閑話 まだ半分

第14話 まだ半分


 冒険者ギルドから帰り、マサヒデとカオルはそのまま庭に立った。


 マサヒデは、ぽん、ぽん、と竹刀を軽く乗せながら、


「さて、と。食堂でも言いましたけど、カオルさんは私より、遥かに綺麗に振れています。ですけど、片手にするまで当たりませんでした。何故か分かりますか」


「いえ・・・あの、私の方が振れているんですか?」


「振れてます」


「ううん・・・」


「では、もう一度立ち会ってみましょう。私の避け方を見ていて下さい。

 途中で片手にせず、両手で持ったまま、何度か振ってきて下さい。

 その方が分かりやすいと思います」


「は」


 2人が構える。


「では、いつでも」


 カオルの身体が傾く。

 す、とマサヒデが下がる。

 紙一重。


 す、と身体上がる。

 マサヒデが下がる。

 紙一重。


 くる、と横に回る。

 マサヒデが下がる。

 紙一重・・・


 当たらない。

 変な筋を通っているのに、当たらない・・・

 受け流しすらされない。全部空振り。


「く!」


 次々に振るが、全て空振り。

 下がって下がって、ついにマサヒデが壁際まで来た所で、


「分かりましたか?」


 きり、とカオルが歯噛みする。

 ここまで振って、何故、当たらない!?


「ううむ・・・では、私が振ります。

 まだ上手く寸止め出来ないので、当たってしまうかもしれません。

 ですが、受けずに避けて下さい」


「は」


 くい、とマサヒデの身体が左に小さく回る。

 来る!

 さっと間合いから下がった。

 避けた、と思ったが、ぱん、と軽く左腕に当たった。


「あ、当たった!? 避けた、はず・・・」


「もう一度、行きますよ。避けて下さい」


「は・・・」


 くい、とマサヒデの身体が右に小さく回る。

 来る!

 大きめに下がった。

 今度は避けられる・・・すとん。

 軽く右小手に竹刀の先が当たった。


「うっ!?」


 マサヒデの身体が、ぐっと前に出ている。


「分かりますか? そこまで大きく下がったんです。

 もう得物の長さの違いではないですよ」


「何故・・・何故!? 私の方が振れているんですよね!?」


「はい。お手本にしたいくらい、綺麗に振れています。

 実際に相手にしてて分かったと思いますけど・・・

 はっきり言って私の振り、カオルさんより数段遅いし、荒いです」


「では何故!?」


「あなたは、この振りの良い所が分かっていない。

 振れているのに、使えていない状態です」


「使えていない? 振れているのに?」


「そうです。指先で刀を導いて行くんです」


「それは、それは分かっております」


「いいや、分かってないですね。まずはここからです。

 私が避ける所を目に浮かべながら、素振りをして下さい。

 良いですか。私が避ける所を目に浮かべながら、ですよ」


 指先が導く方向を、刀が出る前に変えるだけ。


 身体を動かす。相手は来ると察し、避ける。

 動くと自然に手が前に出る。

 指先で方向を決める。ここで、相手に向かわせるだけ。

 相手の動きに合わせて、変幻自在に変わる剣。


 ここがすごい所なのだが、カオルはこれが分かっていない。

 最初にこの筋と決めてしまったら、相手に合せて自在に変えられない。

 筋こそ普通と違っても、これでは普通の振りと大して変わらない。

 結局、敵に囚われ、剣に囚われ、変幻自在には程遠い。

 無願想流の振りではなくなってしまうのだ。


 カオルが両手で振ると、技量の高さが良く分かる。

 まるでお手本のように綺麗に剣先だけがくる。全然ブレない。

 昨日の今日で、まだ本来の速さは出ていない。

 最初の予備動作も大きいから、マサヒデでもついていける。

 だから、筋が分からなくても、少し下がるだけで、簡単に避けられるのだ。


 カオルは難しい顔をして、振っては下がり、振っては下がり、と繰り返す。

 マサヒデも、素振りを始めた。

 カオルくらいに振れるようにならなければ。



----------



「ふう・・・」


 そろそろ夕刻だ。

 素振りを止め、カオルの方を見る。


 西日が当たり、小太刀を振るたびに、髪が揺れてきらめく。

 流れるようにくるくると小太刀を振るカオルを見て、素直にすごいと思う。

 剣も身体も、すいすいと水が流れるように動く。

 形が無いようで、歪まず、崩れず、身体が全くばらけていない。

 すごい技量だ。マサヒデも惚れ惚れしてしまう。


 元々、近い振り方をしていた。

 それでも、ここまで振れるとは驚きだ。


 だが、今のままでは、この振りが分かる前のマサヒデでも、軽くいなせてしまう。

 『変な筋から振っても、ちゃんと斬れる』

 このすごい所が半分しか分かっていない。


「カオルさん」


 ぴた、とカオルが止まった。


「そろそろ、上がりましょう」


「は」


 カオルが軽く頭を下げ、上げた。

 納得がいっていない顔だ。


「カオルさんは、まだ半分しか分かってないようですね」


「半分、ですか」


 こく、とマサヒデは頷いた。


「どんな筋から振っても、ちゃんと斬れるんです。

 ここがまだ半分しか分かってない。

 あなたは、まだ相手や筋に囚われています」


「えっ」


「今のカオルさんなら、無願想流を知らなかった私でもいなせます。

 慣れて振りが速くなっても、おそらく変わりません」


「・・・」


 カオルが俯いてしまった。


「もちろん、父上みたいに私が分からないくらい速くなれば、当たります。

 でも、そこまで速いなら、無願想流である必要はありませんね。

 今の速さでも、あと半分が分かれば、簡単に私を倒せるんです」


「はい・・・」


「そろそろ夕刻です。

 夕餉の買い物にでも行きましょう」


「は・・・」



----------



 がっくりと肩を落としたカオルを連れて、市場を歩く。


「今日は魚にしましょうか。カオルさん、魚好きでしょう」


「はい」


「私は鮎が良いですね・・・うーん。カオルさんは?」


「鮎でいいです。これにしましょう」


 毎度、と差し出された鮎を受け取り、とぼとぼと歩いて行ってしまう。

 そこまできいたのか?

 どんよりしたカオルの横に並び、


「カオルさん、私、言い過ぎましたかね」


「いえ、自分にがっかりしただけで」


「ははは! 食堂であれだけ私に言っておいて!」


「全くです・・・」


 魔剣の力を調査した時のラディのようだ。

 せっかくすごい力があるのに、使えない。

 あのがっかりした、消沈した顔。


「ふう、仕方ないですねえ。私もまだ掴めてないので、中途半端です。

 そんな私が教えたって、毒になるだけと思っているのです。

 だから、教えるつもりはなかったのですが・・・」


 がば! とカオルがマサヒデに顔を向けた。


「カオルさん、弓、使えますよね。前もぴしぴし的に当ててたし」


「はい!」


「でも、的に当てるだけじゃあ、実戦じゃそんなに役に立ちませんよね。

 相手は、動いたり止まったりしてるんですから・・・」


「はい、その通りです」


 ふふん、とマサヒデが笑った。


「私の言いたい事、分かりますかね?

 カオルさん、まだ止まった的に当ててるだけなんですよね」


 にやにやと笑いが浮かんでしまう。

 文字通り、指先を軽く動かせば良いだけの事なのだ。


「そ、それは一体!? つまり!?」


「ふふ、後は想像通りじゃあないですかね?」


「想像もつかないんですが!?

 ええと、弓で動く相手に当てる? 予想して射つ・・・?」


「ううむ、ちょっと惜しいかも、ですかね。

 それじゃ、相手の動きに囚われ過ぎて、隙が出来ちゃうと思いますよ」


「惜しい? 惜しいんですか!? ええと、ええと・・・」


「無願想流は、形というものがないって言うじゃないですか。

 まあ、あの振りじゃあ形なんてなくて当然ですけど・・・

 水の流れる如くとか、似たようなの、武道では良く聞く言葉ですよね」


「ど、ど、どういう事ですか!?

 つまり、ええと、いわゆる水の心得のような・・・」


 マサヒデはわざとらしく腕を組んで、額に手を当てて首を振る。


「カオルさんは、それこそ流れるように綺麗に振ってるのに・・・

 ううむ、惜しい! 惜しいなあ・・・後少しなのに・・・」


「そ、そんな! ご主人様!」


「ははは! 今のは忘れて下さい!

 言いたかったのは、弓の所だけです」


「酷い! 悩み苦しんでいる女性をからかって!」


 ぷんぷんするカオルに、マサヒデは真剣な顔を向けた。


「私だって、まだ良く分かってないんです。

 良いですか。『私が分かってる部分ではこう』ってだけですからね。

 まだまだ、中途半端に分かっている部分だけなんです。

 これ、正解じゃないというか、途中の部分だろうって事をお忘れなく」


「むうん・・・はい! 分かりました!」


 ふーん! とカオルは顔を背けてしまった。


「ははは! ちょっと、今の所は真剣に聞いて下さいよ!

 そんなクレールさんみたいな拗ね方しちゃって・・・」


 カオルは拗ねてしまったが、ぐったりした顔よりは良くなった。


 マサヒデに分かった無願想流はこの程度。

 心技体の技の部分ばかりだ。心がほしい。


 相手の動きに合せて、指先で変える。

 これは正解あって、正解ではない。

 これだけでは不足だ。


 目で追えない相手に対処出来ない。

 囮の動きに対処出来ない。

 最後にこうなる、というだけだ。


 技だけが先を走りすぎている。これはとても良くない。死を招く元だ。


 マサヒデの知る限り、どの流派も、最終的には『中庸』とか『一』とか『無心』といったものに行き着く。言葉が違うだけで、似たようなものだ。


 とにかく、今は基本の姿勢をしっかり崩さないことだ。

 相手に囚われすぎず、自分の剣に囚われすぎず・・・

 剣だけでなく、心にも、芯を置くことだ。

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