ザギン・デ・シースー3/4

 ガラガラガラ。


 俺は心地よい音のなる扉を開ける。

 高級寿司屋は自動ドアではないのだ。


 のれんをくぐると、そこはまさしく和風の空間だった、そして清潔な空気。

 そう、まさしく高級な寿司屋のそれだった。


「いらっしゃい!」


 カウンター越しに大将さんの声が響く。


「あ、あの、よ、予約したスズキですが……」


 つい縮こまってしまった、情けない。

 だがこれも仕方のないことだ、俺は初めての高級寿司屋の雰囲気にのまれてしまったのだった。


 どうやら今日は他のお客さんはいない。

 おそらくお店側の配慮だろう。


 俺達は全員で6人だしな。


 カウンター席とテーブル席で、あと数人は入れるけど、それだとくつろげないからな。


 このおもてなし。さすがは高級寿司屋と言わざるを得ない。


 …………。


 ……。 



「マグロうま! んまーい! マジ美味いって! シズネッチ食べてる?」


「うん、食べてるって。ほんと美味しいねー。アーススリーはまだマグロが希少だからねー。ほんと美味しいよねー」


「大将! トロ、ワンモア!」


 もぐもぐと脂ののったピンク色のマグロを食べる女子高生二人。


 たしかに、本マグロのトロは美味い。……だが値段も高いだろう。

 ……ふ、俺が彼女たちと同じ歳の頃はキハダやメバチがマグロだと思っていたものだ。


 だって回る寿司にはそれしかないからな。


 そもそも魚に優劣は無いのだ。

 そんな事を言ったらギョギョギョで有名なドクター・フィッシュボーイに怒られるだろうな。


 だが……すまん。ドクター・フィッシュボーイ……本マグロはマジでうまい。


「大将! 俺もトロ、ワンモア! あと日本酒をお願い。詳しくないからマグロに合うお勧めを! 冷で頼む!」


「へい! 冷でトロに合わせるなら、キリっと端麗、純米大吟醸『ヤマトタケル』がおすすめですね。

 飲みやすいので、お隣のお嬢さん方にはお勧めしませんが、うちはそういう目的のお客さんはお断りですからね……」


 うん? 彼女たちは未成年なのだが……。いや私服の彼女たちの年齢は分からないか。

 さしずめ、俺はラウンジ嬢を同伴でワンチャンあるかもの、所謂、金持ちおじさんだと思われているのだろうか……。


 さすがに寿司屋さんにとっては、ああいう輩は遠慮願いたいよなぁ……。


「はは、大将やだなー違いますって。それにこの子たちは未成年ですよ。

 飲むのは俺だけだって。

 ちなみに彼女たちは初めての地球観光なんですよ。折角だから地球で一番美味いとされる、本物の江戸前寿司をお腹いっぱい食べさせてあげたいんですよ」


 ちなみにアーススリーは海の歴史が浅い。

 開発からまだ100年あまりらしい。カニなどの海産物は定着したが、マグロを代表する回遊魚が繁殖するにはまだまだ時間が掛かるらしい。


 よってマグロが一般の食卓に並ぶことは滅多にない。

 もちろんアーススリーにも寿司屋はあるが、いずれも地球からの輸入がメインである。


「対象! トロ! ワンモア!」


「ちょっとシズカちゃん。さすがにマグロばかり頼んでちゃだめでしょ……」


「えー、でもアーススリーに帰ったら当分はマグロなんて食べれないじゃん。食いだめっていうか? ほらシズネッチも文句言ってないで食べなって」


「おや、お客さんはアーススリー出身で。

 ならマグロは珍しいでしょう。アーススリーといえばカニですからねー。

 ブラックロッククラブなんかは地球でも有名ですね。

 そういえば最近漁獲量が減って心配してたんですが問題が解決したそうで、来年からは輸入の目途が経ちましたね」


 ふーむ、さすがはお寿司屋さん。アーススリーの漁業にも詳しいのか。


「お客さん、ちなみに地球のカニを食べたことがありますかい? ズワイガニと言いまして。ブロックロッククラブの原種なんですよ?」


「あ、それ知ってるー。じゃあズワイガニ、一杯お願いしようかなー。

 皆も食べるよね? じゃあ、一番大きいやつをせいろで蒸してください、たれは酢醤油で」


「おや、さすがはアーススリー出身ですね。通の食べ方だ。

 今日は刺身用の生きのいいやつがあります。ぜひブラックロッククラブと比べてみてください!」


 この女子高生は美食家だったのか……。いや、カニの名産地だからな、カニにはうるさいのだろう。

 そう言えばこの間はバーベキューにしてしまった。蒸したカニが一番美味しいのだろうか。

 現地の人の食べ方だ、間違いないだろう。


 大将さんが、生簀から立派なズワイガニを取り出す。

 暴れるズワイガニのハサミと足を糸で器用に結ぶと、そのまませいろに入れて蒸し上げる。


「うーん、高そうだな。いや値段は考えない。

 毎日やってたらさすがに怒られるがたった一日、貧困な子供達に特別な体験を与えるだけなのだ……」


 そう、俺達は福祉事業団体、すべては恵まれない子供達のための素晴らしい制度だ。

 

 領収書だってちゃんと取っているし使途も明確だ。


 国の予算も潤沢だと聞いている、堂々と活用して何が悪いと言うのだ。


 まあ、俺がいた時代には、多少の不正があったとか無かったとか、ややこしい問題はそれなりにあったと聞く。

 しかし3024年は理想的な福祉国家になっているのだ。


 だがアーススリーなどの後進の惑星ではまだまだ不十分ではある。

 だからこそ、今まさにこうして俺達が活動しているのだ。


 そう、俺達は高級寿司をただ食べている訳ではないのだ……。

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