第33話 確信に変わる会話



「交渉を有利にする方法?そんなことより大事なことがあるんだよ」

横嶌よこしまはエレベーターの中で僕の質問に答えてくれた。


「あのさ、しゅん。人ってさ、出会って数秒でその人の人物像を固めてしまうんだよ。まずは先手で丁寧な挨拶。そして名乗る。そしたら、よほど頭おかしい奴じゃない限りは対話が成り立つからね。交渉なんかはその後のあと。え?話が通じないとき?席から降りたらよくない?」




「あ、はじめまして。僕は人族の子で、シュン・ボネアルと申します。こちらは花の妖精でミレイユ。公爵の謁見賜りたく。」


一番最初に投資家とのデューディリジェンスのときに、横嶌よこしまの笑顔を見て「よく笑えるな」なんて思った。

だけど、それから僕は愚直にそれをこなしてきた。

だからこそ、今回も、相手が相手でも僕はにこやかに笑顔をたたえつつ、相手を尊重するような声色で挨拶を行えた。


「ふむ。少しは礼儀を知っているのだね。しかし、妙だね。君は。君からは違和感のようなものを感じる」


「そうそう!それ!シュンってさ、変な子供なんだよね!やっぱ妖精同士!通じるところがあるね!」


「ちょっ…ミレイユ!」


「いや、構わないよ」

氷のように冷たい表情に、ほんの僅かだけど優しい笑顔が乗った。


「ほら!いいのよ!シュンはもっとアタシに感謝しなさい!」


「ごめん、この会話の中から感謝する理由を僕は見つけられないよ」


「人族の子シュン。子供を取返しに来たのかね?それとも私を滅ぼすつもりかね?」


「いえいえ、そんな事はしません。僕はただ、話を、公爵が持たれている魔剣についてお聞きしたかったんです」


「魔剣?この剣が魔剣なのかね?」

ジュリーが腕を振ると、碧色の刀身の剣が握られていた。


「シュン!見た?すごくない!いきなり出てきたよ!」

ミレイユが襟元をぐいぐいしてくる。うーん。まじで勘弁…


「いやー、綺麗ですね!宝石みたいです!」


「そうだろう。この川を媒介にして作った剣なのだよ」

ジュリー・ドビーの表情が、もう少しだけ氷が溶けたみたいにほんのり優しくなった。


「本当にこの川は綺麗です。神聖な雰囲気がしてますし。だからきっと、公爵の剣も宝石のように綺麗なんでしょうね」


「ありがとう。それにしてもこの剣が魔剣だって?私が作り出した剣で、一番私が知っているつもりなんだけどね」


「えぇ。公爵が持っているその剣は魔剣。銘はヴァッツァーですね」


「そうか。私の魔力が影響したのかも知れないね…」


「そうかもしれませんね。公爵にお会いできて、剣を拝見させていただきましたので、これで僕たちは帰ります」


「え?帰るの!?」


「いや、ちょっと、ミレイユ。うん。帰るよ」


「そうか。人族の子シュン。君は普通の人族の子とは違う。君とそちらの妖精は歓迎しよう」


「えぇ。ありがとうございます。それでは公爵。失礼致します」

僕は深々とお辞儀をして、ミレイユと一緒にドビー川を後にした。


サクっと帰りたかったけど、後頭部に刺さる強烈な視線がむず痒い気がした。

そしてそれに、気が付いていないフリをしながら笑顔でジュリー・ドビーに手を振って別れを告げる。


再び、道なき道を歩き、カマの村に戻るんだけど、ミレイユはよろしくっていってナップザックに潜り混んでしまった。


「ねぇ。もっと話聞いたりとかさ、ハチミツ酒飲んだりして仲良くなってもよかったんじゃない?」


何もない山道から獣道に出たあたりで、ミレイユが僕に話しかけてきた。


「そうだね…。早く行かないと、帰られなくなるからね…」



僕は黙々と山を降りていった。

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陰キャエンジニア矢野峻の異世界黙示録 @tsurugi_102k

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