第2話 気付き・1


 マツモトと話した後、マサヒデはそのまま訓練場へ入った。

 今日も冒険者達を相手に稽古だ。


 まだ朝も早く、人がいない。

 竹刀を壁に立て掛ける。

 しばらく、1人で身体を動かそうか。


「うん」


 頷いて、木刀を構える。

 正眼からの面打ちの、基本の素振りから変えて、実戦で構える無行からの素振り。


 すー・・・と、ゆっくりと剣先を下から上へ。

 ぴた、と止めた後、ゆっくり下ろし、元に戻す。

 今度は、ゆっくり前に踏み込みながら横に薙ぎ払う。


(ん・・・)


 木刀を握った手に、微妙な違和感。

 1歩下がり、もう一度。

 踏み込まず、その場でゆっくり横薙ぎに払う。

 ゆっくりと振り終わった所で、ぴたりと木刀を止める。


(良し)


 踏み込みながら、もう一度。

 今度は、違和感はない。

 下がりながら、止まった木刀を反対に薙ぎ払う。


(良し)


 すうー・・・ふうー・・・

 深く、ゆっくりと腹から深呼吸。


 目を閉じ、相手にカオルを思い浮かべる。

 懐に跳び込んで来て、下から身体を伸ばしながら斬り上げてくる。

 剣を・・・


「む?」


 何か違和感を感じる。

 自分の振りではない。カオルの動き。


 もう一度、思い浮かべてみる。

 身を低くし、全力で懐に駆け込んで来て、下から身体を伸ばして・・・


 はて・・・何かがおかしい。

 何がおかしい?


 もう一度、良く思い浮かべてみる。

 懐に跳び込んで来る。

 ぐっと下から身体を伸ばして、小太刀が襲ってくる。


 顔を斬り上げてくる。

 重心を崩さないよう、すっと身を反らせる。

 前に身体を戻しながら斬り上げる。カオルの顎を撥ねた。一本。


 小手狙い。

 すっと腕を上げながら身体を引く。

 振り下げる。カオルの顔に入った。一本。


 低く前に伸びるように、足を狙ってくる。

 くる、と狙われた足と逆の足を軸にして、身体を回す。

 後ろに回しながら、斜め下を払うように薙ぐ。体勢の低いカオルの胴。一本。


 思い浮かべたカオルの動きに、おかしな所はない。

 いつも通りの動きを、しっかりと思い浮かべている。

 だが、何かがおかしい。

 この違和感は何だろう。


「ううむ・・・」


 剣を垂らしたまま、もう一度、カオルの動きを思い浮かべる。

 何がおかしいのだろう。


 試合の時の動き。

 シズクとの試合前の、稽古の時の動き。

 ジロウと立ち会った時の動き。


 何かが引っ掛かる。

 この違和感はなんだろう?


 顎に手を当て、何度もカオルの動きを思い浮かべる。

 何かが・・・


「トミヤス先生、おはようございます」


 は、と顔を上げると、魔族の冒険者が、少し離れた所から挨拶をしてきた。

 獣人族の・・・先日、クレールに派手に転ばされた者だ。

 木剣を下げてすたすたと歩いてくる。


「おはようございます」


 普段、にこやかで静かなマサヒデが、いつになく険しい顔をしている。

 眉を寄せ、すごい目でじっと地面を睨んでいる。


「どうかされましたか。随分と険しい顔ですが・・・」


「ええ・・・そうだ、あなたはたしか・・・失礼、お名前は」


「ソウジです」


「ソウジさん、私の試合を見ていたでしょうか?」


「はい」


「最終日、女の忍と戦った試合も見ていましたか?」


「はい。見ました」


「あの忍の動きに、何かおかしな所はあったでしょうか。

 手裏剣を投げた後、私の真下に跳び込んで、斬り上げてきた所です」


「おかしな所ですか? トミヤス先生の斬り下げを流しながら、ほとんど真上に斬り上げてきた・・・あれはすごい技術でしたね」


「何かが、引っ掛かるんです。何かが・・・」


 マサヒデは試合を思い出しながら、ものすごい速さで駆け込んで来たカオルに斬り下げた動きを、もう一度、ゆっくりと振ってみる。


「跳び込んで来た。こう、斬り下げた。流された・・・

 流しながら、伸び上がって斬り上げてきた・・・ううむ・・・」


「跳び込んで来た所ですよね。お相手しましょうか? あれほど速くは動けませんし、トミヤス先生の斬り下げは流せませんが、同じような動きは出来るかと」


 この鍛えられた獣人族なら、ほぼ同じような動きが出来るはずだ。

 マサヒデは頭を下げ、


「助かります。お願いします」


 と礼を言った。

 ソウジが少し離れた所に立つ。

 マサヒデは試合の時と同じよう、無行に構える。


「行きます!」


 ぱ! とソウジが低い姿勢で勢いよく走って来て、足元に跳びこんで来た。

 勢いに乗って、ざざっとマサヒデの懐に入りながら、膝を沈める。

 ぐっと身体を上に伸ばしてくる。

 斬り上げられたソウジの剣が、マサヒデの顔の前を通って行く・・・


「あっ!」


 ここだ。

 カオルの足は、滑って入って来ていない。速度も落ちなかった。

 駆け込んで来て、ぴたりと足を止めて、ぐっと身体を伸ばして斬り上げてきた。


「何か、分かりましたか?」


 マサヒデはこくん、と頷いて、


「分かりましたよ。今、あの辺から走ってきましたよね」


 ソウジがいた所を指差す。


「はい」


「うん、ちょうど、試合の時と同じくらいの距離だ・・・

 あの速さでこの距離を駆けて、足をぴたりと止めて、斬り上げて来ましたね。

 ぴたっと足を止めて。全く滑らず、速度を落とさずに」


「あっ!」


 ソウジも驚いて、自分が踏み込んだ所を見る。

 上に伸び上がるよう、マサヒデの手前で膝を沈めて、勢いを溜めた。

 勢いがついていたから、滑った。

 滑って、遅くなって、懐で止まった。

 身体を上に伸ばして斬り上げた。


 あの勢いで止まれば、必ず滑る。だから、手前で膝を沈めたのだ。

 しっかりと滑った跡が残っている。


「そうだ。あの受け流しと、斬り上げの凄さに目が取られがちですが・・・

 これです。このぴたりと止まった所です。違和感はこれだったんだ」


「身が軽いから・・・ではありませんよね。

 いくら軽くたって、あの速さに、人ひとりの重さがかかるのですから」


「ええ。どんなに上手く勢いを殺したって、少しは滑るはずだ。

 勢いを伸び上がる方に使っても、あの速さと勢いです。

 ぴたっと止まって伸び上がれば、滑らなくたって、身体が大きく前に傾くはず。

 大きく前に踏み込んで膝を沈めないと、必ず倒れてしまう。

 でも、そんな体勢じゃなかった。

 ほとんどまっすぐに、下から上に、私の顎を狙って伸びてきた・・・」


 ううむ、と唸って、2人は地面をじっと見つめながら、腕を組んだ。


「どうやったんだ・・・」


「恐ろしい身のこなしですね・・・」


 斬り上げながら、そのまま上に跳んだのならまだ分かる。

 大きく踏み込み、膝を沈めて、斜め上に斬り上げるのなら、出来るかもしれない。


 だが、カオルは跳ばなかった。

 斜めにではなく、ほぼ真下から真上に伸び上がってきた。

 大きく踏み込んで、膝を沈めるような体勢にもならなかった。

 あの勢いで止まって伸び上がろうとしら、マサヒデなら前に倒れてしまう。


 木刀を握る手に、ぐっと力が入る。


「これ、身につけられたら、数段飛んで強くなれますね」


「はい。確実に」


 す、とマサヒデは顔を上げた。

 先程、ソウジがいた所。試合で、カオルがいた所。


 ぱ! と低く駆け、真下から伸び上がって木刀を振り上げる。

 前に倒れないよう、大きく前足が出て、膝が沈んで勢いを殺す。

 それでも、はっきりと足の裏に「ず」と小さく滑った感覚がある。


 振り終わった位置で、木刀をぴたりと止めたまま、


「違う・・・」


 と、マサヒデは呟いて、頭を垂れた。

 踵の後ろに、小さく、しかし、しっかりと滑った後が残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る