屍帰郷戦記(KABANEききょうせんき)

みかみ

第一章 夜道に響く鐘の音

第1話 夜道に響く鐘の音


チリ――――――ン


 周囲の空気に染み入りそうなほど澄みきった高い音色が、霜が降りた深夜の農道に波紋を広げる。

 屍案内人かばねあんないにんリンは音を引くのだ。列の最後尾を歩む死人しびとにも、その波動が届くように。


 屍案内人率いる死者の列は、人目を避けて夜道を行くのが慣わしである。牧草地が広がる田舎道。あるいは山道。時には寝静まった町中を。そうやって一人、また一人と、故郷に帰してゆくのだ。遺体に、自ら歩ませて。


 かばねと呼ばれる動く遺体は、先頭を歩む案内人が鳴らす鐘の響きを頼りに、よたりよたりと前進する。


 今宵の葬列は四名。月明りに照らされて、うっすらとではあるが全貌が見て取れる。

 まず後ろから、エプロンをかけた髭面の痩せた老人。その前には将校風の屈強な中年男。従軍看護師の服をまとう壮年期の女。そして、軍服姿の若い男である。

 彼らの体は、総じて傷つきボロボロであった。袖口やズボンの裾からは、きつく巻かれた包帯の一部がのぞいている。顔や手などの隠し難い部分には、荒地を連想させるほどに大きな傷口があらわになっており、彼らが生前、凄惨な現場にいた事が伺える。ただ、彼らが纏う衣服だけは、死後に着せ替えられたのであろう、目立った破れも汚れもない。


 彼らの先頭を歩む案内人は、ゆったりとしたロングコートの上に、四角い箱を背負った背の高い人物だった。長杖を一本、右手に持っている。頭にすっぽりフードを被り、杖と荷物だけが闇に浮かんで見えるほど全身黒ずくめだ。その出で立ちは、一見すると死神にも似ている。しかし、凍てついた空気中に吐き出されるその人の白い息と、生命力に満ちた力強い足取りは、その案内人が屍でも死神でもなく、普通の生きた人間であると示していた。


 案内人が背負う箱の左側面からは、一本枝が生えたような柄が前に向かって伸びており、その先端には小さな鐘が揺れている。

 案内人が杖の先で、鐘を軽く叩いた。するとまた、チリーンと高い音色が鳴り響き、凍てつく夜気を震わせながら、畑や牧草地が広がる田舎の風景に、ゆっくり溶けて消えてゆく。


 両腕をだらりと垂らしたかばね達は、自身が重い荷物であるかのような足取りで、鐘を鳴らす先導者についてゆく。足元は雪混じりの泥道だ。彼らが一歩踏み出すたびに、冷たい泥水が彼らの脛にビシャビシャとはねた。


 案内人が、ふと立ち止まり空を仰ぐ。彼らが進む道の先の上空から、一羽のからすが羽ばたいてきた。死人の列に向かって滑り降りてきたその一羽は、迷わず屍案内人の杖先に止まる。杖の持ち主の耳元でカァと一声鳴いた。


 杖の持ち主が、烏のくちばしが指し示した方向に顔を向ける。その先に広がっているのは、雑木林だ。幹と幹の間から、チラチラと動くオレンジ色の灯火が確認できる。鬱蒼とした茂りの上には、とんがり屋根と十字架らしきものが突出している。村があるのだ。

 そして林の更に向こう。東の空は、うっすらと白みはじめていた。


 あ、と口を動かした案内人が、後続に大きく振り返る。

 その時、フードがはらりと落ちた。フードの下から現れた両目は、夜空に浮かぶ月と同じ柔らかな銀白色を湛えており、それは発光虫が宙を舞うがごとく、頭の動きに合わせて淡い残像を暗闇に残す。


「よ、夜明けだ。さあ、あと少し。頑張って」


 ぼんやりと立ち止まっている屍達を励ました声は、若い青年のものだった。





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