第37話 白い光
飛行船墜落による爆風に乗って、レギオ・ルブラを含めた実験場に火の粉が降り注ぐ。
半径二メートルに及ばない円の中から動けない死人の世話人らは、その大惨事をただ呆然と見守るしかなかった。
ラスはイヴリンへと伸ばしていた左手を力なく落とすと、その場にぺたりと座った。「うっ」と苦しげな声を上げるなり、ぱっと口を塞ぐ。口を押さえたまま、げぇげぇと何度かえずいた。
そうこうしているうちに、ラスが描いた円から発せられる深緑の光が、勢いを落としてゆく。どんどん小さく弱くなり、しまいには、殆ど消えて無くなりかけた。
その時、誰かが叫ぶ。
「立て!」
ラスは弾かれたように顔を上げた。
野太く、腹の底から絞り出したようなその短い叱責は、凶屍と押し合いながらラスに振り返っているロイズ中尉の口から発せられたものだ。
ラスは愕然とした様子で、今この場所で最後の一言を使った死人を見上げた。
「エーテル切れがきます!」
「私も。もうもたない!」
葬送人と案内人が一人ずつ、限界を訴えた。
生者のエーテル切れは、まず眩暈にはじまり、続いて脈が途切れがちになり、最後には心臓が動きを止める。
エーテル切れを訴えた二人が、ごほごほと咳こむ。心臓が期外収縮を起こしたのだ。
他の者にも眩暈などの症状が現れているようで、ふらりと体を揺らす者や、苦しげに胸を押さえる者が続出する。
ラスは表情を引き締めると、呼吸を整え両手で大地を掴んだ。
消えかけていた深緑の光が再び勢いを取り戻す。エーテル切れを起こして光を後退させている仲間の分まで補うように、その面積を一気に広げていった。
ドーナツ状の空白地帯が細い円に変わる。残り、あと僅か。
そこで、ラスにも眩暈が起きた。呼吸が乱れ、残り僅かだった空白地帯が、また広がってしまう。
と。ラスが大きく息を吸った。背中が大きく持ちあがるほどの努力的な吸気を繰り返す。
間もなく、中心から広がる光に変化が起きた。深緑から白へと、徐々に輝きの色を変えたのだ。
その異変に最初に気付いたのは、ギル・バンだった。自身も眩暈に次ぐ脈の異常を感じていた彼は、前方から迫りくるエネルギーの違いに驚愕する。
「ラス!」
やめろ、と言いかけるも、心臓が期外収縮を起こし、咳こんだ。
続けて異変に続いたゼンゾーまでもが、「こりゃあ、いかん」と青ざめる。
体内に蓄積されていたエーテルの殆どを切らせたラスは、自身の生命力を燃やし、凶屍に与えていたのだ。それが、白い光の正体である。しかしラス自身、己の生命力を燃やしている自覚はなかった。ただ必死に、己の中にある精気を流していただけだったのだ。
やがて、ラスが放った白い光が緑色の光に繋がり、全ての凶屍が鎮められた。
最後の一人が地面に倒れると、光は消失する。
力尽きた葬送人と案内人は、次々とその場に崩れ落ちた。
そこに、白衣の男が一人、ぱたぱたと走ってきた。ジャンである。
「ちょっとモルトスさん。勝手な行動しないでよ~」
集団行動から離れて走っていった屍を追いかけてきたジャンだったが、ぴたりと立ち止まった彼は、次いで口をぽかんと開けた。
彼の目の前には、火の粉が混じる熱風に吹かれながら、ぐったりと座りこんでいる死人の世話人らがいたた。その内側には数えきれないくらいの屍が横たわり、さらにその内側――彼らの中心部には、ジャンが追いかけてきた屍五名のうち四人と、彼らに囲まれ横たわっている、一人の案内人の姿があった。
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