勇者祭 11 気付きとお披露目
牧野三河
第一章 気付き
第1話 マサヒデの稼ぎ
早朝。
マサヒデは日課の素振りを終え、縁側に腰を降ろした。
「どうぞ」
とカオルが差し出した手拭いで身体を拭く。
馬車は良い物が買えたが、懸念がまだある。
金だ。
言えばマツやクレールがいくらでも出してくれるだろうし、別にそれが勇者祭の違反となるわけでもない。何なら、クレールに付いている大量の忍で参加者達を倒して行ったって、問題にならないのだ。
だが、マサヒデの目的は魔王の元に辿り着き、勇者になる事ではない。
魔王様へ結婚の挨拶へ行く途中、道々剣術修行をしたい、というだけなのだ。
各地の道場を回るようなものではなく、真剣勝負をしながらの旅。
魔王様の所へ辿り着く頃には、かなりの鍛錬が積めるはずだ。
しかし、旅をするには金が必要。
家を出る時、父上は『足りなくなったら自分で何とかしろ』と言った。
自分の力で何とかしないといけない。
金稼ぎだって、修行のひとつなのだ。
「うむ・・・カオルさん」
「は」
「金を稼ぎたいのですが、やはりギルドで仕事を探すのが手っ取り早いですかね」
「金なら、マツ様やクレール様が、湯水の如く出してくれましょう」
「でしょうけど、自分の力で稼ぐというのも、修行の一環ではないかと」
「そうでしょうか・・・?」
良く分からない。
第一夫人のマツは、魔王様の娘。
第二夫人のクレールは、魔の国で1、2の大貴族。
金の稼ぎ方など、知る必要があるだろうか?
「そう考えています。私は世間知らずですし・・・」
言葉を切って、湯呑を取る。
「少しは、金の稼ぎ方も知っておきませんと。
考えたくもないですけど、マツさんやクレールさんがいなくなったら・・・
そうなったら、私が自分で稼がねば。
道場だって、私より強い者がいれば、その方が継ぐ事になるんです」
冷たい水をぐっと飲む。
良く分からないな、という顔で、カオルはマサヒデを見る。
「はあ・・・そうですか・・・」
今、奥の間に転がっている金貨の大袋だけでも、一生働かずに暮らしていける分はあるのだが・・・
「元手が大量にありますから、金貸しでもしたらどうです。
いくらでも稼げそうですが」
「金貸しですか? この町に居着くなら、それでも良いかと思いますが・・・
旅をしながら稼ぐとなると、私だと何が出来るでしょう」
金が必要とは言っても、皆の装備はあと着込みを揃えるくらい。
旅に出れば減るばかりとよく言うが、魔の国への往復でも余裕で釣りが出る。
この辺も、マサヒデの世間知らずのひとつ、と言った所か。
それとも、馬具や銃など短期で高額な品も随分揃えたし、金銭感覚がおかしくなっているのかもしれない。
日にどのくらい減るかを考えれば、金稼ぎなど全然必要ないと気付くはずだ。
「では、道場の代稽古などはいかがでしょう。
ご主人様は、顔も名も腕も世界中に広まりました。
代稽古をします、と言えば、大抵の道場は金を包んでくれましょう」
「ふむ。色々な道場を回りながら・・・」
これは良い考えだ。
色々な道場を回りながら、修行しながら金も稼げる。
「ギルドでも金を稼ぎたいと話せば、普通に稽古代を払ってもらえると思います。
町々のギルドで冒険者の稽古を、と申し出れば、何の問題もないでしょう」
「では、今までと何も生活を変えずに、普通に稼げると?」
「そういう事です。クレール様もシズクさんも稽古に行っております。
お二方の分を請求しても、何の問題もありません。
ご主人様1人分の額で、お二方の稽古も受けられるのです。安いくらいです」
「しかし、ギルドの施設を無料で使わせてもらっていますが」
「十分釣りの出る額かと」
「ううむ・・・」
「試しに、マツモト様やオオタ様に、ご主人様の稽古代ならいくらになるか、と、お尋ねになられてみては? ご主人様がどれだけ稼げるか、良く分かりましょう」
「そうですね。聞いてみましょうか」
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「おはようございます!」
受付嬢の元気な声。
この声を聞くと、マサヒデも笑顔になる。
「おはようございます。マツモトさんは来ていますか?」
「はい! 先程参られました! 呼んできますか?」
「お願いします」
ぱたぱたと受付嬢が走って行く。この光景も見慣れたものだ。
奥からにこにこと笑った顔でマツモトが来る。
「トミヤス様、おはようございます」
「おはようございます。ちょっと聞きたい事があるのですが」
「はい。なんでしょう」
「私の稽古代って、いくらくらいになるんでしょうか?」
おや。トミヤス様が金の話とは。
マツモトはちょっと驚いた。
「金にお困りで?」
「いえ、実際に旅をしながら稼ぐとなると、私だと代稽古くらいしか思い付かなくて。どのくらい稼げるものでしょう」
マツモトは腕を組んで、軽く首を傾げる。
「ふむ・・・トミヤス様の稽古なら・・・
そうですね、いつものように朝から昼までとしまして・・・
うちなら3日で・・・金貨1枚と言った所でしょうか。
大きな冒険者ギルドなら、もっと出してくれましょう」
「え? 3日で金貨1枚? そんなに?」
金貨1枚で、節約したら1ヶ月は暮らせる。
2枚あれば、贅沢にごろごろ暮らせる・・・
「金貨1枚では安いくらいですよ。うちは金がそうありませんので・・・」
「安い? 安いんですか?」
「クレール様、シズク様も来て頂き、トミヤス様が稽古を始めた頃から参加している者達は、ここ数日で目に見えて腕を上げております。お三方の分を入れれば、日に金貨1枚です」
「・・・」
ああ、とマツモトが気付いて、笑顔を向ける。
「ははは! 先日の試合で随分と礼が出ましたから、少し金に関してズレてしまったのでしょう。大袋で3つでしたか。そうですね、クレール様やシズクさんは食べますので、平均して日に金貨が1枚減ると考えてみて下さい」
「はい」
「ここから魔の国まで、大雑把に半年とします。
すると、行きで180枚。帰って来て360枚。大袋1つで余裕で足りますな。
3袋あれば、5人でも何往復も出来ますね」
「・・・」
「実際は、日に金貨1枚も減らないでしょう。
今のトミヤス様には、金稼ぎなど必要ないでしょうな。
あ、馬がおりましたね。馬の世話や、装備の手入れ代も入れたとしても・・・
やはり、平均して日に1枚も減らないでしょうな。銀貨5、6枚くらいでは?」
「そうですか・・・いや、そうですね」
何か気が抜けてしまった。
旅に出れば金は減るばかり! 稼いでおかねば!
そう気張っていたが、気付いてみれば手持ちで十分足りてしまう・・・
「いや、この所、ちょっと装備なんかに派手に金を使いすぎて、金銭感覚がおかしくなっていました」
「派手に? トミヤス様が? 一体、何を買われたのです」
「ええと、高いものだと刀を1本、250枚」
金貨250枚で1本!? そんな銘刀がこの町にあったのか!?
マツモトは仰天して、目を見開いた。
「250枚!? 一体、誰の作です!?」
「ラディさんのお父上の作で、もう名刀の域でしたよ。
名前の『名』に刀と書いて、名刀です。
とても250枚で買える作ではありませんでした」
「なんと!? この町にそんな刀匠がいたとは・・・」
「刀を打つのは趣味で、売り物にしていないそうで。
あ、そうだ。これも、お父上の作です。見てみて下さい」
マサヒデが脇差をマツモトに渡す。
す、と何気なく出されたが、それほどの作を・・・
「は、はい・・・」
ゆっくり抜いてみると、もう輝きが違う。
この美しさは、素人でも只者の作ではないと一見で分かる。
「う! これは・・・これは、すごい・・・」
マツモトは刀には詳しくないが、元は経験を重ねた一級の冒険者なのだ。
それなりに武器に関する目はある。
抜いた瞬間、手が固まってしまった。
「わあ・・・綺麗・・・」
受付嬢も、ロビーで見ていた冒険者達も、驚いて目を見張る。
入ってきた冒険者も、驚いて足を止めた。
「むう、これは眼福でした。無骨で頑丈な作りなのに、凄まじく美しい」
ゆっくりと鞘に収め、マサヒデに返す。
「ううむ・・・ホルニさんがこれほどの刀匠だったとは・・・」
「あと、銃も1丁買いました」
銃?
マツモトは冒険者時代、銃を使っていたので、興味が湧いた。
マサヒデの選んだ銃とは、一体どれだろう?
「ほう? 銃ですか。一体いくらで」
「諸々込みで・・・ええと、380枚くらいでしたか」
金貨380枚の銃!?
仰天してマツモトが背を仰け反らせる。
「え!? 380枚!? 一体何をお買いになられたのです!?」
「ええと・・・たしか、ミナミ・・・だったかな・・・八十三?」
ぎょ、とマツモトが目を見張る。
銃の世界では一級の傑作ではないか・・・
「何ですって!? 八十三式!? キジロウ=ミナミの!?
傑作ではありませんか!? ううむ、よく見つけられましたね」
「そんなにすごい銃なんですか?」
神妙な顔で、マツモトが頷く。
「そうですとも。私が現役だった頃は、皆の憧れの銃でした。
一度、触らせてもらったことがあります。
動きの軽さ、精度の良さ、軽いのに金属鎧も撃ち抜ける貫通力。
それだけの威力があるのに、反動も少なく扱いやすい。
高性能なのに、手入れは簡単で非常に長持ち。正に傑作ですよ。
作られたのは20年以上も前ですが、今でも、第一線で十分以上に使える銃です。
今は数が減っているはずです。納得の値段ですね」
興奮したマツモトの顔が赤くなり、凄い勢いで喋りだす。
「へえ、そんな銃だったんですか。ラディさんが持ってますよ。
良かったら見せてもらって下さい。ついでに扱いも教えて頂けると」
「ええ、是非とも。八十三式・・・ううむ・・・また見られるとは・・・
必ず、肩に当てる所を、カバーで覆ってもらうようにして下さい。
あの木の部分が、寒さに弱いんですよ。寒いと割れる事があるのです」
「おお、そうだったんですか。ありがとうございます」
マツモトが遠い目をする。
若き日、冒険者だった頃の思い出。
八十三式を持った時のあの感動は、忘れられる物ではない。
あれをもう一度見ることが出来るとは・・・
「トミヤス様、ありがとうございます。
八十三式、必ず、見せてもらいます」
そう言って、マツモトは頭を下げた。
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