勇者祭 12 剣聖来訪

牧野三河

第一章 開眼未満

第1話 伝え忘れ・1


 町に帰ると、門前でカオルが待っていた。

 亥の刻、もう夜も遅い。


 こちらを向いて、カオルが頭を下げる。


「おかえりなさいませ」


「カオルさん。待っててくれたんですか」


「黒嵐はお預かりしますので、湯をお借りになって来て下さいませ」


 手綱をカオルに渡し、


「ありがとうございます。お言葉に甘えましょう。じゃあ、マツさん」


「はい」


 カオルは黒嵐を引いて、厩舎に向かって歩いて行った。

 玄関へ向かって、戸を開ける。


「只今戻りました」


「あっ!」「おかえりー」


 とシズクとクレールの声がして、ぱたぱたとクレールが駆け出てくる。


「マサヒデ様、マツ様、おかえりなさいませ」


 手を付いて、頭を下げる。

 さすがに叩き込まれているだけあって、クレールの所作も綺麗だ。


「起きて、待っててくれたんですか」


「はい! そろそろかなって思ってた所です」


「私達は、まず湯を借りてきますね。夕餉もギルドで済ませますから」


「はい」



----------



 さっぱりした身体で玄関を開ける。

 夜遅くに家に帰ると、何か不思議な感じがする。


 居間に入ると、シズクがくいっと顔を向けて「し」と口に指を当てて笑う。

 クレールは疲れてしまったのか、居間で眠ってしまったようだ。


 にこ、と笑って、マサヒデはそっと奥の間に入った。

 布団を敷いて、村を思い出す。


 皆が相変わらず「若様」と呼んでくれて、元気だった。

 トモヤの無事も報せることが出来た。

 父上と母上も、顔を合わせる事は出来なかったが、相変わらずだったようだ。


 マツから聞いた、父上の話を思い出す。

 子供のように、地団駄を踏んで悔しがっていたとか・・・


「ふふふ」


 そうだった。

 シュウサン先生の事も、伝えておくべきだったかな。

 居宅は知らないが、ジロウさんのシュウサン道場で聞けば分かるだろう。

 『ご子息が道場主であるシュウサン道場がある』と、文で伝えれば良いか。

 知れば、あの父上の事。うきうきとシュウサン道場へ駆け出して行くだろう。


「・・・」


 ごろん、と布団に寝転んで、天井を仰ぐ。


 馬が揃った。

 馬車が来た。

 2、3日で、皆の鎖帷子も出来上がる。


 もう数日待ち、何もなければ、魔剣の最後の調査。

 特殊な力を持った武器の形になったら、その力まで再現されるか。

 調査自体は、数分で終わる。

 狙われていないか、だけが懸念だ。


 もうすぐ、この町を出る準備が終わる。

 アルマダ達の鎧まで軽くするのを待っても、10日前後。


 魔王様の元へ。義理の父と、義理の母の元へ。

 順調に進んでも、往復で1年以上はかかるはず。

 帰って来るまで、マツとは会えない・・・


 連れて行ってしまおうか。


 この魔術師協会には、交代の人を協会から回してもらえば良い。

 一緒にタマゴの話も出来る。

 マツも、ずっと会っていないだろう。

 きっと、行きたいはずだ。


 挨拶に行くなら、2人で行った方が良いに決まっている。

 馬車があるから、マツも連れて行ける。

 身重とは言っても、流産などの心配は一切ないのだ。


 マツも、連れて行ってしまおうか・・・


 少しして、ふう、とため息をつく。


(甘えだな!)


 マツを連れて行って、魔王様達とにこやかに・・・なんて、甘っちょろい。

 まだ書簡が向こうに届いていないから、今は何もない。

 どんなに早くても、3、4ヶ月。半年以上もかかる事もあるとか。

 書簡を見た瞬間、魔王様が飛んで来てバッサリ、なんて事もあるかもしれない。

 いくら寛大な方とはいえ、自分の娘の事だ。

 マサヒデを気に入らなければ、にこやかに祝ってもらえる、なんて保証はない。

 まずは自分だけで訪ねて、マツにはそれから行ってもらった方が良い。


「はあ・・・」


 ため息をついた所で、すー・・・と静かに襖が開けられた。


「マツさん」


 すー、とん、と静かに襖が閉じられる。


「お待たせしました」


「今日は遅くなりました。良く眠れそうですね」


「はい」


「寝ましょうか」


「はい」


 2人は布団に入り、すぐ眠りに落ちた。



----------



「ううん・・・」


 ぐっと伸びをする。

 思いの外、疲れていたようだ。

 夢も見ず、泥のように眠っていた。

 いつもより、遅い時間だ。


 静かに稽古着に着替え、木刀を取り、庭に向かう。

 居間の前を通る時、中を覗くと、クレールはまだ眠っている。

 薄手の掛け布団が掛けられている。カオルが掛けてくれたのだろう。

 縁側の向こうの庭で、シズクが素振りを始めている。

 今日も、ゆっくりと素振りをしている。


 静かに庭に下りる。


「おはようございます」


「おはよう。マサちゃんが寝坊なんて、珍しいじゃん」


 にや、とシズクが笑う。


「いやあ、昨日は思ったより疲れてしまいましてね。

 村中を回ったものですから」


「そっか。へへへ。今日は道場に行こうかな」


「む、道場に行くなら、ついでに届け物を頼んで良いですか」


「届け物?」


「ええ。父上に、シュウサン道場があるって伝えるの、忘れてました。

 手紙を書きますので、届けてほしいのです」


「ああ、ジロウさんか!」


「ふふふ。父上なら、喜んで走って行くでしょう。

 それか、コヒョウエ先生がいると気付いて、びくびくして行くでしょうか?」


「あのカゲミツ様が驚くなんて、想像出来ないなあ」


「私は直接見た訳ではないですが、もう何本も取りましたよ。ふふふ。

 昨日も、黒嵐で一本取りましたからね」


「何々、どうやって取ったの?」


 シズクがにやにやしながら、ぐぐっと顔を近付けてくる。

 マサヒデもにやりと笑う。


「この馬がいる所を教えてほしかったら、三大胆か魔神剣をくれ、と」


「それってすごい剣でしょ? 魔剣みたいな」


「そうです。で、もしどちらかを出してきたら、刀は返してタダで教えるんです」


「出してきたんだ」


「そういう事です。ふふふ、真っ赤な顔で、地団駄を踏んでたそうですよ」


「ははは! やるじゃん!」


 シズクが笑って背を反らせる。


「でしょう?」


「なんでもらわなかったの?」


「どっちも力がすごすぎて、私では扱いきれない物です。

 それだけの物を出しても、馬が欲しいんだ!

 じゃあ、そこまで欲しいなら、タダで教えても良い、と思っただけですよ。

 ふふふ。どうです」


「ふふーん! やるじゃん!」


「きっと、父上が捕まえた馬も、大事にしてくれるはずです」


「だね!」


「じゃあ、素振りが終わったら、文を書きますから、よろしくお願いしますね」


「ん、分かった」


 2人は、ゆっくりと素振りを始める。

 シズクは中段からの突き。

 マサヒデは、水平に左から右へ横薙ぎ。

 剣の振りは、この左右の横薙ぎが一番難しい。


「・・・」


 横薙ぎをしているのには、難しいから、というだけではない。

 先日気付いた、あの逆足での止まり方から気付いた、剣の振り。

 きっと、左右からの斬り上げや、この横薙ぎが使えるはずだ。

 突きよりも、左右から、横からが大事なはず。


 静かに、じわじわと木刀を振る。

 静かに、じわじわと棒が突かれる。

 2人の額から、汗が流れ落ちる。


 ちちち、と雀が枝に止まり、きょろきょろと首を動かしている。


「ん・・・」


 クレールが目を覚ましたが、2人の緊張感のある素振りを見て、静かにしている。

 カオルが静かに縁側に座り、手拭いを置いた。

 ゆっくりと、2人の得物が振られていく。

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