第17話 名付け親


 トミヤス道場、本宅。刀蔵。


「・・・」


 カゲミツは魔神剣を手に取る。

 三大胆は自分の愛刀だから譲れない。

 だが、魔神剣は使っていない。所蔵品・・・


「くっ!」


 あのはなたれ小僧に、この魔神剣を渡すなど!

 マサヒデに、数百年の間失われていた、この偉大な刀を持つ資格があるものか!

 す、と刀架に魔神剣を戻す。


「・・・」


 しかし、あの馬は欲しい!

 黒嵐は貰えなくても、他にいくらでもいる!

 中には、あの黒嵐よりすごい馬だっているかも・・・


 震える手で、魔神剣をもう一度手に取る。

 すー・・・とゆっくり魔神剣を抜く。


「ちきしょう!」


 これは渡せない!

 もう一度、鞘に収めて、刀架に戻す・・・



----------



「お母上、お父上は何をしてらっしゃるのでしょう?

 先程から、奥から何か声が聞こえますけど」


 今頃、魔神剣や三大胆を見ながら、地団駄を踏んでいるのだろう。

 そう思うと、にやにやと笑いが込み上げてくる。


「さあ・・・どうしたんでしょうね?

 何か、難しい顔をして引っ込んでしまいましたけど」


 何も知らないアキは首を傾げる。


「そうだ、お母様、お腹を触って頂けますか。

 ここにタマゴがあるんですよ」


 マツはそっとアキの手を取って、下腹に乗せる。


「ここ・・・」


「ぐっと押しても大丈夫ですよ。お医者様が言うには、マサヒデ様でも傷ひとつ付けられないくらい、固いらしいですから」


 ぐ。

 何かが、ちゃんと何かがある。

 これがタマゴ。この中に、孫がいる。


「あ、何か、固い・・・これが、私達の孫なんですね・・・」


 じわ、とアキの目に涙が浮く。


「はい。どんなに長くても2ヶ月で産まれるそうですから・・・もうすぐ」


「もうすぐ・・・もうすぐ、なんですね」


「お医者様に見せてもらいましたけど、もうタマゴの中で人の形になってきていて、産まれる頃には、中でちゃんと赤子の形になってるそうです。この中に、小さな赤子がいるんです」


「そうなんですね・・・どんな子に育つのでしょうか」


「うふふ。マサヒデ様はいたずら好き。お父上はやんちゃな方。

 どんな子になるか、楽しみですね」


「くす。そうですね」


 さらっ! ぱしーん!

 どすどす・・・


「いやあ、マツさん、待たせちまってすまねえ! ははは!」


 どさ、とカゲミツが座り込む。

 なんて固い笑顔なんだろう・・・

 思わず、マツは笑ってしまった。


「いえ、構いません。あ、そうそう。今日はちゃんとお土産があるんです」


「お、なんだい・・・」


 は! として、魔剣を思い出す。

 分厚い金庫を作らせ、厳重に刀蔵の奥に封印してあるが・・・

 また厄介な物でなければ良いが。


「お土産というか、お願いなのですが」


「お願い?」


「あの馬はついでなんです。

 本日は、お父上とお母上に、この子の名を付けて頂こうと願いに参りました」


 名。孫の名を、俺達が付ける?

 魔王様を差し置いて?


「ううん、ちょっと待ってくれ。俺達が付けても良いのか?

 マサヒデじゃなくて、マツさんじゃなくて、魔王様でもなくて、俺達?」


「はい。まだ男女は分からないですけど・・・

 お父上も、お母上も、この子の顔を見られないかもしれません。

 マサヒデ様には、この子を授けて頂きました。これ以上は望みません。

 私も、お父様も、お母様も、この子の顔を見ることは出来ましょう。

 ならば、名付けは、例え魔王であっても、お父上とお母上に譲って頂きます」


「そうかい・・・」


「うっ・・・」


 カゲミツが天井を仰ぐ。

 アキが口に手を当てて俯く。


「どんなに早くても数年と言う事ですから、お急ぎでなくとも構いません。

 このお願い、引き受けて下さいますでしょうか」


 マツは手を付いて、頭を下げた。


「良し! マツさん、その願い、聞き届けたぜ!

 男の名は俺が考える。女の名は、アキが考える。それで良いか」


「はい。よろしくお願いします」


 満面の笑みで、カゲミツが顔を向ける。

 うっすらと見える涙は、嬉し涙。


「ははは! さ、頭を上げてくれ!

 決まったら、文を送る。オリネオの魔術師協会宛でいいよな?」


「はい」


「よっしゃ! めでてえなあ! と、いきてえ所だが・・・

 真っ昼間だからな! 早速だが、マサヒデの馬に乗せてもらおうかな!」


「マサヒデの馬?」


「おお、あの野郎、ここまでマツさんを馬に乗っけて送って来たんだよ。

 これがまたでっけえ馬でなあ。さあ、見に行こうぜ!」



----------



 カゲミツを先頭に、マツとアキが庭を歩く。


「ほれ、あれだよ。アキ、見てみろよ」


「あら。黒くて綺麗ですね。マサヒデも良い馬を」


「綺麗だなんて呑気な事を言ってんじゃねえ。近付けばびびっちまうぞ」


 ざ、ざ、と玉砂利を踏んで近付いて行く。


「・・・」


「な、でけえだろ?」


 アキは少し離れた所で足を止めて見ている。


「お母上、大丈夫ですよ。黒嵐って名前なんです。とってもかわいいですよ」


 すりすりと、マツは馬の首を撫でている。


「ほら、アキ。来いって。大丈夫だって。

 俺がこんなに近付いても、全然ビビってねえんだ。

 こいつは暴れたりしねえから」


「ほ、本当ですか? こんなに大きいのに・・・」


「大丈夫だって」


 ゆっくりと、腰を引いてアキが近付いてくる。


「さあ、お母上。撫でてやって下さいませ」


「は、はい・・・」


 そ・・・さわ。

 アキの手が、黒嵐の首に当たる。


「・・・」


 さわさわ。するする。

 毛がさらさらして、すごく手触りが良い。


「あ、すごい。マツさん、すべすべしてますね」


「でしょう? ほら、黒嵐の顔。気持ち良いって顔してますよ」


 ふっと顔を見れば、大きな顔が、アキをじっと見つめている。

 恐ろしいと思っていたが、全く暴れる気配がなく、落ち着いている。


「ほんと、大きくて驚いちゃって・・・ごめんなさいね」


「な? 知らねえ人が近付いてるのに、全く怖がらねえ。

 こいつは度胸あるよなあ。全く、良い馬を捕まえやがったな」


「ほんとに・・・すごく綺麗ですね」


「ふふーん。さあて、こいつに乗せてもらうかな!

 な、マツさん、ついでと言っちゃあなんだが、お願いがあるんだ」


「はい。何でしょうか」


「俺が出てる間、うちのヘタレ門弟共を、少しいじめてやってくれねえか?

 まともな魔術師相手の稽古なんて、中々出来ねえから」


「ええ、構いません」


「よし! じゃあ、まず道場に行こう。

 マツさんに代稽古頼むって、ヘタレ共に言っとかないとな。

 ついでに、マサヒデの嫁だって紹介もしちまおう」


 ざり、ざり、と玉砂利を踏んで道場の縁側から上がる。

 門弟達の目が、カゲミツとマツに向いた。


「一旦休憩! お前ら、並べ!」


「はい!」


「俺はこれから夕方まで外すが、代稽古にすげえ人が来てくれた!

 さっき来てくれたこの女性、マツという!

 人の国では3本の指に入る、正に大魔術師と呼んでも良いお方だ!」


 おお! と門弟から声が上がる。


「そして、このマツさん、俺の義理の娘だ!

 つまり、その、あー・・・何というか・・・」


 義理の娘と言うことは・・・

 皆の目が、マツをじっと見つめる。


「マツさんは、マサヒデの嫁だ!」


 マツが深く頭を下げると、おおー! と声が上がり、門弟達から拍手が上がった。


「お忙しい人だから、滅多に稽古には来てもらえねえぞ!

 お前ら、魔術師相手の稽古なんて、まともにしてねえからな!

 そこに、この大魔術師が来てくれた! マツさんに感謝しろ!

 今日は思い切り痛めつけてもらえ! 魔術の恐ろしさをしっかり学べ!」


「はい!」


「よし、じゃあマツさん。軽ーくで良いから、なんか見せてやってくれ」


「はい。では皆様、今日の稽古なんですけど、どれだけ怪我をしましても、私が治癒魔術で治しますので、遠慮なく怪我をして下さいませ」


 ふふん、とカゲミツが笑う。


「とは言いましても、死んだ者を生き返らせる事は出来ませんし、四肢の切断等は治せませんので・・・このような魔術は使わない事にします」


 さささっとマツが手を軽く振ると、小さなかまいたちが3つ飛んでいく。

 す、す、と歩いてマツが壁に「とん」と手を当てる。

 三角に斬られた壁の一部が、ことん、と壁の向こう側に落ち、壁に穴を作った。

 壁の穴から日が差し込んで、床に三角の光りが当たる。


 にや、とマツが笑い、門弟達の方を向く。

 門弟達の目が見開かれ、空いた穴を見つめている。


「こういうのは使いませんので、ご安心下さいませ。

 火事になっては困りますから、火も使いませんよ」


 カゲミツがにやにやしながら、壁の穴を見る。


「おいおいマツさん、穴ぁ空けてもらっちゃ困るよ」


「うふふ、お父上、ちゃんと直しますから」


 ふわ、と壁の向こうから切り取られた三角の壁の一部が浮いてきて、ぴたりと壁にはまる。


「ほら、このように・・・」


 こんこん、と壁を叩くと、元通り。

 門弟達の喉が鳴る。


「お父上、ちゃんと直しますので、少しくらい道場が壊れても構いませんか?」


「おう、ちゃんと直してくれるなら、いくらでも壊してくれて構わねえぞ」


「お許しが出ましたので、皆様、ご覚悟を。

 うふふ・・・厳しく参りますよ」


「ははは! マツさん、死人は勘弁してくれよ!」


「おほほほほ!」


 カゲミツとマツが笑う。

 門弟達は冷や汗を流し、マツを見つめた。


「じゃ、俺は出掛けるから! マツさん、よろしく頼むな!」


「はい。お任せ下さい」


 カゲミツはうきうきと出て行ってしまった。


「さて、ではそちらの方。木刀を持って、私の前に来て下さいませ」


 手前の門弟にマツが声を掛ける。


「は、はい」


 おどおどして、門弟がマツの前に立つ。


「さ、構えて。私に思い切り打ち込んで下さい」


「え」


「さあ」


 いくら魔術が使えるとはいえ、身体はどう見ても只の女。

 打ち込んだりしたら、大怪我をしてしまうのでは?


「さ、ご遠慮なさらず。思い切り」


「で、では・・・たあーっ!」


 ぴたり。

 マツの身体で木刀がぴたっと止まる。

 弾かれるでもなく、何の反動もないのに、木刀が止まっている。


「う!? こ、これは・・・」


「うふふ・・・このように、私にはいくら打ち込んでも平気ですからね。

 皆様、どんな打ち込みも構いませんよ。

 木刀を投げても、矢でも、鉄砲でも、何でも・・・」


 門弟達はぞーっとして、顔を蒼白にする。

 皆、マツのような純粋魔術師なら、得物の間合いに入れば、簡単だと思っていた。

 それが全く通用しないとは・・・


「さて、順番に参りましょうか。まずは、あなたから。

 さあ、真ん中へ」


 マツの柔らかな笑み。

 それが、逆に恐ろしさを皆に感じさせた。

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