第20話 狩りに行こう・4


 恐ろしい釣り餌集めが終わり、しばらく歩くと、ぱっと開けた。


「あ・・・」


 さらさらと川が流れて、日が差している。

 高くなった日の光をきらきらと反射して、川が光っている。

 開けた場所で、川の涼しい風。


「どうです?」


 にこっと笑って、マサヒデが振り向いた。


「わあ・・・」


「すごく綺麗です!」


「さあ、ちょっとこっちに来て」


 マサヒデに促され、皆が川の側に寄った。

 少し川を眺めて、クレールが指差した。


「あっ! 魚! マツ様、魚が泳いでますよ!」


「本当・・・あ、あそこにも・・・いっぱいいますね」


「ね? 良い場所でしょう?」


「綺麗で、風も心地よいですね。マサヒデ様、ここは良い場所です」


「はい!」


「気に入ってもらえて良かった。じゃあ、釣り竿を作ります。

 シズクさん、太めの木でも拾ってきて、お二人に椅子を用意して頂けますか」


「はーい!」


 がさがさと2人が歩いて行った。

 釣り竿!

 マツとクレールが顔を寄せ、緊張した顔で、


「マ、マツ様・・・このままでは、釣りが始まってしまいますよ」


「どうしましょう・・・やっぱり、針にあの虫を刺すんでしょうか・・・」


「うう・・・」


 2人の喉が鳴る。

 顔を青くしていると、すぐにマサヒデが長い枝を持って出て来た。

 ぴ、ぴ、と小刀で小さな枝を払っている。


「ちょっと待ってて下さい。すぐ出来ますから」


「・・・」


「はいー・・・」


 ぴしぴしと枝が払われ、先に糸が結ばれる。


「こんなものかな・・・」


 切られた糸の先に、釣り針が結ばれてしまった。

 もう逃げられない!


「うん、出来ました。さ、マツさん、クレールさん」


 2人の手に、竿が握らされてしまった。

 マサヒデの懐から、大量の虫が入った革袋が取り出される・・・


「ええとですね、こうやって・・・」


 マサヒデは袋を開き、小さな蛆虫をつまみ上げ、針の先に突き刺した!

 うにうにと、針に突き刺された虫が動いている!


(嫌ー!)


(うぇえー!)


「・・・餌を着けまして。後は、この糸の先の方を持ってですね。

 川に投げ込むだけです。こうやって、少し竿をやって、ひょいっと」


 マサヒデがマツの手から竿を取り、すいっと投げて川に糸を垂らした。


「は、はい・・・」


 糸を上げ、マツの手に戻す。


「さあ、やってみて下さい」


 糸の先の方・・・

 マツとクレールが先を見つめる。

 針に刺された濡れた蛆虫が、くにゃくにゃとのたうっている・・・


「うっ・・・」


 ぷるぷると震える手で、針より少し上を持つ。


(うわあ! まだ動いている!)


「さ、投げ込んでみて。後は待つだけです」


 先の方を見ないようにして、


「え、えい!」


「後は待ってるだけです。すぐ釣れますよ」


「はい・・・」


 どきどきしながら待っていると、


「ん? ん?」


 ちょん、と竿の先が揺れ、何か手の平に感じた。

 は、として上げようとした手を、ぱし、とマサヒデが止める。


「まだ上げちゃ駄目ですよ。ぐっと来たら、竿を上げて・・・

 まだ待って。魚がつついてるだけです。焦らずに待つんです」


「はい」


 急に集中力が高まってきた。

 マツが手の平に集中する。


「む・・・」


 ちょん、ちょん・・・

 ちょん、ちょん・・・

 ぐ!


「ここですね! ここ!」


 ぐい!

 ぱちゃ! と水面から魚があがり、マツの足元にぴたん、と落ちた。

 ぴちぴちと魚が跳ね回る!


「や、やった! マサヒデ様! 釣れました!」


「す、すごい! マツ様、すごいです!」


 マサヒデが糸を引っ張って持ち上げ、


「はは、やりましたね。これが、マツさんの釣った魚、第1号ですよ。

 大きな鮎じゃないですか。美味しそうですよ」


 マツとクレールが顔を寄せた。

 ぶんぶんと鮎が身を振っている。


「鮎・・・」


「はあー・・・」


「こうやって、針を抜いて下さい」


 頭の方を持って、針の根本を持って、くるっと回すと針が外れた。


「・・・」


「じゃ、釣れた魚はここに」


 マサヒデが、持って来た小さな駕籠を下ろし、鮎を放り込む。


「餌はここに置いておきますので・・・」


「!」


「え!」


 がさがさとシズクが出て来た。

 両脇に太い木を抱えている。


「椅子持ってきたよ。このくらいでいいかな」


「うん、じゃあそこら辺りに・・・」


「よっと・・・」


 静かに木が下ろされた。


「じゃ、これ替えの糸と、針です。

 糸が切れちゃったり、針が抜けなかったりしたら、これを使って・・・」


 虫が入った袋の横に、針と糸が置かれた。


「おっと、大きな虫がいましたね。切っておきますから」


 マサヒデが大きな虫を袋から取り出した。


(うっ!)


(うわあ!)


 小刀を取り出して、左手の親指と人差し指で、虫が伸ばされた。


「このくらいかな・・・」


 ぴっ。ぴっ。ぴっ・・・

 切られた虫が、動いている!


「あっ・・・ああ・・・」


 ふらあ・・・とマツが倒れそうになった。


「あ!」


 ぽす、とシズクがマツを抱えた。


「マツさん!?」


 慌ててマサヒデが駆け寄ると、マツが気を失ってしまっている。


「はっ、はあー・・・」


 とすん、とクレールが座り込む。

 顔面蒼白。


「クレールさん! どうしました!?」


「虫、虫、まだ動いてます・・・」


「あららあ・・・」


「ああ・・・虫が駄目だったんですね・・・」


 ぱた、とクレールの手から竿が倒れ落ちた。

 ぎゅ、と目を瞑って、うん、うん、とクレールが頷いた。


「シズクさん、マツさんを寝かせてあげて下さい」


「うん」


 シズクはそっとマツを寝かせた。

 マサヒデは川で手拭いを濡らし、軽く絞って、マツの額に乗せる。


「クレールさん、マツさんを見ててもらえますか」


「は、はい・・・」


「まあ、何度か針につければすぐ慣れますよ」


「慣れたくないです・・・」


「何を言ってるんです。クレールさん、死霊術で虫を使ってるじゃないですか」


「こ、こんな虫は・・・」


「蝶だって、子供の時はこういう姿なんですから」


「えっ」


「知らなかったんですか? こういう芋虫から、蝶になるんですよ」


「ええー! そうだったんですか!?」


「そうですよ。小さな時から、蝶の姿じゃないんですよ。

 少し大きくなったら、硬い皮を作って固まってしまうんです。

 しばらくすると、そこから、蝶が出てくるんです」


「はあー・・・」


「あれだって、大きくなったら、蝶とか蛾とかになるんですよ。

 あの大きいやつは、カブトムシかな?」


「・・・」


「だから、大丈夫ですって」


「いえ、あの、あまり、大丈夫では」


「すぐ慣れますよ。じゃ、私達は狩りに行きますから。

 頭を打ったりしたわけではないので、マツさんは寝かせておけば良いでしょう。

 クレールさんは、好きなだけ釣って下さいね」


「ええ!? ちょ、ちょっと・・・」


「ははは! 大丈夫。すぐ慣れますって。釣りは楽しいですよ。

 風も爽やか。穏やかな日差し。絶好の釣日和じゃないですか!

 じゃ、シズクさん、私達も行きますか」


「うん! 何がいるかなあ・・・」


 マサヒデとシズクは、蒼白な顔のクレールと気絶したマツを置いて、去ってしまった。


「あ・・・」


 顔を向けると、切られた虫が、まだうぞうぞと動いている。

 針先に刺された小さな蛆虫が、まだうにうにと動いている。


「ひぇー・・・」

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