醜い姫 2黒い宮殿
「時々は
風の記憶の一切れ。
姫は蘇った。
ねじくれ、ねじ切れ、千切れて、はみ出てぺしゃんこになり片々足りない姿のままで。
姫君の姿を見失って責任を感じていた乳母が、壮絶な覚悟を持って縫い合わせ、はぎあわせ、詰め物して膨らませ、接ぎ足した。
絶望で絶命すると、その後を仕立屋や金細工師、大工や家具職人、人形細工師、ありあらゆる職人が高額の報酬と首吊り縄をちらつかされて、引き継いだ。
(なぜか医者は失念されていた。医者自身も沈黙していた)
様々な命懸けの尽力にも拘らず、姫君は元通りにならなかった。
まともな人のかたちに近づいたかと思うと、運命にあらがっていると言わんばかりにひしゃげ崩れ、よれた。
馬車八台分の馬と御者と乗客よりも多くの正気と命を無駄にしたあと、王は姫君を戻すことを諦めた。
人里離れた山の上に分厚い壁で囲った離宮を建てて、王宮の腐臭を払い、人心を落ち着かせた。
姫君は自分を加工しようとするものに同じ仕打ちを返すのが常で、どこかに失くした片耳を新たにつけた者は三枚の耳を生やすことになったし、背骨のねじれを直そうとしたものは自身の正常な背骨を同じ角度だけねじられ死んだ。
民には恐怖が広がっていた。
王が職人の安全をはかって兵士つきで国外へ逃がしても、姫の姿が見えなくなって数日すると哀れな職人たちの末路が届く。
姫君は得体のしれない魔性の力を身に付けていた。
されど我が娘と、数年の間憐れみが勝っていたし、やがてその憐れみによって刺客が送られるようになったが誰も姫君を損なうことは出来なかった。
何人も何人も刺客が送られた。
憐れみは憎悪になり脅威になり恐怖になり──感情に疲弊した王はある時自らの罪深さに恥じ入った。
そしてかつて神すら拒んだ奇跡を成したという伝説の賢人を探すために国を出奔してしまった。
娘を救うためか、自分を救うためだったかはわからない。
王妃は王の逃げた王国をよく治めた。
娘に対しては呪いのように恐れ、それから腫瘍のように目の敵にし、また数年はいないもののように振る舞い、近年になってはまた心境の変化を起こしたものか他人行儀な挨拶状を寄越したりした。
姫君は無反応だったが。
ある貴族の若者はそこに出世の糸口を見た。
もう若くない女王は心の平安を欲しがっている。
娘との表面上の和解を望んでいるのだろう、神に申し開きするために。
醜い姫は奇矯なものを好んだ。
辺境では悪魔の子が捕らえられたと報告があった。
おあつらえ向きの献上品になるだろう。
醜い姫の黒い宮殿に献上された赤い子は立ち尽くしていた。
首に縄打たれ、奇妙さを強調するように美々しい小姓服を着せられて竦み上がっていた。
醜い姫は大層赤い子が気に入ったようで奇声をあげている。
それに追従する悪意の嘲笑がわんわんと黒い宮殿に鳴り響いた。
赤い子はふらつくと、胸にせりあげたものをげぼげぼと吐いた。
歪んで物事が映るように、わざわざ曇らせひび割れさせた黒い床にきらきら光るものが散らばった。
血の赤、石榴の赤、紅、夕暮れ色、暁紅色、赤紫、橙赤、丹色──廃物のように吐き出された赤い宝石たち。
青年貴族の顔に後悔がよぎったが、幸い誰にも見られなかった。
ひしゃげた顔の特注の仮面をしていたからだ。
醜い姫の宮殿では、傷や歪みのないものは、手ずから与えられる。
醜い姫は歪んだ形をした赤い宝石をつまみ上げてしげしげと眺めた。
そして潰れていない方の、落下防止のネットがはめてある目をきらきらさせて言った。
「お前をあたくしのお友達にしてあげましょう、光栄に思いなさい」
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