第18話 狩りに行こう・2
翌朝。
準備は万端。
着込み。薄手の皮ローブ。
弓、矢、弁当、水筒、塩、火打ち石。
縄に小刀、地図。
小さな駕籠。魚籠の代わりだ。
釣り糸に、釣り針。
ここに来てから、釣りをする事はなかった。
以前に森に行った時も、手で捕まえていたのだ。
「ううむ・・・」
狩りをしたいが、釣りもしたくなってきた。
荷物を広げて、腕を組んでいると、
「マサヒデ様。どうなさいました」
マツが声を掛けてきた。
「いや・・・釣り糸を見てたら、釣りがしたくなってきて・・・
弓の練習の為に、狩りに行くというのに・・・」
「釣りって、そんなに楽しいんですか?」
ぐ、とマサヒデが目を瞑る。
「ええ・・・楽しいんです。魚が食いついて、ぐっと引っ張られて・・・
竿を上げて・・・水面から魚が出た時の、あの感じ・・・
ううむ! 釣りたい! 釣りたいですね! あそこなら入れ食いのはず!」
「そんなに楽しいのですか? うふふ。私も楽しみになってきました。
マサヒデ様も、早く何か狩って、釣りに来たら良いではありませんか」
にこにことマツが笑顔を向ける。
マサヒデは、ふうー・・・と細く息を吐き、天井を向いて目を開いた。
「そうですね。そうです。まずは目的を果たさなければ。
稽古の為に、狩りに行くのですから・・・」
「まあ!」
マサヒデがこんな態度を取るとは。
釣りはそんなに楽しいのか?
マサヒデはごそごそと荷物をまとめ、
「竿は森の方で作ります。適当な、竹か、枝でも切って・・・」
そう言って、腰の後ろに、たらん、と横向きに矢筒を垂らした。
すい、と矢を取り出す。
ちょっと出しにくいが、抜けない事もない。
「うん」
矢をしまって、もう一度。
「悪くはないですね。長弓だと、背負わないといけないから・・・
これなら、弓がやられても、投矢でも使えますね」
「投矢? 投げるんですか?」
「ええ。こうやって、矢を持って」
マサヒデが矢を取り出し、手に持つ。
投矢といえば・・・ちら、とエミーリャの姿を思い出した。
エミーリャは無事に道場に入門出来ただろうか?
「じゃあ、弓はいらないではありませんか」
「いや、弓みたいに遠くまで飛びませんし、弱くなりますからね。
手裏剣みたいな感じですよ。こんなに大きな手裏剣では、ちょっと」
「へえ・・・」
よし、と着込みを着て、左腕に手裏剣入れを巻きつける。
「ラディさんが来たら、すぐ行きましょう」
「はい」
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からからから・・・
「おはようございます。ホルニコヴァです」
すー、とカオルが出て行く。
「おはようございます。皆様、お待ちかねですよ。さ、どうぞ」
「はい」
土間には、革のブーツが並んでいる。
上がり框に腰掛け、紐を解き、ぐっと足を抜き出し、ラディも居間に入った。
「おはようございます」
「ラディ、おはよ!」
「おはようございます!」
「おはようございます」
皆が笑顔でラディの方を向いて、挨拶してきた。
「おはようございます」
「じゃあ、まずは座っていただいて。一服したら、行きましょう」
「はい」
すっと座ると、カオルが茶を差し出す。
ずずー・・・
「さて、今日の狩りですけど、3つの組に分かれます。
マツさん、クレールさんは釣り。
私とシズクさん、カオルさんとラディさんで、狩りです」
「師匠達は、釣りですか」
「はい。シズクさんとカオルさんは、簡単に獣の気配を掴めます。
私達、狩りの組は、これで狩りが捗るでしょう」
「なるほど」
「あんな所にはいないと思いますが、熊とか魔獣などが出た時のため、一応用心はして下さいね。カオルさんが一緒だから、平気だと思いますが」
「はい」
す、とマサヒデが地図を取り出した。
ぱらりと広げ、川を指差す。
ぐ、とラディが前屈みになって、マサヒデが指差した所を見る。
「マツさんとクレールさんは、この辺で釣りの予定です。
ここ、魚がいっぱいいましたから」
「はい」
「私はお二人に釣りを教えた後に、狩りに行きます。
ラディさんとカオルさんの組は、適当に行ってもらって構いませんよ。
大物で運べないようなら、後からシズクさんに運んでもらいます」
「はい」
マサヒデは地図を畳んで、ラディに差し出した。
「では、こちらをお持ち下さい」
「はい」
受け取って、膝の上に置く。
荷を下ろして、ごそごそと突っ込む。
「では、行きましょうか」
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町を出てすぐ、
「ほら、森が見えるでしょう。あそこです」
マサヒデが正面を指差す。
クレールは不安そうにマサヒデを見上げ、
「マサヒデ様、あそこですか?
結構、広いですけど・・・」
「迷っちゃったら、風の魔術で飛んで帰って来てしまえば良いんですよ」
「あ、それもそうですね」
「川までは一緒に行きます。
今回は訓練でもないですから、帰りたいと思ったら、好きに帰って下さいね。
その時は、文でも置くか、忍の方にお言伝を頼んで下さい」
「分かりました!」
「ラディさんも、帰りたいと思ったらいつでも構いませんからね。
カオルさん、その時は道案内を頼みますよ」
「は」
「じゃ、行きましょうか。すぐですから」
そのまま街道を外れて、6人はまっすぐ森へ歩いて行く。
何もない平原で、半刻もかからなそうだ。
「そういえば、ご主人様。森の手前で、祭の参加者に襲われたとか」
「ええ、そうですよ」
ぐるっとカオルが周りを見渡す。
本当に何もない。
「その者たちは、なぜここで待ち伏せたのでしょう?」
「何ででしょうね? 近くに町がありますし、祭の参加者は来ないでしょうに。
町に行けば良いのに・・・」
「全くです」
改めて見れば、本当に何もない。
「いやいやいや。マサちゃんもカオルも、何言ってんの。
町の中は人族の組でいっぱいでしょ?」
「ああ、それはそうか・・・」
「いや、ご主人様、堂々と入れば、冒険者として何も不自然はありませんよ?
人前で襲いかかるような事をしなければ、全く問題ないはず」
「む、確かに」
「じゃ、お金なかったんじゃないの? 町中で野営なんて出来ないしさ。
弓使いの闇討ち組でしょ? この辺で狩りでもして、食い物作ってたのかもね。
そこにマサちゃんが来て、びっくり! 300人抜きのトミヤス様じゃー!」
ぷ、と皆が吹き出してしまった。
「ははは! でも、いつも降参じゃあ困っちゃいますよ。
全然、武者修行が出来ませんから」
「大丈夫だって! 少し進めば、いくらでも相手が来るって!」
「闇討ち組はまだしも、まともに相手はしてくれるでしょうか?」
む、とカオルが腕を組んだ。
「もう、ご主人様の名も顔も、売れまくってしまいましたから・・・
この近辺では、あまりいないかもしれませんね。魔の国に近付かねば」
「いいじゃん。楽に進めるんだから。
どうせ、弱いやつ倒した所で、大した点数にはならないんでしょ?
さっさと進んで、強い奴と戦って、がつんと稼げばいいのさ」
「別に勇者になりたい訳ではないのですが」
「なーに言ってるの。マサちゃん、良く考えてよ。
すぐ降参! なんて弱っちい奴と戦っても、大した修行にはならないでしょ。
強い奴と戦ってこその、武者修行じゃないの?」
「確かに、そうですが・・・」
「だから、さっさと進む! そうすれば、強い奴と戦える! 点数もいっぱい!
ついでに降参だーって弱っちい奴らからも、点数もらっちゃいなよ。
で、魔王様にご挨拶。勇者なんか、ついでだよ、ついで。ね?」
マサヒデとカオルが驚いてシズクを見上げる。
「ううむ・・・シズクさん、あなた・・・中々やりますね」
「考えすぎちゃ駄目だよ。さっさと魔王様の所に行けば良いだけなんだって。
そうすれば、強い奴は向こうから寄ってくるのさ! ね!」
「全く、その通りです・・・」
「む・・・ううん・・・」
世の中、単純な考えが正解な事が多々あるものだ。
あはは、と笑うシズクを見て、若いマサヒデもカオルも唸ってしまった。
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