カニパーティー4/8

 ……目を覚ます。

 冷房のタイマー設定を間違えたのか、随分と寝苦しい夜だった。


 今は朝……11時か。

 大学生ともなると夜型人間になってしまう。


 ドタバタと騒がしく階段を駆け上がる音が聞こえる。

 あれはジローだな。

 まったく高校生にもなって落ち着きがないったらありゃしない。


「ジロー、うるさいぞ!」


 その足音は俺の部屋の前で止まる。

 俺の部屋には鍵が無い。だが弟はお母さんではない。


 その辺は気遣いができるといえる。


「兄さん! 大変なんだ! ……入るよ?」


 ワンテンポあけ、俺の部屋のドアが開く。


「何が大変なんだ。世の中そんなに驚くことなんてないもんだ。まったく、俺の推しの子がラブホで密会してたわけでもあるまいに……」


「え! 兄さん、知ってたの? そうだよ、これ見てよ! 今日の週刊マンデイにすっぱ抜かれて、ラブホ前で彼氏と密会デートって見出しで……」


「……なにぃ! マジか? ……いや、やはりそうだったのか、なぜだろう、そんな気がしてたんだ。

 いや、ほんと、なんでだろう。俺はずっと信じてたはずなのに……ジロー、今日はバイトを休む。っていうかバイト辞める。死にたくなった」


「兄さん。……さすがにドタキャンはマナー違反だよ。そんなの社会では通用しないよ」


「うるさい! 俺は頭が痛くなってきた。心も体もくちゃくちゃなんだ! 頼む、ジロー俺の代わりに電話してくれ」


 高校生の弟、ジローは溜息をつくと。

 週刊誌をそっと閉じる。

 表紙には『人気アイドルグループ○○、衝撃のラブホ密会写真流出!』と、でかでかと書かれている。


 くそ、アイドルには失望した。何を信じていいのやら。

「おい、ジロー。何をニヤニヤしてるんだ? 俺は死にたいと言ったんだぞ?」


「ふふふ、ウェルカムトゥ二次元、ようこそ真実の愛へ」


「おいおい、俺はそっちには興味が無いって言ったろ?」


「まったく、兄さんは懲りないなぁ。

 三次元は裏切るけど二次元は裏切らないよ? そして一生寄り添ってくれる至高の存在なんだよ」


「馬鹿言うな、触れることだってできないだろうが。

 ま、仮に二次元が画面から出て来てくれるならその限りではないが?

 ほら、ジローよ、今すぐ画面から美少女を出してください。そしたら俺は今すぐ二次元に鞍替えするから」


「兄さん……一休さんかよ。それにアイドルだって、触れられる存在じゃないじゃないか。

 ……まったく、そんだけ元気があるならバイトにでもいったら?」


「おう、そうだな。まあ、あれだよ、もし未来の世界で美少女アンドロイドなんかが出来たなら、俺も意見を変えるかもだぜ?

 そうだ、ジロー、お前この間クルマを買ったって言ってたろ? キャディラックだっけ。それでバイト先まで送迎たのむぜ」


「ん? 兄さん、何言ってんだよ。僕はクルマどころか免許すら持ってないよ。でもキャディラックは好きだ」


「うん? そうだよな……アレ? なんだろう前に乗せてもらった記憶が無きにしも……ん?」


 俺はショックのあまり頭がおかしくなっているのだろうか。

 脳裏には美少女メイドさんと、金髪美女を同伴してリムジンに乗るタキシードを着た俺が……。


 ……ありえない。明らかに夢の世界じゃないか。

 まあ、夢は寝てみるものだってな。しかし、いい夢だな。無理は承知だがいつかは現実にしたいところだ。


 しゃあない、現実は残酷だ。

 だが、俺にだって愛車はある。

 ママチャリだ、コスパ最強のクルマといえるだろう。


 弟は何か言いたげであったが、バイトの時間が迫っている。

 俺は勢いよく自転車をこぐ。



 何事も無い平凡な一日の始まりだ。


「……まあ、あれだな俺は所詮は一般人、大学を卒業したら普通の会社に就職して平凡な人生を歩むのだろう。俺の両親だってそうなんだ。

 それだってハッピーエンドに違いないのさ」


 自転車をこぐこと十数分。


 うん? こんなところにホテルなんて建ってたっけ?

 

 そのホテルの前に立つ美少女が一人。

 俺をじっと見つめている。


 思わず自転車を止める。


 あ、あれは! もしやスキャンダルのさなかにいる、俺の推しの子。

 AK47メンバーのミヤムラ・メグミちゃん?


「ちょっと、アンタ、何言ってんのよ。元AK47メンバーでしょうが! あんたのせいで私のアイドル人生が無茶苦茶じゃない!」


 うん? 俺は何も言ってない。けど、彼女は間違いなく俺に向かって言っている。


 念のため後ろを振り返るが、誰もいないので間違いなく俺に向かって言っているのだ。


 あの、アイドルがだ! それに、スキャンダルがあったとはいえ、やっぱり可愛い。

 罵る声なんか最高だ。彼女はきっと声優業界でもやっていけるだろう。


 ……また好きになっちゃうじゃないか。


「ねえ、聞いてるの? で、責任取ってよね。私の事、守るっていったじゃない!」


「え、メグタソ、何を言ってるんだ?」


「ひどい! お腹には貴方の赤ちゃんがいるのに。許せない、コロしてやる!」


 え? な、なにが……どうなってるんだ。


 ガシャン。

 自転車が倒れる。


「うぐ、く、くるしい……メグ……タソ」


 どういうアレだ! 処理が追い付かない。俺をスキャンダルで裏切った彼女が、俺の子供を身ごもってる?


 いや、ワンチャンそれはあるとしてだ。

 なぜ、その彼女が俺の首を絞めるんだ。


 それにもの凄い力。

 ヤバい、意識が……。


 俺は自分の首を絞める彼女の手を外そうと、必死にもがく。


 意識が薄れそうになるが俺は渾身の力で彼女を引き離す。


 勢いあまって……そう力をこめすぎたのだ。


 彼女は後ろの壁に頭をぶつけたかと思ったら動かなくなってしまった。


 ……う、うそだろ?

 俺は恐る恐る。彼女に近寄り手首に触れる。


「脈が無い。そ、そんな。俺は人を殺してしまった!」


 そして彼女の股下からは大量の血が流れていた。


 ……ああ、……俺は、俺は何と言う事をしてしまったんだ……。


 俺は、好きな人を、そしてその人との子供を殺してしまったのか!


 ――もう、俺には生きる価値が無い。

 罪を償って生きていても、俺は一生、平凡な幸せなど決して望んではならないのだ。 


 俺はポケットから拳銃を取り出しこめかみにあてる。


「すまん、父さん母さん、そして弟よ。おれはもう生きていけない」



 …………ター……マス……し………だい……。 


 ……きこ…………か?……。


 ……マス……。


 end


 いや、さっきからこの雑音はなんだ! 俺は自殺もさせてくれないのか!


『……ター!……マスター聞こえますか! マスターしっかりしてください!』

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