サターン4/13

 宇宙ステーション『クロノス』のVIP専用ゲートを抜けると、そこはまるで高級ホテルのロビーのようだ。

 しかも予想された人混みはない。

 さすがはVIP待遇ということか、これは素直に嬉しい。

 俺はテーマパークに入るときの入場待ち数時間というのがとても嫌いだからだ。 


「ようこそスズキ様、宇宙ステーションクロノスへ……」


 ホテルの受付? いや入国審査のはずだが、……どうやら、VIP専用のゲートのため面倒くさいチェックは全くなかった。


 プラチナチケットの力なのだろうか。いやこれもクリステルさんの根回しのおかげなのだろう。

 ほんと彼女はどこまでできる人なんだろう。本当に俺と血の繋がりがあるのだろうか……。いや正確には弟の子孫なのだが。


 俺達はとりあえず、プラチナ会員専用ラウンジで一息つく。


「さてと、受付のお姉さんが言ってたけど、VIPエリアから出ると凄い人混みのようだ。

 竣工式は午後一時から始まるから、まだ結構時間があるね」


 俺は腕時計を見る。時計の針は午前9時を過ぎたところ。

 しかし、高級腕時計って時間が読みにくい。


 というか正直言って腕時計がまだあったことに驚きを隠せない。

 しかもちゃんと針が秒刻みで動くやつ。


 まあアクセサリーって位置づけだからな。スーツには腕時計がセットってことか。


『マスターこれからどうされます? 人混みは苦手でしょう?』 


「たしかに。でもせっかくこんな巨大宇宙ステーションに来たんだ。ぜひ見学したいところ。ミシェルさんもいいよね?」


「はい、私もクロノスの見学がしたいです。太陽系最大規模の宇宙ステーション。こんな機会はめったに無いですから」


『了解しました。しかし、お二人の格好ではさすがに目立ってしまいますね。VIPエリア内ではその格好は最強装備ですが、外に出てしまうと浮いてしまいます』


「たしかに。これじゃカレーうどんも食べられない……。着替えとか持ってきてないけど、どうしよう」


『簡単ですよ。せっかくのプラチナチケット、霊子通信の容量無制限を活用しましょう。マスターにミシェルさん、着てみたい服とかありますか?』


 容量無制限……、着てみたい服……。


「お! わかったぞ、あれだろ? ホログラムで衣装チェンジが出来るってSFよろしくの便利なやつだ!」


『はい、さすがマスター、ご名答です。私も着物姿は少し目立ちすぎます。何かリクエストはありますか?』


 当たりのようだ。


 ちなみに、ホログラムの衣装は宇宙ステーションなどの閉鎖空間では割と普及している。

 エリアを限定した安定した霊子通信が保障されている為、理にかなっているといえる。

 それに宇宙ステーションでは物流に限界がある、ファッションは二の次であるのだ。


 故に、地球や他の惑星では流行らなかった。

 革新的な技術だが、惑星の環境によって霊子通信に揺らぎが生じた場合。

 あるいは通信トラブルがあった場合には目も当てられないのだ。


 不意の太陽フレアの影響で、下着姿をさらされてはたまらないのだ。


 それに現実の衣服ではないため、着心地がまったくない、万人受けはしなかった。


 もちろん、ライブなどのステージでの舞台衣装としては欠かせない技術である。


「うーん、そうだなぁ。目立たない格好がいい。アイちゃんの着物はさすがに目立つからな…………うーん、セーラー服……。

 いや、今のは無し。そうだな、皆カジュアルな普段着で良いんじゃない?」


 そう、俺は衣装を自由にできると聞いて喜びはしたが、残念ながらファッションセンスは無い。

 結局、俺はいつもの格好、チェックのシャツにジーパンをリクエストしてしまった。


 いや、馬鹿にしてはいけない。クリステルさんは基本的にアメリカンカジュアルが好きなのだ。

 着心地だっていい。

 考えてみたら、21世紀の時から俺の私服はこれしかないような……。


 …………。


 ……。


「イチローさん、セーラー服って学生服なんですか? ずっと海軍の服だと思っていました。

 でもプリーツスカートが可愛いしリボンも素敵ですね」


 ホログラムとはいえ、まるで本物のようだ。

 ミシェルさんがくるりと回るとスカートがふわりと揺れる。


 膝上の太ももがちらりの見える。

 健康的な足に俺は視線を釘づけにされる……。


 ちなみにホログラムは見た目だけで、服自体は元々着ていたドレスである。


『ミシェルさん、よくお似合いですね。

 私も久しぶりにセーラー服を着ました。

 うふふ、スカートがふわりとするのがマスターはお好きなんですよね? でもミシェルさんに浮気してはだめですよ? 犯罪ですから』


「うむ。二人とも凄く似合っている。

 でもアイちゃんよ、さすがに未成年で、しかも職場の部下に手を出すなんてしないよ。……それに俺にはそんな度胸はないって知ってるだろ?」


『はい、もちろん知ってます。あえてからかってみました』


 ちぇ、まあ、いつものことだ。


「しかし、どうだろうか。チェックのシャツにジーパンのいかにもなオタク野郎とセーラー服の美少女が二人。

 これは逆に目立つんじゃないだろうか……」


 そう、なぜか犯罪臭がするのだ。通報案件ではないだろうか……。


「イチローさん、そんなこともないようですよ? ほら、向こうにもセーラー服の女性二人とチェックのシャツにジーパンの男性が二人。

 あっ、向こうもこちらを見ていますね。イチローさんのお知り合いですか?」


「えっ! どこ?」


 俺は、ミシェルさんが指さす方向に目を向ける。


 ――っ!

 あ、あれは!


 そう、俺は知っている。


 確かアナザーディメンション。

 ジェミニの……なんだっけ。そう、双子のオタク兄弟がいたっけ。


 ……思い出した!

 アキハバラでデモ行進をしていた、迷惑なオタク軍団のリーダー。

 サガ・ソウジにサガ・セイジだ!

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