喋る案山子と女子高生
神崎蒼夜
前編
「案山子が喋るみたいです!」
机を四つ並べ、その上にお菓子や飲み物を広げながらとりとめのない話をしている内に、放課後の教室に残っていたのは、
「非論理的な話だわ」
呆気にとられているマコトとは違い、紗希の登場にも驚かず、淡々としたいつもの口調で
「いや、喋らねぇよ」
倫理の言葉で我を取り戻したマコトは、懐疑的な様子でそう紗希に返す。
反対多数の反応を察知した紗希は、そのキラキラとしたオーラをまだ一言も発していない
「ねえ、花梨さんはどう思いますか?」
「え?」
お菓子を右手、本を左手に持ち、器用に黙々と読書を進めていた花梨は、彼女のことが今はじめて視界に入ったかのような反応で、それだけ返す。
「ああそうだね。実に興味深いよ、人食い鳥の話なんて」
「全然聞いてねぇじゃねぇか」
マコトのツッコミすらスルーし、花梨は本を膝の上に置くと、机の上に広げていたお菓子を空いた左手に取り、それをハムハムと呑気に食べ始める。
「まあ紗希ちゃんもここに座りなよ。なんだっけ? 怪鳥の話だっけ?」
自分の隣の空いてる席へと誘導するように手招きをしながら花梨は言う。
「お前は鳥から離れろよ……」
「違いますよ花梨さん! 喋る案山子の話ですよ!」
「非現実的な話だわ」
各々の勝手な反応に頭を抱え、マコトはそのまま机に突っ伏す。
「どうしたんだいマコちゃん、そんな急にすべてのことを投げ出したくなった小説家のようなポーズを取るだなんて」
「いやー、今日も楽しい放課後だなーバンザーイって思っていただけですよ、花梨サン。で、なんだっけ、喋る案山子がどうかしたのか」
そもそも案山子は喋らないだろうと突っ込んでも無駄だというのを察したマコトは、そのことにはとりあえず触れずに、話の続きをしてくれるよう紗希へと促す。
「喋る案山子が居るんですって」
「どこに?」
「一組の
マコトは右手を伸ばし、彼女の正面に座った紗希の額にぺタリとくっつける。「ひゃん」と紗希は悲鳴を上げたが、それは無視だ。掌を通し、彼女のほんのり温かい体の温度が伝わってくる。
「どうやら熱はないみたいだな」
「当たり前じゃないですか」
「むしろあってくれたほうがこの際は良かったんだけどね」
マコトと紗希のやり取りを見ていた花梨は、面白そうに小さく笑う。
「ちょうど話題も尽きていたところにいい話題が降ってきたじゃないか。そう思わないかい、倫理ちゃん」
「現実的ではない話はちょっと……」
「さっきまで幻想小説の話を奮ってしていたお方がよく言うよ」
「幻想は幻想と割り切って楽しめるからいいのよ。でも紗希ちゃんがしようとしている話はそういうことではないでしょ」
マコトの言葉に少しムッとした様子で倫理は応える。
「たしかに、紗希が話そうとしていることはまず間違いなくそーいう類の物だろうな。けれども、とりあえず聞いてみないことには始まらないだろ? それで、宮前さんとこの田んぼに喋る案山子が居るってどういうことだ」
話しだそうとする花梨と倫理の二人を先に手で制し、紗希に先を話すように促す。
「どういうことも何も、その言葉の通りですよ。宮前さんの家のお庭には喋る案山子が居るということです」
「んーとね、紗希ちゃん。多分マコちゃんが聞きたいのはそういうことじゃなくて、どうして喋るのか? や、どんなことを喋るんだ? みたいな事だと思うよ」
閉口したマコトの代わりに、花梨が口を開く。
「ああすいません、そういうことですか。えーっとですね、宮前さんが言うには日常会話が交わせるくらいには喋ることが出来るそうです」
「つまり案山子は、独自の言語体系ではなく、私達にわかるような言語で喋っているのね?」
「はい、ちゃんと日本語を使って会話をしているそうです」
「声帯もないのに喋れるとはすごいね」
「それよりも、やっぱり案山子が喋ってることに驚かないか普通は」
本当にそんな物が存在しているなら、新聞社や研究者が何かしら騒いでいそうなものだが、そういった喧騒のたぐいはマコトの耳に入ってきた覚えは一切ない。
「そんなことを言われたら、大抵の人はまず病院に行くことを薦めると思うわよ」
それもそうかと納得するようにマコトは無言で頷く。現にマコトが紗希にした反応は熱を測ることだったし。
「だから宮前さんだって、そう軽々と他人に話すことはなかったんじゃないかしら」
倫理のこの言葉を聞き、マコトは宮前さんのことを脳内で思い返す。真面目と天然さを同居させたようなタイプの子で、誰とでも分け隔てなくコミュニケーションを取っている子とマコトは認識している。体育の授業では何回か接したことはあるが、個人的に親しく接した覚えはない。けれどなんとなく印象に残っているのは、多分紗希に近い雰囲気を漂わせているからだろう。
「私も宮前さんとは中々に親しく接していたつもりだったけれど、この瞬間までそんな話をされたことはなかったな」
じゃあなんで紗希には──そういった意味のこもった視線が一斉に紗希へと注がれるが、当の本人はキョトンとした表情でパック飲料を飲んでいる最中であった。
「……いや、紗希だから話されたと考えるべきだなこれは」
「同感ね」
「だねぇ」
同じ雰囲気を持つからこそ話しても大丈夫と思われたのだろうという認識が、三人の中で一致した瞬間だった。
「ふぅむ。随分と興味深い話ではあるし好奇心をそそられる話であることには変わりないが、信じるまではいかないかな」
花梨に同意するように倫理も頷く。
「あたしもそうよ、あまりにも荒唐無稽すぎる話だもの」
「だよなぁ……」
「で、でも宮前さんは嘘を吐くような子じゃないんですよ!」
「それはわかるんだよ紗希ちゃん。けれども、現実的な問題で、案山子というのは──いや、人間以外の生物というのは言語を解さないものなんだ。それがいきなり喋ると言われても、到底信用出来る話ではないのが事実であってね」
花梨の言葉にしばし閉口する紗希。まずいことを言ったかな? と問いたげな視線を花梨は向けてきたので、マコトは肩をすくめてそれに応じた。それに、この状況になった時にどうするかはもうマコトの中では決まっていた。
「それじゃあ確かめに行くか」
「本気で言ってるのマコト」
倫理はクッキーを頬張りながら冷たい言葉で応じる。
「まあこれが遠かったりしたら言わないけど、同じ学校の子だしそんなに遠いわけでもないじゃん? それならここでどーこー話すよりも、実際見たほうが絶対にいいって」
マコトの言葉に「それはそうだけれど……」と倫理は小さく応じる。
「ふぅむ。確かに喋る案山子というのは非常に興味はあるからね。もし宮前さんがオーケーを出してくれるのなら、明日にでも押しかけてみたいところだ」
善は急げとも言うしねと花梨はうそぶくが、その態度からは自分の興味が最優先であることを隠そうともしていない。
「じゃあそういうことだから、ちょっと紗希の方から確認をとってもらえるか?」
ぱぁあと顔を輝かせ、「わかりました!」と見るからに嬉しそうに紗希は応えた。
こうして彼女達四人は喋る案山子と関わることになった。しかし彼女達を待っていたのは、喋る案山子ではなく、不可思議な謎であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます