片翼とシャングリラ

神連カズサ

第1章『踊る魔女と笑わない少年』

1、守護獣

「待ってよ、ミアちゃん! 危ないってば!」


 シィナの静止も何のその。

 もはや小鳥の囀り、程度にしか思っていないのか、紫色の隊服が風にたなびくように颯爽と翻る。


「だーいじょうぶだって! 私を誰だと思ってんの? ヴァルツの名を冠する者に不可能はないわ!」

「その名乗りが既に不安でしかないの! ちょっと落ち着いて! こら! 命令式を上書きしようとしない!」


 構築が終わったばかりの魔法陣に手を加えようとするミアを何とか捕まえることに成功したシィナは、重いため息を吐き出した。

 本来であれば今回の遺跡探索は第一・第五小隊の合同任務だったのだ。

 それを第一小隊の隊長であるクオンが直前になって変わってくれと泣きついてきたのである。

 理由は単純明白。

 実姉である第五小隊隊長、ミア・ヴァルツと関わりたくなかったのだ。

 シィナとて、この従姉妹が少し苦手なことに変わりはない。

 一族全員から変人認定されているミアを抑えることが出来るのは、シィナの両親とその兄であるシュラ、それからミアとクオンの父親レオンだけだった。


(クオンのやつ……! 帰ったらタダじゃおかないんだから!!)


 沸々と全身を支配する怒りにシィナの眉間に皺が寄る。

 このやりとりも既に本日三回目だ。

 疲労が限界に達しているのは、何もシィナだけではない。

 第二・第五小隊の面々が、隊長たちのやりとりをどこか遠い目をしながら見守っていた。

 探索は今日で七日目を迎えている。

 一週間もこんなやりとりが続けば、隊士の精神状態も良好とは言えない。

 特に各副隊長の疲労は凄まじく、隣り合って座り込んだまま不気味な笑みを浮かべていた。


「すみません、レティさん。うちの隊長が……」

「困ったときはお互い様よ。――それはそうと、帰ったらトーリに一杯ふっかけようと思っているんだけど、アルもどう?」

「それはいいですね。是非ご一緒させてください」

「……顔色が悪いわ。少し寝たら?」

「お言葉に甘えます」


 言うや否や、第五小隊の副隊長・アルフレッドはバタンとその場に倒れ込んでしまった。

 夜中になると一人でに調査を進めようとするミアの抑止力となっていた所以だろう。

 健やかな寝息を奏でるアルフレッドの様子に、レティはふうとため息を吐き出して、未だ小競り合いを続ける隊長たちにゆっくりと近付いた。


「隊長~~! その辺にしてお昼にしましょうよ~! みんな待機体勢のまま寝ちゃってますよぉ~!」

「分かった! すぐ行くから! 先に食べてて!」

「……そら、聞いたでしょ! 食べたら少し仮眠の時間取ってあげるから起きなさい! お昼よ~!! 炊事班は設営急げ~!!」


 レティの指示に、それまでぐでんと萎びたもやしのような頼りのない姿勢で待機列を組んでいた騎士たちが一斉に動き始めた。

 活気を取り戻し始めた部下たちを横目に、ミアの耳元にシィナがそっと言葉を吹き込む。


「試したいことがあるのは分かったから、落ち着いて。みんながお昼に行ったら、付き合ってあげるから」

「ほんと!?」

「ホントホント」


 これではどっちが年上なのか分からない。

 ふう、とため息を吐き出すとシィナは部下が全員昼食――もとい避難したことを確認すると、羽交い締めにしていたミアの身体を解放した。

 水を得た魚、もしくは不思議な生物を見つけたときのホロのように俊敏な動きで次の部屋へと続く巨大な岩の扉にミアが音もなく掌を重ねる。


「これね、昨日の夜に見ていたときに気が付いたんだけど、ここにヴァルツが昔よく使っていた術式が使われているみたいなのよ」

「へえ? あ、ひょっとして、これ? 本当だ。何か見たことがあるかも……」

「そうそう。それで、ここの術式はもう解読できたんだけど、こっちが手詰まりでさぁ~~。ちょっと読んでみてくんない?」


 そう言ってミアが指差したのは、ヴァルツの術式と対をなすように半円を描かれた箇所だ。

 西の国では滅多に見ることのない古い文字だったが、それはシィナにとっては読み慣れたものだった。


「古い東の言葉ね……。えーっと何々……『龍の血を持つもの、その手を翳さん。さすれば扉は開かれん』?」

「あ~~~なるほど~~……。そういうことかぁ~~」

「え、何? もう分かったの。ミアちゃん――ッ!?」


 従姉妹を振り返った瞬間、シィナの手は岩肌に触れていた。

 ぎょっと目を丸くするシィナを他所にミアが「魔力込めて」と手短に告げる。


「え!? なに、どういうこと?」

「いいから、魔力込めてみて。すぐに分かるから」

「う、うん」

 

 言われるがまま、岩肌に触れた右手に魔力を注ぐ。

 すると、岩肌がシィナの魔力を吸収してじんわりと熱を帯びた。


「ミアちゃん!? ねえ、魔力吸われてるんだけど、これ! 大丈夫なの!!」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。そんじゃ、集中しててね。私は『声』出すから」

「待って! だめだよ、こんなとこでそんな魔法使ったら……!」


――『古の盟約においてヴァルツが命じる。我らを守護するもの、古き時を捨て、目覚めたまえ!!』


 シィナの声は、ミアの発した魔力を乗せた声――『言霊魔法』に弾かれてしまった。

 ぐらり、と目の前の視界が歪む。

 ミアの呪文と連動しているのか、岩肌がシィナの魔力を更に吸い上げようとしていた。


「この……っ!! 《紫月しづき》!!」


 これ以上持っていかれては洒落にならない、とシィナがその身に宿す龍の名を紡ぐ。


『やれ、騒々しいな』

「何でもいいから、術式を書き換えて……! できるでしょ!」


 シィナの身体から姿を見せたのは、淡い紫色の髪と金色の瞳を持った美しい女性だった。

 ふわふわと宙に浮かびながら『相変わらず、龍使いが荒いのう』と呑気に告げる相棒に、シィナの額に青筋が浮かぶ。


「あ、紫月! ここは、弄らないでね! あとで細部の分析したいから!」


 紫月が出てきたのを見るや否や、ミアが書き換えられたくない術式部分を指差した。


『注文の多い小娘どもだ……』

「ちょっと!! そんなのどうでもいいから早くしてよ!! すごい勢いで魔力吸われてるんだってば!!」


 このままでは魔力欠乏症になってもおかしくはない。

 チッ、と珍しく鋭い舌打ちを放ったシィナを見て、紫月が『大事ないか?』と欠片も思っていないことを言いながら術式に触れた。


『そら、書き換えてやったぞ』

「……ありがと。助かったわ」

『ほんに、お前は娘時代から変わらず騒々しいのぉ』

「一言余計よ! もう戻って!」


 ぐあ、と叫んだシィナに紫月がやれやれと呆れた表情を浮かべながら、その姿を出てきたときと同じく煙に巻いた。


「ふふっ。思った通りだわ!」

「なーにが、思った通りよ! こっちはごっそり魔力持っていかれるとこだったんですけどぉ!?」

「私の仮説が正しかった!」

「だから何がって聞いて……」

「開いたわよ、シィナ!」


 至極嬉しそうに笑ったミアの後ろで巨大な岩の扉が大きく口を開けている。

 シィナは思わず怒鳴ろうとしていたことも忘れて、息を呑んだ。


「ミアちゃん!! 避けて!!」


 土煙を纏った何かが、ミアのすぐ後ろまで迫っていた。


――ドォオオン!!!


『何か』がミア目掛けて放った攻撃は、遺跡全体を震わせた。

 先ほどまで立っていた場所は抉り取られ、代わりに大きな穴が残されている。


「まさか『守護獣ガーディアン』まで仕込んでいるとは……。さっすがご先祖様!」

「ちょっと、喜んでる場合じゃないでしょ! どうするのよ、あれ!」

「……そうねぇ。反転術式を使って上手く制御できたら、持ち帰って分析できるかも?」

「ミアちゃん!!!!」


 いい加減にしろ、とシィナが目くじらを立てて怒るも、ミアには欠片も響いてはいなかった。

 それどころか、二人の眼前に臨戦態勢となった土塊の人形『守護獣』を持って帰ろうなどと言い始める始末である。

 ウェルテクス家の行動力とヴァルツ家の探究心が合わさるとこんな『化け物』が生まれるのか、とシィナがぼんやりと遠くを見つめ始めた頃、ミアが動きを見せた。


「ちょ~っと大人しくしてね! ――『停止せよ』!!」


 ミアの声に、守護獣はその動きを止めた。

 古代の遺物までも彼女の前では赤子同然になる。

 改めてその魔法の恐ろしさを痛感していたシィナを他所に、当の本人は部屋の中に興味が移ってしまったようで、その姿は既に見えなくなっていた。


「もー! ミアちゃん!! どうするのよ、これ!!」


 煙に咳き込みながら、ミアの背中を追って次の部屋に入ると、シィナは肌を焼くような濃い殺気を感じ取った。

 じり、と身を焦がすほどのそれに、無意識のうちに懐の呪符に手を伸ばす。


「……ミアちゃん?」


 呼びかけに反応はない。

 もしや、また何かを見つけたのかとシィナが一歩を踏み出すのと、ミアの声が響いたのは同時だった。


「動かないで!!!」


 滅多なことで声を荒げない従姉妹の慌てっぷりに、シィナの身体は文字通り固まった。

 顔を顰めたシィナのすぐ脇を何かがもの凄い勢いで通り過ぎていく。


――ガンッ!!


 鈍い音で壁に突き刺さったそれを振り返って、シィナは全身の血の気が引くのが嫌というほどに分かった。

 錆びてはいるが、当たっていたらひとたまりもないほどの巨大な銛が岩肌に深く突き刺さっている。


「な、何よ、あれ!」

「しーっ。声を出さないで。余計に刺激しちゃうから!」

「刺激するって一体何を……」


 銛が投げられた風圧で、気が付けば砂煙は消えかけていた。

 視界がクリアになったことで、部屋の全容を収めることに成功したシィナだったが、ミアの眼前に立つ禍々しい人形に「ひっ」と引き攣った悲鳴を漏らす。


「ミ、ミアちゃん、それ、」

「平気よ。大丈夫。寝起きだから少し混乱しているみたい」

「寝起き?」

「起動後は魔力が充填されるまでの間、動くもの全てに対して、全自動(フルオート)で迎撃するように命令式が書き込まれてる」

「ええっ!?」

「だから、静かにしてって言ってるでしょ。今、その命令式を上書きしてるんだから」


 そう言って、命令式を書き換える従姉妹にシィナは舌を巻いた。

 文句を垂れながらも、魔導学園卒業後すぐ新設されたばかりの第五小隊に抜擢されるだけの実力の持ち主ではあるのだ。

 普段はそれをかき消す勢いで、突拍子もない言動が目立つだけで。


「……よし。できた」

「も、もう動いても平気?」

「ええ。大丈夫だと思う。あ、でもその辺、罠の術式が敷き詰められているから、浮遊魔法か重力魔法を使った方がいいかも」

「冗談でしょ? さっきの今で、そんな魔力の余裕ないわよ」

「はいはい。分かったわよ。全く我儘なんだからぁ」

「誰の所為だと思ってんの!?」


 シィナが怒鳴り声を上げるも、ミアには響かない。

 鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さを醸し始めた彼女の背中に、シィナは獣のように低い唸り声を上げることしか出来なかった。


「それにしても、想定の倍は広いわね。こんな部屋があるなんて、母さんと調べたときには分からなかったなぁ」

「そう言えば、二年前に一度調査はしてたんだっけ?」

「無断で進めてたら、シアン伯父様にバレちゃって、シュラくんが飛んできたよね」

「そりゃ誰でも怒るよ。突然地面から突き出した遺跡を勝手に調査しようとしたら」

「仕返しに、東に現れた遺跡から調査進めるぞって言われた時は、悔しさのあまり血涙出そうだった」

「それだって母上とレオン叔父様が宥めてくれたおかげでこっち優先になったんだから、少しは周りのこと考えて。監督不行届で私まで怒られちゃうでしょ」


 片手間に罠やら結界やらを解除しながら、ミアとシィナの二人は先に進んだ。

 最初の広間が儀礼用なのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 大きな屋敷を建てられるんじゃないかと思うほどの広い空間に出て、シィナは思わず息を呑んだ。


「……魔力濃度が高い。まだ何か隠してあるかも」

「それってさっきの守護獣よりやばいってこと?」

「確証はないけどね。ほら、この数値見てよ」


 魔力計測装置の針が最大まで振り切っている。

 うっかり魔法を発動すれば、空気中の魔力が反応して誘爆する危険性がある、ということだ。


「こわぁ」

「魔法が使えないってことは、私ポンコツになるってことだから。戦闘はよろしく」

「いつも魔法以外はポンコツでしょ。今更、何言ってんだか……」

「あら~~? 可愛くないお口はこのお口かしら~~?」

「ちょっ、いたひってば~!」


 ぐい、と力任せに従姉妹の頬を引っ張っていたミアだったが、不意に何かの視線を感じ取った。


「――何、あれ」

「も~……。ミアちゃん?」

「あそこ」

「?」


 ミアがゆっくりと腕を上げる。

 その先に示されたものを視界に収めて、シィナは言葉を失った。


 巨大な蕾が柱の中で光っていたのだ。


 黄金の光を放つそれに、ミアとシィナは互いの顔を見合わせた。

 二人とも、その蕾に心当たりがあったのである。


「もしかして、エルヴィ?」

「……違うと思う。今度目覚めるときは『樹』の形になってるはずだって旭日様たちが言ってたもの」

「だ、だよね。なら、あれ何!?」

「ちょ、ちょっと声が大きいよミアちゃん! 気付かれたらどう――!?」


 シィナの不安は的中した。

 ミアが叫んだことで外敵認定されてしまったらしい。

 蕾から伸びた蔓のような触手が、ミアとシィナの間にあった床板を真っ二つに両断した。


「ミアちゃんが叫ぶから!!」

「ごめんって」

「も~!!」


 咄嗟に浮遊魔法で浮き上がったミアと違い、魔力の回復していないシィナは自前の身体能力で避けるしかない。

 それでも俊敏な動きでひょいひょい、と攻撃を仕掛けてくる触手を全て躱しているのだから大したものだ。


「……しつっこいわねぇ!」


 ミアのお守りで溜まったシィナのフラストレーションが限界を迎える。

 ゆっくりとした呼吸を繰り返し、息を整えると、彼女にしては珍しく鞘から小太刀を引き抜いた。


「離れてて。うっかり当てちゃうかもしれないから」

「ご心配なく。頼まれても近付かないわよ」


 バチバチ。

 シィナの身体から不穏な音が漏れ出す。

 桔梗と同じ雷属性を受け継いだ彼女の魔力は、その性質も限りなく母親に近かった。

 感情に魔力が反応してしまうのである。

 今のシィナは歩く稲妻と定義しても遜色なかった。


「咎人に戒めの牙を突き立てよ――《雷狼牙閃》!」


 逆手持ちで向かってくる触手を次から次へと切り捨てる。

 刃に纏った雷のおかげで、切り口が焼け、触手は力無く地面にへたり込んでいった。


「ひゅ~。やるねぇ」


 ミアが感心したように口笛を鳴らす。

 けれど、シィナはそれに構っている余裕はなかった。

 焼いて再生を防いだ触手の背後から、第二波が迫ってきていたのだ。


「ミアちゃん~~???」

「あ、はは……。ごめんって! 今回ばかりは役に立てないし、どうしようかなぁ」

「どうしようかな~じゃないわよ! 何か説明書きみたいなのは!?」

「えーっと、あ! あれかも!」

「あんまり保たないから! さっさとして!」

「はいはい。まったくもう、人遣いが荒すぎるったらないわ」

「何か言った!?」

「別にぃ~~!」


 ミアは体勢を安定させるために、背負っていた杖に跨った。

 そして、蕾のすぐ脇に聳え立つ碑文を見下ろす。

 ここからでは、文字の一部分しか読み解くことができない。


「……もっと近付く必要があるな」

「え!?」

「ごめんだけど、もうちょっとだけ惹きつけておいて!」

「嘘でしょ!! ちょっ、ミアちゃん!!」


 シィナの声を背に、ミアは碑文に向かって急降下した。

 頬を冷たい風が撫でていく。

 彼女の動きに反応した触手が、シィナから標的をミアに変更した。


「このっ! 行かせないわよっ!」


 雷撃を見舞うも、焦げた部分をくねらせながら、触手が少しずつ碑文の側に着地したミアとの距離を縮める。


「ミアちゃん……!」

「………………なるほど、」

「危ないってば!」

「――そういう感じね。よし、いくわよ!」

「ちょっと、私の話聞いてる!?」


 イマイチ噛み合わない会話にシィナが不安に表情を染めた。

 だが、件の従姉妹は晴々とした顔を持ち上げると、好奇心にその瞳を輝かせる。


――『告げる。ヴァルツの系譜に連なりし者の声を聞け。守護者よ、今一度眠れ!』


 ミアの声が静かに部屋の中へと浸透していった。

 蕾から漏れ出ていた黄金の魔力が途絶え、二人を攻撃していた触手が力なく地面に崩れ落ちる。


「……はあ、焦ったぁ」


 限界が近い状態で応戦していたシィナが深いため息を吐き出した。

 へたり、と地面に尻餅をついた彼女に、ミアが眦を和らげる。


「おつかれ~。いやあ、危なかったね~」

「誰の所為だと思ってんのよ」

「ごめんって」

「ごめんで済んだら聖騎士団は要りません」

「あはは」


 笑って誤魔化した従姉妹を睨んで黙らせると、シィナは座ったままの状態で動かなくなった蕾(仮)に視線を戻した。


「で、結局これは何だったわけ?」

「それがさ、碑文の記述が所々欠けていて、詳細が分かんないのよね。かろうじて、起動と停止の部分が読めた感じで」

「……ほんとに?」

「本当だってば。ほら、こっちこっち」

「うあ、ちょ! 引っ張らないでよ! 疲れてるんだから!」


 シィナが非難の声を上げるも、ミアは素知らぬ顔で彼女の腕を掴むと、半ば強引に碑文の前まで引き摺っていった。


「…………ほんとだ」

「だから、言ったでしょ」

「ここにもまた、東の国の言葉が入ってる」

「え、うそ。それは気付かなかった」


 どこ、とミアの問いに、シィナは少しかけて読み辛くなった箇所を示した。


「――《薄明ノ君》、~~の~~を用いて、うーん。ダメだ。欠けてて、全部は分かんないな」

「しょうがないなあ。全部持って帰って解析しよ」

「全然、しょうがなくない! むしろ、手間掛かること言わないでよ!」

「だって、ここだと簡易設備しかないじゃん。第五小隊の施設で、解析した方が早いって」

「誰が申請書記入すると思ってんの」

「えへ、シィナ」

「…………」

「お願い!」


 可愛い子ぶってウィンクするミアに、シィナが思わず天井を仰ぐ。

 次いで、パンッと何かが弾けた音が部屋に木霊した。

 

 帯刀したばかりの小太刀の柄に、シィナが再び手を伸ばす。

 ミアも、杖を握る手に力を込めるが、破裂音の正体に気が付くと「へ、」と間抜けな声を上げた。


「人間?」


 破裂したのは、先ほどまでシィナたちを攻撃していた蕾(仮)だったらしい。

 四方に散らばった巨大な花弁に気を取られていたシィナの隣で、ミアがぽつり、と言葉を溢す。

 ウェルテクスを象徴する大海と同じ青の瞳が捉えていたのは、花の中心で横たわる人影だった。


「……な、わけないでしょ。《守護獣》の命令式で止まったってことは、これがそうなんじゃないの」

「人型の《守護獣》なんて、初めて見るよ。これも持って帰ろう」

「んあ~~~! 余計なこと言った~~!!」

「よし! じゃあさっさと魔力循環済ませて、研究しよ~っと!」

「ちょ、待ってよ! ミアちゃん!!」


 シィナが頭を抱えている隙に、ミアは空気中に漂う濃い魔力の循環作業を始めていた。

 それが終われば、碑文やら守護獣やらを纏めて持ち帰るために転送術式を展開するつもりなのだろう。


 普段もこれくらい手際良く動いて欲しいものだ。

 などと嘆くシィナの心境を、鼻歌混じりに後始末を進めるミアが知る由もない。


 花の中心で眠る人型の《守護獣》が二人のやり取りを聞いて、僅かばかりに瞼を震わせるのであった。

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