第2話 伝え忘れ・2


 執務室。


 素振りが終わり、マサヒデはカゲミツへの手紙の内容を考えていた。

 あまり細かく書かないでおこうか。

 父上は昔、コヒョウエ先生の世話になったと聞いている。

 息子が道場をやっていると聞けば、必ず行くはずだ。


(適当で良いか)


『カゲミツ=トミヤス様


 昨日、お伝えし忘れた事を、お詫びします。


 先日、オリネオの近くで、アブソルート流の道場を見つけました。

 小さな道場で、町からも離れておりますので、父上もご存知ないかと思います。


 道場主は、ジロウ=シュウサン。

 あのコヒョウエ=シュウサン様のご子息で、素晴らしい腕の持ち主です。


 場所はオリネオの町から寺へ向かう道を、ずっと先に行った所です。

 小さな神社があり、その向こう側です。


 愚息 マサヒデより』


(良し、父上の事、必ず行く。剣聖の来訪とあれば、ジロウさんも喜ぶ)


 ぱさりと畳んで、封筒に入れる。

 マサヒデは居間に戻り、


「シズクさん、お待たせしました。では、こちらを父上に。

 あと、コヒョウエ様の事は秘密にしておいて下さいね」


「はーい」


 受け取って、シズクはごそごそと懐に入れ、


「じゃ、私は道場に行ってくるね!」


「はい。行ってらっしゃい」


 さて、とマサヒデも立ち上がる。


「クレールさん。私は訓練場に行きますが」


「私も行きます!」


「じゃ、一緒に行きましょうか。カオルさん。頼みます」


「は」


「じゃ、マツさん。行ってきますね」


「行ってらっしゃいませ」



----------



 少し寝坊してしまったので、訓練場にはぽつぽつと人が集まっていた。

 クレールは魔術師達の所に「おはようございまーす」と声を上げて走って行った。


「皆さん、おはようございます」


「おはようございます!」


 皆の元気な声。

 この稽古も、もうすぐ終わるかもしれない。


「それでは、遅くなってしまいましたので、早速稽古を始めましょう。

 今日は少し試したい事がありますので、私の動きは鈍りますが・・・

 ばしばしと攻めて来て下さい。よろしくお願いします」


「はい!」


「では、最初の方」


 冒険者が立ち上がり、マサヒデの前に立つ。


(うむ・・・)


 少し手を意識するくらいで良いだろうか。


「いつでも」


「たあーッ!」


 ぱん!

 マサヒデの身体が前に跳び、冒険者の胴を薙ぎ払う。

 逆足を使いながら、身体を回しながら、跳んできた方を向く。

 しゃがみ込む冒険者。


「ぐっ・・・ありがとうございました」


(ううむ、違うな・・・)


「ありがとうございました」


 軽く礼をして、頭を上げる。


「次の方」


「はい!」


 冒険者が前に立つ。


「では、いつでも」


 槍が突き出される。

 流しながら、もっと手を強く、手に引かれるように・・・

 横に薙ぎながら、槍に沿ってマサヒデが跳ぶ。


 ぱしん!

 冒険者の胴が叩かれる。


(ううむ・・・さっきよりは手応えがあった? ような・・・)


「う、あ、ありがとうございました・・・」


 うん? と冒険者達が異変に気付いた。

 普段は流されて、とん、と竹刀を置かれるだけだが、今日は打ち込んでくる。

 受け、流しが主体の守りのマサヒデの剣が、強く攻めて来る。

 相手に勢いよく跳んでいる。


「ううむ・・・では、次の方」


 冒険者が前に立つ。

 ぱしん!

 また横薙ぎ。


 何か、マサヒデの様子が違う。

 やはり、強く攻めて来る。

 打ち込んだ後、柄をじっと見つめている・・・

 あの斬り上げの練習と、何か関係があるのだろうか?



----------



 トミヤス道場。


 がらっ!


「おはようございまーす!」


 勢いよく道場の戸が開かれ、シズクの声が響いた。


「おう! 入ってくれ!」


 奥からカゲミツの声が響く。

 どすどすと足を踏み鳴らし、シズクが中に入って行く。


「カゲミツ様、おはようございます」


「よお! 今日もよろしく頼むぜ!」


 にこにこ笑いながら、カゲミツがシズクに声を掛ける。


「カゲミツ様、マサちゃんから、これ預かってきた」


 がさ。

 手紙・・・カゲミツの顔が渋い顔になる。


「む・・・あの野郎、まだ何かあんのか・・・」


「むふふん。マサちゃんから色々聞いちゃった。馬とか魔神剣とか」


 シズクの顔がにやにやしている。


「何!? あの野郎!」


 ち、と舌打ちをして、手紙を乱暴にシズクの手から奪い取る。


「で! 何か言ってたか?」


「うん。伝え忘れだって」


「伝え忘れ? また厄介な事じゃねえだろうな・・・」


「そんな事ないと思うよ。カゲミツ様も、きっと喜ぶよ」


「ほう?」


 ぺりっと封を剥がし、中を読む。


「ふーん、シュウサン道場・・・ふーん、こんな近くにね・・・」


 カゲミツがシズクに顔を向け、


「な、シズクさんよ。あんたも行ったのか?」


「うん。一本取られた」


「ほう。あんたが一本か・・・そうか、息子さん、ね。

 あんたの目で見て、どのくらい強いと見た?」


「マサちゃんと同じだったくらいか、もっと強いかも。

 立ち会いの時はマサちゃんが一本取ったけどね。

 もう次は勝てないって、マサちゃんが言ってた。

 立ち会いはすぐ終わったけど、終わった後、マサちゃんすっごい疲れてたよ」


「ほう・・・なるほどね」


 手紙に目を戻し、にやにやと笑い出すカゲミツ。

 うずうずしている感じが、シズクにも伝わってくる。


「ふふ、ありがとよ。これは嬉しい報せだったな」


 カゲミツは手紙を畳み、懐にしまい込む。


「で、この道場、町からどのくらい遠かった?」


「朝早く出てって、町抜けて、馬に乗って、着いたのがちょうど昼飯時だったよ」


 む、とカゲミツは腕を組む。


「ううむ・・・て事は、ここからだと、泊まりになっちまうな」


「カゲミツ様、マサちゃんとは、会っちゃいけないんでしょ?」


 ん、とカゲミツが顔を上げる。


「別に会っちゃいけねえって訳じゃねえよ。

 マサヒデは、ここに帰って来たらいけないってだけだ」


「ふうん・・・じゃあハワード様とも、会っても良いんだよね?」


「ハワードって、アルマダか? 別に構わねえけど。

 あいつも魔術師協会にいるのか?」


「町の外にいるよ。町を通り抜けて、お寺のすぐ近く。

 ぼろぼろの家だけど、屋根はあるし。あそこに泊めてもらえばいいよ。

 あそこからなら、ちょっとだけ近いよ」


「ふふん、じゃ、アルマダの所に泊めてもらうか。

 俺を差し置いて、随分と良い馬を拾ったらしいじゃねえか。

 気に入らねえから、ついでにボコボコにしてってやるか。

 くくく・・・マサヒデも呼ぶか。馬の場所教えてもらった礼もしねえとなあ!」


 にやにやとカゲミツとシズクは黒い笑いを浮かべる。


「ハワード様の騎士さんたちもいるから、一緒に稽古つけてあげたら?

 カゲミツ様と稽古出来るなんて、きっと、皆、喜ぶよ」


「ふふーん。剣聖と稽古なんて、そうそう出来る事じゃねえからな!

 じゃ、早速明日にでも行くか。今日はヘタレ門弟共を絞ってやらねえとな。

 えーと、まずアルマダん所に行って、泊まるだろ・・・

 それでシュウサン道場行って、帰って来て、また泊まって・・・

 てことは、3日か・・・なあ、明日から、代稽古頼んで良いか?」


「良いよ!」


 にやりとカゲミツが意地悪く笑う。


「ありがとよ。アルマダがビビっちまう顔が目に浮かぶぜ。くくく。

 な、シズクさんよ。あいつらには秘密だぜ? ぷ! うくくくく!」


「あはははは! やっぱりカゲミツ様とマサちゃんって似てるね!」


「だろ? マサヒデが女にモテる所は、親譲りだからな! ははは!」


「あはははは!」


「じゃ、稽古始めるか!」


「はい!」

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