第13話 どんな魔術を仕込めるか
マツが、かたん、かたん、と杖を置きながら、ルビーとサファイアを見繕う。
シズクも隣に座って「これ綺麗だねえ」などと声を上げている。
クレールはマサヒデの隣に座り、
「あの、マサヒデ様、先程、魔術で軽くしたナイフがありましたよね」
「ええ」
「刀は軽くしないんですか?」
「しませんよ。軽くしちゃったら、斬れなくなるじゃありませんか」
「そうなんですか?」
「軽くしたら、ええと・・・紙で指を切るような感じになってしまいます。
全然深く斬れなくなりますから、軽くはしません」
「そうなんですか・・・
ああっ! そうだ! じゃあ、火を纏わせるとか!」
「だ、駄目だよ! そんな事したら、大変だよ!」
驚いてイマイが顔を突っ込む。
「え? 何がですか?」
「基本的に、刀や剣に後から魔術を掛ける事って、ほとんど出来ないよ。
だから、魔術の掛かった武器でちゃんと使える物って、貴重で高額なんだ」
「え? 何で魔術は掛けられないんですか?」
イマイが人差し指を立て、クレールに真剣な顔を向ける。
「良いかい。例えば、火の魔術を仕込むとしよう」
「はい」
「当然だけど、燃えちゃうくらい、熱くないと意味がないよね。
温かいくらいじゃ、意味ないもの」
「そうですね」
「でも、そんなに熱いもの、持ってられる? 手が火傷しちゃうよね。
服や髪が燃えたりしたら、大変だ。
鞘に入れてたら、鞘が燃えちゃうかもしれないよ」
「あ、確かに・・・そうですね」
「武器を使う魔術師の人が、武器に火を纏わせたりするよね。
あれって、本当に最後の最後に残された手段なんだよ。
自分も大火傷するけど、相手にも! そんな、相打ち覚悟の手なんだ」
「むう、そうだったんですか・・・」
「そんな熱い火を刀に纏わせたら、後で焼き直しをしないといけないんだ。
焼き直しっていうのは、ぎりぎり形を戻せるくらいで、全然斬れなくなる。
たった一度で武器が使えなくなるし、本当に最後の最後の奥の手なんだよ」
「そうなんですか・・・じゃあ、他の魔術では?」
「土だったらどんな魔術をかけるかな?」
「ええと・・・瑕が付かないように、周りを囲むとか・・・」
「そんな事したら、鞘に納まらなくなるよね。
重くもなるし、刀の釣り合いがおかしくなっちゃう」
「あ! こんなのどうです? 振ると石が飛んでいくとか!」
「抜き打ちした時に、鞘の中で石が出来たら鞘が壊れちゃうよね。
刀を納めている時だって、くるっと振り向いた時に石が飛んだら大変だ。
関係ない人に当たったりしたら、大事故だよ」
クレールは腕を組んで、きりきりと頭を回らせる。
にやにやしながら、マサヒデ達はクレールを見る。
「む、むーん・・・じゃ、じゃあ、水の魔術では!
汚れないように、濡らしておくとか!」
「鞘が湿気ですぐに腐っちゃうよ。
刀油も塗れないし、手入れも出来なくなっちゃうね」
「むむむ・・・では、凍らせるとか・・・」
「鞘の中で固まっちゃったら、抜けなくなるよ」
「ううん・・・あ! 雷の魔術はどうでしょう!
魔神剣みたいに、どかんと!」
「雷って、普通は一番近くの物に飛んでくでしょ。
となると、魔術が使えない人じゃあ、持ってる自分に飛んできちゃう。
魔術が使える人だって、飛ばしたい方に集中して飛ばさなきゃ。
じゃあ、普通に魔術で飛ばすのと変わらないね」
「ぐ・・・むむむ・・・かまいたちの術はどうでしょうか・・・」
「魔術を使えないトミヤスさんが振ったら、どうなると思う?
消えるまで、どこまでも飛んでっちゃうよ。
町中で振ったりしたら・・・考えたくもないよね。
鞘の中で出ちゃったりしたら・・・怖いよねえ。足が斬れたり・・・」
「む、む、む・・・あ、そうだ! 治癒魔術!
持ってると、怪我がすぐ治るなんてのはどうでしょう!」
「斬った相手の怪我も治っちゃうじゃないか」
「あー! 何も出来ないじゃないですかー!」
ばたん! とクレールが大の字に寝転がった。
拗ねて転がったクレールを見て、皆が笑う。
マサヒデも笑いながら、
「ははは! だから、まともに使える魔術が掛かった武器って、貴重なんですよ。
自作で出来るのは、軽くする事ぐらいしかないんです。
ナイフは重さを使わない武器なので良いですが、刀や剣は軽くも出来ないです」
「むーん!」
「ふふふ。そう拗ねないで下さい。今度、カオルさんのナイフを軽くしましょう。
今度はクレールさんの漬け物を見たいです」
「はあーい」
はたとカオルが膝を叩き、
「そうだ! ご主人様、銃を軽くしては如何でしょう?
ラディさんも、重いでしょう?」
「あ、銃か! なるほど、それは良いかも!」
顔をほころばせるマサヒデとカオルに対し、ラディは慎重な顔で、
「マサヒデさん、それはマツモトさんにお聞きしてからの方が」
「え、何故です」
マサヒデとカオルがラディの方を向いた。
「軽いと、撃った時に凄く跳ね上がりませんか?」
「重さで、跳ね上がるのを和らげている、と」
「はい。この銃剣を着けた時、八十三式は跳ね上がらないです」
と、ぽんぽん、とラディが銃剣を叩く。
マサヒデとカオルが頷いて、
「なるほど。確かに、そういう釣り合いもありそうです」
「先が重くなる分、跳ね上がらなくなるのですね」
「少し軽くする程度は大丈夫だと思いますが、この着込みのように軽くするのは避けた方が良いかと」
「ふむ・・・そう言えば、この四分型拳銃も、改造部品が多くあると聞きました。
軽くしても大丈夫な所、大丈夫ではない所などがあるかも・・・
全体を軽くしてしまうのは、いけませんかね」
「銃はどのように重さが釣り合っているのが良いのでしょう?
先が重ければ跳ね上がりはしないでしょうが、狙いは難しくなりそうですね」
マサヒデ達が眉を寄せていると、
「難しく考えることないよ。使い手の好みじゃない?」
と、イマイが軽く言って、落雁をつまんだ。
「銃の事はさっぱりだけど、刀や剣と同じじゃないかな。
先が重い方が斬れやすいけど、振りづらい。逆は扱い易い分、重みは乗らない。
当然、ぴったり真ん中もある。どれがしっくりくるかは、使い手の好みだよ」
「なるほど、刀や剣と同じ・・・」
「ううむ、道理です」
「ふむ・・・」
後ろで「かた」とマツが杖を取り、先の宝石をじっと見つめる。
イマイはごりごりと落雁を齧って飲み込み、ちら、とマツを見て、
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。コウアンが研いで、研いでって呼んでるし」
と言って、にやっと笑った。
「イマイさん、今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
と、マサヒデとカオルは手を付いて頭を下げた。
「いやいや。あのくらいしか教えられなくて、申し訳ないくらいだよ。
でも、言った通り、応用は人それぞれにあるはずだからね。
自分の使い方に合わせて、色々考えてみてね」
「はい」
「・・・気を付けて、持って帰らないとね・・・」
ちらちらとマツを見て、静かにイマイが立ち上がった。
「それじゃあ、またいつでも遊びに来てね。
まだまだ見せてない物があるからさ」
にこっと笑って、イマイは桐箱を抱えて出て行った。
イマイが去った後、ラディが怪訝そうな顔で、
「使い方? 応用?」
と、首を傾げた。
「イマイさん、森戸三傳流っていう剣術の使い手ですよ。黒帯です。
先程、イマイさんに、剣術の指南を受けていたんです」
「ええ!?」
ラディが仰天して声を上げた。
「あれ? ラディさんは知らなかったんですか?
凄い抜刀術を見せてもらいましたよ。
文字通り、目にも止まらない技でしたね。
最後のあれ、カオルさんなら出来ます?」
「いえ、とても私では・・・確かに、理屈も抜き方も分るのですが」
と、カオルが頭を振る。
ラディはマサヒデとカオルの顔を見て、
「そ、そんな・・・只の刀好きの変態だって・・・」
「ぷ! ははは! 変態ですか!」
「ふふふ。ラディさんも中々言いますね」
ラディが狼狽えて、
「い、いえ! 職人街で、そう呼ばれてるだけで・・・
嫌いじゃないんです。私は、よく刀を見に・・・」
「ただ、自分の研いだ刀を試したかっただけで、習ってたそうですよ。
ちゃんとした振り方を知らないと、試せませんから、なんて」
「な、なるほど。そうですか。納得しました」
「面白い方でしたね」
マサヒデは笑いながら、
「剣術を習う人には、ああいう方もいるんですね。
只々、刀を試したいから、強さには全く興味がないなんて」
カオルも笑って、
「ふふ。口ではああ言っていましたが、ただ試したいというだけではないでしょう。
御本人も気付かぬうちに、武に惹かれていたのですよ。
刀を振りたいだけなら、あんなに鍛える必要はないはずです」
「ははは! でしょうね」
ただ刀に惹かれただけではない。
きっと、あの研師も、気付かぬうちに武に惹かれている。
そう思うと、マサヒデもカオルも、ぐっとイマイを近く感じた。
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