第11話 鹿との時間

 草ヤブがガサガサと音を立てる

 熊かと警戒

 鹿だった


 顔を上げてじっとこちらを見る

 剥製と見間違うほど動かない

 思い出したように草を食べる

 鹿の母子

 逃げる気などない

 変な生き物がいると思っているかも


 遠くで鳴く鹿の声を聞いた

 ビックリするくらい不思議な声

 馬より高い声で悲しげにさえ聞こえる

 オスがメスを呼ぶ時の声

 森の隅々まで響き渡る


 崖の途中に造られた林道

 斜度五十度はありそうなきつい斜面

 岩肌がむき出しになっている

 樹木が必死に斜面にしがみついている

 落ちないように根を張り

 幹を曲げて

 下った斜面は湖に滑り込む


 林道を曲がると大きな何かが視界を塞いだ

 鹿だった

 ブレーキを踏む

 三メートルくらいの距離

 一瞬お互いの眼が合い見つめあった

 先に眼をそらしたのは鹿で

 首を斜面に振るように向けると

 一気に斜面を駆け上がる

 一足で大きな身体が僕の

 背丈を超える高さに達する

 僕は声も発することができない

 迫力に唖然となる

 ワゴン車並みの体格が瞬時に駆け上がる

 力強い脚力

 身動きできずに後姿を見送った

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