第16話 鉄砲の凄さ


 馬屋に行き、馬鎧を見せてもらった。

 分厚い革で、実に頑丈そうであった。

 がっくりしたマサヒデ達に「防寒具に使えますよ」と、馬屋が慰めてくれた。


「カオルさん、失敗しましたね・・・」


「ええ・・・」


 無言で歩く、マサヒデとカオル。


「長物、見に行きましょうか。馬で使うやつ」


 ぽつん、とマサヒデが言った。


「そうですね」


「ラディさんの所に、あったかな・・・」


「良い物があると、良いですね・・・」


 とぼとぼと、2人は職人街へ歩いて行った。



----------



 ホルニ工房。


 がらがらがら・・・


「こんにちは」


「あら、トミヤス様。いらっしゃいませ。ラディですか?」


「いえ、槍を見に来たんです」


「槍ですか? あら・・・何か、あったんですか?

 随分と気落ちされてますけど」


「え? ええと・・・まあ、色々と・・・失敗しちゃって。

 間違えて、馬に革鎧を買ってしまって・・・」


「馬鎧? 革・・・ああ! あははは! そういう事ですか!」


 ラディの母も笑い出してしまった。


「ま、お若いんですから、失敗のひとつやふたつ、ありますよ」


「は・・・」


 ラディの母が、ちら、と後ろのカオルの方を見る。


「あら、こちらはたしか、この間・・・トミヤス様のお連れの方ですか?」


「あ、ええ、そうです。内弟子にとりまして。

 中々の腕前だったものですから」


「あら! トミヤス様の内弟子だったんですか?

 お嬢さん、すごいじゃないですか!」


「は。有り難い限りです」


「頑張りなさいよ。カゲミツ様にはご挨拶したんですか?」


「いえ、つい先日、内弟子に入ったばかりで、まだ」


「怒らせないうちに、挨拶に行きなさいね」


「は」


「で、トミヤス様、どんな槍をお探しなんです?」


「馬上の得物が欲しいんです。良い馬を捕まえられたので、使おうと思って」


「馬上槍ですか・・・十文字か、大身槍か、それともランス? ジョスター?」


「あ、十文字槍ですか! それは良いですね!

 ご亭主の作なら頑丈で、馬上で使うにぴったりそうです」


「でも、うちは柄がないですねえ。

 刃はありますけど、馬上槍となると、やっぱり鉄芯の物にしますよね」


「ううむ、そうですか・・・」


「お時間いただければ、柄もお作りしますよ」


「では、お願いします。カオルさんはどうします?」


「私は薙刀が良いです」


「ううん、薙刀ですか? お嬢さんじゃ、重すぎないかしら」


「馬上が得意ではありませんので、雑に振り回しても良いようにと思うのですが」


「カオルさんが薙刀を扱えないと思ったら、私が薙刀を使うので構いません」


「分かりました。長さはどうします?」


「何しろ、馬が大きなもので・・・柄は7尺くらいにしてもらえますか?

 馬屋さんが『あれは本当に馬か?』って言うくらいですから」


「7尺ですか! それは長いですねえ・・・かなり重くなりますよ?」


「そのくらいないと、ちょっと・・・てくらい大きいんです」


「へえ・・・形はどうします? やっぱり巴型?」


「ええ。扱いが慣れてないですから、頑丈そうな方で」


「刃の長さはどのくらいにします?」


「3尺・・・は大きすぎますかね?」


「慣れてないと、難しいんじゃないかしらねえ。

 巴は扱いも難しいって聞くし、2尺にしておいたら?

 柄で叩いても大丈夫なように、鉄芯を仕込むんですから」


「じゃあ、2尺でお願いします。

 私達、どちらも馬上は素人なので、斬れ味よりとにかく頑丈でお願いします」


「はーい。おまかせ下さいな。頑丈は亭主の得意ですから。

 ラディ呼んできます?」


「ええ。せっかく来たんですから、ご挨拶したいです」


「じゃ、お茶もお出ししますから、そこにかけてお待ち下さいね」


 マサヒデとカオルは椅子に腰掛けた。


「うん、十文字槍は良かったですね。突きの幅が広がる。

 聞きに来て良かったと思います」


「ええ。私は大身槍と考えていましたが、十文字槍の選択肢もありましたね」


 ぺたぺた・・・


「どうも」


「ああ、ラディさん。お邪魔してます」


 また着流しに兵児帯だ。今日は薄い青だ。

 ラディは着流しが好きなのだろうか?

 普段着なら、サイズがないと言う事もないだろうが・・・


「ラディさんって、普段着はいつも着流しなんですか?」


「はい」


 マサヒデがじろじろとラディを見る。

 ちら、とラディが顔を逸した。

 ラディの母が来て、


「はい。どうぞ」


 茶とまんじゅうを差し出す。


「ありがとうございます。

 お母上、ラディさんて和装が似合いますね」


「あら! あらあら!」


「そうですか」


「ええ。顔がきりっとしてて、上背があるから、ぴったり似合ってます」


 顔を逸したまま、ぽ、とラディの頬が染まる。


「あはは! トミヤス様もお上手なこと!」


「お母様」


「いや、別に、そういうつもりでは・・・」


「もう、そういうつもりで良いんですよお。

 トミヤス様なら、ラディを預けて構いませんよ」


「ははは! また御冗談を!

 ラディさんなら、貰い手がたくさんいるでしょうに」


「それがね、みーんな、ラディを怖がっちゃって。お友達も少ないし。

 この子、あまり口きかないでしょ? 背も高いし。

 若い子は何か怖いとか、威圧されて息が詰まっちゃうとか」


「お母様・・・」


「ぷっ! ははは! ラディさんは怖くありませんよ。

 すごく優しい方です。あと、面白いですし」


「面白い? うちの娘が? そんな事を言う方は初めてですよ。

 何々、どんな事があったんですか?」


 にやにやしながら、ラディの母が顔を近づける。


「ええ! そりゃもう色々と・・・」


「マサヒデさん、やめて下さい」


「ふふふ。じゃあやめておきましょうか。

 お母上なら、普段から面白い所はたくさん見ておられるでしょう?」


 そう言って、マサヒデは湯呑を取った。

 カオルも湯呑を取って、茶を啜る。


「ラディさんは、今日は仕事お休みなんですか?」


「はい」


「何してたんです?」


「もらった銃を、分解して組み立ててました。

 マツモトさんが仰るには、これをひたすら繰り返すのが、上達の第一歩だと」


「へえ・・・」


「何となく、銃を持った時の感触が変わった気がします」


「面白いですね。どんな風に変わったんです?」


「こう、動かした時に、何か・・・

 何となく、見えない部品が、動く・・・」


「ほう? 得物の動きが感じられるようになった、と」


「何となくですが、そんな感じが」


「私は鉄砲はさっぱりですですけど、それ、多分すごく上達してます。

 刀も同じです。最初は、自分が振るんです。

 ずっと振ってると、刀が勝手に動いて・・・という感じが感じられます。

 カオルさんも、この感じ、分かりますよね」


「はい。勝手に動いていく感じ、たまにですが、感じられます」


「そういうものですか?」


「ええ。そういうものです」


 まんじゅうを取ってかじる。

 もむもむ、ごくん。

 ずずー・・・


「まだ、買ってから少ししか経ってないのに・・・

 ラディさん、すごいですよ」


「そうですか?」


「ええ。すごいと思います。

 鉄砲の扱いの才能、あるんじゃないですか?」


「マツモトさんの教えのお陰です」


「今度、訓練場に来て射撃の練習してみたらどうです。

 弾代は私が出しますから、好きなだけ練習して下さい。

 マツモトさんが空いてたら、教えを願う事も出来ますし」


「ありがとうございます」


「マツモトさんて、どのくらいすごかったんですか?」


「20間の的で、ぴったり同じ穴に全弾当ててました」


「ぴったり同じ穴に?」


「穴はひとつなのに、射つ度に的が揺れて・・・」


「ええ!?」


 マサヒデもカオルも目を開いて驚いた。

 そんなに正確な射撃を・・・

 現役時代は上級の冒険者だと分かっていたが、そこまでの腕だったとは。


「若い頃は、200間(約360m)の的にも当てられたとか」


「200間!? 本当ですか!?」


 マサヒデもカオルも仰天してしまった。

 200間先の人など、小さな点ではないか!


「あの銃なら慣れれば余裕、なんて言ってましたが、私ではとても・・・」


「すごかったんですね・・・マツモトさんって・・・」


「あの、上に着ける遠眼鏡を付ければ、長物なら500間はなんとか、と」


「ええ!?」


「上手い人だと、倍でも当てられるそうで」


「・・・」


 そんな遠くから射たれたら、とても敵わない。

 こちらが見つける前に、一方的にやられてしまう。

 マサヒデとカオルは顔を見合わせた。


「鉄砲って、すごいんですね・・・」


「ええ・・・」


「買ってくれて、ありがとうございました」


 ぺこ、とラディが頭を下げる。

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