第24話 狩りに行こう・8


 狩った猪をシズクが肩に乗せ、マツとクレールの元に向かう。

 もう、昼は過ぎてしまった。

 皆、腹を空かせているだろう。


「ううむ、腹が空きましたね」


「だねえ・・・」


「・・・ここで、握り飯だけ、食べちゃいます?」


「我慢しようよ。もう少しだからさ。

 肉と一緒に・・・肉とさ・・・」


「・・・」


 脂たっぷりの、猪の肉。

 焼いたら最高だろう。

 口にじわじわと唾が湧いてきた。


「早く行きましょう! もうたまらないですよ!」


「だね! 急ごう! 行こう!」



----------



 川。


 虫の入った革袋を、じっと見つめるクレール。

 最初に付けてもらった餌で、もう1匹釣れた。

 確かに、あのぐっと来た手応えは良かった。


 あの袋の中には、大量の蛆虫が動いている。

 とても手を入れる事は・・・


「あ」


 顔を上げると、ラディが歩いて来る。


「あ! おーい!」


 助かった!

 ぶんぶん手を振ると、ラディも小さく手を上げて、振り返した。

 少しして、ラディが近付いて来た。


「クレール様」


「ラディさん! 助かりました!」


「? 何かお困りで?」


「あの、釣れたんですけど、次の餌が付けられなくて・・・」


 クレールが革袋を指差す。


「餌?」


「虫が、怖くて・・・」


 虫が怖い?

 クレールはあれだけ大量の蝶や蛾を飛ばすのに?


「虫が怖いんですか?」


「はい、はい」


 ぶんぶんとクレールが頷く。


「クレール様は、死霊術で虫を使うではありませんか」


「ち、ち、違うんです! 虫が違うんです!」


「虫が違う?」


「その袋を覗けば分かります! 怖いんです!」


 何か、噛みつくような虫でも入っているのか?

 それとも、ゴキブリでも入っているのだろうか。

 はて・・・

 袋を取って開けた瞬間、


「う!」


 うぞうぞと、大量の蛆虫が動いている・・・


「ひ、ひぁわっ!」


 ば、と袋を投げ捨て、ラディがべたんと座り込んでしまった。

 投げ捨てられた袋から、蛆虫が数匹出ている。

 恐怖と嫌悪感で、顔から血の気が引いた。


「怖いですよね!?」


「はい! はい!」


 クレールがラディの横に座り込み、腕に絡みついた。


「マサヒデ様、あんなのすぐ慣れるだなんて言うんです!

 ほら、あそこ見て下さい! マツ様も気を失ってしまって!」


 クレールが指差した木の陰で、額に手拭いが乗せられたマツが寝ている。


「慣れたくない・・・」


「ですよね!」


「はい!」


 2人が袋から出た蛆虫をたらたらと汗を流しながら見ていると、


「どうされました」


「うわあ!」


「ひゃ!」


 後ろから、ラディに遅れて川を下ってきたカオルが声を掛けた。

 驚いて振り向いたクレールが、カオルの足にしがみつく。


「はあー! カオルさん! 助けて下さい!」


「カオルさん!」


 ラディも反対の足にしがみつく。

 2人の様子を見て、


「どうされたのです!?」


 さ、とカオルが小太刀を抜いた。


「違うんです! 違うんです!」


「カオルさん! 違います!」


 カオルが険しい顔で、ゆっくりと周りを見渡す。


「何がありました・・・落ち着いて、まずは手を離して下さい。危険です」


「あれを、あれを」


「あの袋です!」


 クレールとラディが蒼白な顔で、小さな革袋を指差した。


「あれは・・・シズクさんの?」


「み、見て! 見て!」


「あれは嫌です!」


 じっと目を細めて見る。


「ん?」


 何か小さな・・・あれは、虫?


「あれは・・・」


「虫がいっぱいいるんです!」


「カオルさん! 助けて下さい!」


「さ、お二人共、まずは手を離して下さい。私が見て参りますので」


 クレールとラディが、おずおずと手を離した。

 すたすたと革袋に近付くと、革袋の口から蛆虫が出てきている。

 用心しながら、棒手裏剣を出して、そっと突き刺し、良く見てみる。


「・・・」


 何の変哲もない、ただの虫だ。

 だが、なぜこんなに・・・

 ちら、と釣り竿が目に入った。


(釣り餌か)


 ただの釣り餌。

 あの2人は、この大量の蛆虫に驚いているだけだ。

 振り向くと、蛆虫を突き刺したカオルを、2人が恐ろしげに見ている。


「ふう・・・」


 かくん、と肩を落とし、棒手裏剣に刺した蛆虫を抜いて、川に放り込む。

 溢れた蛆虫を革袋に入れ、きゅ、と口を閉じた。

 そっと転がった釣り竿の横に置き、2人の元に戻る。


「さあ、もう全部袋の中に入れましたから。

 袋を開けなければ、もう出てきませんので、ご安心下さい」


「大丈夫ですか!? もう出てきませんか!?」


「あんな恐ろしい物は!」


 2人が涙を流しながら、カオルに文字通り泣きついた。


「さあ、大丈夫ですから。落ち着いて」


「本当ですか!?」


「大丈夫なのですか!?」


 カオルは座って、2人の肩に、ぽん、と手を置いた。


「もう大丈夫ですから。ご安心下さい」


「うっ・・・うっ・・・」


「うく・・・」


「もう平気ですので。しっかりと袋の口は閉じましたから。

 さあ、火を焚きましょう。もう昼を過ぎましたよ。

 お二人共、昼餉の準備をしましょう」


「はい、はい!」


「ううっ! 分かりました・・・」


 2人が泣きながら立ち上がった。


「ラディさん。先程の臓物を、川で洗って下さい。

 軽く表面を撫でる程度で、血を流すだけで良いですから。

 ごしごしこすってはいけませんよ」


「はい・・・」


「さ、クレール様、こちらを見て下さい。

 このように土の魔術で小さな台の足を作って下さい」


 カオルが地面に簡単な図を描く。

 焚き火の左右に、低い壁のような物。


「この上に平たい石を置き、下で火を焚いて、肉を焼きましょう。

 狩った直後にしか食べられない、貴重な部位です。美味ですよ」


「ぐすっ・・・はい」


「では、私は薪を集めて来ます。

 本当に美味しいですから。すぐに焼きましょう。ね?」


 手拭いで涙を拭いながら、こくん、とクレールが頷いた。

 まるで小さな子供のようだ。

 軽く10倍以上は年上のはずなのだが・・・


 カオルは、ふ、と小さく息を吐いた。


 目の前のクレールは、とても数百年を生きているとは思えない。

 これまで、まともに蛆虫を見ることなど、なかったのだろう。

 そうであれば、仕方あるまい・・・

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