第6話 内弟子のお目見え・1


 翌朝。


 マサヒデとカオルが静かに向かい合っている。

 横で、なぜか緊張した、マツ、クレール、シズクが正座して2人を見つめる。


「・・・」


 こぉん! 鹿威しの音が、静かな居間に響いた。


「・・・カオルさん。あなたは内弟子です」


「は」


「今日から、私と一緒に訓練場で皆さんに稽古をつけたり、つけられたりします。

 まずは、皆さんに内弟子になったと紹介しましょう」


「は」


「では、行きましょうか」


 マサヒデがすっと立ち上がる。

 カオルは立ち上がり、ぴし! と襟を正した。


「は!」


 マサヒデの後に付いて行くカオルの背が、ゆらゆらと揺れて見えた。

 から、と玄関の開く音がして、とん、と閉まった。

 ふうー、と3人が息をつく。


「なんか、カオル、えらい気合が入ってたな・・・」


「ええ・・・見てる私も緊張してしました」


「ほんとですね・・・」


 くる、とシズクがクレールの方を向き、


「じゃ、クレール様、私らも行こうか」


「そうですね!」


 シズクとクレールも立ち上がり、訓練場に向かった。


(一緒に行けば良かったのに・・・)


 つつー、と茶をすすり、マツも執務室へ入って行った。



----------



 訓練場。


 マサヒデの前に集まった冒険者達の中に、カオルも一緒に正座している。

 ちらちらと、冒険者達の目がカオルを見ている。


「皆さん、おはようございます。

 ご存知の方も多いと思いますが・・・カオルさん、こちらへ」


「は」


 す、とカオルが立ち上がり、マサヒデの横に並んだ。

 皆の目がカオルを見つめる。


「こちら、私の内弟子になりました、カオルさんです」


「よろしくお願いします」


 す、とカオルが頭を下げた。


「色々ありましたが、少しの間だけ、内弟子とする事にしました。

 私が見た所、腕はシズクさんと同じくらいだと思います。

 なので、シズクさんと同じよう、師範役も務めて頂きます。

 まずはカオルさんの腕を見て頂きます」


 すたすたとマサヒデが離れ、カオルも付いて行く。

 少し離れた所で、マサヒデは止まり、竹刀を構えた。

 カオルも離れて対面に立ち、小太刀を構えた。


「では、いつでも」


 ゆら、とカオルが動き出す。

 マサヒデは動かず、そのまま。

 遅いな? と冒険者達が思った瞬間、ふ、とマサヒデの目の前にカオルが立った。


「は!?」「え!?」「何!?」


 冒険者達が驚きの声を上げた。

 カオルの小太刀がマサヒデに振られたが、すわっと流される。

 小太刀が返って来て、またふわっと流される。


 前のめりに崩れた、と見えた瞬間、のめった勢いを使ってカオルがさっと跳んだ。

 マサヒデから離れ、体勢をすっと整える。


「おお!」


 冒険者達が声を上げた。


 くるっと向きを変えて、さーっとカオルが走り出し、袈裟懸けに斬り込む。

 またマサヒデの竹刀が回り、カオルの小太刀が真横に飛んで、地を跳ねた。

 一瞬だけ崩れたカオルの首に、返って来た竹刀が置かれる。

 マサヒデは、最初の位置から一歩も動いていない。


「ここまでです」


「う、参りました」


 すたすたとマサヒデは皆の前に戻った。

 カオルも小太刀を拾って、小走りに駆けて来てマサヒデと並ぶ。


「ご覧のように、カオルさんの戦い方は、シズクさんとは随分と違います。

 皆さんの良い練習台になると思います。

 師範役として前に立ったら、ばしばしとお願いしますね」


「はい!」


 とは答えたものの、冒険者達は皆、


(こんなの相手に出来るかー!)


 と胸中で叫んでいた。

 同時に、マサヒデがこの女を軽くひねっていた事に、うっすら恐怖も感じた。

 そこに、


「おっはよー!」


 明るい声で、どすどすと重い音を立てて、シズクが走って来た。


「遅れてごめんなさい!」


 マサヒデとカオルの目がシズクに向けられた。


「お、シズクさん、おはようございます」


「おはようございます」


「内弟子さんじゃん! 早速来たんだ!」


 上手い!

 マサヒデもカオルも、シズクに拍手を浴びせたくなった。


「じゃ、やろうよ!」


 え!?

 にやにやと笑いながら、シズクがカオルの顔を覗き込む。


「師範役は私だぞ! 譲らないぞ!」


「シズクさん、別に師範役は1人じゃなくたっていいんですよ。

 あなたとカオルさんは、戦い方が全然違うんですから。

 皆さんに、色々な戦い方を見せる為にも、師範役をやってもらいます」


「あ、そうか・・・確かに、その方が良いよね」


「そうですよ」


「じゃあ、師範役一番の座を賭けて勝負だ!」


 びし! とシズクがカオルを指差し、かくん、とマサヒデとカオルの肩が落ちた。


「シズクさん・・・あなた、カオルさんと手合わせしたいだけですね?」


「む! さすがマサちゃんだな! その通りだよ!」


 ちら、と冒険者達の方を見ると、期待の眼差しで目が眩みそうだ。

 カオルも困った顔をしている。


「ふう・・・じゃ、良いでしょう。2人に立ち会って頂きます」


「え!?」


 カオルが驚いて声を上げた。

 小さな声で、


「勝っても負けても構いません。皆さんに見学してもらう事が目的です。

 ですので、軽くやって下さい。6割です。全力では、見学になりませんからね。

 かっこいい勝負を見せれば良い。お芝居のつもりで」


「わ、分かりました」


「シズクさんも良いですね。皆さんに分かるように、6割で流して下さい。

 かっこいいお芝居が出来れば良いですから」


「分かった!」


「じゃあ、皆さん。これから、この2人が立ち会います。

 シズクさんが喧嘩を吹っ掛けたみたいになりましたが、まあ良いでしょう。

 申し訳ありませんが、少し見ててやって下さい」


「はい!!」


 冒険者達のこの輝く眼差し。

 まるで、皆がクレールのようだ。

 この2人の立ち会いは、もう少しカオルが慣れてから、と思っていたが・・・

 そのうちやる予定だったし、まあ良いだろう。


「じゃ、お二人共、こちらへ」


「は!」「おうよー!」


 少し離れて、カオルとシズクが向かい合う。


「じゃ、構えて」


 ぐ、と2人が腰を沈める。


(6割ですよ)


 と、小声で囁く。

 こくん、と2人が頷いた。


「始め!」


 ゆらりとカオルが動く。

 ふふん、とシズクが笑って、しゅ! と突き出す。

 は! とカオルが避けたが、驚いて目が見開かれている。


(あ、しまった!)


 シズクは力を抜いて、速く軽く振った方が強いのだ。

 当人は未だに気付いていないようだが、6割と言ったのはまずかった・・・


 しゅ、しゅ、しゅ、と次々に素早い突きが出される。

 緊迫した顔で、カオルがぎりぎりで避けている。


「へっへっへー。内弟子のカオルさん! 師範役一番は私だね!」


 まずい。ちゃんと勝負になるか?

 すぱ! とカオルの襟を掠め、カオルの髪をまとめていた布が飛ぶ。

 はらりとカオルの長い金髪が流れ、広がった。


「おお!」


 冒険者達が声を上げ、前のめりになった。

 カオルが避ける度に、きらきらと髪が流れる。

 姿は綺麗に見えるが、顔は真逆で、今にも・・・と蒼白だ。

 あの様子では、カオルはとても飛び込めそうにない。避けるのに必死だ。


(何だあ? 避けるのを見せてやってるのかな?)


 力を抜いているのに、まともに勝負に出てこない。

 顔も必死の形相だ。さすがは忍、良い演技をするものだ。

 ぴた、とシズクが棒を止めた。


「どうした内弟子さん! かかってこい!」


 カオルはたらたらと汗を流し、避けたままの体勢で、じっとシズクを見ている。

 シズクはにやっと笑い、ゆっくり棒を引いた。


(さすが忍、良い役者だよ。乗ってやるかな!)


「ふふん! 一手譲ってやる! 私を仕留めてみろ!」


 カゲミツ様の真似だ! これは盛り上がるだろ!


「うおおー!!」


 ぱちぱちぱち!

 皆のすごい歓声! すごい拍手! やったね!

 ちら、とマサヒデを見ると、マサヒデもにやっと笑った。


「すー・・・ふう・・・」


 深呼吸して、カオルが体勢を整えた。

 きり、とカオルの目が据わった。


 腰が沈む。

 小太刀を右片手で握り、左手でナイフを抜く。

 譲られた一手で、シズクを仕留められるか!?

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