をのばし、はらわたの部分にかぶりついて見せる。
「けど──はらわたって
げっそりした調子で言う。
「あたりまえでしょーが」
「……お前さんがさっきつかまえた虫が入ってるんだぜ……そこ……」
ぶっ!!
おもわず吹いてしまった。あ……あのなあ……
「そ……そりゃあそうだけどォ……」
「そーだろ」
「そーだけど……」
なにも食べてるその時に言わなくてもいーじゃないかっ!
ぶちぶちぶち。
などと言いつつ思いつつ、二人は釣り上げた魚をあっさりと片付けた。
食べた数は彼のほうが多い。念のため。
「うーん、もうちょっとほしいな……」
「そーねえ、もーちょっと釣ろうか」
よっこらしょっ、と立ち上がり、たき火のそばを離れ、ほうり出してあった釣り
その手が
「──ゴブリンだよ──」
何気ない様子で、ボソリとガウリイが言った。あたしにやっと聞こえるかどうか、といった小さな声である。
「さっきちらっと見えた。十匹程度だ」
ははあん。
あたしは釣り竿をとった。
どうやらこのあたりはゴブリンたちのテリトリーらしい。それでこのあたりに料理屋とか
ゴブリン──この最もポピュラーな生き物を知らない人間はいないだろう。
ゴブリンは、大人の胸のあたりまでしか背のない人間型生物である。夜行性でそこそこの知能をもち、性格はどちらかといえば
大きな都市からはなれた町や村では、夜中に、こいつに
追記──からかうと面白い。
あたしは釣り
呪文を唱え終わったちょうどその時。
ケーッ!
ゴブリンの追いはぎである。
『シーッ! 静かにっ!』
すかさずあたしが、ゴブリン語で言う。
ゴブリンたちの動きが、
今だっ!
その一瞬の
さらさらさら。
沈黙。
『なんじゃ、この女は?』といったニュアンスありありの視線があたしに
好奇心の強いゴブリンは、あたしが何をするつもりか見極めようとして、
直後。
『おーしっ!』
いきおいこんで釣り
『うっしゃ! 大物だぁ!』
魚が宙に舞うタイミングを見計らい、竿に小さくホイップをかける。
空中で魚の口から
『つかまえてっ!』
ゴブリン語で叫ぶ。
「ギイッ!」
「ギャギャ、グギィッ!」
「ギュゲッ!」
はい、ごくろーさん。
ゴブリンたちが
魚は、当然といえば当然だが、面白いように次々と釣れた。
十匹ばかり釣り上げた
よーし、かかった。
『はい』
あたしは釣り
「ギ?」
『よく釣れるよ、ここ。やってみる?』
「ギイ……?」
ゴブリンは首をかしげながらも釣り竿を受け取ると、
すぐに引きがきた。
「ギッギィ」
仲間うちで盛り上がっているのを
「──しかしお前さん、おもしろい術を使うな」
ガウリイが言った。
その日の夜。ようやく次の
ぱちくり。
まばたきひとつ。
左手に持った骨つきの鳥肉を一口かじる。
料理の味は悪くない。
もぐもぐもぐ……えーっと……
ごくん。
ぱちくり。まばたきをもうひとつ。
右手に持ったカップを口に運び、レシスのジュースを一口。
あ。
ようやっと思い当る。
「──ああ、昼間の話ね」
べ。
ガウリイがテーブルに
別に大ボケをかましているわけではない。ただ、昼間にガウリイの前でやったお魚釣りの
……ほんとだってば……
「簡単な魔法よ。それほど技術が
「へええぇ」
ガウリイが感心したような声を上げる。
「じゃあお前さん、
ずべべっ!
こんどはあたしが盛大に
「あのなあ、にーちゃんっ!!」
あたしはガウリイにくってかかった。
「一体いままで人を何もんだと思ってたのよっ! あたしのこのかっこうを見て
ちなみにあたしの服装は、ガウリイに会ったときから、ズボンに長いブーツ。ゆったりとしたローブを太い
これらすべての色は黒。それぞれに銀糸の
銀製のブレスレットとネックレス。そして
このかっこうを見て、ウエイトレスだとか魚屋だとか思うやつがいたら死んでもいい。
「……そーいえばそれらしいかっこうをしてるな……いや、オレはてっきり、魚屋かウエイトレスかとばかり思ってたが……」
ずばべしゃっ!
あたしは景気よくスープ皿に顔を突っ込んだ。
まだスープがかなり残っていたのに気づいたのは、その
「……うわーっ……
「……やりたくてやったわけじゃないけどね……」
ハンカチで顔のポタージュを
「で、どれくらいの能力があるんだ? お前さん。
魔道には、大別して三種類がある。白魔術と黒魔術、そして地水火風の四元素と精神世界を利用して行なう
あたしが最も得意とするのは黒魔術。──といっても
人を
ちなみに今ガウリイの言った火炎球というのは、精霊魔術に属する。攻撃魔術イコール黒魔術、というイメージが世間一般では定着しているが、あれは大きな
「へろへろと自分の手の内を明かす
「いやー、お前さん、乗りやすそうなタイプだから……」
……あのなあ。
「ま、いいか。どうせすぐにお前さんの
──なぜ?
あたしがその問いを口に出すより
「あの女だ!」
声のほうに顔を向けたあたしは、声の主とばっちし目を合わせてしまった。
──あちゃーっ。
あろうことか、まっすぐ伸びた男の右手人差し指は、まごうことなくこのあたしを指していた。
とーとつに乱入してきたのはトロルの群れ。そしてそれらを
「うーん、人ちがいですぅ♡」
あたしはとっさに両のこぶしを
ついでに
「あたしソフィアって言いますぅ。きっとあなたたちの探している人とは……」
「やかましいっ! 名前など知るかっ! とにかくお前──ちょっとまえ、
あらま。
「おいおいおい……」
ガウリイがジト目であたしを見る。
「ま、それは後で説明するわ。今はとりあえずこいつらを……」
あたしは言って、トロルたちと
トロルは人間よりも二回り以上は大きく、それに比して力や体力もあり、なおかつ巨体のわりにそのうごきは
しかしトロルの最大の特長は、そのケタ外れの再生能力にある。
通訳。倒すなら
とは言うものの、派手な
「よーし、わかったわ」
あたしはイスを
「ケリをつけましょう。表に出なさい」
「いやだ」
「あいやあっ」
あたしはあわてて別のテを考えた。
「あのとき
「
「お前だって
ガウリイが横から茶々をいれる。
「やかましーっ。あたしは悪人からしか
われながらわけのわからない理屈をこねてから
「やれいっ!」
ミイラ男の合図で、トロルたちが
トロルの武器はその
しかし、負けるつもりはこれっぽっちもなかった。
最初の一匹。
やたら大振りをしてくる
待ち構えているところにスライディングをかけ、
背後に殺気が走った。
次の
──残念、マントだけである。
ほんの少し早く、あたしはマントをショルダー・ガードごと外したのだ。
リナちゃんえらいっ!
勢い余って、マントにくるまれるような
そして、次の目標に──
しばらくののち。
あたしはガウリイのところへ
「よお、お帰り」
「ただいま」
この男ときたら、
トロルたちの数は
「おのれ小娘、ちょこまかと……」
だいぶじれてきたのだろう。ミイラ男が
「ガウリイ! トロルたちに傷をつけることができる?」
あたしは
「傷をつける……って、お前……トロルの再生能力を知らんのか?」
「知ってるわよっ! いいから早くっ!」
「どんな小さな傷でもいいっていうのなら……」
「それでいいから!」
言ううちにも、トロルたちはじわり、とその間合いをつめてくる。
「よし、
ガウリイはポケットに突っ込んでいた右手を出す。小さな木の実がその
そして次の
「ぎっ!」
「がうっ!」
トロルたちが、あるいは腕を、あるいは
見事なつぶてだった。彼が指先ではじいた小さな木の実はトロルたちの固い皮膚を突き破り、筋肉の中まで
人間が相手なら、これを何発か打ち込んで殺すこともできる。その程度の
「面白い
ミイラ男のたわごとはそこで中断された。
さえぎったのは、トロルの上げた悲鳴だった。
ガウリイのつぶてがつけた小さな傷が、みるみるうちに大きく拡がっていく。
「な……なんだっ、これはっ!……一体何をっ……」
うろたえるミイラ男。ガウリイもただぼーぜんとその光景を眺めている。
傷は際限なく四方に広がり続け、あるものは
自分のやったこととは言え、お
うーん、夕食前でなくてよかった。
残る相手はトロルが四匹とミイラ男。
そのほとんどが、戦意を
今あたしがかけた、わけのわからない術に恐れをなしているのだ。
〝未知なるものへの
しかし、タネを明かせばそれほど驚くほどのことでもない。
先ほどトロルたちに
『
当然、トロルのように『再生能力が大きい』ということは、その力の流れが大きい、ということである。その力が逆流、
ちなみにこれまたあたしのオリジナルの術である。ほとんど
連中、あわてて逃げ出すかとも思ったが、
あたしは
すばしっこさではあたしの方に
「今っ!」
あたしの剣が、深々とトロルの
ニヤリ、とトロルが小さく笑う。
──かかった!──
そういう笑みだった。
これが奴の
技ではかなわないと見て取り、わざと隙を作って自分を刺させ、こちらの動きが止まったその一瞬を狙ってケリをつける──ケタ外れの再生能力があってはじめてできる、まさに捨て身の戦法である。
奴が自分の勝利を確信したその
あたしが勝負に
「
さすがにこれにはひとたまりもなかった。
ビクン! と大きく体を
「──面白いテではあったけど、残念ながらあたしのほうが一枚上だったようね」
ズ……ン
重い音を立てて、トロルは
残った連中にダメ押しをかける。
「さて……じゃあそろそろ本気でいくわよ……」
パン! とてのひらを胸のまえで打ち合わせ、呪文を
まばゆい光の球がそこに現われた。青白く輝くそれは、拡げる両の手につれて、だんだんとその大きさを増していく。
「げっ!
ミイラ男が大きく目を開く。
「
ふう……
あたしは両手に光の球を
「『ふうっ』じゃないっ! おいっ、どーするんだよっ、その
遠巻きにしながらガウリイが声をかけてくる。さすがに彼も、
「ふむ……」
まじまじと手のなかのそれを見つめ、おもむろに宙にほうり上げる。
『『わーっ!』』
全員が叫び、そして沈黙。
ガウリイが、おそるおそる顔を上げる。
「ファイアー・ボールじゃないわよ」
あたしはいたずらっぽく
「ただの〝
「……どーしてくれるんです、このありさまをっ!」
じゅーぶんに予想していたことだが、宿のおやじさんはかんかんだった。
うーん、無理もない。
テーブルやイスはメチャメチャだわ、トロルの死体がゴロゴロ
さきほど
それまではランプの薄暗い光で照らされていただけのトロルの、ずたずたのぐしゃぐしゃのぎっちょんぎっちょんになった死体──いや肉片が、いまだ
いやー、とってもスプラッタ。グロいことこの上ない。肉屋のせがれか、馬車にひかれた動物の死体を見たことのある人かなら、この
──とまあそんなわけで、宿の中は、とてもじゃあないが『みんなでにこにこ楽しいお食事』といった
ついでに言うと、客の半数近くは耐えかねてほかの宿に移ってしまった。
こーいった
──とはいっても、いつまでも小言を聞いている気はない。
あたしはめいっぱい反省した顔をする。
「確かに、ご
と、ここで顔を上げ、おやじさんの目を正面からじっと見つめる。後ろ手にこっそりと
「ああしなければ、あたしたちがやられていたわ……」
よぉぉっし!
「──あの──」
と、
「これはその──おわびのしるしなんですけど──」
左手でおやじさんの右手をつかみ、その
中身はまだ見せない。しかしその掌の
この時、視線は決して相手から外さぬこと!
じっと自分を見つめる
どんな気分になるかは、
あたしは言葉を続けた。
「本当は、こういうものでお
重ねたてのひらをゆっくりとどける。
おやじさんは自分の手の上にちらり、と視線を走らせ、そこに自分が予想していた通りのものがあることを認め、掌をとじる。
「まあ……そこまで言われちゃあ、あまりきつくも言えんな……じゃあここは人を
らっきー!
あたしはしおらしく何度も頭を下げながら、ガウリイと
ガウリイはおとがめなしである。
宿でゴタゴタを起こした場合、時によっては『出ていけ』とか言われることもあるが、たいがいは今回と同じパターンでカタがつく。おそらく宝石を渡された時点で、『この客は金になる』とでも思うのだろう。ちなみに出ていけと言われた場合、あたしはあっさりと出ていく。そこでがんばって食い下がっても
「──しかし、たいしたタマだな、お前さんも」
べッドに
「──何のこと?」
あたしはそらっとぼけた。
…………
え?
「ちょっと、ガウリイ、なんであなたがあたしの
「後で事情を説明してくれる、って言ったろ?」
「そーだっけ?」
「そうだよ」
ま、いいか。
あたしも彼に聞きたいことがあったのだ。
「いいわ。説明してあげる。……けどその前に、こっちの質問に答えてもらうわよ」
「いいぜ。何だい?
「……その『じょうちゃん』っていうのは……まあいいわ、座って」
ガウリイは手近にある
「座ったぜ」
「それじゃあ聞くけど……」
あたしはじーっと彼を見つめた。
「あなた、あたしのことどう思う?」
──
うーむ、こりはおもひろい──とはいえ、このまま硬直させておくわけにもいかないだろう。
「──じょーだんよ、じょーだん」
言うと、ガウリイは大きく息を吐いた。
「……悪い
「……どーいう意味よ……」
「いや、まあ……で、本当の質問っていうのは?……あ、断わっとくが、スリー・サイズは秘密だぜ」
「ばか。──で、まじめに聞くけど、なんであなた、あいつらがあたしを
「知らなかったさ、そんなこと」
しゃあしゃあと言ってのける。
「言ったでしょ、あなた。やつらが宿に入ってくるまえに。〝すぐにお前さんの力を見せてもらうことになる〟ってね」
「あー、あれね」
こともなげに言う。
「
「じゃあなんで、そのだれかがあたしだと思ったの?──まさかあなた
「──まあ聞けよ。狙われてるのが誰にしたって、必ずお前さんは首を突っ込む、と、そう踏んだんだよ。お前さんお人好しみたいだし、それに何より、ごたごたに首を突っ込むのが好きみたいだしな……」
う。
あたしは何も言えなかった。
人がいいかどうかの
──そう言えば
「──とまあ、そういうことだ。一応スジは通ってるはずだが?」
「……まあね……」
「じゃあ、
「……ないわ……」
「なら、そろそろ説明してもらいましょうか。お前さんが何をして、なぜ
ふう……
あたしは息をついた。
「わーったわ、話すわよ……」
これまでのいきさつをかいつまんで話す。
──え?『退屈だし金もないから』って
……しーっ。
あたしが一通り話し終えると、彼は大きくうなずいた。
「ふむ……最初の〝困った村人を助けるため〟ってところはとにかくとして、ことの成り行きは大体のみこめた」
ぎく。
かなり
「──ま、しかし、これであたしも
あわてて話題をすり替える。
「何がだ?」
ガウリイがノってきた。のせたのではない。のってきてくれたのだ。おそらく。
「あたしが
おかしいとは思ってたんだけど、案の定、
「さっきのホータイ男か?」
「そう。どうやらいっちゃんはじめのあたしの
「
「そういうことね」
「ふぅん……何でもできるんだな、魔法って奴は」
「何でも、っていう訳じゃないわよ。魔法にだってできることとできないこととがあるわ。──例えば今回のことにしたって、あのミイラ男が、あたしがいただいた品物のどれか──あるいは全部に、目印となるような魔法をかけておいたのよ、たぶん。で、それをつてにしてあたしの存在を
何の手掛かりもない相手を突き止める、なんてことはいくら腕のいい
「……そーいうもんですか……」
よくわからん、といった顔でガウリイが言う。
「そーいうもんです。──さて、他に質問は?」
「ありません、先生」
「よろしい。ではこれで本日の──」
講義はこれで終りです。
あたしがそう言いかけたその時。
二人は同時に動いた。
ドアの左右にはりついて、ノブにはガウリイが手をかける。
「誰?」
あたしが声をかけた。
『──あんたと商売がしたい。あんたの持っているあるものを、そちらの言い値で引き取ろう』
「──怪しいわね」
『当り前だ。言ってて自分でも、かなり怪しいと思うよ。普通ならこんな
おいおい。
「じゃあご忠告に従って、部屋の中には入れないことにするわ」
『まあ待ってくれ。確かにおれは怪しいが、とりあえず今はお前に危害を加えるつもりはない』
なんなんだ、そりは。
「部屋のなかに入ってきた
『心配するな……と言うほうが無理かもしれないが、そっちにはたのもしいボディー・ガードもついてるだろう』
あたしたちは顔を見あわせた。
「言っときますけど……変なマネしようとしたら、ありったけの
「おいおい、部屋に入れるつもりか?」
ガウリイが
「大丈夫よ。
軽く言ってウインクひとつ。ドアのそばを離れ、部屋の奥のほうに行く。
「今ドアを開けるわ。静かに入ってきなさい。──いいわガウリイ、ドアを開けて」
そこに、
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