第18話 馬が欲しい


 カゲミツは庭の木に繋いである黒嵐の隣に立つ。

 アキがさわさわと黒嵐の身体を撫でている。


「ううん、良いなあ・・・お前はすごく良いよ・・・」


「ねえ、綺麗ですね。マサヒデが羨ましい」


「だよなあ。あいつ、この俺を差し置いて、こんなすげえ馬によ・・・」


 手綱を木から解いて、カゲミツは歩き出した。


「じゃあ、ちょっと乗ってくる。夕方にはちゃんと帰るからよ!」


「あまり走らせてはいけませんよ。

 マサヒデとマツさんが乗って帰るんですから」


「分かってるよー」


 すたすた。

 じゃり、じゃり。

 門から出ると、カゲミツは振り向いて、黒嵐を見た。


「さ、乗るぜ。乗っても良いよな?」


 黒嵐はじっとカゲミツを見る。


「ふふふ、行くぜ」


 しゃ! と黒嵐に跨る。

 暴れない。嫌がっていない。


「ううん、捕まえてきたばっかだろ?

 普通の馬なら、ここで嫌がると思うんだけどな。

 やっぱお前、違うな・・・」


 ぽんぽん、と首の付け根を叩いてやる。


「よおーし」


 軽く合図を入れると、歩き出した。


「ははっ! 良いじゃねえか!」


 ぽっくり、ぽっくり・・・


「な・・・村の外、出るか。

 少しだけ、走ってくれよ。な、ちょっとだけで良いからさ!

 お前の走り、見てみたいんだよ」


 ぽくり、ぽくり・・・

 ゆっくりと歩いて行く。

 でかくて揺れる。なのに、安心感がある。こいつはすごい!


「ううむ、おめえ、只者じゃねえな? 見ただけですげえって分かったけど」


 ちら、と黒嵐が首を向ける。


「ははーん・・・当然だって顔だなあ・・・言うねえ」


 にや、とカゲミツが笑うと、す、と黒嵐の顔が前を向く。


「ちきしょう、マサヒデの野郎・・・村に来てるって話だったな・・・

 締め上げて、場所聞いちまうか? なあ、どう思う? あいつ吐くかな?」


 ぽくり、ぽくり・・・


「魔神剣と交換とはな。よく言ったぜ、あの野郎!

 少しはこなれてきたのかな?」


 ぽくり、ぽくり・・・


「マツさんもクレールさんも口説き落としやがって。

 まあ、これは俺の息子だから、モテて当然か。仕方ねえな」


 ぽくり、ぽくり・・・

 黒嵐とぶつぶつ喋りながら、しばらく歩いて来て、村の外れの広い場所に来た。


「よおし、この辺で良いかな? 十分広いよな?」


 ぐるっと周りを見渡す。

 人もいない。


「よし。じゃ、走ってくれ」


 ぱかかっ、ぱかかっ、ぱかかっ・・・


「おお! すげえなお前!」


 回ってみる。

 ぱかかっ、ぱかかっ、ぱかかっ・・・


「曲がるじゃねえか! このガタイで良くもこんなに曲がれるな! ははは!」


 8の字を描くように、カゲミツは黒嵐を走らせる。

 まっすぐ走らせたり、回ったり・・・


「すげえなお前! ほんとにすげえよ! よおし・・・」


 かつん、と踵を入れる。

 黒嵐が全力で走り出す。


「おおー! ははははは! すげえ! すげえな! ほんとにすげえ!」


 ゆっくりと、速さが落ちる。


「うん、町からずっと歩いて来て、少し疲れてるかな?

 ありがとよ。もう全力で走らなくて良いぞ。軽くな、軽く・・・」



----------



「さ、お次の方」


 マツの治癒で怪我ひとつないのに、誰も手を上げない。


「あら、誰もおりませんか? じゃあ、私が指名を・・・」


「私が!」


 ば! と悲壮な顔で門弟が手を上げる。


「うふふ。では、お立ちになって」


「はい!」


 門弟が中央に立つ。


「その心意気に敬意を払いましょう。今回は、少おしだけ、本気を出しましょう。

 さ、参りますよ」


「おう!」


 さ、とマツが手を上げる。

 さらさらさら・・・


「お、お・・・?」


 木刀が先から砂のように落ちていく。


「うあ!」


 からん! と木刀が落ちると、柄まで全て砂になってしまった・・・

 壁に正座して並ぶ門弟達の喉が鳴る。


「落としてくれて、本当に良うございました。

 あのまま持っていたら、あなたの手は治せない所でしたよ」


 すー・・・と砂が集まり、木刀の形に戻る。


「ま、参りました・・・」


 門弟は木刀を拾い、壁際に下がる。

 石で吹き飛ばされ、水で溺れそうになり、雷で痺れ・・・

 門弟達は、一歩もマツに近付けずにいた。

 カゲミツ様でも、剣を交えることくらいは出来るのに・・・


「皆様、近付けない、それでは勝てない、などとお考えでしょう?

 ですが、お父上、カゲミツ様は私よりも強いのですよ。

 マサヒデ様もハワード様も、私から一本取ってますよ。

 さあ、お次はどなた? 一度魔術を身をもって知れば、強くなれますよ?」


「はい!」



----------



 夕刻前にカゲミツは黒嵐を連れて帰ってきた。

 門の前で馬を下り、手綱を引いて庭木に繋ぐ。


「マツさーん! ははは! こいつはすごかったぜ!」


 にこにこしながら、カゲミツが歩いて来る。

 縁側に足を掛けて、


「よっと・・・どうした、お前ら・・・」


 静まり返った道場。

 壁際に並ぶ門弟達は、俯いて黙ったまま。


「お父上、お帰りなさいませ」


 横座りで座っているマツ。


「なんだ、どいつもこいつもしけた面しやがって。

 マツさんに手も足も出ねえって、拗ねてやがるのか」


 ぐるりと見回すと、皆が青い顔をしている。


「・・・」


「全く・・・せっかく、大魔術師が稽古の機会を作ってくれたのに。

 どいつもこいつも・・・すまねえ、マツさん」


「お父上、申し訳ありません、こんなにたくさんの方と稽古するなんて初めてで。

 少し、はしゃいでしまったかも・・・」


 カゲミツが額に手を当て、首を振る。


「はあー・・・こいつら、仕方ねえなあ・・・

 お前ら! 明日の稽古は厳しくするからな! 今日はここまで!」


「はい!」


 返事だけは元気が良かったが、門弟達はがっくりと肩を落とし、すごすごと道場を出て行った。


「じゃ、マツさん。もうすぐ帰る時間だろ。本宅で少し休んでってくれ」


「ありがとうございます」



----------



 本宅に入ると、カゲミツはまた奥に引っ込んで行ってしまった。

 マツとアキが茶を飲んでいると、すぐにカゲミツが出てきて、


「さあ、マツさん。魔神剣だ! マサヒデに渡してやってくれ!」


 ずい、とマツに魔神剣を差し出した。


「お父上、良いのですか?」


「構わねえ! あの黒嵐ほどじゃなくても、あれだけ良い馬が手に入るなら!」


 くす、とマツが笑う。


「お父上。魔神剣はいりません。

 マサヒデ様は、もし魔神剣を出すまで欲しいと仰られるなら、タダで教えると。

 さあ、ここらの地図を持ってきて下さいますか?」


「な、なに・・・」


 アキも笑い出す。


「くす。あなた、これは一本取られましたね」


「うふふ。お父上も、黒嵐に負けない、良い馬を見つけて下さいませ」


「・・・」


「マサヒデ様も、ご自身で『魔神剣は私には扱えない』と仰っておられましたよ」


 呆然としたカゲミツの顔が、一気に赤くなった。


「あ、あのガキ! 俺を試すような真似をしやがって!」


 カゲミツは「だん! だん!」と地団駄を踏んで悔しがる。

 その姿を見て、くすくす笑うマツとアキ。


「うふふ。剣聖から一本取るなんて、マサヒデも成長したではありませんか」


「ええい! アキ! 地図はどこだ! くっそおー!」

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