第12話 助けに来るという人は

「ビッテ!」


 イヴリンは扉に駆け寄った。ラスも一足遅れて扉に近づく。


「来てくれると思ってた。ありがとう」


 イヴリンは歳の離れた友達に、心から礼を言った。


「ほら、これ。差し入れと着替えだよ」


 ビッテが麻袋を二つ、格子窓からねじ込んでくる。それを受け取ったイヴリンは早速、着替えの包みを床の上で広げた。中から出てきた白一色のワンピースを持ち上げ、目を丸くする。


「白衣?」

「それなら間違いないだろ」


 ビッテは自信満々だ。厚手のコートやセーターを期待していたイヴリンは「そりゃそうだけど」と唇を尖らせる。次に食べ物を確認するべく袋を解いていると、今度はラスが扉に張り付いた。「あ、あのっ」と切迫感が伝わる声色でビッテに話しかける。


「お、お願いです。外に出して、もらえませんか」

「あたしゃ鍵、持ってないんだよ」


 ビッテが申し訳なさそうに首を横に振った。

 断られた場合をあらかじめ考えていたのだろう。ラスはすぐさま、妥協案を出す。


「じ、じゃあ、何か床に書けるようなものを。木炭、とか」


 木炭? とビッテが怪訝な顔をする。


「何に使うんだい」

「な、仲間に、助けを求めるん、です。この国には、僕の他にも何人か、案内人が、来てるはずだから。ぼ、僕は拘束されたとしても、五人を託す事が、できれば」


 ラスは、格子窓の向こうにいるビッテにも五人が見えるよう体をずらし、後ろで整列しているモルトス達を顧みた。


「彼ら、を家に、帰したいんです。あと少し、なんだ」

「その事なんだけどさ」


 ビッテが格子窓に顔を寄せる。口元に片手をあてて、「イヴリン」と小声で呼んだ。ビッテとラスの様子に注意を払いながら、サンドイッチのパンに生えているカビを摘まんで取り除いていたイヴリンは、「何?」と応じる。


「さっきアレックスに、電話してきたんだよ。すぐ来るって言ってた」

「ええっ?」


 イヴリンが立ち上がる。膝にあったサンドイッチが、床にボトリと落ちた。


「軍とは関わりたくないって、ラスが言ってたじゃない!」

「けど、兄さんじゃないか。悪いようにはしないだろ」

「監禁場所が変わって、さらに厳重になるだけだと思うけど……」


 イヴリンは扉にもたれかかると、特大のため息を吐く。


「ぐ、軍は、駄目なんだ。本当に」


 声を震わせたラスの顔は、青ざめていた。


「い、今、世界中で、屍が注目されてる。ぐ、軍事力、として、利用、できないか。案内人は研究に協力しろって、圧力を、かけられてる。見つかったら、拘束される。そうなったら、みんなもう、家、には帰れない!」


 言い終るなり、絶望したように両手で顔を覆って座り込む。

 ビッテが「ええ……?」と困惑した様子で、格子窓からラスを覗いた。ビッテを責める事はできない。軍と案内人の軋轢などは知らなかったのだから。

ラスの事をどの程度話したのか確認したイヴリンに、包み隠さず全部話した、とビッテは答えた。

 ならば……とイヴリンは考えをめぐらせる。

 すぐに来ると言っていたなら、明日中には到着するだろう。見方を変えると、軍がいつ来るか、誰が来るかが分ったのは収穫だ。アレックスの性格はよく知っている。助力を求めるのは無理かもしれないが、利用はできるだろう。上手くやれば、ラスとモルトスを逃がす事も可能かもしれない。


「よし。策戦、考えましょ。食べながらね」


 ハズレだと思っていた展開に僅かな希望を見出したイヴリンは、差し入れの袋からもう一つのサンドイッチの包みを取り出すと、ラスに向かってぽん、と投げた。キャッチされたのを確認すると、床に散乱している自分の分を拾い集め、がぶりとかぶりつく。

 イヴリンは、腹八分目で最も知恵が回るタイプだった。



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