フェイタルフェイト26/31

 俺は走る。ただただ必死に。


 現実は残酷だ、この現状では俺は何もできない。


 オーバード・ブーステッドヒューマンは少なくとも4体いる。

 マードックさんとしても想定外だったのだろう。


 犯した罪の重さや、倫理的な価値観からしてありえないと思っていたのだ。


 マクシミリアンとて同じブーステッドヒューマン。

 そこまでの外道とは思わなかったのだろう。


 だが、一度道を外れた人間は行き着くところまで行く。


 要は俺達は敵の悪意の大きさを見誤っていたのだ。


「くそっ! 冗談じゃないぞ! あいつ、冷静ぶってて、とんでもない奴だった!

 人の命を弄んで何にも感じないサイコパス野郎だ!」


 だが、俺は後ろを振り返らず走る。


 逃げろって言われたんだ、逃げるさ。ためらう事すら無理。


 ……そう言えば、こういう時、映画とかのフィクションだと『貴方を置いて逃げるんなんて無理よ』とか、グズグズしているシーンがあるけど。

 その、どうでもいい問答をしてる間に、殺されるっての!


 正解は、すぐに行動すべきなんだよ!

 敵は空気なんて読んでくれないんだ!


 走る、走る。


 後からはドシドシと恐ろしい足音が聞こえる。

 その巨体の為か、時折、鍾乳石か何かにぶつかる音が聞こえ、その度に足音は止まる。


 そしてすぐに、雄たけびと鍾乳石を破壊したのか爆発音が響く。


 パワーはこれまで遭遇した恐竜の比じゃない。

 だが、敵の頭が悪いのが幸いしたのか、洞窟内での走りは遅い。

 俺の全速力でも案外逃げれるものだ。


 だけど、いつまで逃げられるだろうか……。


 くそっ! 


 前から恐竜が襲ってくる。

 まだ居たのか、2メートルほどのラプトルっぽい奴が俺めがけて飛び掛かってくる。


「なめるなよ! 俺だって戦えるんだ!」


 拳銃を構える。


 狙いは頭だ!

 パンッ! パンッ! パンッ!


 マリーさんの言うとおり頭に命中させると、恐竜は白目を向きそのまま絶命した。


「おっと!」


 勢いのまま飛び掛かってきたラプトルを横にかわす。

 危なかった。また抱き着かれて動きを止められるところだった。


「ぶおおおおおおお!」


 一息つく間もなく脅威は後から迫る。

 走れ! 走れ!


「ぐおおおお!」


 ブシュル! ブシュル!


 どうやら、さっきのラプトルを俺と勘違いしたのか。

 肉を引きちぎる音が聞こえてきた。


 逃げろ! 足を止めるな。走れ!


 やがてラプトルが俺ではないと気付いたのか再び、巨人の足音が聞こえてきた。


 足音から察するに追いかけてくる巨人は二体。

 俺に二体だと? 大げさすぎだっての!


 いや、ということはマードックさん達と戦っているのも二体ということになる。

 マードックさんとマリーさん、二対二。勝算はあるだろう。


 だけど、俺は……。いや、余計なことを考えるな。走れ! 走れ!


 ……だが、さすがに肉体の限界だ。

 休憩したい。


 ……あいつらは俺の言う事を聞いてはくれないだろうな。


 多分首をもがれて……いや、その前におもちゃにされて手足を順番に引っこ抜かれるんだろうな。

 子供の残酷さは良く知っている。


 好奇心で、生きてる昆虫の羽や脚をむしったりと、そんな感覚なんだろうな。


「はぁはぁ、くっそー、はぁ。もう、無理だ。くそっ! もっと、トレーニングをしとくべきだった……。

 俺は、虫の気持ちにはなりたくない。虫、虫は俺は苦手なんだ……」


 もう、一歩も動けない。

 意識が朦朧としてきた。


「グヘヘへッ! 俺っちがやってきたからには、虫けら共は全て掃除してやるっすよ!」


 そう、たしかサンバ君が言ってたな。

 惑星に降りると必ず現地の虫が進入するとかで、掃除が大変だと言ってたっけ。


 虫が苦手な俺の為に色々と頑張ってくれてたんだ。

 サンバ君には色々と助けられたな……。

 

「船長さん! 大丈夫っすか?」


「あ、ああ。大丈夫だ。問題ない……。いや、問題大ありだ。サンバ君の幻聴が聞こえてきた……俺はもう終わりなんだろう」


 幻聴が聞こえるってことは、いよいよ死神が俺を迎えに来たって事だ。

 現に、死神は俺のすぐ目の前に立っている。


 俺は疲労困憊で四つん這いになっていた。

 顔を上げることも出来ない……。

 

 目に映るのは黒いローファーが右と左で一つずつ。

 どうやら死神にも両足があるようだ……。


 それに女性っぽい、華奢な足だ。


 ふふ、俺らしい。俺を迎えにきた死神は女性のようだ。

  

 息を整え、俺は何とか顔を上げると黒いローファーから、紺色のハイソックスに繋がる。

 美しい脚線美からの絶対領域だ。


 そして見えそうで見えないプリーツスカートがふわりと風になびく。


 パンツが見えた。


 白いスポーツショーツだ、あのブランドは見覚えがある。


 ……ああ、俺は本当に死んでしまったのか?

 この映像はまさに天国そのものに見えるのだ。


「グヘヘッ! 船長さん! 俺っちの股間をガン見してもしょうがないっすよ。そういった機能はないっすから」


「あ、ああ、ごめん。…………っていうか、その喋り方……お前、サンバ君か!」


 驚いた。

 驚きのあまり今度は後ろに仰け反り、尻もちをついてしまった。


 目の前には見覚えのあるセーラー服姿のアンドロイドが立っていたのだ。

 それは、俺が宇宙ステーション・クロノスで買ったカスタムアンドロイド『ファイアフライ』だった。


「おやおや、船長さん、やっと気付いてくれたっす。ほら、船長さんが居なくなったら焼却処分とか言ってたっすが……。それじゃ、もったいないっすよ」


 俺は、成層圏に放り出され、燃えながら落下するサンバ君を見ていた。

 どうやら、彼が抱えていたコンテナには、このアンドロイドが入っていたのだろう。


「はは、そうか、もったいないか。たしかにな、でも、サンバ君が生きてくれてほんと良かった!」


 詳しくは分からないが、おそらくはサンバ君の霊子フラクタルがアンドロイドに転送されたという事だろう。


 だが、今はそんな理屈はどうでもいい。

 俺は思わずサンバ君に抱き着く。


 本当に良かった。これほど嬉しいことはない。

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