第三章 二人の着込み

第10話 クレールとラディの着込み・1


 エミーリャは泣きながら壁に刺さった矢を片付け、矢筒に収めた。

 門を出る前に足を止め、縁側まで戻ってきて、マサヒデ達に、深く頭を下げた。

 エミーリャはしばらく頭を下げたまま、踵を返して、門を出て行った。


「大丈夫そうですね。明日には道場に行くでしょうか」


 マサヒデは冷めた茶をぐっと飲み干した。


「んー・・・明日か明後日、道場に行こうかな。今度は私が相手するよ」


 ごろん、とシズクが転がって、にやっと笑う。


「そうして下さい」


「マサヒデ様、良いんですか? 立ち直ったばかりじゃないですか」


「大丈夫です。あの程度じゃ折れないって、分かったんですから。

 立ち直ったんなら、もっと折れにくく、強くなってます」


「そうなんですか?」


「そうなるんですよ」


 湯呑を置いて、マツに顔を向ける。


「さて、マツさん、鎖帷子はどうですかね」


「あ、手の方はそろそろ出してみましょうか。

 あまり軽くなっちゃうと、風で飛んじゃうかもしれませんし」


 そこまで軽くなるのか・・・

 マツが立ち上がり、マサヒデも付いて台所に行く。


「これですね」


 樽に『マサヒデ 手 一日』と書かれた紙が貼ってある。


「これ、開けて大丈夫ですか? 風が吹き出してきたりとか」


「大丈夫ですよ。魔力の混ぜ具合は完璧ですから」


 ぱか、と開けると底に鎖帷子の手甲部分。

 見た目に変化はない。


「ふむ? 中に手を入れても?」


「平気ですよ。さあどうぞ」


 手を突っ込み、鎖帷子の手甲を取る。


「あ!」


 軽い。薄い革程度の重さしかない。


「お、おお・・・」


 持ち上げてみて、感動する。

 金属で出来ているのに、ここまで軽いとは・・・

 重さも良い。

 ちゃんと『何かを着けている』という感じが残るが、邪魔にはならないだろう。


「良いですよ・・・マツさん、これはすごい・・・」


「うふふ。ありがとうございます」


「早速」


 す、と手を通してみる。

 ただの布で作った手甲と大して変わらない。

 薄手の革の作業用の手袋、と言ったくらいだろうか。


「うむ・・・うむ・・・」


 手を握ったり開いたり。

 腕を振り回してみる。

 全く苦にならない。これはすごい。


「どうですか」


「これは良い物です。実に良い・・・

 軽すぎず、しっかりと着けている感触がある。

 重すぎず、全然邪魔にならない」


 ふふーん、とマツが腰に手を当てる。


「これが私の秘密の漬け方ですよ!」


「ううむ、これはすごい! ちょっと皆に自慢しに行きましょう」


「私も行きますよ!」


 ぱたぱた。


「ちょっと皆さん! これ見て下さい!」


 カオル、シズク、クレールの顔が、にこにこしたマサヒデの方を向く。

 鎖帷子の手甲。

 どうだ! という顔で、手に腰を当てているマツ。


「んー?」


「おお、出来たのですね」


「手袋ですか?」


 手前にいたカオルに差し出す。


「さあ、カオルさん! 持ってみて!」


「は」


 カオルが差し出された鎖帷子を持つ。


「う! こ、これは! これが、鎖帷子の!?」


 カオルの目が見開かれる。

 指で摘んで、下にばらりと広げる。

 適度の重さが、ちゃんと残っている。


「おお・・・素晴らしい・・・ご主人様、これ、着けてみても・・・」


「どうぞ!」


 腕に通してみる。

 重さが少し残っているので、ちゃんと着けている、という感じがある。


「これは素晴らしい・・・この手甲だけで、金貨100枚で売れそうですね」


「でしょう? もっと高くても売れそうですよ」


「ええ。すごいですね・・・シズクさん、手を広げて下さい」


「はい」


 カオルが手甲を外し、ぱさりとシズクの手に乗せる。


「お! これは軽いね! 布みたいじゃん!

 ハワード様達の、重かったもんね。クレール様、手を出して」


「はい」


 ぱさり。


「え!? これ、金属!? 布みたい! こんなに上手く出来るなんて!

 うん、ちゃんと重さが残ってますね! すごい! さすがマツ様ですね!

 これを1日で仕上げるなんて、私にはとても・・・」


 そうだ。クレールとラディにも、鎖帷子は用意しなければ。


「クレールさん。大きいでしょうけど、ちょっと着けてみて下さい」


「はい!」


 む、と袖を通す。


「ううん、これはすごいですね! 軽いです! とても金属とは思えません!」


 ぐるん、と腕を回す。


「うん! 全然邪魔にならない重さです! 素晴らしいですね!」


「クレールさんにも、鎖帷子は用意したいのですが、どうでしょうか。

 このくらいの重さなら、苦にならないですよね」


「はい!」


「マサちゃん、私はない・・・よね・・・」


 シズクがちょっと残念そうな顔をする。


「シズクさんを斬ったり突いたり出来る相手に、鎖帷子の意味あると思います?」


「だーよねえー!」


「シズクさんは、既に全身に甲冑を着てるようなものですからね」


「うん、分かってた」


 ごろん、とシズクが寝転がる。


「まあ、金属鎧なら着けるのも良いでしょう。ですが・・・」


 うん? とシズクが顔を向ける。


「が?」


「汗でむれむれになりますよ」


「それは嫌だね! あははは!」


「アルマダさんの所の皆さんは、鎧着てると、いつも汗でむれむれなんです。

 あれは男臭いどころじゃありませんよ」


「ぷ」


「あはははは!」


 皆が笑い転げる。


「ははは! 鎧は大変なんですよ!」


 あ! とクレールが顔を向ける。


「マサヒデ様、革の鎧なら軽いのでは?

 冒険者の人達は、革鎧の人がたくさんいますよ?」


 皆がクレールを止めた。


「クレールさん、革はいけません」


「そうだよ、クレール様、革は絶対にだめだよ」


「クレール様、絶対にいけません」


「なんでですか?」


「鎧屋の主人から聞きました。確かに、革鎧は丈夫で軽い、しかも安い。

 ただし、致命的な欠点がある。特に女性には・・・」


「女性にですか? マサヒデ様、その欠点とは!?」


 うむ、とマサヒデが頷く。


「それは・・・臭い! 鼻が曲がってもおかしくない、目に染みるくらい臭い!

 それが服にも身体にも染み付いてしまう! ははは!」


「あはははは!」


 ばんばんとシズクが畳を叩く。


「ふふふ、クレール様、ギルドに行った時に、臭いを嗅がせてもらってみては?

 あれは、とても着られる物ではありませんよ」


「そんなに臭いんですか?」


「香水がいくつあっても足りないくらいです」


「む、そこまで臭いと言われると、逆に興味が・・・」


「ふふふ。臭ってみるだけにして下さいね。絶対に買いませんよ。

 馬車の中にそんな臭いを充満させたくないですから・・・

 あ、でも、臭わなくなる魔術に漬けるならありですよ。あればですけど。

 カオルさん、これ絶対に人気出ますよね? 臭わない革鎧」


「ええ。女性や盗賊職の冒険者達に、飛ぶように売れるのでは?

 甲冑や鎖帷子と違って手入れも楽、頑丈で軽い。

 金属音もしないから、盗賊職にもぴったりです。素晴らしいですね」


「むむむ、マツ様、そんな魔術知ってますか?」


「ううん、ないですね・・・作りませんと・・・」


 む、とカオルが眉を寄せる。


「匂いを消す魔術があれば・・・奥方様、これは大儲け出来ますよ。

 革鎧だけでなく、各国の忍達から注文が殺到します・・・

 ううむ、これは恐ろしい額が稼げるはず」


「でも、匂いが消えちゃうなら、香水を着けても意味なくなっちゃいますね。

 じゃあ、服には使えませんね・・・」


「クレール様! それ、服にも使えるよ!」


「え? 使えるんですか?」


「うん! ずっと洗濯しなくても臭わない!」


「・・・ぷっ!」


 クレールが震えて吹き出してしまった。


「おお、シズクさん! それは使えますね! ははは!」


「あはははは!」


 シズクがごろごろと腹を抱えて笑い転げる。

 マサヒデも、天井を見上げて大笑いする。

 皆が笑い声をあげた。

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