醜い姫 3成らない真珠と塩辛い
風がお話してあげる
どうして夜明けは赤いのか?
ある時風見鶏に恋した鶏がいたよ
でも風見鶏と踊るのは風
だからさらっていってしまったよ
風は玩具がだぁい好き
浮きあげて引き裂いて叩きつけて
ばらばらにして遊んだよ
恋した鶏は
風見鶏が夜明けの空に呑み込まれたと恨んで
毎日空を引きちぎっては空を赤く染めるんだって
愛しい愛しい風見鶏の記憶も風が吹き散らしてしまったけどね
それでも鶏は頭に血をのぼらせて空を破るんだってさ
醜い姫の御前に引き出されるたび、姫と侍女たちからおぞましい嘲笑を浴びせられ、赤い子は宝石を吐いた。
吐いた宝石は姫を飾った。
ふと醜い姫はぐんにゃり歪んだ大粒の真珠の連なった装身具が欲しいと思い立った。
赤い子は真珠を吐き出すことが出来なかった。
そこで鞭打たれるようになった。
塩辛い、という名の侍女が赤い子の世話をし、様々な海の話を聞かせた。
浅瀬に仕掛けられた人の罠と、人を狩るための魚の罠の話。海面に顔を出す貝と月の駆け引きの話。水死人に絡み付いて海流で踊る人魚の話。深海に棲んでいるあらゆる質問に答える骨の魚の話。
いくら海の話を聞かせたところで、赤い子の腹中に真珠が実ることはなく、もげもしなかった。
それでもいつしか、赤い子の中に海への憧れが兆した。
海はここから南に下ったところにあるという。
いつも上機嫌に、忌み花とされる真っ赤な花で部屋を飾って赤い子の手当てをし、海の話をする塩辛いに赤い子は言った。
「一緒に海に行きませんか」
宮殿内ではさしたる醜さでもなく、重んじられてもいない老婆のような外面の塩辛いは、澄んだ若々しい声で、けきゃけきゃと笑った。
「どうしてこんな幸せな場所を出ていかなければならないの? お前のような赤いものと? ここには混沌があって、残酷があり倒錯があるわ。悲喜劇には事欠かない。申し分なく欲しいものは揃ってる」
「でも、」
幾分か声を優しくして続ける。
「もしここにお前の望むものがあるように思えないなら、お前が出ていくのを止めやしないわよ。わたしも求めて自分が望むものがある場所にたどり着いたのだもの。なんでお前の邪魔をしよう? むしろ祝福してあげよう」
塩辛い、が自身の歯抜けの口中に手を突っ込みカチリと音をさせて、ほどほどの醜さの顔を脱いだ。
室内が途端に眩い光に覆われる。
神々しい女神がいた。
きらきらした豊かな金の髪が流れる。
乳色の柔らかな肌。
人になんの関心もない非情酷薄な天を思わせる、超然とした深く青い目が赤い子を見つめ返す。
ふっくらとした紅唇が笑って告げた。
「この顔と、わたしの捨てた名前をよく覚えて行きなさい。協定があるの。大地はわたしに危害を及ぼさない、わたしに迷宮を作らない、わたしに飢餓をもたらさない。その代わり、海は大地を呑み込まない。この顔と名を祈念すれば、お前は大地の手助けを得るでしょう」
脱いだ仮面のイボのついたとんがった鼻を優雅な指が愛しげに撫でる。
「まったくこの世でわたしの思い通りにならない場所ときたら、その醜さで理すら歪む姫君の宮殿だけ。ここにたどり着いた時どんなに安堵したことでしょう。お前も手に入れられるといいわね。さあ、お行きなさいな」
塩辛い、はその目を潰さんばかりの美貌に再び自分の選びとった醜い顔を被り直した。
室内は急激に日が落ちたように暗くなる。
そして塩辛いは、赤い子の背を部屋から押し出した。
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